18 青年はガブガブされる。
「ぐぇー」
翌朝、夜明けとともに俺達は山登りを開始した。
疲労や筋肉痛。そして昨日より勾配がキツくなり、心なしか周囲の魔物も昨日より殺気だってるような気がする。
「そりゃそうですよ。上に行けば行くほど、ランクが高い魔物の生息地なんですから」
嫌な情報聞いた。
「そう言えば聞くの忘れてたけどさ、目的地はどこなんだ? 山頂まで行くのか?」
「目的地は6合目あたりですね。ケルンさんを連れて登るならそこまでが限界です。山頂まで行くのは、流石にケルンさんの安全を保障できません」
アレクがここまで言うって……
「山頂には何がいるんだよ」
聞きたくない気もするが、逆に気になる。
「ドラゴンですね」
「ドラっ!」
大声を出しそうになり、慌てて口をおさえる。
「シュバルティス山脈はいくつかの山が連なっていますが、その多くの山の山頂は、最高ランクに位置するドラゴンの住みかです。さすがに、ケルンさんを連れてのドラゴン討伐は厳しすぎますね」
「討伐しなくていいっつの!」
というか、ソロならドラゴン討伐できんのかよ……
できたらそれ、Aランクだよね。
世界に数人の冒険者だよね、それ。
「本当は山頂に一番見てほしいものがあるんですが、それは無理なので。しょうがないから6合目で妥協します」
アレクは山頂にたどり着いた事があるのだろう。
だがしかし、この時代シュバルティス山脈のどの山も、踏破したことのある冒険者はいない。
リントやライリーさんが、「俺が一番にたどり着いてやる!」と鼻息荒く、夢を掲げていたから確実だ。
アレクは権謀よろしく、人を迷いもなくはめるが、どこか抜けている。
だが、俺達の間に、この指摘は無用だろう。
「ケルンさん?」
足が遅くなっていた俺に、アレクが声をかける。
「今行く」
俺は6合目を目指して歩き始めた。
「…………」
わー、青空がキレイだなー。
下に見える木や山が、すっごい小さく見えるぞー。
あはは、俺の脇腹をでっかい舌でなめ回さないでくれるかな。
くすぐったいぞー。
「…………」
よし、現実逃避はやめにしよう。
俺は今、でっかい魔物のでっかい口にカプッと挟まれて、大空を飛行中。
でっかい魔物は何かって?
うん、ド・ラ・ゴ・ン♪
俺を運んでどうするつもりかなー?
ドラゴンって、もしかして肉食、
俺、ドラゴンのごはん?
「イヤーーー!!!」
喰われてたまるか!
死んでたまるか!
俺は渾身の力をこめながら、ジタバタと暴れて抵抗する。
がぶがぶがぶがぶ。
あ、痛い。やめて、ごめんなさい。
力を込めてガブガブしないでください。
出てはいけないものが出てしまう。
そもそも、何で俺はドラゴンにくわえられているのか。
俺は決して気を抜いてはいなかった。
あれは山を登り続け、5合目あたりについた昼近くのことだった。
そこら辺には魔物が寄ってこない、安全泉がなかった。
その為、手早くパンを食べて昼食をすませていた。
ナディーが持たせてくれた、日持ちがする堅焼きパン。
日保ちを優先させている為、正直味はあまり。
でも、ナディーが俺とアレクのために作ってくれたパンだ。
一口一口大切に食べていた。
そんな時、バサバサッと音がしていきなり頭上が暗くなった。
「ケルンさん!」
と、アレクの叫び声が聞こえた時には、すでに俺はドラゴンの口にくわえられ、大空に。
アレクはすぐさま弓を放ったが、ドラゴンの鱗には通じなかった。
その時に、俺は痛恨のミスをしてしまった。
ナディーの堅焼きパンを落としてしまったのだ。
青くなった俺は叫んだ。
「アレクー! ナディーのパンを拾っておいてくれ! 後で食べるから!!」
「「…………」」
ドラゴンとアレク、両方から呆れたような目で見られたのは気のせいだ。
ドラゴンがはふぅ。とため息っぽいのをついたのも、絶対に気のせいなんだ。
ドラゴンの口にくわえられ飛行するという体験をした俺が解放されたのは、山頂にたどり着いた時だった。
ペッと吐き出された。
そこそこの高さがあったが、アレクに鍛えられた俺は、見事な受け身を取り着地した。
アレクやナディーが見ていたら、拍手喝采だったろう。
見事な受け身に一人ドヤッていた俺だったが、急激な頭痛と息苦しさと寒さで、膝をおりながらえづきを繰り返す。
『おお、人間にはキツいか。ほら、これを舐めろ。楽になる』
誰かが差し出したそれを、俺はためらいもなく舐めた。
それほど、痛みや辛さが強かった。
最初に来た味は渋味。
そして、理解。
これは血の味?
