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3-8 思惑通りやってきた


 荒れ地の残雪の中に春を告げるピンク色のアゼルの花が開き始めるころ、サーディ兄さんからの伝令が私のところにやってきた。

 口上を聞いて、後をラドニア小母さんに任せる。先ぶれがあったとはいえ、だいぶ急いでいる感じがするな。


「10日後であるなら、知らせとしてはそれほど奇異ではございません」

「やってくるのが次の領主であるなら、名目としては十分だろうな。若が年末より発熱を繰り返していると伝えてあるから、我等が領土への滞在は1日という話か……」


 会議室にいた私のところに、ライアン姉さん達が駆けつけてきた。

 それほど急ぐ要件でもないし計画通りということなんだが、ライアン姉さん達は明日にでも戦が始まるというような表情で私を見ている。


 いざその時になると、どうしても策のほころびを気にしてしまうようだ。

 問題があるとすれば西の橋に作る砦なのだが、ガロード兄さんが頑張ってくれてるみたいで、すでに土台を終えて2段ほど石垣を積み上げているらしい。

 守備兵が銃を手にするなら数倍の敵でさえ落とすことはできないだろう。にらみを利かせるには十分だ。

 できれば、砦が完成してから、私達への訪問をして欲しかったな。


「ケニアネス領の状況を知りたいところですが、行商人の行き来もあまりないようです。不確かな情報では、傭兵がだいぶ集まっているようです。また、船が馬を運んできたとも」


 会議室に少し遅れてやってきたレブナンが、直ぐに計画には無かった想定外の話を教えてくれた。

 レブナンがこの席で話すとなれば、かなり確度が高い情報に違いない。不確かなのは、その数なんだろう。

 王都が城壁の門を閉じているなら、周辺の貴族領地の治安はおって知るべしということになる。

 傭兵達の相場が上がり、短期の契約で次々と居場所を変えているはずだ。売り手市場であるなら長期の契約などばかげているからね。

 そう考えると……。


「レブナン。傭兵の相場と契約内容を簡単に教えてくれないか?」

「そうですなぁ……。コーデリアの歴代男爵様は、傭兵を使いませんでした。信用しておられなかったようです。

 傭兵の相場は、長期であれば兵士の5割増し、3か月程度の短期であれば2倍程度と聞き及んでおります」

「現在は上がってるんじゃないか?」

「たぶん3倍にはなっているでしょうな。それでも集めるのに苦労していると思われます」


 絶対数が少ないということだろうか? それとも……、戦をせずに金儲けをしようと考えているのかな?

 レブナンの情報だけでも相手の戦力を推定することはできそうだ。


「ケニアネス公爵は港を持ってたんだよね」

「おかげで干ばつとなっても、税を納めることができたようです。裕福な領地なのでしょうが……」


 裕福だからこそ物足りないと感じるのだろう。食うや食わずの名ばかりの貴族であれば他の領地を羨やんでも侵略するまでの実力が伴わない。

 裕福だからこそ野望を持てるのかもしれないな。


「たぶん貴族枠の兵士以上の兵士はいるだろう。海賊相手の傭兵は港に常駐しているだろうし、新たに傭兵も雇っているはずだ。さらには子飼の貴族の私兵も参加してくるんじゃないかな?」

「トリニティ殿は、どの程度の兵力を想定しておられるのですか?」

「およそ2個中隊ほどになるんじゃないか。昨年の西の橋の戦で王国軍が惨敗しているのは知っているだろうからね。今回も西に1個小隊以上派遣してくるだろうが、川を渡ることはないはずだ」


 陽動と分かっていても対応する兵士が必要だ。

 橋の周囲だけならさほど必要にはならないだろうけど、渡河する動きがあればさらに必要になってくる。


 夕刻になると、主だった連中が馬で城にやって来た。

 まだ戦の準備をするだけで良いんだが、明日にでも一戦するような表情で会議室の扉を開けて次々と入ってくる。

 さすがに、アイシャさんの旦那さんは駆けつけてこないようだ。

 私の指示をしっかりと守って行商人を捌いているのだろう。


「我等も分かれて布陣することになりますな」

「主力は南の橋になるはずだ。抜かれてしまうと一気に瓦解しかねない」


 白兵戦になりそうだと、兄さん達がワインを飲みながら笑みを浮かべて肩を叩きあっている。

 オーガストは渋い顔をして、レブナンとテーブルの地図を睨んでいる。

 私達の戦力が少し増えたとは言え、相手の半分にもみたない。村から民兵を募ってはいるけど、白兵戦には耐えきれないだろう。

 敵を足止めしたところでの遠距離攻撃。これが私達にできる最善の作戦だ。


「我ら親子3人が南で戦うことでよろしいでしょうか? 西はトリスタン殿の部隊になりますが、ラドニア部隊を我らの備えに加えてよろしいのですね?」

「5人はこちらに頂くよ。それで何とかしてほしい」


 ラドニア小母さんは少し不安な表情を私に向けてくれたけど、山の民の少年兵だっているんだから安心してほしいな。


「西が陽動ということは?」

「橋に作っている砦が役立つ。大軍を渡らせるにはあの橋しかないからね。私達で対処できない場合は、急使を派遣します。騎馬隊ならそれほど時間を要しないでしょう」


 それに、ケニアネス公爵だって、今回の策が使えるのは1度限りだというぐらいはわかっているはずだ。

 陽動戦を仕掛けたらたちまち険悪な関係になってしまう。私達との領土の接点となる橋の防衛部隊を常に張り付けなければなるまい。それは乱れてきた王国内の力関係を保つ上で大きな支障になる。


