表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/120

1-1 トリニティ


 周囲の喧騒で目が覚めた。

 数人の男達が異形の集団と切り合っているから、ここがエクシアの言った世界なんだろう。

 数人の男達はチェインメイルを身に着けて派手なマントを纏っているし、頭にはバケツのような兜を被っている。使う武器は長剣だから、騎士ってことかな?

 相手は粗末な革鎧を着た骨と皮ばかりのように痩せた連中だ。背中に破れかけたコウモリの羽根のようなものが付いている。

 まるで悪魔そのものだな。短い槍を手に騎士達に挑んでいるのだが、すでに満身創痍のようだ。敗色濃厚という感じにも思える。

 

「ghp!」


 甲高い男の声がその場に響いた。声の主は、黒いプレートメイルに身を包み、大きな西洋鎌を持っている。刃の長さだけで騎士達の長剣ほどもありそうだ。あれが、悪魔達の親玉ということになるんだろう。

 しかもその命令は、絶対のようだ。今まさに騎士の横腹に槍を突き入れようとしていた悪魔が直前で槍を納めると、背中の羽根をパタパタと忙しく羽ばたかせて空に消えていった。プレートメイルの親玉も、その姿を消していたから一緒に飛んで行ったのかもしれないな。


「若を探せ!」


 騎士達が誰かを探し始めた。

 俺の外にも誰か近くにいるんだろうか?

 そんな思いが頭に浮かぶと同時に、急速に俺の意識が遠ざかっていく。

                 ・

                 ・

                 ・

「霊廟に魔族が現れるなぞ、これまでは無かったことだ」

「しかも相手が下級魔族だけではないなどと、誰が想像できたでしょう。ここは若の護衛の措置を、寛大に行うよう伏してお願い申し上げます」


 俺は寝ているのか? 体を動かすことができないのが残念だが、何者かが話す声だけは明瞭に聞こえてくる。


「『魂の刈鎌』を使われたようです。あれからすでに10日は過ぎておりますから、本来ならすでに若の肉体は崩れておるはず。ですが、未だに……」

「一ヵ月を過ぎてもこのままであれば、私が天界に送らねばなるまい」


 物騒な相談が聞こえてきた。

 これは早いところ、目を覚ます必要がありそうだ。

 ん? ちょっと待てよ。あの会話で若と呼んだのは俺の事か。

 あの約束は、履行されたということになるんだろうか? 新たな命として誕生するのかと思っていたが、誰かの肉体を得てしまったのかもしれない。

 扉を閉める音がすると、先ほどまで聞こえてきた会話が聞こえなくなった。2人がこの部屋を出て行ったのだろう。

 しばらくすると、再び扉の音がして俺の近くに誰かがやって来たようだ。


「ラドニア、なぜこの子は目を覚まさないのかしら?」

「護衛の騎士の話では、刈鎌を使われたとか……。ですが、発動まではしなかったと思われます。トリニティ様の今後は、神の御意思次第。もしもの時があったとしても、それを恨むことはなされませんよう」


 良い香りがしたかと思ったら、俺の唇に何かが触れる。ひやりとした感触が残ったけど、ひょっとしてキスされたんだろうか?

 やがて扉が閉まる音がすると、周囲が静寂に包まれた。


『目が覚めましたか? 転生では時間が掛かるため、丁度良い体を見付けましたので貴方の魂を送り込みました。

 貴方は、トリニティとしてこの世界で暮らして頂きます。トリニティの魂はすでに天界に運んでありますし、彼の了承も受けていますから、その体は貴方が自由に使っても問題ありませんよ。

 とはいえ、トリニティの記憶が皆無では貴方も困るでしょう。幼少からの記憶を貴方に刷り込みます。

 それと、最初に取りだすものを思い浮かべてください。約定通りの寸法を越える物は無理ですし、重量オーバーになれば、何かを削ってもらいます。

 さて、何を選びますか?』


 まだ、体が動かないから丁度良い暇つぶしになりそうだ。

 だけど、いったいこの体は……。


『今年、13歳。コーデリア男爵のお世継ぎですよ』


 13歳!

