2-5 慈悲の一撃
玄関先にマギィさんと出た時には、3頭の馬とラバの曳く荷馬車が3台揃っていた。1頭の馬は鞍だけだから私が乗ることになるのだろう。マギィさんはレドニア小母さんの乗る馬車の御者台に乗り、ショットガンを背負った10人の男女は馬車の後ろで2列に並んでいる。
2頭の馬は伝令に使えとオーガストから受け取った騎士見習いだ。ヨゼニーとラクネムと言って、何度も霊廟に警護として同行してくれたから顔見知りなのもありがたい。歳が1つ上というのも、私が気兼ねをせぬようにとのオーガストの配慮に違いない。
私が馬に乗ったのを見て、ヨゼニーが大きな声で「出発!」と告げる。
これで、対応できる部隊を全て西の橋に向かわせたことになる。
南の橋に陽動を掛けるとしても、オーガストとサーデス兄さんの部隊、それに村人が10人ほど橋を守っているのだから、易々と抜けるものではない。
「しかし、この時期にやって来るとは思いませんでしたね」
「向こうにも都合があるんだろうけど、まだ雪が融けないからね。それほど長く居座るとは思えないな」
「でも、寄せ集めでは無さそうだと言ってましたよ」
私を挟んだ左右の騎士が退屈しのぎにそんな話をしてくれる。
たわいもない話かもしれないが、確かに攻め込む時期については考える必要がありそうだ。
20分も進むと遠くに明かりが見えてきた。灯りが東西に離れているのは、敵軍も焚き火をしているのだろう。こちらの焚き火が3つであるのに対して、西に見える焚き火は5個以上だ。少なくとも、倍の勢力ということにはなるのだろう。
1時間ほどして、着いた場所は橋の手前に作ったログハウスだった。
ログハウスと言っても床のない掘立小屋ではあるが、雨風を防ぐこともできるし、素焼きで作られた土管のようなストーブにはポットが湯気を出している。
ここなら温かく過ごせそうだな。
「トリニティ殿が来るとは思わなかったぞ。お前達がいて、なぜ止めんのだ?」
オーガストが、私に騎士の礼を取った後は、2人の騎士見習いを叱っている。ガロード兄さんとライアン姉さんは困った表情でひたすら頭を下げている。
「私の一存です。後ろにいますからご安心ください。それより、南の橋の方が心配です」
「こちらを見てからと考えておりました。トリニティ殿もそう思われるようであれば、問題ですな」
とりあえず怒りの矛先を納めて、私にもう一度顔を向ける。
まだ立ったままだと気づいて、急いで椅子を用意してくれた。用意されたワインを飲みながらテーブルの地図を眺めてみる。
橋の西に現状で1個大隊は集まっているようだ。となると、やはり南が呼応する可能性が高くなる。
「南の兵は足りますか?」
「橋に焚き木を積んでいます。攻め込むようなら火矢を放って橋を落とせるでしょう。どちらかというと、動くと見せかけるだけではないかと」
「本命はこちらだと?」
私の問いに、オーガスト殿が小さく頷いた。
なら、ちょうど良い。この世界に銃を持ち込んだらどのような戦になるかをここで知ることができそうだ。
「たとえ陽動であっても、所領に入られたら背後を取られかねません。こちらのクロスボウ兵を回します」
「それでは、こちらの防衛が難しくなるのでは?」
「私の部隊がその代役をこなします」
オーガストはしばらく私の顔を見ていたが、やがて決心したように席を立った。
「ガロード、1個分隊のクロスボウ部隊を動かすぞ。南は絶対に通さん。お前達はここを死守してくれ」
ガロード兄さんとライアン姉さんが席を立ってオーガストに騎士の礼を取った。
オーガストも騎士の礼を返すと、ログハウスを出ていく。
これで、ここに残ったのは、ガロード兄さんの戦闘部隊21人と山の民の槍兵20人。私の部隊の25人になる。
「橋のたもとは俺の部隊でいいんだよな?」
ガロード兄さんが、地図を見ながら確認をしてくる。
「もちろんです。騎士と重装歩兵で守ってください。敵の矢を防ぐ盾が無ければ、この柵に板を張った方がいいですよ」
「すでに実施済みだ。この柵の裏には槍兵が立つ。短弓も使えるのだから、近づく敵兵も纏まらないだろう」
「この陣の下手はクロスボウ部隊でしたが、引き払っていますからレイドラ小母さんに就いてもらいます。狙いは常に橋の上でお願いします」
「あの子達には不足かもしれないけど、最初はあの弾丸を使っても良いかしら?」
「5人を選んで陣の丸太の隙間から放ってください。2発放ってこちらに移れば良いでしょう。ライアン姉さんは、この陣ですね。狙う相手は橋の向こう側です。残った私達は、橋の左手でレドニア部隊を掩護します」
橋のたもとから中間地点がレイドラ部隊の攻撃範囲。ライアン姉さんの部隊は、橋の向こうで整列する部隊を攻撃してくれればいい。私の部隊は伝令を含めて5人だから、ラドニア部隊に向かってくる連中を狙えば良いだろう。私以外は拳銃だが、10mほど離れた相手なら当たるんじゃないかな?
