2-4 西からの知らせ
冬も半ばを過ぎると、ラドニア小母さんが獣人族の少年達の指揮を、いつの間にか執っていた。
ライアン姉さんやオーガストも呆れた顔をしていたけど、号令一下、一斉射撃等は驚くほどに揃っている。
まるで大きな花火を炸裂させたように銃声が重なって聞こえるほどだ。
「中々おもしろい部隊ができた。これで少しはトリニティ殿も安心できるのでは?」
「少なくとも、昔霊廟で見た魔族には対応できるだろうね。だけど魔族には大きな奴はいないんだろうか?」
俺の答えに、ライアン姉さんが首をひねっている。
そんな姉さんに、救いの手を差し伸べたのは、マギィさんだった。
「グリプスやドラゴン、それに巨人達をも魔族は操るそうです。グリプスは雄牛ほどの大きさで羽根を持つそうですし、ドラゴンは雄牛10頭よりも大きいそうですよ。巨人は背丈だけでも私達の2倍以上あると聞きました」
やはり……、というべきだろう。
大砲や、ロケット弾が欲しいところだけど、私の棺には無理だろうな。それに重量がありすぎるし、持ち運ぶのにも苦労しそうだ。
当初の予定通り、バレット止まりにしておいた方が良さそうだ。バレットM82ならライアン姉さんなら使えるんじゃないかな?
春分を過ぎたところで、閉鎖空間から武器を取り出す。
バレット1丁と弾丸を100発で春分に取り出せる重量の半分近くになってしまった。残った重量枠を使ってグレネードランチャーの弾丸を20発に手榴弾を5個。余った重量枠でライフル銃とショットガンの弾丸を弾薬箱1個ずつ手に入れる。まだ10kgほど余裕が残っていたから、ジャガイモにトーモロコシの種を手に入れることができた。
戦だけでなく、食料だって大事な品だ。
先ずは植えてみて、この辺りの土地で育つのならもう少し多く手に入れよう。
将来的にはライフル部隊を20人以上にしたいところだけど、今年はショットガン部隊が出来たことで満足しておこう。
マギーさんもカービン銃が使えたから、カービン銃を装備した部隊も作れそうだ。
次の徴募兵を考えながら、銃を揃えておこう。
現状では、1カ所に展開するだけだが、次の冬には2カ所に展開できるようにしておきたい。
あまり、銃を持たせても銃弾の補給が限定されるとなれば、その総数はおのずと限られたものでしかないのが残念だな。
交渉で、もう少し粘るべきだったかもしれないが、それはこの世界のバランスを崩すことにも繋がるのだろう。
この辺りで頑張るのが一番いいということなんだろうが、ドラゴンまでいるとなると厄介な話になってしまう。
会議室で地図を睨んでいると、ライアン姉さんが訊ねてきた。
春分は過ぎたけど、白の周囲は真っ白な雪景色だ。ライアン姉さんを暖炉の傍に招いてお茶を用意する。
「現状で、戦線に変化は無いと思いますが?」
「そうではない。少し文句を言いに来たのだ」
そう言って俺を睨んでるけど、恨まれることをしたんだろうか? 首を傾げて考えていると、いきなりライアン姉さんがテーブルに拳を叩きつけた。
「ラドニア殿はトリニティ殿の良き相談相手とは思っているが、騎士ではない。そうでない者に過ぎた銃はどうかと思うぞ。どう見ても、我等のライフルよりも威力がありそうだ。ドラゴンブレス弾を見た時には皆が驚いていたぞ」
マグネシウムの粉を火薬の圧力で発射するから30m以上に火炎が伸びるんだよな。私も初めて見た時には驚いたけど、あれは威力よりも相手を威嚇するために使う弾丸だろう。一瞬ひるんだ隙を突いて攻撃できそうだ。
「ひょっとして、姉さんもショットガンが欲しいとか?」
「まあ……、余っているなら、貰っておくのにやぶさかではないぞ」
要するに、カービン銃より音が大きいし、スラッグ弾は大きいからな。そっちの方が威力があるように思えるんだろうが、実際はそうでもないんだよね。
とはいえ、見た目がそうだから、説明するだけ無駄に思えてしまう。
「実は、ライアン姉さん用に特別に用意している銃があるんです。もっとも、使えなければショットガンを渡しますけど」
「大きいのか?」
「使う弾がこれになります」
書棚に置いた木箱から弾丸を取り出して、ライアン姉さんの前に置いた。弾丸は直径12.7mm、長さは14cmほどもある。ライフルの弾丸と比べても化け物じみた代物だ。
銃自体もライフル銃の3倍近い重さがあるからね。だけど発射時の衝撃はショットガンに近いと言われてる。もっとも自分で試してみようなんて気はさらさらない。
「これを撃つ銃があるのか?」
「2丁入手しました。トリガーを引くだけで10発撃てますよ。ドラゴン対策として用意したものです」
少しずつライアン姉さんの機嫌が良くなってきている。とりあえず撃てるかどうか試そうということで、バレットを部屋から持ち出して、城の裏庭に向かった。
今日はマギィさんがカービン銃の訓練をしている。城の裏庭から岩山に向かって射撃をしていた。
「マギィ、少し場所を貸してくれないか。3発試射して終わりにする」
「何ですか! その大きな銃は?」
ライアン姉さんが背負っているバレットを見て驚いている。全長が1.5mもあるからねぇ。結構な重さなんだけどライアン姉さんは軽々と担いでる。
「それで、どれぐらい遠くまで飛ぶんだ?」
「そうですね。1リーズ(1.5km)先の胸部プレート5枚重ねを撃ち抜けるようです。上にこれを付けるんです」
バレットの上部にターゲットスコープを取り付けてあげる。調整は済んでいるから取り付けて固定すれば良いらしい。
「遠くが近くに見える魔道具だな。十字線の中心に狙う相手を入れるのか……」
「そうです。基本はふく射ですからね。この椅子を倒して銃を固定してください。ボルトは最初だけ引きます。しっかりと肩でストックの底を押さえてください。緩んでいると肩の骨を砕きますよ!」
マントを石畳の上に敷いて、横になったライアン姉さんは小さく頷いて了承を伝えてくれた。ボルトを引いてセーフティを解除すれば、後はトリガーを引くだけだ。
ライアン姉さんが狙っているのは、200mほど離れた場所にあるヘルメットのようだ。壊れているのかな? それとも誰かが忘れているのだろうか。
ターゲットスコープの使い方を簡単に説明したんだけど、納得してくれただろうか?