だけど、何かを舐めたとたんに身体は楽になった。
頭痛もない、息苦しさも、寒さも。
それだけじゃない。
疲労や筋肉痛までキレイに治り、気力が充実している。
俺は一体、何を舐めたんだ?
いや、まずは助けてもらったお礼だ。
人として、お礼と謝罪大事。
「どなたかわかりませんが、助けていただき誠に……」
『……』
顔をあげた瞬間、視界に入るのはドラゴンの顔。
「ッギャー! ギャー! ギャーーー!! 俺は美味しくない! 俺は美味しくない!」
大声で悲鳴をあげ、逃げようとするも、恐怖のせいなのか足がもつれてうまく動けない。
「アレク助けて、アレクー! 今こそお前の出番!」
『お主……』
「美味しくないから食べないでーー!!! って、あれ?」
今、声が聞こえたような。
……目の前のドラゴンからか?
「えっと……ドラゴンさん?」
『何だ』
目の前の大きなドラゴンが口をひらく。
高くもなく低くもなく。
だけど、腹の底に響くような。
つい跪いてしまいそうな、威圧感のある声。
俺はポカンと間抜けな顔をしていたと思う。
言葉を話す魔物なんて、今まで会った事がなかったから。
リントやライリーさん、ガルシム師匠からも聞いたことはない。
『高位の魔物は人語を解す』
へ、へー。そうなんだ。
リントに教えても信じなさそう。
「あの……質問いいですか?」
『うむ、許そう。小さき者よ』
言葉が通じるなら、第一に聞いておかなきゃいけない事がある。
「俺を食べる気はありますか?」
『ない』
良かったー!
俺はほっと胸を撫で下ろす。
喰われて死ぬとか嫌すぎる。
第一、俺はまだ死ねない。
俺を食べるつもりがないと解って、ようやく少しは周囲の状況を確認する余裕ができた。
山頂は石と岩だらけで、木や草は少しもない。
目の前のドラゴンは俺より何倍も大きくて、青い鱗をしていた。
その気になったら、俺を直ぐにでも殺せる生き物。
そんな生き物を目にしたら、普段の俺なら、怖くて怖くて震えるしかできないと思う。
俺を食べる気がないと解ったからかもしれないけれど、今はそこまで怖くない。
恐怖の前にくるのは、キレイだという感想。
他の魔物には感じない、ずっと見ていたいと思わせる美しさだった。
……ん?あれ?そういえば、食べる気がないなら何で俺を連れてきたんだ?
「あの、もう一ついいですか?」
『うむ、許そう。小さき者よ』
……確かに、俺はドラゴンに比べたら小さい。
でも、そんに小さい小さい言わなくても良くない!?
なんか、微妙に傷つくんですけど。
ドラゴンが怖くても、これは断固抗議しなきゃいけない。
「あの、小さき者ってやめてもらってもいいですか? 俺にはケルンって名前があるんです」
『うむ、解ったぞ。小さき者ケルンよ』
「…………」
意味ねーだろ、それ!
