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3-4 治療開始


 数人に見守られた、礼拝室での結婚式はそれなりに厳かな雰囲気はあったようだ。感極まって2人の乳母は涙を流していたし、カトレニア嬢もハンカチで何度も涙をぬぐっっていた。

 指輪を交換し、口づけを交わし私達は夫婦となれた。

 礼拝室から、すぐに私室に向かう。

 ここから先は私達2人だ。リンドネスさんは、

少し間を置いてから来てもらう手筈になっている。

 私達の部屋に入ると、母様の私室に案内する。


「ここが母様がいた部屋だった。これからはカトレニアが暮らすことになる。一応、クローゼットや机の引き出しから、母様の私品は取り除いたつもりだ。カトレニアの好きに使って構わないし、花を飾っても構わない」

「暖炉があるんですね?」


「コーデリア家の領地は結構冷えるからね。城の中庭を毎日散歩してくれ。病気は寝ていてばかりでは治らないみたいだ。それで、城の中で纏うならと衣服を用意してある。

あまり上等ではないけれど、温かさが一番だからね」


 衣装箱から取り出したのは、ネルの下着にフリースの上下、その上にダウンのひざ下までのコートだ。下着とフリースは3セットあるから当座はこれで過ごして貰おう。

 靴下は厚手のものだし、スリッパはダウンのハーフブーツのような品だ。毛糸の帽子も用意はしたが、さすがに部屋ではいらないだろうな。


「初めて見る生地ですが、軽いんですね?」

「結構、温かい。私も着ているぐらいだからね。着替えたら、こっちに来て欲しい。治療を始めなければならない」


 扉を閉めて、暖炉際に医療品の入ったトランクを用意する。

 筋肉注射は注射器ではなく、三角の小さなビニルバックと注射針がセットになったようなものだった。針はかなり細いから痛みも少ないに違いない。一緒に入っていた説明書では斜めに半分以上と書かれている。簡単なイラストがあるからこれと同じようにすればいいのだろう。

 飲み薬は、6個になる。ビタミン剤も入っているはずなんだが、どれだか分からないな。1回ごとに纏めてはあるんだが、お茶で飲んではいけないようだ。

 先ずは1回飲ませて、夕食後に再度飲んでもらおう。水はポットにあるから、それを使えば良いか。


「これだけで十分な温かさです。コートはもっと寒くなってからにいたします」

「無理はしないでくれよ。さて、始めるけど少し痛いかもしれないぞ」


 右肩を出して貰って、型の筋肉の位置を確認し、アルコールで洗浄する。

 注射針を斜めに刺して、ビニルの薬室を指で潰すように薬を注入した。

 終わったところで、少し筋肉をもみほぐしてあげる。


「痛かったろう? だけど毎日、この針を打たなければならない。期間はおよそ3カ月。今年一杯は続けることになりそうだ。後は、これを飲んでほしい。噛まずに飲み込めば良いんだが、お茶では効き目が薄れるから水を使ってくれ。これは1日に3回だから、食後に飲めばいいだろう」

 

 10日分を紙袋に入れて渡したけど、結構な量だと思うな。やはり結核の治療は大変だということなんだろう。

 お茶のカップに水を用意してあげると、何も言わずに薬を飲んでくれた。


「ここが私達の部屋になる。寝室はあちらになるんだが、1年は別にしよう。治療が済めばいつも一緒にいられるはずだ。それまでは寝室は分けることにする」

「私の荷物はどうなるんでしょう?」


「明日には届けられるだろう。一旦すべての品を熱湯で洗っている。これも病気の治療の一環として諦めて欲しい。欲しいものがあれば乳母のリンドネスさんに言ってくれ。ラドニアおばさんが用意してくれるはずだ」

「ケニアネス家から年明け前に、届け物があるかもしれません。母様がそんな話をしておりました」


「カトレニアは会う必要はない。カトレニアの病状を確認しに来るのだろうからね。私の方で上手くやるさ。それと、教えてくれてありがとう」


 夕食までは、カトレニアの今までの暮らしを教えて貰った。

 1日のほとんどをベッドで暮らす日々が続いていたようだ。城の中を毎日散歩して欲しいと聞いた時は、かなり嬉しかったようだ。


「城の中庭は広いんでしょう? 来春には花の種を撒きたいです」

「花壇を1つ作ってあげよう。日当たりの良い場所なら、毎日世話ができるだろう。そうだ。この城には山の民と呼ぶ人達も一緒に暮らしている。たぶん初めて目にする人達だけど、神の元では罪人でない限り皆平等だ。あまり毛嫌いしないで欲しいな」


 頷いてはくれたけど、難しいかもしれないなぁ。

 リンドネスさんにその辺りを頼んでおこう。たぶん一緒に散歩をするはずだ。


 夕暮れが近付いてきたとき、マギィさんが部屋にやってきてランプに明かりをともしてくれた。

 魔法で光球を作る必要があるから、【クリーネ】の魔法以外使えない私には色々と不便がある。

 カトレニアが元気になったら、いくつか魔法を覚えて貰おうかな。


「もう直ぐ、夕食を運びますよ。リンドネスさんから好みを教えて貰いましたから、期待してくださいね」

「ありがとうございます」


 マギィさんに丁寧に頭を下げている。ちゃんとお礼が言えるなら、城の中で暮らしても問題は無いだろう。

 

