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3 少年の始まりと挫折。

 


 王都についた俺は、早速ガルシム師匠からの推薦状を持って王都ギルドの扉をたたいた。


 解ってはいたが、厳しい世界だった。


 俺が一番キツかったのは、魔物退治でもなんでもない。

 ガルシム師匠や故郷を馬鹿にされる事だった。


「ガルシム? 誰だそれ。辺境の村なんかで冒険者やってたなら、どうせ大した実力も何もない底辺冒険者だろ」


「推薦状見てみろよ。そのガルシムのランクはFだぜ」


「F!? まじ、底辺じゃねーかよ!」


 冒険者にはA~Fまでのランクがあり、依頼の成功可否等でランク付けされている。

 A 世界に数人

 B 国に数人

 C 一般

 D 一般

 E 一般

 F 一般

 G 新人


「住んでた村ってのも、よりにもよって東の端だぜ」


「東? あんな辺境に村なんてあったのかよ。つか、ギルドつくる意味ねーだろ」


「人と資材の無駄だよな」


「ちげーねー!!」


 ドッと周囲が笑いだす。

 自分が馬鹿にされるのはいい。

 新人で、鍛えたとはいえ他の冒険者に比べたらヒョロガリで、田舎住まいだったから金もないし装備も貧弱で、都会のマナーなんかも知らない。


 俺が馬鹿にされるのはしょうがない。


 だけど、ガルシム師匠や故郷の村など、大切な人達を馬鹿にされて黙っていられない。

 新人が逆らっても、痛い目を見るだけだろう。


 でも、俺は馬鹿だから。

 心の中で舌を出して、やりすごすという賢い真似はできなかった。


「うぁあああーーー!!!!!」


 俺は剣は抜かずに、そのまま先輩冒険者に突進した。

『決闘ならいざ知らず、ただの喧嘩に剣は抜くな』

 それが、師匠であるガルシムさんの教えだ。


 不意をつかれたのか、思いっきり油断していた先輩冒険者は見事にひっくり返った。

 テーブルや椅子が巻き込まれ、ガラガッシャーン!と派手な音をたてる。


 ひっくり返った先輩冒険者が体勢を立て直す前に、膝で股間に一撃を加え、マウントをとり、顔面を殴り続けた。


「おい、やめろ!」


 周囲の見物客だった冒険者に制されるが、それを振り切って殴った。

 数人がかりで背後から羽交い締めにされて、無理やり引き剥がされた。


 その際に、「やりすぎだ」と諌められ、俺はキレた。

 押さえつけられながら叫んだ。


「Fランクでもなんでも、ガルシム師匠は俺にとって最高の冒険者だ! 師匠を馬鹿にされて黙っていられるか! 故郷を馬鹿にされて黙っていられるか!」


 ハアハアと、俺の呼吸音だけが室内に響く。

 その空気を打ち破ったのは、外から入ってきた長身の男だった。


 その時は知らなかったが、彼は国内唯一のBランク冒険者で、国内では神と崇め奉られている人物だった。


「ライリーさん!!」


 ライリーさんはギルド内を一瞥し、状況を聞くと後始末にかかった。

 俺が殴った冒険者は結構な怪我を負っていたらしく、即病院へ。


 怒りやなんやらがおさまっていない俺だったが、ライリーさんになだめられた。


「師匠や故郷を馬鹿にされたら怒るのは当然だ。俺だって怒る。何発もぶちかましたし、少しは気がすんだろう。今回は俺に免じて、ひいちゃくれないか」


 そう言われて、俺はひいた。

 関係のない人が頭を下げてるんだ。

 それ以上追求するのは野暮ってもんだった。


 こうして、俺のギルド初日は散々な結果に終わった。



 翌日にも依頼を探しにギルドに行ったが、皆危ないものでも見るかのように、俺からササササーッと距離を取った。

 遠巻きにひそひそされ、ギルドデビューが大失敗した事を悟った。


 俺とパーティーを組もうという人は誰もいなかった。


 話しかけても曖昧ににごされ、去られた。

 はっきり断って俺の気分を害したら、危ないと思われてるらしかった。


 危険人物扱いに若干へこんだが、キレた自分が悪い。

 パーティーを組めないなら組めないなりの依頼を受け続けた。


 この王都周辺は、故郷の村より出現する魔物が強い。

 新人冒険者が一人で討伐依頼を受けられるわけがなかった。


 ので、もっぱら俺が受けるのは採集依頼だった。

 採集の合間に、他に何か売れるものがないか探す。


 自分に受けられる依頼がない時は、街に出てどぶさらいでも堆肥の運搬でもなんでもやった。

 そんな俺は、冒険者の風上にもおけないとよく馬鹿にされた。

 プライドはないのかと。


 師匠や故郷を馬鹿にされるのはたえられない。

 だけど、俺自身の事はどうでもいい。

 俺は冒険者としてのスキルをあげつつ、金を貯めるんだ。


 ナディーに、ブカブカの木の指輪しかプレゼントできていない。

 結婚式用に何かプレゼントしたい。

 後、両親とガルシム師匠と。


 採集依頼だけでは実入りが少ない。

 俺は、ギルドに紹介された冒険者用の格安集団宿屋に泊まっていた。

 個室ではなく、大部屋のごろ寝だ。

 少しでも節約しなくては。


