2-8 渡河を防げ
一当たりして5日目の夜のことだ。
テントの外から、俺を呼ぶ声に気が付いて眠い目を開ける。
急いで身支度を整えながらテントを開くと、松明を持ったヨゼニーの興奮した顔があった。
「至急いらしてください。敵軍に動きがあるようです」
「分かった。……なるほど、あの音も問題だろうな」
遠くから木の軋む音が聞こえてくる。それに声を合わせる掛け声もあるから、どうやら完成した投石機を闇に紛れて運ぼうとしているのだろう。
マントを羽織って、ヨゼニーと一緒に指揮所として使っている大きなテントに向かうと、すでにマギィさんが装備を整えて地図を見ていた。
「今度は数が多いですよ。魔導士の2人をガロード兄さんの応援に向かわせてますから、ここは私達で何とかしないといけません。レイドラ小母さんの部隊の若者達が持つ武器は余り遠くに飛びませんから、私達の援護と割り切ります」
「前回と同様の配置でよろしいでしょうか?」
マギィさんが橋の周辺を描いた図にコインを乗せていた。
やはり数が足りないな。今回は私達も一方的な戦いに持って行くことができないかもしれない。
「兵士の全員を橋に向けます。対岸の弓兵は私が対応しましょう。山の民の2人は私が預かります」
倍率3倍の簡易型の照準器だけど、100m以内での狙撃だからね。これで十分だろう。使えそうなら何個か取り寄せても良さそうだ。
今回の戦いでライフル部隊の中にも狙撃の達人が見つかれば、本格的な狙撃用照準器を使わせても良さそうだ。
「お1人で対岸の弓兵を相手にすると?」
「距離がそれほどないからね。弓がどうにか届く距離なら私でも可能だろう? それにマギィさん達の状況も見ることができる」
とは言っても、俺達の距離は20mも離れていない。対岸に敵兵が現れなければ、橋の敵兵を狙うこともできる。その間の見張りは山の民の若者にしてもらえば十分だろう。
マギィさんが率いるのは神官の2人に見習い騎士のヨーゼフ達、レイドラ小母さんから借りた5人の内3人の8人だけだ。カービン銃とショットガンの混合部隊になる。
「分かりました。発砲は、敵兵が橋の中間に達してからにします」
マギィさんの答えに頷くことで肯定する。
これで、俺達の部隊の準備は整ったことになる。やはり敵の攻撃は薄明時を狙うことになるのだろう。
女性達に、夜食を作ってもらえるように頼んでおく。朝食、場合によっては昼食もないんじゃないかな。夕食は全員無事に取りたいところだ。
少し濃い味のスープと、薄く焼いた雑穀パンを頂いていると、監視兵が飛び込んできた。
「稜線から続々と兵士が現れています。投石機も姿を現し、橋の左右に展開すべく動いているようです」
報告を聞いて、思わず食事を中断して監視兵に顔を向けた。
橋の左右か……。早めに処置しないと片方を使われかねないぞ。
「投石機の移動は済んだということか?」
「いえ、そのように動いている途中です。それと、その周囲の兵士が大きな盾を担いでおりました」
まだ途中なら問題ない。木製の盾は矢を防ぐことはできるだろうが、ライフル銃の弾丸を阻止できるものではない。
カービン銃の弾丸はどうなのだろうか?
