2-7 投石機を作る音
鉄製の小さな薪ストーブが夜のテントを温める。ログハウスにあったのは素焼きのストーブだったが、小さなものは鉄で作ることもできるようだ。
煙突がテントの外まで出ているから、煙は気にならない。
河原には薄い氷も張っているようだから、外はさぞかし寒いだろう。
見張り台も夜は人を上げないで、射点近くに作った監視所で対岸を監視しているようだ。監視所にはバケツのようなコンロがあると言っていたから、少しは暖を取ることができるのだろう。
マギィさんがお湯を入れて温めたワインのカップを私に渡してくれた。
小さなテーブル越しに座ると、私の見ていた簡易な周辺地図を覗いている。
「いつまでここで待機するのでしょう?」
「相手次第だね。だけどそれほど長くはないと思うよ。対岸の敵軍だって、食料はそれほど持って来てないんじゃないかな? 私達の領地で調達するぐらいに考えてたはずだ」
略奪を前提に兵を率いてきたとなると、それができない場合はかなり悲惨な状態になる。対岸の領地を荒らすとなれば領主だって黙ってはいないだろう。
そんなことをしたら、盗賊として攻撃されかねない。
私達の領地よりは収穫があったらしいが、それでも冬越しはかなりきつい状態の筈だ。今年の種籾までも奪い取るような事態になれば、さすがに領主としても動かざるを得ないだろう。そんな事態が連鎖したら王国が根底から揺らぎかねない。
やはり、西の領地で村から食料を供出させることはできないだろうな。
「長くて5日ぐらいじゃないかな。王国軍もそれぐらいならやって来れるだろう。コーデリア家が東の橋を守る期間は5日間の盟約だからね」
王都からコーデリア領までの距離は間に2つの貴族の所領があると聞いたことがある。馬車なら2日で移動できるほどだから、騎馬隊なら1日でやってくるはずだ。徒歩で移動する重装歩兵にしても3日あれば十分に移動できる。
「早馬で今朝の失態を王宮に知らせるとなると、到着は明日の夜明けというところだろう。王宮会議を開いて、出兵を指示するのが明日の昼頃。準備に半日を掛けて明後日に王都を出れば、その3日目には対岸に着くと思うんだけどね」
「早ければ5日後ということですか……」
すでに出兵しているとするなら、中隊規模になるだろう。先に出兵した貴族の私兵達が略奪をしていないかを確認する監察軍のような位置付けだ。
本格的な戦支度はしてこないはずだから、向こう岸の軍が膨れるだけで攻撃まではしてこないと思うな。
「一応、厳戒態勢だけど、半分は休ませてだいじょうぶだと思う。監視所と見張り台が機能しているなら、敵の不意打ちは避けられる」
マギィさんが小さく頷くと、「お邪魔しました」と席を立ってテントから出て行った。
さて、私も休ませてもらおう。
向こうの世界から手に入れたシュラフとマットがあるから、それなりに寝られるだろう。兵士達は、テントの床に藁を敷いて毛布に包まっているらしいけど、私にはそこまでサバイバルなことはできない。
テントの端に敷いてある毛皮の上に、シュラフを広げて横になる。
翌日、目が覚めるとテント内まで明るいことに気が付いた。
すでに、日が上っているようだ。
指揮官が朝寝坊では具合が悪いな。反省しながら身支度を整えて外に出る。
状況はどうかと、太い雑木の傍に向かうと、木の上に声を掛けた。
「おはようございます。対岸の3カ所に煙が見えます。何度か土手に姿を現していますが、一度に出てくるのは5人以下です」
「冷えるだろうから、たまに上に登ってみてくれればいいよ」
山の民はまじめな人達だ。指示をきちんと守ってくれる。今朝も氷が張っているし、周辺の野にはまだ雪すら残っている。無理して風邪等ひかないようにして欲しい。
数人が集まって暖を取っている焚き火に向かうと、マギィさんの同僚らしい娘さんがお茶のカップを渡してくれた。。
皆が笑みを浮かべて私をみている。やはり朝食はとっくに済んでいるんだろうな。
「今温めてますから、少し待ってくださいね」
「申し訳ない。だいぶ寝入ってしまったようだ」
朝から具沢山のスープに挑むことになるとは思わなかった。
スープの底をさらって用意してくれたから、具がたくさん入ってるのかな?