 ナディーとは3ヶ月に1度くらい、手紙のやり取りをしていた。

 本音を言えばもうちょっとしたいが、紙代が……

 そして、手紙が届くのも時間がかかる。

 この周期が精一杯だった。



 冒険者として働きだして半年。

 俺は焦っていた。

 パーティーも組めず、戦闘能力もあがらず、金も思うように貯まらない。


 焦って無理をし、自分の実力以上の採集地に足を踏み入れた。

 危険な地になればなるほど、採集した物は高く売れる。

 そして、危険な魔物も出現する。


 俺は、採取した高価な薬草を握りしめ、必死に走っていた。

 後ろで聞こえるのは、魔物の雄叫び。

 バキバキっと木をなぎ倒しながら、ドスドスと疾走してくる。


 高価な薬草を採取できたはいいが、最後の最後で見つかってしまった。

 獲物を見つけたからか、自分の夢を縄張りに入られて怒っているのか、魔物は執拗に俺を追いかけてくる。


「ぅあっ!」


 俺は石につまずいて、斜面を転げ落ちた。

 木の幹に身体がぶつかって止まり、痛みでうめいた。


 痛みで一瞬、追われている魔物の事を忘れた。

 それが致命的なミスとなった。


 目の前には魔物の姿。

 サーペントタイガーと呼ばれる、虎系の魔物。

 鋭い爪と牙、高い敏捷性が特徴の魔物で、中の中にランク付けされている。

 牙や爪、毛皮はそこそこ高額で取引される。


 つまり、新人冒険者の俺なんかが敵うわけがない。


 牙と爪を光らせ、ドチャリと大量のよだれが落ちる。


 怖い、怖くて仕方がなかった。

 心の中で、何度も父さんと母さん、ガルシム師匠に助けを求めた。

 カチカチと歯が震え、手も足も言う事を聞かない。

 震える手を押さえつけ、無理やり剣を握り立ち上がる。


 怖くても、情けなくても、俺はすでに冒険者だ。

 危険の中に飛び込んでいく職業。


 へっぴり腰で剣をかまえる。


 覚悟を決めなきゃいけない時がある。

 それが、この時だった。


「やってやる……やってやる……」


 ブツブツと自分に言い聞かせる。

 ナディーが待ってる。

 父さんと母さん、ガルシム師匠も待ってる。


「こんなところで、死んでたまるかぁーー!!!!」


 剣を振り上げ、魔物に向かう。

 弾き飛ばされ、不様に地面を転がる。


「っぐぁ!」


 転がっているところを上に乗られ、腕も足も押さえつけられる。

 眼前に、鋭い牙。

 ニチャアという唾液の音。

 獣臭い。


「くそぅ……!」


 死を覚悟した。

 その時、ズパアッとサーペントタイガーの首が胴体からはなれた。


 頭と胴体が、支えを失い、身体の上に落ちてくる。

 サーペントタイガーのよだれと血に汚れながら、俺は必死に今の状況を理解しようとしていた。


「無事だったか」


 聞こえてきたのは、聞き覚えのある男の声。

 半年前、ギルドでの諍いを仲介してくれたライリーさんだった。


 ライリーさんが俺の上から首と胴体をよけてくれた。

 俺は戸惑いながらも立ち上がり、ライリーさんに頭を下げた。


「すみません、ありがとうございまし……た!!」


 言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、俺はまた吹っ飛んだ。

 ライリーさんにぶん殴られたのだ。


「ど新人が魔の森に入るなんて、何考えてやがる! 死にてぇのか!! お前、師匠と故郷を馬鹿にされて怒ってたよな。こんな馬鹿な真似して死んだら、余計に馬鹿にされるだろうが! 師匠と故郷に泥をぬるような真似すんじゃねぇ!」


 ビリビリと怒声が響く。

 その通りすぎて、情けなくて顔をあげられなかった。


「はあ、ちょっと待ってろ」


 そう言い、サーペントタイガーから素材を剥がしはじめた。

 ロープで縛り付けて背負ってから、ライリーさんはまた俺に声をかけた。


「うら、行くぞ。説教の続きは戻ってからだ」


 俺は、手で握りしめすぎてシナシナになった薬草を持ちながら立ち上がった。



「肉は、持っていかないんですか?」


「持ってかねぇ。サーペントタイガーの肉は固くて臭くて売れないからな。そのまま置いておけば他の魔物が喰う」


「そうなん……ですか」


 会話が続かず、沈黙が続く。


「おめぇ、何で魔の森に入った」


「……お金の為です。早く一人前の冒険者になって、お金を稼いで、故郷に帰るために……」


「んで、魔の森か。救いようがねぇ阿呆だな。死んだらそこで終わりだろうが」


「……」


 今冷静になって考えてみればそうだ。

 あの時は、焦りや不安感でグルグルになっていた。


「勇気と無謀を履き違えるな。ガルシムさんに、そう教わったはずだ」


「どうしてそれを! っつぅ!」


 大きく口を開けすぎて、殴られた顔の傷にひびいた。


「それは、後で教えてやる」


 ライリーさんは背中を向けながらそう答え、ギルドにつくまで振り返る事はなかった。



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