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3-2 妻を迎える準備


 カトレニア嬢の輿入れの話はとんとん拍子に進んでいる。

 こちらの条件を全て飲んで、母様と同じように乳母を連れてくるらしい。40歳と聞いたから、レドニア小母さんよりも若いのもこちらにとっては都合が良いところだ。


「奥様の私室を整理しております。ご希望通りにベッドを運べば養生できると思いますが、この館の冬は寒いのが気になるところです」

「少なくとも半年は別に暮らすことになるだろう。体調が良くないのでは、私と一緒に過ごすのも問題だろうからね」


 感染力は弱いらしいけど、この世界では不治の病らしい。

 誰にもうつらないことを祈るばかりだ。


「滋養のある食事と清潔で暖かな部屋なら、きっと病気も良くなるはずだ。せっかく生まれても一生をベッドで過ごすのはかわいそうだ」

 私の言葉に、ラドニア小母さんが祈りの句を唱えている。敬虔な信者だからねぇ。


「秋分まであまり時間がありません。隣国の商人から、貴族の子女の衣装を一通り運んでもらいました」

「輿入れに着ていた服は、出来れば焼却したいけど、思い入れもあるだろう。沸騰したお湯に漬け込んでくれないかな。できれば装飾品もそうして欲しい」


 私の話を頷きながら聞いているのは、私の暗殺を恐れてのことなんだろう。

 どんな武器を隠し持っているかもしれないし、毒薬を使うことも考えられるのだ。父様達が生きていたならこんなことを考える必要も無いのだが、今は非常時でもある。

 妻となるカトレニア嬢には気の毒だけどね。


「それで、サーデス兄さんは例の準備は終えたんだろうか?」

「終えたそうですよ。街道に沿って2重の落とし穴と地下に埋もれたような砦を作ったと言っておりました。でも嫁ぎ先に攻め込むなど……」


 来年の秋までにはやって来るに違いない。私が発病したと噂を流せば良い。それは春を過ぎての話だ。大喜びで、攻め入りそうに思える。


「南進したいところだけど、戦力が無いからねぇ。もしあっても、東の橋が先になる。東の橋を越えた先に砦を作れば、ケニアネス公爵も腹を括らねばならないだろうな」

「橋を越えた先はジョンデル男爵領ですよ?」


 俺の考えを確認するようにラドニア小母さんが問いかけてきた。

 確かに、地図で言えばそうなるんだが、ジョンデル男爵領は我がコーデリア領よりもかなり大きい。

 世間的にはコーデリアより戦力が大きいことになるのだが、他の王国との境界を持たないから、ジョンデル男爵は1個分隊程度の私兵を持つだけだとレブナンが教えてくれた。

 私兵を持たなければ、それだけ王国から頂く男爵の報酬を自分の物に出来るということになる。

 コーデリア領は欲しいだろうが、2度の戦を少人数で勝利した相手に対抗できる戦力ではないし、他の貴族達も他の領地の切り取りを狙っている。


 1個分隊ほど駐屯させれば、相手側は何もできないだろう。

 王国軍を出すように請願したとしても、一度敗退している以上王国側としても頷くことはできまい。


「石工は村にいるんだろうか?」

「石臼や、家の土台を手掛ける者がいるようですよ。必要なら呼び寄せますが」

「私の考える砦を作るのにどれだけ時間が掛かるかを訊ねたい」


 私が、軽く頭を下げると、恐縮して何度も頭を下げてくる。私にとって、本当の伯母のような存在なんだから、そこまでしないで欲しいな。


 2日後にやって来た壮年の男が、石工らしい。城の会議室に案内して、ワインを振舞った。

 おどおどした態度では、相談などできそうもないからね。


「このような石の構築物を作るとすれば、どれほどの時間が必要だろう?」

 テーブル越しにメモを差し出すと、食い入るように眺めている。

 しばらくして、私に顔を向けると無言で見つめている。