 体が動いたら、思わず天を仰いだかもな。

 だが、そうなると今すぐに行動しなくても良いんじゃないか? 少しは状況を見て考えることができるんじゃないかな。

 トリニティ・デル・コーデリアというのが、今の俺の名前らしい。幸田俊樹という名前に少し似ているのも、俺が選ばれた理由の1つなんだろうか?


 エクシアを相手に閉鎖空間に入れる物について、あれこれと話をしながら体の回復を待つ。

 最初に選んだのは、刀身が50cmほどの日本刀に、いつも着ていたジーンズにジーンズ生地の上着だった。形はトレンチコートに似てる。丈が腰下まであるからハーフコートに近いかな。

 シャツは綿で良いだろう。セーターを上に着れば温かいし、ロングのTシャツと合わせれば冬もだいじょうぶだろう。スニーカーも2つ選んでおく。

 着替えを含めると20kg近くなってしまったが、この世界の服が着心地良いとはとても思えないからね。


 銃は、リボルバータイプの拳銃を2種類、M29とパイソンを3丁ずつ用意しておく。銃弾はマグナム弾以外に通常弾も箱で用意した。

 13歳でM29の44マグナム弾を撃つのは無理だが、パイソンで38スペシャル弾なら何とかなるだろう。

 だんだんと慣らしていけばいい。残った重量配分を使ってライフル銃を2丁に銃弾を重量が許すまで入れることにした。


『【オプナ】の言葉で閉鎖空間が開きます。先ほどの品が閉鎖空間に入っているはずです。次にトリニティの記憶の一部を転写します』


 エクシアからの思念が届くと、俺の脳裏に次々と記憶が浮かんでは消える。13歳ということになるのか。その歳でこの世を去ったと思うと、トリニティの魂の安息を祈らずにはいられない。


 脳裏に次々と浮かぶ記憶を追い掛けようとしている内に、その記憶の中に俺が入って行くように思えてくる。ひょっとして、俺は数日間で10年近くの記憶を見ることになるんだろうか? だんだんとトリニティの記憶に俺の意識が沈んでいく……。


 突然、意識が浮かんできた。

 ここにいるのは私なんだろうか? それとも私に融合したトリニティなんだろうか?

 かなりあいまいな感じがする。このままベッドから起きだしても、立ち振る舞いをきちんとできるか疑問が残るが、どのように行動すればよいかは何となく分かる。

 記憶を刷り込んだのはそれを狙っての事だろう。

 これなら少々怪しまれるだけで済みそうだ。最初のままなら、それこそ悪魔祓いをされかねない。

 それにしても、俺がいつの間にか私に変わっている。

 これはトリニティの記憶のせいなんだろうな。男爵のお世継ぎと言ってたから、この世界では上流階級に位置付けられる人達のようだ。


 パチリと目が開いた。

 今は昼なんだろう。分厚いカーテンの隙間から明るい光がこぼれている。

 体が動くか、試してみる。

 瞼を開くことができたのだ。少しは動かせるんじゃないかな?

 指を動かし、次には手を、腕を動かしてみる。足を曲げるのも問題はない。となればと、思い切って上半身を起こしてみた。

 鉛のように重い体を無理やり起こすと、部屋の中を眺める。

 教室ぐらいはあるんじゃないかな?


