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異世界でもチートがあれば幸せになれるのか?  作者: 立花
1 エゴイスティック≒ヒロイック
9/10

9.それは、偽善ですらなく

視線を感じる。

刺すような、それでいて粘度のあるような。流石に私も知っている。これは、悪意だ。

それもひとつではない。いくつもの悪意が私たちに向けられていた。

ネリーもさっきから感じているのか段々と手を握る力が強くなっている。

大きな背中を追いかけながら軽く握り返して大丈夫だよ、と囁いた。

実際今、私に入り口で感じたような恐さはない。

恐怖という感情は意外と余裕のある時にしか生まれないようだ。

気配を追うのに集中してしまうから他のことを考える暇がない。

そしてパニックで思考が鈍るようなことさえなければ、この程度なら対処できるという確信があった。

ただ気を張ってはいたものの、不思議とそれらは私たちに近づいてくることはなく、何度か通路を曲がるうちいつしか気配も消えていた。


「……」

「……」


私たちは無言で薄暗いそこをゴミと、時折人を飛び越えながら進む。

やはりというか、内部は血管のように入り組んでいた。……帰りが不安なくらいに。

同じような通路を右に左に曲がっているような感覚だが、偶に近づく表通りの喧騒が、先ほどとは違う道を進んでいるのだということを伝えてくる。

ネリーが言った通り市場とここの距離はとても近いのに、建物をひとつ隔てた世界はこんなにも違う。

華やかな市場と鼠の走るこの場所、裕福な男性と痩せ細った少年。

その差を意識すればするほど、ここは私の生きてきた場所ではないのだと思い知らされる。


(ああ、もう。ちょっと余裕が出てきちゃったかな)


考えたって仕方ないのに。

それでも、と泥沼に嵌りそうになった思考は前方から感じた騒めきにすくい上げられた。

少しの間視線を落としてしてしまっていたらしい。

顔を上げれば、前を歩く男性の肩越しに陽だまりが見えた。


「あっタザザだ!」

「わぁタザザ!」

「おにーちゃーん!タザザがきたよー!」


先程の静けさが嘘のようにいくつもの声が一気に弾けたかと思うと、いつの間にかわらわらと子供が集まってくる。

タザザと呼ばれた男性は相変わらず無口なままだったが、それでも子供を振り払うことはなく好きにさせていた。

大きい身体に怯むことなくじゃれつく子供たちはそんな彼を信頼しているのだろう。


「そのひとだぁれ?」

「おねぇさんたちだれー?」


タザザさんに一通りまとわりついた彼らの興味は急に呆気に取られていた私とネリーに向けられた。

図ったようにタザザさんが一歩横に退き、視界が開ける。


(家だ)


日差しに包まれたそこは廃墟に近い建物だった。

窓は割れ、カーテンが下がっていたと思しき場所には布の切れ端がくっついているだけ。

それでも小さな子たちが当たり前のように出入りするのを、奥がきちんと片付けられているのを見て、ここは彼らが住む場所なのだとわかった。


「ねぇってば!」


視野の端で小さな頭がぴょんと跳ねる。

はっと我に帰った私は慌てて彼らに向き直った。


(ええと、目線を合わせるんだっけ)