「どれほど……、と言われましても、人手と材料の手配ができない以上、何とも申し上げることができません」


 やっと、それだけ答えてくれた。

 彼のカップに改めてワインを注ぎながら、私の考えを示すことにした。


「人手は、1日に30人。あらかじめ2クルト(4kg)ほどの石を300個ほど用意する。その後は、毎日荷馬車3台分の石を運ぶことで考えてくれ」

「もう1つ必要になります。石と石を繋ぐ漆喰が無ければ話の外です。これは少なくとも20クルト(40kg)のタルが30個は必要でしょう。それがあるなら、殿の知りたい期間はおよそ3カ月ほどになると思います」

「長い。半分にできないか?」


 驚いたような表情を一瞬見せたが、再び考え込む。

 やがて出た答えは、夜間も作業を続けるということだった。そうなると人手が足りなくなってしまいそうだ。

 橋の向こう岸に砦を作るのは断念せざるをえないようだ。


「半年で作るとなれば、人手は少なくて良いのか?」

「半分には出来ません。運ぶ者、積み上げる者に区分けして……、工事となれば最低でも20人は必要です」


 兵士達に協力して貰わねばならないな。

 あまり長時間も掛けられないとなれば、現在のログハウスのような砦を石作にすることで満足することになりそうだ。


「基本は石積みですから、材料が無ければ話の外になります。300個と言わず、500個以上を集めて頂きたい。それに、かなりの小石も必要です。土台となる地盤は掘り下げねばなりません」

「掘って、小石を敷くのか。厚い層を作ることになりそうだな。そうなると……、こんな具合に杭を打つこともできるぞ」


 杭を打った上に小石の層を作ることで地盤沈下を少しは防げるだろう。部隊の力自慢の腕の見せ所になりそうだ。


「とりあえず漆喰の手配を頼もう。レブナンに私が了承したと伝えればその金額を出してくれるはずだ。次期は早ければ来年になる。私の方も石を集めねばならんな」

 

 口外無用を申し付けたところで、男を帰した。

 それにしても半月は掛かってしまうのか……。一夜城とはいかないものだ。


「婚礼が近づいたところで砦作りですか?」

 扉を叩く音がしたかと思うと、ライアン姉さんとマギィさんが入って来た。

 私に一礼をすると、テーブル越しの席に座る。

 マギィさんは直ぐに座らず、暖炉のポットでお茶を入れてくれるようだ。振り返った俺の視線に気が付いたのか、小さく頭を下げてくれた。

 2人とも、お茶を飲みながらテーブルに乗せた簡単な絵図を眺めている。


「婚礼だからです。やってきますよ」

「南からだろう? なら、西に砦を作らずとも良さそうに思える」


 やはり、この世界には戦略というものが発達していないみたいだな。となれば、砦を有効に使えそうだ。


「西の橋に砦を作ります。本来は端の向こう岸に作りたかったんですが、工事に時間が掛かりそうですから、現在の砦を石造りに変更します。

 私がケニアネス男爵なら、コーデリア領内に侵攻する前に、西の橋で騒ぎを起こすように国王に願い出ますよ。

 中隊規模で西に現れたら、私達も南から兵士を移動しなければなりません。それだけ、ケーニアス軍の侵攻が容易になります」


「立派な砦なら、向こうも橋を渡り難いと?」

「そんなところです。兵士達の体力も鍛えられるでしょう」


「守備兵はどうするのだ?」

「10人程度で十分です。レドニア部隊と私の部隊から出せば十分でしょう。攻め入るようであれば、伝令をその前に出せるでしょうし、オーガスト殿の騎馬隊が直ぐに駆けつけられます」


 見掛けの砦と実際の姿が大きく異なるのが特徴だ。西から見れば立派な砦でも、東から見れば張りぼてで十分だろう。橋に対して南北に長い廊下のような空間を作り、射点を確保すれば、そう簡単に破られることは無い。