 記憶によれば、ここはトリニティの自室になる。部屋をこぎれいにしているのは、トリニティなのか、それとも侍女なのか……。

 ベッドは壁際にあるようだが、どう見てもダブルサイズだ。少年が使うには少し大きいと思うんだけどねぇ。

 部屋の奥には暖炉あって、小さな炎が踊っていた。その近くには木製のテーブルセットも置いてあるのだが、椅子はベンチのようだな。ベッドの傍にはライティングデスクがあり、足元には衣装棚が2つある。中にどんな服が入ってるんだろう? カボチャパンツにタイツ姿ではちょっと興ざめしてしまいそうだ。


 足音が近づき扉が開く。最初に部屋に入って来た初老の男性は、神官ということになるのだろう。黒い修道服を着ている。

 私の姿を見て立ち止まったから、後ろにいる父上が首を傾げている。


「若様、意識を戻されましたか!」

「何だと!」


 神官の驚く声に、父上が神官を跳ね除けるようにして部屋に入って来た。

 ずかずかと俺のすぐそばにやってくると、俺の目をじっと見つめている。灰色の目が俺の目の奥を射るように見つめている。


「良かった!」


 次の瞬間、力強い腕で父上に抱きしめられた。片方の手で頭を何度も小突いてくる。大きな手だから結構痛いんだよね。


「これで、領土は安泰ですな。若に何事かあれば、王都の貴族が動かないとも限りません」

「土地を持たぬ準爵共が、うようよしているからな。小さくとも所領があるか否かで、発言力さえ変わるのも問題ではあるのだが」


 世継ぎがいなければ、それを狙う貴族がいるということか。善と悪とのバランスがかなり崩れかけているらしいから、用心しなければなるまい。


「トリニティ、お前は3週間も寝たきりだったんだぞ。城近くでも油断できない時代になってしまったが、今後は十分に気を付けるのだ」


 俺は頷くことで了承を伝えた。

 すでにトリニティ本人の魂はこの世界にいないと言っても、信じて貰えそうにはないからね。

 そんな私に笑顔を見せた父上は、神官と一緒に部屋を出て行った。

 そうなると、今度は……。


 誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。だんだん近づいたところで、扉が弾かれたように開け放たれ、2人の女性がベッドまで駆け込んできた。何も言わずに抱きしめられたけど、この香水には覚えがある。

 母上ということになるんだろう。隣にいる40歳台のおばさんがラドニアさんに違いない。

 私達を見て涙ぐんでいるのは、長く母上の侍女をしていたからなんだろう。母上の婚姻に付き添って、この城にやって来たご婦人だ。


「これからは、もう少し供を連れて行かねばなりませんよ。魔族がこれほど近くに来ようとは……」

「すでに、選んでおります。廟に詣でることもできないとなれば、それはそれで悪い噂が立たぬとも限りません」


 ラドニアさんの言葉に頷きながらも、私を抱きしめた腕を話そうとはしないんだよな。

 やがて、大きく息を吐いて私を開放してくれたんだが、改めて見ると母上はかなりの美人だ。父上を羨ましく思ってしまう。


「お腹がすいてませんか?」

「そういえば、少し……」

「直ぐに用意させますからね!」


 そう言ったかと思うと、部屋を飛び出していった。あんな母親だったんだろうか? トリニティの記憶を探って母親の行動をおさらいしていると、ラドニアさんが俺に向かって恭しく頭を下げて部屋を出て行った。


 ベッドから体を起こせるようになって10日もすると、城の中を歩き回れるようになっていた。

 体は頑丈だったようだ。結構良い筋肉も付いている。それに顔は母親似だから美形と言っても良いだろう。金色の髪は母上譲りで、灰色の目は父上ということになるんだろう。

 不思議なことに、私の服装を見て誰も奇異な表情を浮かべない。

 どうやら、お小遣いを貯めて行商人から手に入れたぐらいに思っているようだ。

 まだ日本刀を腰に差すことは無いのだが、トリニティの部屋に合ったケース付きの短剣をベルトに差していることで、形上は問題ないらしい。


 良く食べて、私の供を仰せつかった騎士の卵と共に長剣の稽古をする。私の長剣の使い方が少し変わったのかもしれない。首を傾げて見ているけど、彼等だって長剣の稽古を騎士から学んでいる最中のようだ。


 城から外に出る時には、2人の女性魔導士と2人の騎士、それに5人の騎士見習いが供をしてくれる。

 城から1kmにも満たない距離にある霊廟にお参りするためなのだが、どうやらこの辺りの聖地のようだ。

 岸壁に囲まれた直径20mほどの泉の向こう岸に、天使の像が刻んである。誰が何時の時代に作ったのかは定かではないらしいが、かなりの美形だ。トリニティのお気に入りということになるのかな?

