2-6 砦を作ろう
ログハウスの扉を開けると、すでに皆が集まっていた。
俺の姿を見たガロード兄さんが、号令を掛けて皆を立たせて騎士の礼を取る。答礼をしたところで、ライアン姉さんが引いてくれた椅子に腰を下ろした。
「着席せよ。……若、大勝利です」
「やはり一方的な戦になりました。問題はこの後です。彼らは帰るでしょうか、それとも橋の向こうに残るのでしょうか?」
俺の言葉に浮かれ気味の表情が急に硬くなった。
「帰らぬ場合も想定していると?」
「その場合は王国軍だな。王国軍の前に我等を排除すれば、彼らにもそれなりの実入りはあったろう。だが王国軍がやって来たとなれば……」
「彼らの取り分はありませんが、王国軍に協力することで失態を払うことができるということですか?」
まったく、貴族の連中は腐りきっているようだ。だが、自分を守ることには知恵が働く連中とも聞いている。
そんな貴族達に父様達は頭を下げたのだろう。父様達の願いを無視したようだが、自分達の所領の税をどうやって納めたのだろうか?
農民から搾り取ったとするなら、今頃はあちこちの貴族の領地で反乱がおきてるんじゃないのか?
ここで私兵を失って、次の王国軍と俺達との争いに参加するなら、帰る場所はすでになくなっているかもしれないぞ。
「物見を放つこともできまい。櫓を組んで見張りを上らせれば、少なくとも遅れは取らんだろう。若は、まだこの場に?」
ガロード兄さんの言葉に頷いていたら、最後に思い掛けない問いがでてきた。
「まだいるつもりです。ガロード部隊の隣にいれば、橋に近づく敵の数を減らすことはできますからね」
俺の答えに笑顔を見せてくれたのは、先ほどの戦で銃の有効性を知ったからなのだろう。
「余り前に出てくれるなよ。怪我でもしたら、その怪我の倍の怪我を父上に負わされそうだからな」
最後にワハハハと笑い声を上げたから、また同じ場所を守れば良いのだろう。
後ろに控えていたマギィさんに至急、銃弾の残量を調べて貰う。半数を切るようであれば至急に取り寄せねばなるまい。
「あのドラゴンブレスは、相手の意表をつけるな。立ち止まったところを短弓で襲ったから、最初の攻撃をとん挫させることができたぞ」
「余り殺傷能力はないんです。あの焚き木にも火を点けられなかったでしょう?」
「今、油の瓶を2つ乗せておくように指示を出した。短弓の矢が当たれば簡単に割れるような瓶だ。油が混じれば容易に燃え上がるはずだ」
なるほど、それなら散弾で破壊しても良さそうだ。
その後でなら、ドラゴンブレスで火が付くんじゃないかな? ダメなら火矢を放てばいい。
「そうなりますと、敵の次の攻撃は少し時間が掛かりそうですね」
レドニア小母さんは、ちょっと心配気な表情をしている。今回はレドニア小母さんの部隊が前面に立ったからかな? ショットガンの射程が短いためなんだけど、丸太塀の狭間からの射撃だから、それほど心配は無いと思うんだけど。
「少なくとも夜間は無いと思う。交代で兵を休ませるべきだね。それと、次の攻撃は相手の数がかなり多い。その対策も考えないといけない」
多いなんてものじゃない。20倍を超えるんじゃないかな?
王国軍は3個大隊だ。全てを投入するとは考えられないから、最大で2個大隊だろう。兵士の数は約2,000人にも上る。その数を知って便乗する貴族とその私兵を合わせれば、2,500人程に膨らむんじゃないかな?
それに比べて、この橋を守る俺達は100人にも満たない。
「王国軍は3個大隊だったな?」
「すべてを振り向けることはないでしょう。通常なら、1個大隊を北に配置し、1個大隊を王国の守備に、最後の1個大隊を荒れ地の開墾に従事させているはずです」
「やってきても、2個大隊にはならんということだな?」
ガロード兄さんとライアン姉さんの話しでは、俺の予想よりも少し少なくなるようだ。開墾をしている兵士達を使うということだろう。そうなると、さらに到着が遅くなりそうだ。
まったく、のんびりした戦だ。
それなら、防備をもっと固めることも可能だろう。可能な限り離れた位置で敵を倒すことに徹すれば、大軍も恐れる必要はない。
「橋の正面を頑丈にしておきましょう。たぶん次は……」
「投石機ってことか! 王国軍なら、持ってくるだろうな。陣を壊されても、左右に展開すれば良いだろうが、そのすきに渡って来られたら問題だな」
その時は、橋の上に置いた焚き木を役立てよう。一時的に足止めはできる。それに、まだ魔導士はグレネードランチャーを使っていないはずだ。飛距離が投石機を上回れば良いんだが。
バレットも使ってみるか。元々は対物ライフルだからね。木材で作ったような代物なら何発か当たれば破壊できそうだ。
そんな俺に、マギィさんが耳打ちしてくれたのは、弾丸の残数だった。およそ三分の一を使ったらしい。
次はある意味総力戦になりそうだ。3会戦分ぐらいは用意しておかないとね。
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朝食と昼食を兼ねたような食事が終わると、ライアン姉さんは数人の兵士を伴って城に向かった。
弾薬の補給をお願いしたのだが、最後にバレットを用意して欲しいと話したら途端に笑みを浮かべた。
焼夷弾は先端が緑色だと教えたんだけど、分かってくれただろうか?