 やがて運ばれてきたのは、野ウサギのシチューだった。

 山の民から貰ったのかな? 狩りの腕は兄さん達以上だから、色々と獣を持って来てくれるんだよね。


 食事が終わると、薬を飲んでもらう。

 水で飲むのを見て、リンドネスさんがちょっと驚いていたようだが、こればっかりはしょうがない。


「リンドネスさんも、薬を飲んでくださいよ。私も同じ薬を飲み続けるぐらいですから」

「分かっております。それで、お嬢様はどこでお休みに?」

「トリニティ様の母様の部屋を頂いたの。もう少し待ってください。トリニティ様にお休みを言わなければいけません」


「あまり気にしなくてもいいよ。今日は1日大変だったろうから、早めに休んだ方がいいだろうね」

「それでは、お休みなさいませ」


 丁寧に頭を下げると、母様の部屋に向かった。その後ろをリンドネスさんが付いて行くから、何か足りない物があるかどうか確認してくれるだろう。


 10分も経たずに、リンドネスさんが母様の私室から姿を現して、私の近くにやって来る。丁寧に頭を下げて、ケニアネス家の非礼を詫び始めたので、すぐに止めさせた。


「それは済んだことだ。カトレニアは私の妻になったし、リンドネスさんはこの城で働いてくれるのでしょう? それで十分です。それより、カトレニアの部屋に不足したものはありませんでしたか?」

「恐れ入ります。カトレニア様の部屋に不足等ございませんでした。今日は、少し無理な動きをさせてしまいましたが、明日は一日お休みをさせてもよろしいでしょうか?」


「1つだけ、注文がある。短くても良いから、散歩をさせて欲しい。城の中庭を一回りで構わないよ。少しずつ伸ばしていけば、来春には私と一緒に天使の泉にお参りできそうだ」

「ラドニア様から聞いております。トリニティ様は、廟の天使の加護を受けていらっしゃると。是非とも、カトレニア様をお連れくださいませ」


 下がろうとするリンドネスさんに、この部屋の出入りは自由にと言い渡しておいた。

 カトレニアの部屋にある飾り紐を引けば、リンドネスさんの部屋のベルが鳴ることも教えておく。

 カトレニアの話し相手になれるのは、リンドネスさんだけだからね。できるだけ一緒にいて欲しいところだ。


 さて、カトレニアが教えてくれたケニアネス公爵の使いは、病気の進行状態の確認というところだろう。

 基本は無視しても良いのだが、ここは少し相手を喜ばせてあげようかな。


 2人とも安静にしていると言えば、向こうが勝手に解釈してくれるに違いない。私も、そんな連中に会いたくはないし、カトレニアにしても道具並みの扱いを受けた以上、会いたくもないだろう。


 南の橋から兵を退けば、飛び込んでこないとも限らない。

 西のジョンデル男爵とどの程度の付き合いを持っているかを、レブナンに確認しておく必要もありそうだ。

 それによっては、西の橋の砦作りも考えねばならない。

 

 執務机から筆記用具を持ってくると、気付いた事項を箇条書きにしておく。

 明日にでも、確認しておく必要があるのもいくつか出てくる。それは頭に丸を付けて強調しておけばいい。


 コンコンとノックの音がする。こんな遅くに誰だろう?

「どうぞ!」と声を掛けると、ライアン姉さんとマギィさんが入って来た。

 今頃何の用なんだ?


「どうぞお座りください」

 俺の言葉に、ライアン姉さんが小さなテーブル越しのソファーに腰を下ろした。

 マギィさんは、暖炉傍に置いてあるお茶のセットを使って、私達にお茶を準備している。


「とりあえず、婚礼は終えたというところだが、南の橋は現状通りでいいのか? 兄が確認して欲しいと、伝令を寄越したのだ」

「サーデス兄さんは、まじめですからねぇ。現状のままということでお願いします。後で、ちょっとしたお願いをしたいと思います。それを楽しみにと伝えてください」


「願いとは?」

 興味というより、その中身が知りたいんだろうな?

 マギィさんから受け取ったカップを持ちながら、小さな声で『病に倒れたことにします』と答えたら、笑みを浮かべながら頷いてくれた。


はかりごとということだな。兄に上手くできるだろうか、少し心配になってしまう」

「それで、ケニアネス公爵が動きそうなら、西の砦の計画は早めねばなりません。動く様子が無ければゆっくりで良いんですけど……。ですが、来年中にはケニアネス公爵は動くと思います」


 動くとしても、ケニアネス公爵単独か、他の貴族と連合を組むか、さらには王国軍を伴うかで私達の対応がだいぶ違ってくる。

 王国軍までは動かないとは思っているが、一応その対応も考えねばなるまい。


「来年は、忙しくなりますよ」

「2方面作戦になりそうなのだろう? ガロード兄さんが楽しみにしているぞ」


 となると、オーガスト殿も暴れたいと直訴しにやってきそうだ。

 騎馬隊は遊撃隊として温存したいのだが、そうも言っていられないかもしれない。

 明日は、各部隊の割り当てをもう一度見直してみるか。


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