だが、ここで時間をとってるわけにもいかない。
俺は諦めて質問を続けることにした。
「えーと、あの。ドラゴンさんは――」
『ルマンディウスだ』
「は?」
『我の名前だ。個体名をルマンディウスと言う』
これは、名前を呼べアピール?
いやでも、ドラゴンの名前って呼んでいいの?
「……」
考えた末、俺は恐る恐る口にする。
「ルマンディウスさん?」
さすがに、呼び捨ては無理。
『うむ』
セーフ!
気分を害してはいないらしい。
「それであの、ルマンディウスさんは何で俺を連れてきたんですか?」
食料以外に何の用事が?
これっぽっちも心当たりがないのですが。
『うむ。お主にはない』
「ふざけんな、このクソドラゴン! 俺はお前のせいでナディーのパンを落としちまったっつーのに! 返せ、ナディーのパン!」
『う、うむ。それはすまないと思っている』
ヤバ。心の中で罵倒したと思ったら、口に出てたらしい。
食べる気はないらしいけど、怒らせたら俺なんてひとたまりもない。
「いや、俺も言い過ぎました。すみません」
『悪いのは我だ。お詫びをしたいのだが、何をしたらいいのか……』
だー!ドラゴンの詫びなんていらん!
面倒な事になるのが目に見えてる!
「それはいいので! で、ルマンディウスさんが俺を連れてきた理由はなんなんですか?」
『うむ、それはお主の連れだ』
俺の連れ……
「アレクのことか?」
『あの強き者はアレクというのか』
……いや、何で俺が小さき者なのに、アレクは強き者なの?
差ヒドクナイ?
「アレクが目的なら、アレクを連れていくか普通に話せば良かったのでは?」
『そうも思ったが、強き者を連れていくと小さき者ケルンが死んでしまうだろう。かと言って、素直に話を聞くたまだとも思わなかったのでな。いきなり斬り殺されてはかなわん』
配慮ありがとうございます。
確かに、アレクを連れていかれたら俺は死ぬ。
そして、アレクはドラゴンがあらわれたら、躊躇せず剣を振るうだろう。
『我の目的は、あの者が持っていた剣だ』
アレクの剣?
確かに、どこの名剣だというくらいの業物ぽかったけど。
俺との特訓では、主に木の枝や木剣を使っていた為見ることはなかった。
シュバルティス山脈に来てからはずっと鞘から抜いていたが。
確か両刃の片手剣で、剣身が薄い、薄い蒼色に輝いていた。
切れ味は恐ろしく凄まじかったな。
鍔や柄頭にも装飾がされていたような気が……する。
「その剣がなにか?」
『うむ、大問題だ。あの剣はな……』
ビュオッ!という風切音が、俺とルマンディウスさんの間を通り抜ける。
通り抜けた何かは、ガン!と音をたて、突き刺さった岩を粉々に砕いた。
ポカンと見てみれば、そこには1本の矢。
「あの矢じりは……」
「ケルンさん!」
「アレク!?」
弓に矢をつがえ、ギリギリとルマンディウスさんに狙いをつけるアレク。
早すぎない!?
俺がルマンディウスさんに運ばれてここに来てから、そんなに時間たってないよ!?
「ケルンさん、早くこちらへ!」
「え、ちょ。アレク!? やめ、弓ダメ!!」
「何を言ってるんですか、早くこちらへ!」
ルマンディウスさんから狙いを外さないアレク。
ああもう!
俺は、アレクとルマンディウスさんの間に立ちふさがる。
「待てって言ってるだろ! ルマンディウスさんはアレクの剣に用事があるんだよ! 話くらい聞いてやれ!」
ルマンディウスさんの名前を聞いたとたん、アレクの顔色がガラリと変わる。
怒りや嫌悪じゃない、聞きたくない名前を聞いてしまったかのような、悲痛な顔。
ゆっくりと、アレクが弓をおろす。
「だから、山頂に来るつもりはなかったのに……」
アレクが漏らした、敬語がとれた口調。
その悲しげな呟きは、何故か俺の耳にこびりついて離れなかった。