 皆が霊廟というだけで、何を祭ったのかは誰にも分からないようだ。

 古くからこの地にあったらしく、今では岸壁に掘られた天使像と、その前に小さな泉だけが残るだけだ。

 城勤めの神官も、トリニティの行動を特に問題視はしていないようだ。神官の信じる神の周りにも天使がいる、くらいの認識なのかもしれない。


 そんなことをしながら、私を取り巻く周囲の状況を眺めていると、少しずつこの世界が見えてくる。トリニティの記憶もかなりあいまいになって、私の記憶と一体化しているような感じだ。

 

 私の住んでいるレーデル王国は、周辺の王国と比べて、かなり小さい。

 王国自体の大きさが東西4リーズ(60km)、南北8リーズ(120km)ほどでしかない。日本で言えば県の広さじゃないのか?

 20近い王侯貴族が王国を分割して所領にしており、我がコーデリア家も土地を持つ貴族の1つとなる。とはいっても、その広さは東西半リーズ(7.5km)南北が1リーズ(15km)というところだ。

 ちょっとした町よりも狭い感じがするが、所領には2つの村があるし、石と木を組みわせたような城がある。


 城と言っても、宮殿を持つことはない。どちらかと言えば砦に近い代物だ。これは東のハーレット王国と国境である峡谷を挟んだ関係を持つからだろう。

 かつての大帝国が峡谷に作り上げた石橋は今でも商人達が行き来している。その石橋の袂に作った砦で隣国の軍勢を迎え撃ち、援軍の到着するまで持ちこたえるのが我が家の使命らしい。


 城の北には緑に縁どられた岩山が迫っているし、城の南には小さな森がいくつか点在している。その中の大きな森の南に2つの村があるのだが、大きい方でも戸数は350、住人の数は3千人を超えたぐらいだ。小さな村は、戸数が100個に届かない。

 所領には約5千人、と覚えておけば十分だろう。


 城と森の間を、東の石橋から続く石畳みの街道が東西を結んでいる。石畳に轍の後がくっきりと残っているぐらいだから、この街道も古い時代のものだ。隣の貴族領との境界は川で区分されている。リンデ川と呼ばれる川の深さは水深が2リオン(3m)ほどだから、橋も木造だ。

 もっとも、基礎部分はかつての帝国の技術で作られた物らしいから、長さ60m程の橋はかつては石橋だったのかもしれない。


 特に産業もない場所だが、先代当主が城の北を開墾してぶどう畑を作ってくれた。父上がワイン作りの職人を10年前に招いたことで、ワインを数年前から売りに出している。

 これで領内の人達の働き口が、少しながらもできたことになる。

 父上、母上共に王都には滅多に行くことがないようだ。それは東の王国に対する備えをきちんと果たしているからに他ならない。

 我がコーデリア家は古くから部門で名を知られた貴族とのことだが、どう見ても中の下という辺りじゃないかな。


 だが、平素から他の貴族と疎遠というのも気になる。政略争いに明け暮れるようでも困るけど、万が一の時に力になって貰える相手はいるんだろうか?

 場合によっては、母上の実家であるケニアネス家が力になってくれるかもしれん、と父上が言っていたが、向こうにだって貴族としての思いがあるはずだ。

 母上を見捨てるということも十分に考ええられるんじゃないかな?


 領民には重税を課さないから慕われているらしいが、世の中は善人だけではないからねぇ。それに、出来高で税を掛けずに、毎年一律というのも問題がありそうだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