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異世界でもチートがあれば幸せになれるのか?  作者: 立花
1 エゴイスティック≒ヒロイック
8/10

8.裏路地

「美味しかったわ」


食べ終わったネリーは律儀にも繰り返した。

強引に渡した節があるのでそう言ってもらえると嬉しい。

私は敵国なんて言葉すら身近でない世界に生きてきたから、彼女の気持ちは想像するしかない。

それでも価値観を押し付けたという自覚はあるので、悪戯に傷つけてしまったかもしれないと、これでも結構心配だったのだ。


「ねぇ、御礼をしたいのだけれど」


胸を撫で下ろしていたら突然、『何か欲しいものはある?』と聞かれてぎょっとする。


「そんなつもりじゃないよ!?」

「わかっています」

「ネリーにはさっき林檎を貰ったし。それに街も案内してもらった。私もそれのお礼だから」


正直私としては全然足りないとすら思う。

お礼のお礼ってよくわからないし、なにより年下の、それも女の子に奢られるのは……と躊躇っていると、ネリーが繋いだ手にぎゅっと力を入れた。


「あのね、わたくしが貰ったのはパンだけではないのよ」


真剣な瞳で見つめられ、言葉に詰まる。

そういう言い方はずるい。


「……じゃあ欲しいものではないんだけど、探したい人がいるの。手伝ってくれる?」


昨日怪我をした少年の安否が知りたい。

空間転移の際に身体に影響が出ていないかとか、傷がちゃんと治っているかとか、まあとにかく成り行きとはいえ彼に関わった人間として無事な姿を確認しておきたいのだ。

本当は1人で頑張ろうと思っていたのだが、私より地理に明るいネリーに手伝ってもらえたら助かる。

探したい人の名前もわからないと言った時は驚いた顔をされたものの、事情をかいつまんで伝えるとすぐに納得してくれた。


「その子は恐らく難民か戦争孤児……裏路地に住んでいる子供でしょう」

「裏路地?……ええと、そこへ行くことはできる?」

「案内することは可能よ。でも治安の悪いところだから危険はあるし、会えるかどうかは……」


語尾を濁したネリーに『場所さえ教えてもらえるならば何度か通って自分で見つければいい』『今日は浅いところで引き返すから大丈夫』と言葉を重ねると、彼女はそれならと頷いて私の手を引いた。


「そう遠い場所ではないわ」


前を歩くネリーは私を顧みることなく、それでいて私がつんのめることのない速さで歩く。

ネリーの思いやりは少し分かりにくくてアルとはタイプは異なるけれど、やっぱり優しくて彼の友人なんだなぁと思う。

出会ったばかりではあるが、私は既に彼と同様に彼女のことも好きになっていた。


「私のそばから離れないでね」


繋いだ手をしっかり握り直して言う。

自信はないけど彼女を必ず守れるよう頑張る所存だ。矛盾してる?…気にしないで欲しい。


「ふふ、期待してる。……こっちよ」


中心街から離れ、人気がなくなってきたところで軽く腕を右に引かれそちらを向く。

あったのは建物と建物の隙間。

雑多にゴミが散らばった通路とも言えないそこは昼だというのにどこか薄暗く、異様な雰囲気を放っていた。

普通ならとても通ろうとは思えないが、目を凝らせば奥の方に開けた場所があるのがわかる。

……なるほど。これが世に言うアングラというやつか。

退廃的な雰囲気は本能に訴えかける恐ろしさがあるが、しかし女にだって度胸はあるのである。

歳下の女の子の前で狼狽えるわけにはいかない。

怖れというのは伝染するし、仮にも護衛の私が動揺していてはネリーだって不安になるだろう。

さっき決意を新たにしたばかりなのにかっこ悪いところはーー


「よし、じゃあネリーは私の後ろに……」

カランッ

「うぁ!??」


意を決して踏み出した一歩目の出来事である。

路地に瓶の転がる音と情けない声が響き、私の頬は間髪入れず赤くなった。

ごめんなさい白状します。正直めっちゃびびってます。

だって考えてもみてほしい。

普通に生きてきた人間は、こんな明らかにヤバそうな場所にはそうそう立ち入らない。

立ち入らないどころか、子供が覗きでもしようものなら保護者に結構な剣幕で遠ざけられるだろう。

しかもここは地元の方に治安が悪いとお墨付きをもらった場所だ。

実際見たら足がすくむのも仕方ないと思います!色々言ってたくせにあまりにもダサいけど!

お化けとかヤクザとか怖い系全般は小さい頃から苦手だ。どうせ読むなら怪談ホラーよりファンタジーな絵本がいい。

いい……が、そうも言ってられない。

現にネリーの心配そう(多分)な視線が背中に刺さっている。そんな子じゃないのはわかっているけれど呆れられてる可能性が捨てきれなくて辛い。

若干撤退の空気も漂っているが、一応この世界では最強レベルの魔法も使えるわけだし問題は私の気持ちなのだろう。

ならば頑張らねばなるまい。

ネリーにこれ以上心配はかけたくないし、この程度のこともできないようではとてもアルの役に立てない。

私だってできるってところを見せなければ。


指をくるりと回す。

無詠唱はまずいらしいので一応口はごにょごにょ動かしておいた。

空中に描いた円の中に現れるのは1匹の蝶。

以前のものと違い、鮮やかな虹色とは別にその周りがふんわりと発光している。

そう。蝶型即席ライトである。

手が塞がらないし我ながらいいアイディアだ。小さいテクニックだけどこういうの優秀な護衛っぽいよね。手が空いていたところでなにかできるか?って言われると閉口するしかないけれども。