「若の部隊の兵士が少なすぎるように思えますが?」
「私達の前の柵を越えて来るならガロード兄さんが葬ってくれるでしょう? なるべく橋の途中で数を減らすように努力しますから」
「若が私達を兄、姉と呼んでくれるのは嬉しい限りですが、統率にも関わります。兄、姉を付けずに名前で呼ぶようにお願いいたします」
レイドラ小母さんやライアン姉さんまでもがガロード兄さんの言葉に頷いて、私に頭を下げてくれた。
いつまでも私の兄、姉として振舞って欲しかったけど、王とその配下ということを他者に示すには不都合なんだろう。
「このままで行きたかったんですが、私的なところでは今まで通りに呼んでも良いですよね。レイドラ小母さんやマギィさんもこれからは敬称を省きます」
レイドラ小母さんがうんうんと頷いてハンカチを取り出した。目頭を押さえているのはレイドラと呼んでいた父様や母様の面影を私に見たんだろうか?
配置の再確認が終わると、レイドラ小母さんとライアン姉さんがそれぞれの配置場所に出掛けて行く。
残ったのは、ガロード兄さんと私とマギィさんになってしまったけど、歩いても直ぐだからねぇ。動きがあるまでこの場にいよう。
ガロード兄さんの副官が入れてくれたお茶を頂いていると、兵士がログハウスに駆けこんできた。
私達の前で、取って付けたような騎士の礼をすると、伝令の内容を告げる。
「ライアン隊長よりの確認です。『すでに、敵軍は攻撃範囲内に集結中。攻撃を許可されたい』以上です」
「ドラゴンブレスを攻撃の合図にする。隣国の男爵領との領地の境は明確ではないが、この川を境とするなら橋の中間を領地の境とみなすことも可能だ。橋の半ばを過ぎたところで、ドラゴンブレスを使う」
伝令が『攻撃はドラゴンブレスが合図』と復唱し、私に顔を向けたところで頷いた。
これで、一方的な殲滅戦を行えるだろう。
相手が多くとも、橋の横幅の関係で一度に渡れる数は知れている。それを10丁のショットガンで狙うのだからね。
たとえこちら側にやってきても、太い丸太の柵がある。ガロード兄さんが鍛えた兵士達なら槍で簡単に始末できそうだ。
「やはり動くのは明日になるのだろうな?」
「薄明時辺りが一番怪しいですね。周囲が少しずつ良く見えるようになりますから」
「交代で休ませるか……」
私もここで休ませてもらおう。テーブルに体を投げ出すようにして目を閉じる。
目が覚めた後には凄惨な戦が始まるはずだ。
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周囲の騒がしさで目が覚めた。
テーブルに付いていたのはマギィさんだけなんだけど、ガロード兄さんはどうしたのだろう?
