4 少年の反省。
「はい、サーペントタイガーの素材買い取り代金です」
ドサッとギルドのカウンターに報酬が入った袋が置かれる。
ライリーさんはそれを懐にしまい、俺をギルドカウンターに促した。
俺は、シナシナになった薬草をカウンターにのせる。
「ずいぶんシナシナですねー。少し査定額は下がりますよ。えー、コルナシケの薬草が1つ。買い取り代金はこちらになります」
カウンターに置かれた額は、俺が半年頑張って稼いだ額とほぼ同等だった。
「早くしまえ」
促されて、慌ててふところにしまいこむ。
「ついてこい」
「は、はい」
ライリーさんに連れられてきたのは、冒険者御用達の酒場ではなく、別の酒場だった。
店主に何かを告げて、奥の個室に入っていく。
ライリーさんは有名人だから、冒険者達がいる酒場を避けているんだと後で聞いた。
連れがいたら、尚更避けるんだと。
ドカッとライリーさんが奥の席に座り、俺も促され、対面の席に座る。
店員が、俺とライリーさんの目の前に木で作られた大きめのジョッキを置いた。
「っぷはー、美味ぇ! 一仕事の後にはやっぱりこれだな! ほら、お前も飲め」
これは……
ジョッキを持つと、漂ってくるアルコール臭。
今まで、アルコールを飲んだ事はない。
金がかかるし。
村では、アルコールは祭りや何かの祝い事の時だけの特別な飲み物だった。
グビリと一口。
「ゲホッ! ゴホッ!」
まっず!にっが!
「おー、坊主にはまだ早かったか」
咳き込む俺を横目に、ライリーさんはすごい勢いでジョッキをあけていく。
「あの、ガルシム師匠と知り合いなんですか?」
「ん~待て待て。こういうのはな、素面では話せねーんだよ」
ジョッキを空にし、新たなジョッキと豆のつまみ、俺用のお茶を注文してくれた。
ライリーさんは豆のつまみをポリっとかじり、ため息をつきながらソファーにもたれ掛かった。
「ガルシムさんはな、俺が駆け出しの頃に世話になったんだよ。ん~20年くらい前か?」
「ライリーさん、村で冒険者してたんですか?」
「あほ。逆だ逆。ガルシムさんが元々王都の冒険者だったんだよ」
「ガルシム師匠が!?」
意外だった。
故郷の村大好き!なじいさんから。
でも、思えば俺だって出稼ぎで王都にいるし、意外でもないのか。
「元々、ガルシムさんはCランクの冒険者だったんだ」
「Cランク? でも、推薦状にはFランクって」
「王都を離れる時に冒険者ライセンスを破棄したんだよ。引退だな。で、故郷の村で復帰する為に新たに登録し直して一からやり直し」
そうか。
村では王都みたいに依頼がたくさんないし、報酬も低い。
だから、ランクもあがらずにFのままだったんだ。
「ガルシム師匠は、何でライセンスを破棄して王都をはなれたんですか?」
「…………そこ聞いちまうか」
ライリーさんは言いづらそうに、ポリポリと頭をかく。
「ぶっちゃけて言うと俺のせいだな。鼻っ柱だけが高い生意気なド新人が、自分の力量を過信しすぎて特攻。ガルシムさんは俺を助けたせいで、利き足に致命的な重傷を負った。右足、引きずってるだろ?」
確かに。
若干ではあるが。
「無謀と勇気をはきちがえるな。そう言われたのは、その時だ」
ライリーさんは、居づらそうに指で豆をもてあそぶ。
「土下座して謝ったよ。俺のせいで、ガルシムさんは冒険者を引退したんだ」
「……ガルシム師匠はなんて?」
「男ともあろう者がそう簡単に土下座すんな! って叱られたよ。怪我をしたのは未熟な自分の責任だ。お前のせいじゃない。そろそろ故郷に帰ってゆっくり暮らしたかったからちょうど良かった。ってな。……そんなわけないのにな……」
苦しそうに、声を絞り出す。
「ガルシムさんは、その時40に届くか届かないかくらいの年齢だ。冒険者としては年を重ねたが、まだまだ引退するような年齢じゃない。俺の失敗のせいで、ガルシムさんの冒険者人生を終わらせてしまったんだ」
悲痛な声。
俺は、なんて声をかければいいんだ。
何も言えない。
俺も、自分のせいでライリーさんを危険にさらした。
ライリーさん、ガルシム師匠と違い怪我をしなかった。
だけど、そんなのたまたまだ。
ライリーさんだって、重傷を負った可能性だってあるんだ。
そんな深く考えていなかった。
自分のせいで、誰かの人生を変えてしまう可能性があるなんて……
「お前を助けたのは、俺の罪滅ぼしだ。ガルシムさんの弟子だって言ってたからな。ガルシムさんに迷惑をかけた分、弟子のお前に……な。だから、お前は気にしなくていい。ガルシムさんの件がなかったら、俺はお前を見捨ててた」
「……それでも俺は、ライリーさんに助けられました。ライリーさんが助けてくれなかったら俺は死んでました。ありがとうございます」
俺は、深々と頭を下げた。
「ぁぁぁ~、やめろやめろ! 俺のガラじゃねぇ! おーい、料理持ってきくれー!」
ライリーさんの声かけで、テーブルに山ほど食事が出てくる。
骨付きの肉、魚の揚げ物、たくさんの米とパン、果物と野菜。
こんなにたくさんの食事、今まで見た事がない……
じゃなくて!