ガロード兄さんも暇のようで、私に投石機をの構造や性能を教えてくれた。
投石機は木製らしいから、炸裂弾で十分に破壊できそうだ。それに飛距離が弓の2倍程度と言っていたから200mほどになるのだろう。2丁用意してあるグレネードランチャーも使えそうだ。
「次の戦に備えて、橋の前面に作った丸太の柵を塀にするつもりだ。頑丈に作ればレイドラも心配しないだろう。10日もあれば何とかなるぞ」
小屋に入って来た副官に指示していた内容を教えてくれた。
西部劇に出てくる砦のような形になるのかな? 砦にした方が兵士を長期間滞在させるには都合がいいし、砦の屋根も射点として利用できる。周囲は幾重にも柵を作ってあるから早々取り囲まれることはないだろう。
「レイドラ部隊とライアン部隊は砦の側面ですから、砦を出なければ私達の銃撃を受けずに済みます。大軍でやって来られたら、橋だけで阻止するのは難しいでしょう。この砦に釘付けにしたところで周囲から狩っていきます」
「俺達が囮になるということか! いつの間にかそんなことも考えられるようになったのだな」
大声で笑い声を上げている。
俺の世話になるようなことはないと考えているんだろう。
確かに太い丸太を使っているから、投石器で飛ばす石が小さければ弾くこともできそうだ。
「ライアン達は、前と同じ場所に居座るのだな? 橋に面した塀には地面から4リオン(60cm)に狭間を作る。半リオンの大きさだから、槍も、矢も狭間の中には届かんだろう。ラドニア殿の安全は私が保証する。そうすることで、山の民の兵士を半数をトリニティ殿の陣に移動できるのでは?」
「屋根の上からの防戦も敵の矢に気を付けてくださいよ。王国軍はいくらでも沸いて出てきますが、私達の仲間は少ないですからね」
笑みを浮かべているから、俺の言葉の裏に込めた思いは伝わったに違いない。ガロード兄さんの部下が大勢いるから、言葉にも気負つけなければならない。ほんのちょっとした言葉が士気を低下させることだってあるんだから。
外に出ると、ラドニア小母さんを山の民の銃兵が取り囲んでいる。完全に、部隊を掌握している感じに見えるな。
小母さんに近づいて、3名を分けて欲しいと言ったら、すぐに5人を選び出したんだが、どうやら5人を1つの班として指揮しているようだ。5人を纏める若者が班長ということなんだろう。1
そんな立場なら、リボルバーと単眼鏡を後で渡してあげよう。接近戦になったらショットガンは不利だからね。仲間が弾丸を込める時間ぐらいは稼いであげられるんじゃないかな。
俺よりも少し歳上に見える5人を率いて、俺達の部隊がいる陣に戻った。
居心地を良くするつもりか、射点の少し後方にテントを数個張っている。幾重にも柵を作ってあるから、正面と側面を突かれることはないだろう。
唯一、後方には移動式の柵があるだけだ。後方から攻められることは想定できないが、万が一を考えての事だろう。
俺達が帰って来たことを知って、兵士が指揮所となるテントに案内してくれた。
5人も一緒に中に連れて入ったけど、彼等を奇異な目で見る者はいない。すでに俺達の仲間であり、コーデリア領民でもあるのだ。
「ライアンが城に戻って弾薬を運んでくる。次は今朝よりも大勢だが、基本は同じだ。5人をラドニアから強請って来たけど、監視と戦闘時は南の監視をお願いする。場合によっては、渡河してくる兵士もいないとは限らないからね」
俺の言葉に頷いているのは2人の魔道師と騎士見習いのヨゼニーだ。もう1人のラクネムは射点で監視をしているらしい。
やはり見張り台は必要だろう。そんな話をすると、すぐ南に太い雑木があるらしい。山の民に目を向けると、「調べてきましょう」と言って席を立った。
数mほど高さがあるだけで、監視の範囲が広がるからね。使えなければ丸太を組み合わせて作れば良い。
20分も経たぬうちに、山の民が戻って来た。枝を何本か切れば西と南の監視には十分とのことだ。太い枝が彼らの身長の3倍ほどの場所にあるそうだから、監視場所を地上5mほどの場所に作れるだろう。
ロープと丸太で楽に監視できるようにできないかというと、造作もないとの返事が返ってきた。
俺の話をするのはいつも同じ男だ。たぶん班長なんだろうが、名前を訊ねるとシュトリーと教えてくれた。
ヨゼニーに彼らの便宜を図るよう伝えたから、夕方には監視所ができそうだ。案外橋の砦よりも早く、敵の様子をすることができるかもしれないぞ。
夕暮れ前にマギィさんが山の民の若者を2人連れて帰って来た。弾薬箱を持って来てもらったのかな? 荷物をテントのテーブルに乗せると2人の若者は帰って行った。
「ライアン様が喜んでましたよ。あれを使うんですか?」
「投石機を持ち出したら使ってもらうつもりだ。男性の魔導士2人の持つグレネードランチャーでも何とかなりそうだけど、今度は敵軍の数が多そうだからね」
女性の兵士が多いから夕食は直ぐに出来上がる。
雑穀を入れてかさを増したパンと、塩漬け肉の入ったスープだが、この季節では贅沢以外の何ものでもない。
たっぷりと食器に入れて貰ったスープとパンを受け取って、兵士達の顔がほころぶ。
食事が終わると、カップに半分のワインが出てくる。ワインは領地で作れるからね。兵士達も嬉しいに違いない。
そんな中、見張り台からの報告が入って来た。
橋の向こう側に、4か所焚き火があるとのことだ。焚き火の灯りだけで、焚き火そのものは見えないとのことだから、敵兵は退却せずに自然堤の奥に下がったということになるんだろう。
「やはり、増援を待っているのね」
マギィさんの呟きに、私は小さく頷いた。