 旗や槍、案山子も有効だろう。砦の人数を多く見せることが重要だ。


「後ろがガラ空きですよ……」

「前を立派に、が前提ですからね。銃を持ってるんですから近付けないでしょうし、魔導士の持つグレネードランチャーを使えば投石機も近付けないでしょう。

見掛けだけの砦ですが、攻め込む相手側に砦の人数が分からなければ、心理的な圧迫がかなり効いてきます」

「考えあぐねて攻め込めないということですね」

 

 マギィさんは分かってくれたようだな。


「それほど効果があるのかは疑問だが、私には守備兵の人数が少ないように思える。ライフル兵も付けるべきではないか?」


 ある意味、何も起こらない可能性の方が高いこともある。

 定期的な兵士の交代も視野に入れるべきかもしれないな。ライアン姉さんに小さく頷くことで、検討することを伝えた。


「ところで、ライアン姉さんは、砦の話をしに来たわけではないんでしょう?」


 私の問いに、隣に座ったマギィさんと顔を見合わせている。


「そうだった。私達がやって来たのは婚礼の最終確認だ。南の橋で馬車を下りたカトレニア嬢を我が王国の馬車に乗せ換えるということは理解した。だが、持参した衣服は全て置いてくるというのがちょっとな」


 可哀そうだというのだろう。結核の恐ろしさがこの世界の人達には理解できないのかもしれない。感染力は余り無いらしいが、感染力を持つことも確かなのだ。


「本来ならすべて燃やしたい。だが、そうもいかないだろう。1つだけ衣装箱を持ち込むことで何とか対処して欲しい。その中身だが、城に着いたら全て一度煮て欲しい。こちらで用意した服に着替えたら、それまで着ていた衣装も一緒だ。

 ツバキュロムの病は死病というのが定説でもある。だが、それを治すこともできるようだ。私はカトレニア嬢に、それを試みたい」


「治るのでしょうか? 神官様は神の手が触れた以上、すでにこの世の人ではないとまで仰っております」

「天使の加護が私にあるなら、私の妻にも……。ということで対処したい。ライアン姉さんの思いと異なることをするかもしれないが、寛大な気持ちで見守って頂きたい」


「神の手が触れても、天使がトリニティ殿を守ってくださるなら、あるいはということですか。

それなら、やる価値はあるでしょう。まだ14歳で神の身元に向かわせるのは気の毒です」


 レドニア小母さんも、賛成してくれたからね。これで城の主だった連中は私の行動を止めることはしないだろう。

 病気の原因や治療法がこの時代にあるとは思えない。それを直そうというんだから、傍からみればどんな風に思われるか……。

 でも私に従ってくれる人達は、私に天使の加護があると信じているようだ。

 その行為は私の独善にもなるのだろうが、この状況ではやむをえない。

 あまり使いたくはないが、確か抗生物質が効くはずだ。末期でなければ十分に治せるんじゃないかな。


 カトレニア嬢の引き取りはライアン姉さんと、ラドニア小母さんに任せることにして、城の礼拝室で神官に婚姻の報告を神にして貰うことは連絡済だ。

 婚礼の宴は、カトラニア嬢が全快してからでいいだろう。

 治療期間は半年だ。カトレニア嬢も、それぐらいは我慢してくれるに違いない。

 

 すでに、薬は手配済みだ。それほど重さは無いのだが、筋肉注射が毎日とは思わなかったな。

 私達も、何種類かを服用することになるようだが、その期間はそれほど長くはない。


 秋分の当日。

 朝早くに、閉鎖空間から医薬品一式を取り出した。

 ついでに簡単な外科治療の器具等を取り寄せたから、纏めると小さなトランクになってしまった。

 残った空間をバレット1丁と弾薬、それに銃身の長いリボルバー5丁が占めている。

 冬季の戦は無いだろうから、弾薬の半分は訓練に使えるかもしれないな。


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