威力は拳銃弾の3倍とも言われているから、対岸に並べても貫通するんじゃないかな? 橋を渡る敵兵に使えばすぐに分かることだ。
「砦の魔法使いに連絡してくれ。射程圏内に入れば発砲を許可するとね」
「了解です!」
これで何とかなるだろう。片方から順番に潰せば良い。
これからの事を考えるなら、グレネードランチャーの数を増やしたいところだな。
食事が終わったところで、カービン銃を持ち、マントを羽織って外に出た。
射点に近づくと、向こう岸を眺めながらのんびりと食事を取っている最中だった。慌てて、俺に騎士の礼をする兵士達に、そのまま食事をするよう伝えると、双眼鏡を使って敵軍の動きを見る。
俺達に動きを知られぬように、最低限の篝火しか焚いていないようだ。それでも双眼鏡は集光力があるから、敵兵の動きを映し出してくれる。
今回はかなり数が多い。力技で突破しようということなんだろうな。橋の上の焚き木の山に油の入った瓶を置いといたのは正解だった。
並んだ敵兵達は、騎士と同じようなチェーンメイルにバケツのようなヘルメット、それに盾を装備している。この世界で重装兵と呼ばれる兵士達だ。矢を防いで砦に取り付こうということなんだろうが、果たしてどうかな?
この世界の盾は、木の板に薄い鉄板を張り合わせたようなものだ。
大きさは横が60cm縦が90cmほどで、形はカイト型のように下が尖っている。
体を隠すことは出来ても足は出てしまうから騎士達が膝まである金属製の脛当てを付けているのだろう。
橋の近くに並んだ重装兵の部隊は4つ見える。その後ろは革鎧のようだ。槍兵が主だが、槍の長さが騎士の持つ馬上槍の1.5倍ほどありそうだ。平地で槍衾を作るには役立ちそうだな。その後ろにハシゴを持つ兵士達も見える・
まだ、指揮官が見えないから、攻撃は投石機の移動を終えてからということになるのだろう。
俺達の攻撃で作戦が狂ってしまうだろうが、その時の行動が見ものだな。
バッグからレーザー距離計を取り出して、目標付近までの距離を計測する。向こう岸の橋の袂までは80mほどだ。100mに合わせた照準器なら補正をしないでも十分だろう。
橋のたもとに向けて運んでいる投石機までの距離は、ここからだと300m以上離れている。魔導士のいる砦からなら既に攻撃圏内に入っているはずだが、まだ攻撃をしないようだな。
ふと隣を見ると、山の民の若者がショットガン手に控えていた。
「やって来たね。ここで対岸を撃つことはないだろうけど、周囲の監視をよろしく頼む。特に南側には注意してくれ。誰も目を向けていない」
「獲物を見付けるのは自信がある。若を守れと言われている。任せて欲しい」
言葉はたどたどしいが、山の民の目はある意味新兵器とも言えるだろう。夜間視力に優れた狩人なんだからね。兵士を使うよりも効率的だし、信頼も置ける。
突然、投石機の下で炎が広がった。炸裂音が遅れて届いてくる。
いよいよ始まったか。
火を消そうとしている兵士達が吹き飛んだのは炸裂弾に違いない。あれでは近寄れないだろうな。
都合4発が発射されたようだ。火の手が広がって周囲が明るく照らされる。もう1台の投石機を急いでその場から離そうとしているが、投石機の上部に火の手が上がった。しばらく燃えていたけど、火災になるまでには至らなかったようだ。
同じ場所に再び火の手が上がる。今度は直ぐに燃え尽きずにしばらく燃えていた。あの場所は? と双眼鏡を覗くと、てこの支点になる場所らしい。かなり損傷を与えたように見えるから、しばらくは使えないだろうな。
必死に火を消そうとしている敵兵の中に、グレネード弾が追い打ちをかける。
「これで投石機は使えないぞ。次は?」
双眼鏡をバッグに入れて、周囲を眺める。今回は弓兵を出して来ないようだ。
「重装歩兵を前に出した。指揮官は、だいぶ後ろにいるな」
「俺は周囲を監視すればいいな?」
「ああ、そうしてくれ。南を頼む」
