1 少年の初恋と決意。
俺の名前はケルン。冒険者だ。
田舎の村に木こりの子として生まれ、ごくごく平凡に育った。
イケメンなわけでもなく、力が強いわけでも、体格がいいわけでもない。
もちろん、何か特別な力なんてあるわけがなかった。
際立った特徴もない、そこらにいる子どもだった。
母親の畑仕事を手伝い、鶏の世話をし、父親の木こりの仕事を手伝う。
将来は、父親の木こりの仕事を継ぐのだろうと漠然と思っていた。
そんな考えに変化が生じたのは10歳の時。
村にあった冒険者ギルド(仕事斡旋所)がつぶれたのだ。
辺境の村だ。
身入りも少ない為、ギルドに登録している冒険者は、50過ぎのガルシムさん一人だった。
『身体が動くまで冒険者を続ける!』と言っていたガルシムさんだったが、再発したギックリ腰には勝てなかった。
ガルシムさんは泣く泣く冒険者を引退し、冒険者が一人もいなくなったギルドはつぶれてしまった。
こんな辺境の村のギルドに登録する物好き冒険者が、他にはいなかった。
それも今となっては当たり前だろうと思う。
魔物退治はほんの時々。
しかも、大抵が下ランクの魔物。
魔物は上・中・下にランク分けされる。
村に出る魔物は下の下。
ほんの時々、下の中が出るくらいの平和な村だ。
村では、冒険者の仕事は小間使いというか雑用係。
畑の収穫を手伝い、水汲みを手伝い、高いところにある物をとる手伝いをし、動物を捌く手伝いをし、保存食を作る手伝いをし、小さい子どもの子守りをし……
ようするに、何でも屋さんだ。
報酬は現金の時もあるが、それは珍しい。
大抵が畑の作物の現物支給や、「今日飯食ってけー」などの食事の誘い。
つまり、儲からない。
一攫千金を夢見て冒険者になる者が多々の為、稼げない場所は見向きもされない。
登録する者がいるわけがなかった。
ギルドマスターと受付嬢は、夫婦でギルドを運営していたが、彼等は「しょうがないよねー」と、楽天的だった。
都会には戻らず、畑仕事や家畜を育て、そのまま村に住み続けた。
彼等には娘が一人いた。
俺より3歳年上の女の子。
名前は、ナディー。
村には子どもが少なかった為、男女ともに一緒になって遊んでいた。
俺と彼女の他に、子どもは6人しかいなかった。
よく笑う元気な子だった。
笑った時にちらりと覗く八重歯が印象的だった。
「私の鼻がもうちょっとだけ高かったら、私はとても美人だったと思うの」
そう、よく言っていた。
若干低い鼻をいつも気にしていた。
彼女は、よく言っていた。
「うちのギルドは今は寂れているけど、私が大人になったら冒険者をいっぱい連れてきて、うんと賑やかなギルドにするの。もう、大にぎわいよ! そこで私は受付嬢をするの。美人受付嬢で有名になって冒険者をいっぱいにするんだから!」
それが、自分の夢なんだと。
無理に決まっているとからかわれて、顔を真っ赤にして怒っていた。
唯一の冒険者だったガルシムさんが引退し、ギルドがつぶれた時、彼女は泣いていた。
歯を食いしばり、誰もいなくなってガランとしたギルドの中で、一人泣いていた。
彼女の泣くところなんて、初めて見た。
皆でイタズラをして、げんこつを落とされた時も。
転んで、膝に血がにじんだ時も。
自分の夢を語った時も。
彼女は泣かなかった。
そんな彼女が、ギルドの中で一人で泣いていた。
彼女の泣き顔を見るたびに、泣き声を聞くたびに、俺の胸はしめつけられるように痛んだ。
そして、もう泣かせたくないと思った。
その時に俺は決めた。
彼女の夢を叶えようと。
彼女の泣く姿なんて見たくない。
ずっと笑っていてほしい。
なんの特別な力もない俺だけど、好きな子を笑顔にする力だけは手に入れようと思った。
「泣かないで、ナディー。僕が、君の夢を叶えるよ」
「?」
勇気を出して一歩を踏み出したら、少しだけ力を手に入れた。
ナディーが泣き止んだ。
「僕は大人になったら冒険者になる。そして、この村のギルドに登録するよ。だから、それまで待っていて」
「ありがとう」
子どもの浅知恵だったけれども、それでも彼女は笑ってくれた。
俺は家に帰ってから、すぐ両親に打ち明けた。
「父さん、母さん、聞いて! 俺、冒険者になるんだ!」
「ふーん、良かったわねー」
「そーか、頑張れよー」
それぞれ、夕飯の支度や斧の手入れから視線も外さず、すごい適当に返された。
全然本気にされていない。
「もっとちゃんと聞いてよ! 俺、本気なんだ! 15歳になったら王都に行って冒険者の資格を取って、お金を稼ぐんだ!」
そこで、ようやく父さんが顔をあげてくれた。
「おめぇー、そんなひょろっちいナリして、冒険者ってか。馬鹿も休み休み言え。そこらの魔物に殺されるのがオチだ。ぐだぐだ言わないで、大人しく木こりになっとけ」
そう言い、また斧の手入れに戻ってしまう。