「ライリーさん! 俺こんなに食べられません! むしろそんなにお金が!!」
「俺のおごりに決まってんだろ! お前、ろくに飯繰ってないだろ。だから、そんなにヒョロガリなんだよ。冒険者は身体が資本! 食え!」
でも……今日ライリーさんに思いっきり迷惑をかけて、その上食事まで……
「ケルン。冒険者ってーのは、基本新人の頃は稼げない。食うにも困るほどだ。俺も昔は、よく先輩方に食事の世話になった。悪いと思うなら、冒険者として成長した後、困ってる後輩に返してやれ。上からしてもらったものは下に返す。そうやって、まわっていくものだ」
今、初めて名前を……
「わかったら、食え! 冷めるぞ!」
「……はい!」
俺は、泣きながらかぶりついた。
初めて食べる物が多く、ライリーさんにこれは何?これは何?と質問ぜめにして、とてもうざがられた。
村の皆にも食べさせたいと、心底思った。
そのためには、今のままじゃダメだ。
俺は、変わらなきゃいけない。
俺は掴んでいた肉を置いて、ライリーさんを見る。
「んぁ?」
ジョッキで何倍も飲み続けているライリーさんは、若干赤ら顔だった。
「ライリーさん。俺を弟子にしてください!!」
「ことわるーー!!!」
ダァン!とジョッキをテーブルに打ち付けながら即答された。
「何でですかー!?」
「俺は弟子をとって育てられるような人間じゃない!」
「ガルシム師匠に世話になったなら、俺にとっての兄弟子みたいなものじゃないですか! 弟子にしてくださいよ、先輩ー!!!」
俺は、ライリーさんのソファーに座った足にすがりつく。
逃がしてたまるか!
「ええい、何が兄弟子だ! まとわりつくな! 男にまとわれても、嬉しくもなんともないわ!!」
全くもってかなわず、俺は簡単に引き剥がされた。
「だがまぁ、焦る気持ちもこのままじゃダメだっつーのも同意だ。1週間待て。お前にピッタリな相手を見つけてきてやる」
「その人が、俺を指導してくれるんですか?」
「指導……うーん、指導とは違うな。お前に必要なのは、共に冒険をする仲間だ!!」
ビシーッ!と、人差し指を突きつけられる。
「いくら実力があっても、一人でできる事は限られている。仲間がいる事によって、できる事も広がっていく」
それには納得なんだけど……
「ライリーさん。俺はギルド初日の事が原因で、めっちゃ皆から距離を置かれています」
「知ってる、大丈夫だ。お前にピッタリで、受け入れてくれそうなパーティーに心当たりがある。だが、そいつらは今依頼を受けてて王都にいなくてな。戻ってきたら紹介する」
「はあ……」
ものすごく不安だった。
ライリーさんに言われた通り、1週間待っていた。
いつも通り、自分にできる範囲の採集とどぶさらいと堆肥の運搬と農作業の手伝い。
ギルドではいつも通り遠巻きの腫れ物状態。
……本当に、俺に仲間なんてできるんだろうか。
不安でいっぱいだった。
「はい。リャムスさん一家の猫、ミケちゃん捜索の報酬です」
ギルドの受付嬢に渡された銀貨を袋にしまう。
今日はラッキーだった。
依頼で受けた採集を終わらせてギルドに戻ろうとしたら、スリスリスリスリと猫がすり寄ってきた。
全然離れてくれない為、抱き上げたままギルドで採集の報酬を貰おうとしたら、ギルド嬢が俺が抱っこしている猫を見てあれ?となった。
捜索依頼が出ていた猫で、俺は棚ぼた式に、猫捜索の報酬もゲットした。
いやーついてる。
報酬を受け取り、宿に帰ろうとした俺の背中に、ギルド嬢が声をかけてくる。
「あ、ケルンさん。ライリーさんがお待ちですよ」
……ついに来た。
外に依頼に出ていたパーティーが帰って来たのだろう。
「2階の会議室です」
「ありがとうございます!」
待たせてはいけない。
俺はダッシュで会議室に向かった。
扉の前で深呼吸。
第一印象が大事だ。
初日のような失態はもうおかさない。
………………よし!!
コンコンと扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
中にいたのは、ギルドマスター。ライリーさん。
それと、二人の男性。
その二人が、ライリーさんオススメのパーティーメンバーなのだろう。
その内の一人の顔を見て、俺は絶句した。
ギルド初日。
ガルシム師匠を馬鹿にされてキレた俺が、ぶん殴った男だった。