さすがに方位は知っているようだ。俺に頷いている。
これで、橋の方に専念できる。
すでに、薄明が始まろうとしてる。そのわずかな明かりの下でゆっくりと橋に近づく部隊の姿が見えてきた。
攻撃開始は、奴らが橋の中間を過ぎてからだ。コックを引いて初弾をセットすると、頭を上げて敵の動きを見る。
橋のたもとに並んだのは4つの部隊だ。あれで1個中隊ということになるんだろうな。その後ろにも部隊が並んでいる。
となれば、さらにその後ろと続くのだろう。銃弾が持つのだろうか? 少し心配になってきたぞ。
最初の部隊が橋に足を進める。ゆっくりとした足取りだったが、橋の三分の一をすぎとところで、いきなり走り出した。
足を速めれば矢に当たる確率が減ると考えたのだろう。たちまち橋の中間を過ぎて先頭が焚き木に到達してしまった。
マギィさんが発砲を命じたようで、乾いた発砲音が聞こえ始めた。同時に橋の上で倒れる兵士の姿が見えたから、重装歩兵と言えども銃弾には勝てないということなんだろう。
兵士が密集している橋のたもと付近に続けざまに発砲を繰り替した。
眩しい光に砦を見ると、レドニア小母さん達がドラゴンブレスを使ったようだ。
最初の一斉射撃でも焚き木は燃え上がらなかったようだから、次は散弾を使って瓶を破壊するのだろう。
こちらの手順は、決めた通りにだな。
カートリッジ1つを撃ちつくして、新たなカートリッジを銃に押し込んでいると、私の肩を山の民の少年が叩いてきた。
振り返った俺に腕を伸ばして方向を教えてくれた先には、急造の小舟を使って川を渡ろうとしている一団があった。
どう見ても四角い箱にしか見えないけど、数人で漕ぐなら川を渡れるだろう。だけど、その前に立ちはだかるものがあるのを、彼らは知らないのだろうか?
ずぶずぶと膝近くまで泥に潜り込んだところで、何かを後ろに要求しているようだ。
そんな彼らに届けられたのは、ハシゴだった。
何本かの丸太を横に投げ込んで、その上にハシゴを乗せている。
あれなら泥に沈まないだろうけど、こちらに来たらやはり同じような泥になっているんだけどねぇ。対策を考えてるのかなぁ?
「ちょっとまずいな。ところで名前は?」
「ギットネン。仲間をよびますか?」
頭の回る奴だ。俺が頷くと直ぐにマギィさん達のいる射点に走っていく。
ほどなく3人のショットガン兵が私の元に集まった。
マギィさんまでやって来たけど、どうやら橋の方は、砦の弓兵とレドニアおばさん達が頑張っているらしい。
「さらに下流でも同じことをしてるのではないでしょうか?」
「オーガスト殿が騎馬隊を連れて巡回しているよ。たぶん私達の攻撃の分散を狙ってるんだろうね。本来なら迎撃用に2個分隊は必要だろう」
弓兵と槍兵を1個分隊ずつというところだろうな。
だが、場所が良くなかった。ハチの巣とはいかないけど、それなりに弾幕を張れそうだからね。
ギットネンには、真ん中を過ぎてから撃てと命じたところで、マギィさんと漕ぎ出した船に向かって銃撃を加える。
厚さが3cmにも満たない板作りの船なら、銃弾が当たれば貫通するだろうし、割けもする。
漕ぎ手を失った船が下流に流されていく中を、次々と船を担いだ連中が船を浮かべて漕ぎ出してきた。
ついに、2艘の小舟が川を渡り切り、兵士が船から下り始めた。
その時を待っていたかのようにショットガンが放たれる。
一度に撃つのではなく、1人ずつ順番に撃っているから、まるで半自動小銃を使っているようだ。
十艘近くの小舟の上陸を阻止したところで、その後は小舟を繰り出さなくなった。船が無くなったのだろうか?
「トリニティ様、砦の方も銃声が止んでいます」
「終わったのか? 2番手を繰り出して来ないとも限らない。射点に兵を残して、砦に向かうぞ」
先ずは状況確認が第一だ。
ガロード兄さんとライアン姉さんが何を見たかを確認しないと、次には進めないだろう。