ライフル用のターゲットスコープを後で渡しておこう。
ドォォン!
今まで聞いたことも無いような銃声が響いた時、ヘルメットが宙に舞った。
「当たったな……。誰か、あのヘルメットを持ってこい!」
走り出したのは、小柄な少年兵だった。数人で長剣の練習をしていたんだけど、練習を止めて私達の様子を遠くで眺めていた。
立ち上がって銃をしげしげと眺めているライアン姉さんのところに、ヘルメットが届けられる。
私達も興味深々でヘルメットを見ることにした。
ぽっかりと2つの穴が開いているのは貫通したということなんだろう。
出口側の穴が少し広がっているようだが、それほどではないから弾の先端は潰れなかったということになるんだろうな。
「とんでもない銃だな。確かにこの銃を使えるものはあまりいないだろう。ありがたく頂いておくぞ。弾丸は後で取りに行くが、どれぐらい数があるんだ?」
「今のところは100発だけです。今年中に150発にします」
人間相手に使うのは考えものだ。至近距離で弾丸を受けたなら体を両断されかねない。
「ドラゴン相手なら、それほど弾数もいるまい。100発あれば十分だろう」
2発目を撃たないところを見ると、かなりの衝撃を受けたんじゃないか? 肩にパットを付けた方が良いのかもしれない。
そんなことがあった数日後。西の橋の守備隊から急使がやって来た。
城で休息していたガロード兄さん達がレドニア小母さんと一緒に急いで集まってくる。
息せき切って、会議室に入ってきた兵士が私に騎士の礼をすると、報告を始める。
「西に軍勢が集まりつつあります。現状でおよそ1個中隊。後続が続いております」
「ご苦労。一休みしてから部隊に帰れば良い。レドニア小母さん、食事を用意してやって欲しい」
レドニア小母さんが傍らの次女に耳打ちすると、侍女が兵士と共に会議室を出て行った。
残った連中が椅子に座りもせずに私に視線を向ける。
「そんなに慌てることはありませんよ。ガロード兄さんには申し訳ありませんが、休息している兵士と、獣人族の兵士を連れて西の橋に向かってください。ライアン姉さんはライフル部隊を率いて出発してもらいますが、魔導士2人をガロード兄さんの補助に付けます。少しは役に立つでしょう。残った部隊を率いて私も向かいます」
「トリニティ殿の部隊は15人程度じゃないのか? だが、あの武器は強力だから規模を倍にもできるのだろう。その時は頼らせてもらうぞ」
「父上とサーデス兄様には、知れせておるのだろうか?」
ライアン姉さんの問いに、別の急使を走らせたらしいとガロード兄さんが教えてくれた。城に残るのは獣人族だけになりそうだが、使用人が数人いるから彼らの暮らしに問題はあるまい。
ガロード兄さんとライアン姉さんが部隊の先に立って、先を争うように城を出て行ったらしい。
直ぐに戦闘が始まるわけではないのだから、それほど急ぐ必要な無いと思うんだけどねぇ。
「弾薬と食料の搭載にもう少し掛かるそうです」
「私達は、それが終わってからでいいでしょう。2個中隊ほどなら問題は無いんですが、万が一ということもありますから」
獣人達はショットガンを装備して、今ではレドニア部隊と言われている。
獣人と彼らを呼ぶのは、差別なんだろう。今では山の民と呼ばれているようだ。彼らも、その呼び方を気に入っているらしい。
もっとも、レドニア小母さんの餌付けで慣らされた若者達を獣人と呼ぶようなら、レドニア小母さんが個別に凄い剣幕で文句を言っているらしい。まるで小母さんの子供のようだと、ライアン姉さんが言ってた。
しばらくして、会議室の扉が叩かれた。
マギィさんが席を立って扉を開けると、山の民の少年が、革鎧を凛々しく付けた姿で入ってくる。
私の前で騎士の礼を取ると、大きな声で報告してくれた。
「レドニア殿からの連絡です。荷の積み込みを終了。いつでも出発できます!」
「ご苦労。直ぐに玄関に向かうと伝えてくれ」
さて、どんな軍隊が攻めてきたんだろう?
マギィさんと視線を合わせると互いに笑みを浮かべる。
どんな連中でも、我が領土に軍を進める等持っての外。橋を渡って我が領土を踏む連中を全て殲滅するつもりで挑むことにするか。