2人姉妹の下なので実は小さい子への接し方がわからなかったりする。

幼い頃姉がそうしてくれたように見様見真似で膝をついて目線を合わせると、ネリーも軽く腰を折った。


「こ、こんにちは。私の名前は朔です」

「ネリーよ。初めまして」


サク!ネリー!と色んな子に何度も復唱される。慣れない経験に顔を見合わせて照れ臭く笑いながら、私は安堵した。

なんとなく想像はできていたが、やはりこういった環境下では子供は集団で過ごすことで危険から身を守っているのだろう。

であればもしここに彼がいなかったとしても他のグループ内を探せば見つかる可能性が高く、探す場所についてもある程度限定できそうだ。

それにこれだけの子供の情報網があれば、同じくらいの年齢の彼のことは見つけやすいはず。

思うところがないわけではないが、彼を探すという目的においては予想以上に大きな手がかりを得られそうで気持ちは明るくなる。


「あの、人を探してるんですけど、ここに赤茶の髪のこれくらいの男の子って」

「タザザ、夜に来るんじゃ……あれ、お客さん?」

「ああ!!?」

「わっなに!?」


問いかけはひょいと覗いた赤茶の髪を見た瞬間、驚きからくる大声に変わった。

前と違い固く閉じられていた瞳は大きく開き、きょとんとこちらを見つめているが間違いない。

手がかりどころか本人のご登場だ。


(顔色は……良さそうかな)


咄嗟にざっと観察する。

10から12歳くらいの子供(身長的に多分)としては相変わらず痩せているが、前見た時よりは健康そうだ。服から見える範囲しか確認できないけれど傷も見当たらない。

おにいちゃん、と呼びながらまとわりつく幼子たちにも心配した様子は見られないし、無理をしているわけではなさそうだ。

時間差で来る後遺症についてはどうしようもないが、この分なら大丈夫だろう。

ただ、問題なのは、


「……俺になにか?」


髪と同じ赤茶色の瞳が訝しげに細められる。


うん。そうですよね。

彼は以前あったことを覚えていないはずだ。

だって、()()()()()()()()()()んだから。

この少年にとって、あの時の出来事は文字通りなかったことになっているのだ。

……これについては必ずしも正しかったと胸を張ることはできない。

あの男についてはアルが対処してくれるそうだが、そうでなくとも覚えていれば似たようなことがないよう自衛するようになったかもしれない。全部をなかったことにするということは、同時にこの世界で生きる彼にとって重要な経験を奪ったともいえる。

だから、これは私の傲慢だ。


忘れてしまえばいいと、思った。

子供は、恐ろしいことなんてひとつも知らずに大人になるべきだと。私が、向こうの世界でそうであったように。

……いついなくなるかもわからない異世界人の私が、彼の人生に責任なんて持てやしないのに。


「大丈夫?」

「えっ?ああ、ごめんね!なんでもない!」


少年に覗き込まれ慌ててぶんぶん首を振る。

なんか最近考え込むことが多いな。


「……ならいいけど。で、何の用?」


至極当然の質問である。センチメンタルを気取る前にまずこちらの言い訳を考えるべきだった。

このままじゃ私はどこからどう見ても明らかに不審者……とまではいかないだろうが、目的を言えない来訪者って時点で大分怪しまれるだろう。

でも焦れば焦るほどびっくりするくらい何も浮かばない。パニックで思考が鈍る典型パターンだ。

なんて分析してる場合じゃない!


(ネリー!)


横に立つ目線で助けを求めるも彼女は困惑して首を傾げるばかりだ。

そういえばネリーには少年が事件のことを一切覚えていないだろう旨は話していない。

そりゃあ彼女からしてみたら普通にありのままを話せばいいじゃんと思うし、なんでそうしないのか疑問でしかないだろう。

完全に私のやらかしだ。気持ちばかり先行して肝心なことを何も考えていなかった。


(どうしよう)


今まで気になっていなかった鞄の重みがじわじわと左肩を蝕む。

完全にテンパった私は思いついたまま口を開いた。
















案の定終わらなかった…!

次はもうちょっと短くなるので早めに出せる…かな…出したいです…。ちょっと今体調を崩しているのでなんとも言えませんが。胃腸が死……。

の割に昨日はアルファポリスさんに作品を転載する作業をしていました。これからは大体同時掲載していきますのでどちらか読みやすい方で観覧して頂けたら幸いです。

あとそれに合わせてほんのちょっとだけ各話に修正が入ってます。本当にちょっとなのでお気になさらず。


最後に前話の観覧ありがとうございました!もしお暇と気力があればまた覗いて頂けるととても励みになります!

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