「目が覚めましたか? 敵に動きが出てきました。すでに臨戦態勢になっております」
「となると、私達も位置に着かねばならないね。伝令達は?」
「私の部下と一緒に川下に移動しています。ドラゴンブレスを確認したら発砲しても良いと伝えてあります」
全て手筈通りということだな。
ゆっくりと立ち上がり大きく体を伸ばした。
私のカービン銃は馬の鞍に置いてあったはずだが、目の前に置いてあるぞ。
「バッグと銃は鞍から外しておきました。馬は村人に世話を頼んであります」
「ありがとう。それなら出掛けようか」
マギィさんと一緒にログハウスを出ると、衛兵に川下の部隊と合流することを告げておく。黙って出掛けたらガロード兄さんに怒られそうだからね。
橋のたもとの陣から50mほど川下に丸太を横にしただけの簡単な陣が作られていた。戦闘時だけの陣ならこれで十分だ。この陣に矢を射るなら、向こう岸に立たねばならないし、そんな弓手は私達なら容易に倒すこともできよう。
一番橋に近い場所を確保して、藁束を並べた上に伏せた。
誰が考えたのか、この季節なら冷えた地面の冷気を受けずに済むし、寒ければマントを被れば十分に寒さを凌げる。
「気温が低い。手袋はちゃんと着けておくのだ!」
私の言葉に、慌ててバッグから手袋を取り出す者がいた。少し気負っている感じだな。そのおかげで寒さも気にはならないのかもしれない。
「数人が出てきましたよ。あの旗は……、グリストル公爵、それにハーネスティ男爵のものです。さらに……」
マギィさんが旗の主を教えてくれる。
この距離からでも望遠鏡なら旗の絵柄が見えるようだ。
こちらは? と見ると、ガロード兄さんが丸太で作った塀の上に上半身を出して橋を渡ってくる騎馬を眺めている。
数本の旗が塀に翻っている。赤字に黒の縁取りで描かれた交差する2本の長剣。コーデリア家の紋章が入った旗だから、国旗になるんだろうな。
橋の手前から20mほどの場所に積み上げた焚き木の向こう側で、相手が止まったのは仕方のないことだろう。
積み上げた焚き木の向こう側が見えない以上、用心に越したことはないと思ったに違いない。
「言い争っているようですね。何を言ってるんでしょうか?」
「自分達に都合の良いことを言ってるんだろうね。それに応じてガロード兄さんは、来るなら来い! ぐらいの事を言ってるんだと思うよ」
この時代の戦は、口で始まって手で終わる感じにも思える。
最初からぶつかり合っては、武人にあるまじきことと言われる始末だ。先ずは自分達の正当性を相手に告げて、恭順を誘うことから始まる。
もっとも、恭順の約束事が必ずしも守られるとは限らないようだ。
「下がっていきますよ!」
「始まるぞ。攻撃範囲は分かってるな? 橋の手前から真ん中までだぞ!」
銃を置いて、双眼鏡で向こう岸の様子を眺める。
やって来た騎馬が陣の奥に向かって行ったから、先ずは報告というところか?
直ぐに敵軍動き始める。橋の向こう岸に5列縦隊がいくつか作られ、橋の左右に弓兵が並び始めた。
弓兵との距離が微妙だな。ギリギリここに届くかもしれない。だが、戦が始まれば立射することなど不可能だ。ここまで飛んでくるようなら部隊を下げねばなるまい。
ドラムの音が低く聞こえてきた。いよいよ突撃させるのか?
双眼鏡をバッグに入れて、カービン銃のコックを引く。15発を半自動で撃てるんだから、この世界では超兵器に違いない。
敵兵が一斉に橋を駆ける。蛮声が遅れて聞こえてきた。最初の敵兵が焚き木の束を跳び越えた時、塀の狭間から突き出されたショットガンからドラゴンブレスの炎が橋に伸びていく。
マグネシウムの粉だからそれほどの威力は無いんだろうな。だけど、相手を威嚇させる効果はある。驚いて立ち止まった兵士達に12粒弾の散弾が降り注ぐ。
私は弓を構える敵兵に向かって、ひたすらトリガーを引き続けた。
小隊単位で橋に雪崩れ込む敵兵に銃弾と矢が降り注ぐ。周りが倒されても走る勢いを変えないんだから狂っているとしか思えない。
次々と橋を渡って来る。
ガロード兄さんも槍を取って戦っているんだろうな……。
突然、戦場が静かになる。敵兵の突撃が止んだようだ。
兵の損耗を考えれば当然なんだが、もう少し早めに突撃を停めた方が良かったんじゃないか?
こちらも、とりあえずは兵士を休ませよう。
「2人ずつ交代で見張ってくれ。特に下流を渡ろうとするなら真っ先に倒してくれ。マギィさんと本陣の様子を見てくる」
兵士達のバッグには簡単な調理器具が入っている。城を出る時にパンは渡されているだろうから、乾燥野菜と干し肉で簡単なスープぐらいは作れるだろう。
どうにか朝になったけど、この時間が一番寒いはずだ。
遠矢を恐れて、少し橋から距離を置いてログハウスに歩き出した。朝日に照らされた橋は凄惨な光景を私に見せてくれる。
死屍累々……。その中で力のない動きも見える。まだ死にきれない者達なんだろうが、私達ではどうすることもできない。
そもそも医療というものが無い状態だ。
怪しげな傷薬と魔法で切り傷ぐらいは直せるのだが、内臓や太い血管を修復するほどの力は無いようだ。
重傷者が長く苦しむことが無いように、『慈悲の一撃』という槍の一突きがあるぐらいだ。こちら側の柵に取り付いた者達の重傷者は、ガロード兄さんの部下が慈悲の一撃を与えるのだろう。




