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3-3 やって来た少女


「それでは行ってまいります」

 ライアン姉さんとラドニア小母さんが馬車に乗ると、オーガストが5騎の騎士を従えて馬車の前後を守りながら城を出て行った。

 

 朝食を終えたところで、関係者に薬を渡したのだが、予防薬だけで3種類を飲むことになってしまった。

 1日3回だから、食後に飲むようにとラドニア小母さんとマギィさんに渡してある。

 とりあえず10日分だけど、これを3か月ほど続けなければならない。

 

「本当に、あの薬で治るのでしょうか?」

「マギィさん達が飲んだのは、予防薬だけだよ。カトレニア嬢にはもっと、いろんな薬を飲ませなければならないし、針で薬液を体内に入れなければならない。それを拒むようなら、幽閉しないといけないだろうね」


 チャンスは与えなければなるまい。それを生かすか否かは、カトレニア嬢の判断に任せよう。


「まだ伝令は決まらないのかな?」

「山の民の長老が3人選んでくれました。城の周辺で散々野ウサギを弓で狩ったようですよ」


 目が良くて、足が速いってことだな。伝令には最適なんだが、銃を撃てるんだろうか?


「訓練は?」

「ライフル兵と同じ軍装で、護身用のリボルバーを撃たせました」

「なら、これを使わせてくれ。銃身が長い分、狙いが正確だ」


 30m先の的に当たるなら、戦闘に参加させることもできるだろう。他には短槍を持たせても役立ちそうだ。

 杖代わりに使えるだろうし、槍にリボンを結び付けて伝令であることを知らせることもできるだろう。


「ライフル兵達が、石運びをしているようですが?」

「レイドラ小母さんの部隊と2日毎に交代して運んでいます。丸太作りの砦ではなく、小さくとも石作の方が良さそうです。石工より大量の石を用意するように言われてますからね」


「冬季に構築すると?」

「早めに建てておかないと、南が心配です」


 西の橋を抑えておけば、南の橋を封鎖されても商品は流通できるだろう。東の砦のように立派な建築物を作れればいいのだが、そこまでの財力は無い。

 とりあえず石造りであるなら、見掛けは立派に見えるだろう。

 ゆっくりと拡大しておけば、そう簡単にこちらの意図を悟られることも無いはずだ。


「東の封鎖は、まだ続けるのですか?」

「ん? ハーレット王国に動きがあるのかい」

「実は……」


 どうやら、商人達の足止めを解除したいということらしい。昨年の飢饉はさすがにハーレット王国も、相手側の砦の門を閉じたようだが、今年は、豊作のようだからなぁ。

 商人達も村々を巡って稼ぎたいということなんだろう。


「荷改めができれば、問題はないんだが」

「兵士が足りない、ということですね。冬季の前に、配置をもう一度考えた方がいいのではないでしょうか?」


 ハーレット王国は、私がレーデル王国に反旗を翻したことを知っているのだろうか?

 商人の動きによって、確実にそれを知ることになるだろう。間に峡谷が無ければすぐにでも攻め入るに違いないが、上手い具合に石橋と砦がそれを防いでいる状況だ。

 

 それに、大きな問題もある。

 中世の片田舎とは言っても、自給自足とはいかないのだ。

 農家の現金収入も考えなければなるまい。レーデル王国の商人に依存していては、消耗品の補給ができなくなる恐れすら出てきそうだ。


「年明けには、東の砦の門を開くしかなさそうだ。課題はたくさんあるが、領民の暮らしを先ずは考えねばなるまい」


 山の民から貰った粒金を使わせてもらうか。

 彼らの生活に直結する使い方なら、不満も出ないだろう。それに、リンデ川に沿って畑を開拓している彼らにも、防衛の一部を担ってもらえるだろう。

 彼等の村の外側にもう1つ柵を作れば、リンデ川の上流部を越えてくる兵士達の足止めぐらいはできるに違いない。

 仕事ができれば金が動く。それは今までの領民達に新たな消費が生まれるし、それを狙った商人もやってくるはずだ。


 昼を過ぎると、マギィさんがソワソワしている。

 どんな女性が来るのか気になるようだ。たまに、会議室を出て準備を確認しているようだけど、マギィさんが手伝うようなことは無いと思うんだけどねぇ。


 今度は席を立って、私にお茶を入れようとしている。

 少しは落ち着いて欲しいところだ。

 それでも、テーブルの向かい側に腰を下ろしてお茶を飲み始めたから、少しは落ち着いたのかな?