「ところでレーデル王国内での有力貴族はどれぐらいあるんですか? 私兵1個小隊以上を直ぐに準備できる貴族となればおのずと限定されると思うのですが?」

「南のケニアネス公爵、王都北東のグラハム公爵、それに西の国境線に長く領地を持つハイネル辺境伯というところでしょうな。通常でも1個小隊を持つほどです。他に注意すべきは、グラバー男爵でしょう。王国の鉱山を任されている男爵ですが、グラハム公爵領とハイネル辺境伯の間に領地を持っています。さらに北の領地でもありますから魔族の襲来に備えた王国軍の駐屯地でもあります。

 

 いずれもコーデリア領からは遠方らしい。

 となると、ケニアネス公爵に組する貴族は、あわよくば略奪のおこぼれを狙う貴族達ということになる。

 烏合の衆ということなんだろうから、やはり本気で攻めるのはケニアネス公爵の私兵と傭兵ということなんだろう。


 有力貴族との距離がだいぶ離れているのが唯一の救いだが、私達の前に立ちはだかる時期を見極める必要もありそうだ。

                 ・

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                 ・

 約束通り10日後に、馬車を連ねた使節団が南の橋を渡ってきたという知らせが届く。

 ガロード兄さんは、打ち合わせ通りの演技が出来ただろうか? 

 体育系の兄さんだけにちょっと心配になってくる。


「それほど心配なさらずに」

「考えれば考えるほど心配になってしまう。馬車の知らせを受けて直ぐに動員をしたし、西の砦にはライアン姉さんが向かったんだけどねぇ……」


 小母さんが私の言葉を笑みを浮かべて聞きながら、暖炉で沸かしたお湯を使ってお茶を入れてくれた。

 熱いお茶を頂きながら、テーブルに広げた地図を眺める。

 いよいよ、次の戦になる。

 単に退けるだけでなく、ケニアネス公爵の兵力をとことん削ぎたいところだ。橋を渡らせることになるのだが、我が領地に入ったところで大きく展開しない様にせねばならない。

 そのための策は施しているのだが、戦は水物……。どこでどんな流れに変わるかは予想できないところだ。


「主戦場は畑の南ということですね?」

「畑を荒らされたくないからね。兄さん達がいろいろと罠を作ったみたいだよ。唯一街道には仕掛けていないと言っていたから、村までは問題なく進めるんじゃないかな?

 名目が妹のお見舞いとのことだから、あえて街道を外れた荒れ地を歩く伴もいないだろうし」


 それでも、あちこちに積み上げた麦藁の山を不審に思うかもしれないな。適当に藁を積み上げる動きをしておくように言いつけたんだけど、偽装がどこまで上手くいくかが次の戦の決め手になるだろう。


「村にも、木材を集めたようですが?」

「何も無ければ不審に思うだろうと思って、村の囲いに使えるような木材を集めるように指示しておいた。傷んだ囲いの修理用だといえば納得してくれると思うんだけどねぇ」


 私達が村に籠って防衛戦をすると思わせたいんだけど、果たしてその通りに受け取ってくれるかどうか。

 私の策に嵌ったかどうかは、橋を渡って軍を分けるか否かで判断できる。

 包囲殲滅がこの時代の戦の特徴だ。特に村の多くの建物が木造だから、火矢を放てば直ぐに大火事になってしまう。

 村の門の外で待ち構えていれば、飛び出した兵士や村人の蹂躙は思いのままだ。

 

 トントンと扉が叩かれ、兵士が飛び込んできた。

 山の民の少年兵だから、伝令役として選ばれたんだろう。

 テーブル越しに私の前に立って、右腕で胸を叩いた。簡単な礼を兄さんが教えたに違いない。

 ラドニア小母さんが笑みを浮かべているところを見ると、小母さんの知っている少年ということなんだろう。


「サーディ殿がトリニティ殿に渡すようにと!」


 名前の下に殿を付ければ問題ないと、話し方を教えたのは族長辺りかもしれないな。

 ラドニア小母さんが席を立って、折りたたまれた紙を受け取ると、私のところに持ってきてくれた。

 少年兵が姿勢を正してこちらに注目してるのは、返事を待っているのかもしれない。

 折りたたまれた紙を伸ばして、文面を眺める。

 なるほどねぇ……。


「なにか?」

「いや、異変というわけじゃないよ。どうやら、こちらの思惑に嵌ってくれたようだ。

私の病変を知って、さも驚いた表情をしていたらしいけど、手土産を置いて直ぐに帰ったらしい」


 手土産はカトレニアの衣服のようだから、煮沸して届けてあげよう。

 

「ガロード兄さんに伝えてほしい。『予定通り』と言えば分かるはずだ」

「ガロード殿に『予定通り』と伝えます!」


 大きな声で少年兵が返事をすると、右腕で胸を叩くと踵を返し部屋を出て行った。

 すぐには始まらないとしても、準備は必要だ。これで、相手の裏をかくことになるんだが、向こうだって西の陽動を行うはずだから、それを目安とすれば良いのかな?


「ケーニアス家を根絶やしにするのですか?」

「母様の実家であり妻の実家だからね。投降すれば修道院へ送ろうと思う。俗世間から離れた清貧生活になるだろうけど……」


「寛大過ぎませんか? 兵を上げるということはそれなりの覚悟を持っているということです。それに、慣れぬ清貧生活は貴族の矜持として耐えられぬと思います」

「その覚悟を自覚している者ということになるのかな? 夢に天使様が現れることがあるから、どうしても措置が甘くなるのだろう。投降者についての措置はオーガストとも相談するよ」


 ラドニア小母さんが、深々と私に頭を下げる。

 まだ開戦も始まっていないのに、後の措置を考えるのも問題だろうが、まるっきり考えないのも問題だろう。

 バランスを取るのが難しい限りだ。本当に私は心に天秤を持っているのだろうか?


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