これで今度こそ頑張ろう。


「……あの開けたところまでは」


……やっぱり怖いものは怖い。


「えっと、足下気をつけてね……」

「それはわたくしの台詞だと思うわ」


ごもっともでございます。

もう1匹蝶を作り出し私とネリー、それぞれの足元を照らすよう配置する。

薄暗かったから気が付かなかったが、路地にはゴミが散乱しているようだった。

至る所に散らばったそれを避けながら細い道を進んでいく。

そこまで酷いという訳ではないものの、僅かに饐えた匂いが鼻をかすめた。

地面が湿っているのか、自分の足音が聞こえ難い。代わりにどこかで水滴が伝う音がした。

行き先を照らす蝶の光と、後ろ手に握っている手の温度に励まされながら何とか足を進めていると、ようやく例の開けた空間が見えてくる。


今まで通った道と比べると若干明るい。

大きな岩以外は特に物もなく、正面に2本、右手に1本、大人がなんとかひとり通れそうな空間が続いているのみだ。

とはいえここからどんどん入り組んで行くのは想像に容易い。“裏路地“とはつまりスラムの一歩手前の場所のことなんだろう。

あの子だけでない、相当の数の人がここには住んでいるはずだ。故にそれだけきっとこの路地は広くて深い。

ネリーはここの存在以上のことは知らないというし、あとはアルの情報が頼りだが公爵家の人間である彼がどこまでこういった所について知っているかはわからない。


(後遺症の可能性を考えるとできるだけ早く会いたいところではあるけど……)


それでも足で探すのは最終手段だ。

無闇に歩き回れば襲われる確率も上がってしまう。

とりあえず今日は戻るべきだろう。ここの存在を知れただけでも充分だ。

アルから情報を得られないようなら流石に仕方ないからこの岩を起点に通路を1つずつ虱潰しに探して……岩?


(こんな所に岩なんてある訳ないでしょ!!)


ばっと跳ねるように飛び退いてネリーを背後に庇った私とは正反対に、“岩だと思っていたもの”の動きはゆっくりだった。

ゆっくり、ゆっくり“それ”は立ち上がる。


(ひ、と……だ)


失礼にも私が岩だと思っていたのは大きな、大きな人だった。

浅黒い肌に筋骨隆々といった身体、顔の横に一部だけ伸ばした薄墨色の髪は独特に編み込まれている。

緩慢にも見える動作はそれでいて隙がなく、動く度に服の裾から古そうな傷跡が覗く。

それでも不思議と怖さがないのは灯りに反射して煌く瞳が、新緑のような優しい色だからだろうか。

男性は襲いかかってくるどころか立ったきり身動ぎもしない。ただじっと、こちらを見ていた。


(ふむ)


怖い人に無闇に話しかけてはダメである。

小学生でもわかることだ。

……ということは怖くない人なら話しかけてもいいんでしょ?


「あの、すみません」

「ちょっと……!?」


後ろからネリーの慌てた声が聞こえた。

思わずきょとんとしながら振り向くと、彼女が整った眉を寄せているのが目に入る。

ネリーは何か言いたげな顔をしていたが、それ以上何も言うことはなかったので気を取り直して男性に向き直った。

男性は変わらずこちらをじっと見つめていた。


「ええと、私、朔っていいます。人を探していて、あの、髪は赤茶で身長は確かこれくらいの男の子なんですけど知りませんか?それか、同じくらいの子供が集まっている場所があれば教えていただきたくて」


若干辿々しくなりながら説明したが、男性は黙ったままだ。

私は慌てて付け足す。


「その子に危害を加えようとかではないんです。遠くから様子だけでも窺えればそれで」


我ながら言えば言うだけ怪しさが増す気がしたが、意外にも男性からは反応が返ってきた。

相変わらず無言ながらもその人は、踵を返すと3本の道の内の1つの方へ歩き出す。

……これは、ついて来いという事だろうか。

首を傾げてネリーの方へ視線を向けると小さく溜め息を吐いた後、頷かれた。

行ってもいいらしい。

どちらともなく手を握り直す。


「貴女は怖がりなのか大胆なのかわからないわね……」


そうして呆れたようなネリーの呟きを残して、私たちは男性の後を追い小走りで暗い“裏路地”の中へ吸い込まれた。
















言い訳をさせてください。

ハロウィンが……あったじゃないですか?

なんか調子に乗ってしまって書こうとしてしまったんですよね、短編。吸血鬼との契約結婚もの。

気付いたら1ヶ月半がね?過ぎてたんですよね?

冷静に考えて魔術師の棺とか1話ごとに3ヶ月かかってたのでまず無理だったんですけどなんか…いける気がして……。

……はい。ごめんなさい。ちゃんとこちらに集中します。


それはそうと次で多分ようやく序章終わる気がします。

予定では今回で終わるはずだったのであんまり信用はできませんが……。


最後に前話の観覧・ブクマ・誤字報告本当にありがとうございます!

特に誤字報告についてはほとんど採用させて頂いたのですが、いやよく気がつくものだなと。

「拘らず」「穿鑿」についてとか調べながら唸ってしまいました…これ指摘してくださった方は日本語にめっちゃ強い(確信)

推敲が最小限しかできないので誤字報告凄く助かります。ありがたやありがたや……!

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