 コンコンと小さなノックの音がして、若い兵士が馬車の接近を知らせてくれた。

 飛び出していくのかな? とマギィさんに顔を向けると、私をジッと見ている。


「いよいよですね。会議室にご案内してご休憩頂きます。その後に礼拝室に向かいますが、晩餐は本当に必要ないのですか?」

「先ずは病気の治療が先だ。来年の秋分の日に、改めて晩餐会を開くよ。それまでは、カゴの鳥になってもらうつもりだ」


 政略結婚以下の結婚だからねぇ。あわよくば、私を亡き者にしようと考えての結婚だ。カトレニア嬢には、申し訳ないが1年の辛抱をお願いするつもりだ。


 再び兵士が報告にやって来た。

 城の中に入ったそうだから、もう少しでこの部屋に入ってくるだろう。

 改めて、マギィさんにお茶の準備をお願いしたところで、自分の服装を眺めてみる。

 迷彩服の軍装だが、今朝下したばかりの品だ。戦の最中という状態にあるのだからこれで十分だろう。


 コンコンと扉が叩かれる。

 この叩き方は、ライアン姉さんだな。

 マギィさんに視線を向けると、すぐに席を立って扉を開けてくれた。

 ライアン姉さんが入ってくると、私に騎士の礼を取る。


「コーデリア王国第3部隊、ライアン。ケニアネス男爵の長女、カトレニア嬢をお連れしました」

「ご苦労。中に案内してくれ。マギィ、お茶を頼む」


 私が席を立ったところで、ライアン姉さんが戸口から横に移動する。

 それを合図に、レドニア小母さんより少し若い小母さんが、少女の手を引いて会議室に入って来た。

 美人じゃないか! 母様も美人だったが、ケニアネス家は美人の家系なのかもしれないな。

 少女が1歩足を踏み出して私を見つめる。


「カトレニアと申します。末永く御寵愛を賜りますよう、お願いいたします」


 顔を赤くして口上を述べると俯いてしまった。

 ずっと練習してたんだろう。終わった途端にほっとした表情を見せてくれたからね。


「小さいながらも、コーデリア王国を名乗っている。当主のトリニティだ。母様の実家から私の妻を迎えられるのも嬉しい限り。こちらこそよろしく頼む」

 

 腰を下ろすように伝えて、彼女が椅子に座ったのを見てから私も腰を下ろす。

 この辺りの作法は昨晩ラドニア小母さんから散々教えられたから、問題なさそうだ。


 カトレニア嬢が上目使いに私を見ている。改めてカトラニア嬢を見ると、かなり化粧が濃いな。青白い顔を隠しているのだろう。眼差しも少し熱を帯びているようにも見える。

 早めに治療を開始する必要がありそうだが、傍にいる小母さんが怖い目で俺を見てるんだよなぁ。


「ところで、お付きのお名前は?」

「リンドネスと申します。姫様の乳母を親方様より命じられてから、ずっとお世話してまいりました」


「私には乳母はいないのだが、母様がケニアネス家から嫁入りをした折に、やはり乳母を同行している。私の左にいるラドニアだ。母様が亡くなってからは私の世話をしてくれている。同じケニアネス領から来た者同士、仲良くしてくれるとありがたい」


「もったいないお言葉。お館様より、私の姉の嫁ぎ先と伺ってはおりましたが、今でも同郷の乳母様がおいでとは……。私も色々と安心できます」


 とりあえず、お茶を飲んでもらい、礼拝室の準備が整うのを待つことにする。だが、その前に、伝えるべきことは早めに伝えた方がいいだろうな。


「さて、カトレニア嬢には申し訳ないが、コーデリア家はレーデル王国に反旗を翻し、現在交戦状態にある。ケニアネス男爵家はレーデル王国の家臣でもあるから、現時点での婚姻には裏があると思わざるをえない。

 こちらで、カトレニア嬢について調査してみた。その結果は、……リンドネスさん、カトレニア嬢は知っているのか?」


 私の問いに、あわわと口を震わせていたが、テーブルに頭をこすりつけるようにして私に頭を下げながら話をしてくれた。


「すでにご存じでございます。港に近い別荘で、日夜祈りの日々を過ごしておりました」


 カトレニア嬢も、うつむいて涙をテーブルに零している。

 すでに、諦めているのだろうな。

 短い間でも、私と婚姻生活ができると思って喜んでいたのかもしれない。


「ツバキュロムは死病ともいわれる。しかもそれは感染する病でもあるのだ。私は母様の実家であるケニアネス家を疑うしかなかった。婚姻を行うことでコーデリア家をケニアネス家は戦をせずに手に入れられるだろう」


「私の命で良ければどのようにでも……。ですが、お嬢様については、どうか天命を全うさせてくださいませ。長くとも2年は掛かりますまい」


 ガタンと椅子を蹴飛ばすようにして床にひれ伏して許しを願っている。この小母さんは善人なんだろうな。

 最後まで、乳母の勤めを果たす気のようだ。


「話は、最後まで聞いて欲しい」


 ラドニア小母さんに顔を向けて小さく頷くと、黙ってラドニア小母さんが席を立った。

 リンドネスさんの肩を抱きかかえるようにして席に戻してくれた。


「たぶん、ケニアネス家にも色々と事情があるのだろう。それに、せっかく私に娘を妻として渡してくれたのだ。私もそれに応える必要がある。

 コーデリア家でも、あまり知られてはいないことだが、妻となる以上知らせておく必要があるだろう。私には、天使の加護がある。それは私個人とも限らないようだ。

 カトレニア嬢を妻にするために、私はカトレニア嬢の病を治すことを願った。その結果、たくさんの薬が今朝届いている。

 この薬で、カトレニア嬢の病を治療することが、ケニアネス家への報復としたい。

 協力してくれるか?」


 怯えるような、それでいてすがるような表情で2人が私を見ている。

 2人とも、涙で顔がぐしゃぐしゃだけど、そんなことはどうでもいいようだな。


「治るのですか?」

「神が触れた肩を、天使の力で払いのける。私達がこれまでの戦を勝ち進んでいるのは天使の力とも言える」


「どうか、お願いいたします。すでに我等のことはケニアネス家としてどうでも良いこと。先ほどトリニティ様がおっしゃったとおりの目論見でございますれば……」

「カトレニア嬢もそれでよろしいか?」


 私の言葉に、大きく頷いてくれた。

 後は、予定通り進めれば良いだろう。だけどその前に、せっかくの化粧が台無しになってしまった。

 マギィさんにカトレニア嬢の化粧を頼みながら、ラドニア小母さんに礼拝室の様子を見に行ってもらうことにした。


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