「西で動きがあります!」
大声を上げて走って来たのはヨゼニーだった。
私が視線を上げたのを見て、恥じ入るように改めて騎士の礼を取る。
私の前に歩いてくると、話を続けた。
「3人の騎士がゆっくりと橋を歩いてきます。槍の先に、赤と白のリボンをなびかせていました」
「帯剣は?」
「そこまでは……」
一番肝心なところを見逃している。
たぶん帯剣はしていないのだろう。槍の穂先に巻いた赤と白のリボンは使者の旗印でもある。
彼らの目的は? ……そういうことか。
「現状を維持していれば十分だろう。たぶん昨日の戦死者の引き取りの為に、一時休戦の交渉に来たと思う。砦のガロードは騎士として尊敬できる人物だ。たぶん、午前中は矢を射ぬと返事をするんじゃないかな」
「全員を配置に着けぬと?」
「ああ、それで十分。心配なら、監視所に2人を配置すれば十分だ」
何とものんびりした戦ではある。
徴募兵を親元に返さぬとなれば、募集した貴族の評判にも関わるのだろう。それに、橋の上の死体は攻撃の邪魔にもなるからな。
後続の部隊も、死体がゴロゴロしているのでは士気も低下してしまう。
本音と建前がまるで違うのだが、ガロード兄さんとしては、敵の提案を飲むしかないだろう。
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貴族達の私兵と一当たりしてから、3日が過ぎようとしている。
一応、次の戦に向けて準備は整っているのだが、対岸はいたって静かなものだ。
だが、増援は集まりだしているらしい。夜に見張り台から西を見ると焚き火の灯りが10個近く見えるとのことだ。
「1つの焚き火に1個小隊というところだろうな。2個中隊ほどに膨らんだということじゃないか?」
「その倍は見るべきでしょう。すでに1個大隊とね。私の部隊も移動すべきでしょう?」
楽観的なガロード兄さんに対して、サーデス兄さんは慎重派だ。
2人の息子の意見を聞いたオーガストの表情は余り明るくはない。やはり俺達の人員不足を何とかせねばと考えているのだろう。
だが、現状で東の砦の守備兵と南の橋を睨んだ部隊を動かすことは難しいところだ。強いて言えば南の橋の部隊になるのだが、万が一にも陽動を掛けられたら、俺達は背後を襲われかねない。
橋の正面に40人。その左右に10人前後を配置した状態で、この砦を守れるか……。かなり難しい戦と考えているのだろうな。
「あの音が気になりますか?」
俺の言葉に、砦の1階に作られた小部屋に集まった騎士達の視線が集まった。
「気になると言えば気になる音だ。あれは投石機を作る音だからな。明日には姿を現すに違いない。この砦を潰したところで一気に橋を渡って来るぞ」
せっかく皆に渡されたワインを誰も飲まないのは、それを知っての事だろう。
オーガストがこの場にいるから、ある程度平静を装っているけど、イラついたガロード兄さんなら手勢を連れて攻撃しそうな感じだからね。
「それほど気にすることはありません。たぶん1度も発射されることなく潰すことができるでしょう。そもそも、投石機の射程は100リオン(150m)もないんじゃないですか?」
「いや、150リオン(225m)と考えるべきだ。弓の射程の約2倍以上。火矢を射ても届かんぞ」
俺の問いに、オーガストが答えてくれた。オーガストの言葉なら、それが一般的な飛距離と考えるべきだろう。
そうなると、グレネードランチャーが使えそうだな。テコの支点となる場所はバレットの射撃で破壊できそうだ。
「なら、投石機の破壊は可能です。この砦から150リオンの場所となれば、橋の対岸からそれほど離れることはありません。且つこの砦に狙いを定めるとなれば、さらに端に近づく必要があります。
間違って橋を破壊することになっては向こうも都合が悪いでしょうから、攻撃の前準備にかなりの時間を要するでしょう。その間に、破壊します」
「破壊できるのか?」
「元は魔族を相手にする武器ですが、ここで使っても構わぬでしょう。この戦に勝たなければ魔族との戦もできません」
オーガスト殿の問いに答えると、ライアン姉さんが笑みを浮かべている。バレットを実戦で使えるのがそんなに嬉しいのかな? 焼夷弾の威力は私にもあまり理解できないんだけどねぇ。
その点グレネードランチャーには、爆裂焼夷弾という明らかに延焼を目的とした弾種がある。炸裂弾と共に10発ずつ用意してあるから、それだけでも十分な気もするな。
「若には天使の守護がある。神器を使っての攻撃なら敵の被害は甚大でしょう」
「ですが、それだけに頼ることはできません。橋を怒涛のように押し寄せる敵に当たるのは、ガロード達に止めて貰うことになります」
うんうんとガロード兄さんが頷いてるのが問題だな。場合によっては俺もこの場所にいた方がいいんじゃないか?
「一気に押し寄せることはできないだろう。橋に積み上げた焚き木が邪魔になる。そこでどうしても駆け足が止まってしまうだろう。乗り越えたところをクロスボウで狙撃する予定だったが、レドニア殿の部下がいる。さらには山の民の短弓の腕は王国軍の弓兵を凌ぐぞ。20人が加わってくれたから、無傷でこの砦に到達できかねるんじゃないか」
ガロード兄さんの言う通りかもしれない。橋の側面は私達が弾幕を張れるし、橋の向こう岸に接近する敵兵はライアン姉さん達が数を減らしてくれるに違いない。
橋の絵図を元に、私達の攻撃地点を再度確認する。
私の説明に満足そうな笑みを浮かべたオーガストが、改めて私に騎士の礼を取ると砦を出て行った。
こっちの備えは万全と思ってくれたに違いない。
オーガストには申し訳ないことだが、南への睨みを利かせて貰いたいものだ。
「投石機への攻撃は、投石機の移動が終わり次第に行ってください。私の指示を待つ必要はありません」
「了解だ(しました)」
ライアン姉さんと魔導士の2人が頷いてくれた。これで破壊できるとは思うんだが、破壊できないようなら、私達も砦に向かわねばなるまい。
今度は焚き木に油の壺を積んだと言っていたから、ショットガンで簡単に壊せるだろう。そこに、ドラゴンブレスを撃てば一気に燃え上がるんじゃないかな。
橋の上で立ち往生すれば、戦というよりも虐殺に等しい気がしないでもない。
ここは心を鬼にしても、王国の振り上げた剣を折るしかなさそうだ。
後をガロード兄さんに任せると、砦をでて俺達の陣に向かう。
少しは陣を強化しろと、山の民の男3人をガロード兄さんが出してくれた。ついでにと言って、ワインのビンを何本か持たせてくれたから、夕食時に兵士達にふるまえるだろう。