木こりで鍛えて、ガッチリムキムキな父さんと比べないでほしい。
「木こりにはならない! 父さんの仕事は継がない!」
「んだと、こらぁーー!!!」
父さんの逆鱗に触れたらしく、青筋たてて立ち上がり威嚇してくる。
「外でおやり!!」
大人しく静観してた母さんによって、俺達父子は外に叩き出された。
夕陽に照らされながらの親子喧嘩。
爺さん婆さん達の見物つき。
時おり、「おー、負けるながんばれー」という応援の声が聞こえる。
見世物じゃありません。
ひょろひょろな10歳とムキムキマッチョな木こりの父親。
勝敗は目に見えていた。
俺はボッコボコにされ、母の膝でグスグス泣いた。
黒歴史だ。
「けっ! 10歳にもなって母ちゃんの膝で泣くようなやつに、冒険者がつとまるか!」
「あんた! 言いすぎだよ!」
母さんに一喝され、父さんは不機嫌そうに一人夕飯をつつく。
「ケルン、何で冒険者になりたいんだい? お金を稼ぐ為かい?」
泣いていた俺は顔をあげれず、母の膝に突っ伏しながら、違う!と首を振った。
「じゃあ、どうしてだい? 木こりじゃダメなのかい?」
また俺は膝に突っ伏しながら、そうだ!と何度も頷く。
「けっ! どうせ変な話でも聞いたんだろ!」
「あんたは黙ってな! 今はあたしが聞いてるんだよ!!」
母さんには弱い父さんは、若干小さくなりながら大人しく夕飯を食べ始めた。
「冒険者になりたい理由を教えておくれ? そうじゃないと、応援も反対もできないよ。 母さんは、お前が本気で冒険者になりたいなら応援するよ?」
「けっ! どうせくだらない理由だろ。」
母さんの雷が落ちる前に、俺は立ち上がって声をはりあげた。
その言葉は、聞き捨てならない。
大人にとってはくだらないかもしれないけれど、10歳の自分にとっては人生を変えるほどの大きな出来事だった。
『くだらない』その言葉を見過ごしたら、ナディーとの約束も、ありがとうと笑ってくれたナディーの事もけなした事になる。
「くだらない理由なんかじゃない! 僕は、ナディーの夢を叶えるんだ! ナディーに笑っていてほしいんだ!」
涙と鼻水にまみれた顔で、声だってグズグズだ。
それでも、俺は大声で宣言した。
「僕は冒険者になる! 冒険者になって、村のギルドを大盛況にするんだ!!」
シーンとした室内に、俺の荒くなった呼吸音だけが響く。
父さんも母さんもポカーンとしていた。
「……えっと、ケルン? ナディーってのは、あのギルドの家のナディーちゃんの事かい?」
母さんの言葉に、鼻水を袖でぬぐいながら頷く。
「ナディーちゃんの夢を叶える為に冒険者になると」
俺は力強く頷いた。
「えらい!!」
ビクッ!
父さんに力強く抱き締められた。
「好きな女の為に、危険に飛び込んでいく。それでこそ俺の息子だ!」
「やっぱり親子だねー。あんたと一緒じゃないかい。親に反対されたのに、俺は好きな女と添い遂げるんだ! って木こりになってさ」
ジタバタジタバタ
「母ちゃん、それは内緒だぜ。照れ臭いだろ」
「何言ってんだい。あたしは申し訳なく思いつつも嬉しかったんだよ。そこまでして!ってね~」
「俺は母ちゃん一筋だからな!」
ジタバタジタバタ!!
「いやだよ、あんたってば。あ……」
「ん? あ……」
「プハァッ!」
父さんの抱擁から解放された俺は、ゼエハアと絶え絶えにあえぐ。
思いっきり胸筋に顔を押し付けられた俺は、呼吸ができなく、もう少しで旅立ってしまうところだった。
死因:父親の筋肉に押し付けられた事による窒息死。
嫌すぎる。
とてつもなく馬鹿みたいじゃないか。
「すまんすまん」
アハハハと、頭をかきながら笑顔で謝ってくる父親。
殺す気か!
「でもまあ……本気なんだな?」
「…………」
茶化してからの本気は反則だろう。
おちゃらけた空気や態度はどこかに消え、父さんは俺をまっすぐに見てきた。
そらしちゃいけない。
父さんは、俺の覚悟を試してる。
「もちろんだよ」
俺は、まっすぐに父さんを見つめ返しながら言った。
「父さんと母さんが反対しても、僕は冒険者になる。決めたんだ。ナディーの力になる」
「そっか」
父さんはニカッと破顔しながら、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「なら、反対はしない。だが、冒険者の事は俺は何一つ教えてやれないぞ。俺は木こりしか知らない男だからな。俺ができるのは、応援する事と、若干の金を用意してやる事だけだ」
「うん」
「よし、話は終わりだ。さ、母ちゃんの飯を食おう」
父さんは、また俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「さあ、ケルン。手を洗っておいで」
「はーい!」
こうして、俺の冒険者を目指す日々は始まった。