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17 青年はガクブルする。(シュバルティス山脈入山)

 


 足音をたてるのもはばかられるような、濃密な空間。

 周囲に魔物の姿は見当たらない。

 だけど、四六時中ねめつけられてるような視線を全身に感じる。


 村や道中は暖かい春の陽気だった。

 だけどここは、山の中という事を差し引いても寒い。

 気温だけじゃない。

 高ランクの、自分を何の苦労もなく殺せる魔物がそこら中にいるという恐怖。


 汗が吹き出て止まらなかった。


 流石のアレクもここはヤバイのか、気を張りつめ、周囲への警戒をおこたらない。


 パキリと、足元で小枝が折れる音がする。


「っ!」


 怖いほど静かな森に音が響き、一気に身体中が総毛立つ。

 そんな俺に、アレクがゆっくりと振り返る。


「そんなに音一つで怯えなくても大丈夫ですよ。僕が近くにいるから、滅多な事では襲ってきません」


「そ、そうなのか」


 安心して、ほっと一息をつく。


「襲われるのは、そうやってガッツリと気を抜いた時です」


「え?」


 そう答える前に、アレクが視界から一気に消えた。

 戸惑う間もなく、背後からザンッと一閃の音。


 慌てて振り返ったら、首がなくなった巨体が俺の目の前にいて、グラリと倒れてくる巨体を慌てて避ける。

 地面にズズンと倒れる魔物。


 呆気に取られていると、剣についた血しぶきを払ったアレクが近づいてきているところだった。


「あ……あ……ぅ」


 唇もガチガチと震えて、うまいこと発音できない。


「大丈夫ですよ」


 ポンポンとアレクが肩を優しく叩いてくれ、ようやく少しは緊張がとける。

 身の丈3mは超えようかという魔物。

 それを、アレクは一閃で首を落とし討伐してみせた。


「この魔物……は……」


「シルバーベアーですね」


 その名称に大声を出しそうになり、慌てて自分の口をふさぐ。


 シルバーベアー。

 上の下に位置する、白銀の長毛が特徴の熊型の魔物。

 肉や牙、爪は高く売れないが、毛並みと防寒性から毛皮は高く売れる。

 まあ、それは冬毛の話で、夏毛はグンと価値が落ちる。


 今のシルバーベアーは冬毛から夏毛への生えかわり時期。

 価値大暴落。


「……ナディーに暖かい上着を作ってやりたかった」


「今採っても加工できないんですから腐ります。さ、行きますよ」


 シルバーベアーの毛皮に後ろ髪を引かれながら、俺はその場を後にした。



 ひたすら、道なき道を登る。

 はあはあという自分の息切ればかりが耳に届く。

 いつまで登るんだと言いたいが、文句や注文をつける気力すら残っていない。


 というか、少しくらいの音は大丈夫だと言われても、怖いんです!

 またシルバーベアーみたいな魔物に襲われたらと思うと、声もうかつに出せません!!


 陽が傾き始めた頃、少し開けた場所に出た。

 水たまり?って言うくらいの小さな泉がある。

 これは……


「今日はここで夜営します。この泉の周りには魔物は寄ってきませんから、荷物をおろして身体を休めておいてください」


 んな事言われても……


「僕は薪と食料を獲ってきますから。あ、この泉から離れないでくださいね。死にますよ」


 俺は泉にへばりつくように近づいた。

 そんな俺に苦笑しながら、背嚢をおろしたアレクが木々の中に消えていった。


 アレクを見送った後、俺は泉というか水たまりを覗きこむ。

 広さは俺の手3つ分くらいという狭さだが、深い。

 禁足地の泉のように透明度がとても高く、底まで見渡せる。

 魚は……いない。


 禁足地の泉にも生えていた、見たこともない水草。

 それも、若干生えている。

 禁足地より大分数は少ないが。


 若干暗くなってきたからわかる。

 泉が淡く輝いている。

 禁足地の泉より輝きは弱い。

 だが、確実に淡い光を発していた。


 禁足地の泉の周囲に群生していたあの草は欠片も見当たらない。

 この輝きの差は、生えている水草の差?


 アレクは、この泉の周辺は魔物は寄ってこないと言っていた。

 禁足地にも結界があると。

 この淡い水が、魔物を遠ざけるのか?


 この泉の水は、どこから流れ込んできているんだ?


 キョロキョロと辺りを見回しても、同じような淡く輝く水は見あたらない。

 川から流れ込んでいるわけではないらしい。


 ……ということは、地下の水流?

 それが湧きでている?


 水草を採取してみたいが、腕をうんと伸ばしても届かない。

 その水草を抜いた事で魔物が寄ってくるようになったら、俺は死んでしまう。


 ……大人しく、アレクを待つ事にした。




 完全に陽が落ちる前にアレクは戻ってきた。

 小脇に抱えている薪を受け取り、急いで火をおこす。

 背中に背負っているモノは……見たくないかな。


 ドサッと床におろし、アレクがブチブチと羽をむしる。


 アレクが解体しているのは鳥の魔物。

 チョコマカ鳥の親玉版、中の上に位置するチョコマカマスター。


 1mちょいという、チョコマカ鳥の数倍の大きさを持つ。

 大きくなっても敏捷性は変わらず、凶暴性は増し、チョコマカ鳥の時には無理だった飛翔もこなす。

 その肉質は美味で、高級店のメイン食材をはる事もある。


 食べた事は1度もない。

 たき火で焼かれるチョコマカマスターの肉。

 滴り落ちる脂、鼻に届く焼けた肉の匂い。


 今日の疲れが吹っ飛んでいく。


「どうぞ」


 差し出された肉に思いっきりかぶりつく。


 ……うまー。チョコマカマスター、まじうまい。

 塩コショウしかしてないのに。

 肉がすっごい柔らかくて、ジューシーで……


「……ナディーや皆にも食べさせてあげたいな」


 そんな感想が、ポツリと漏れでる。


「本当にケルンさんは、ナディーさんが大切なんですね」


 若干呆れたような、感心したようなアレクの声。


「シルバーベアーの時も今も。ナディーさんにも体験して欲しかったって言う」


「美味しいものを食べた時、キレイな景色を見た時、大切な人とこの時間を経験したかったって思うのは普通だろ?」


「そうなんですか?」


 何でそこでポカンとする。

 駄目だ。強さはあっても、大事な何かが抜け落ちてる。

 ここでしっかりと教育しておかねば。


「いいか、これは極々普通のことだ。美味しいものを食べた時、キレイな景色を見た時。人は笑顔になるだろ?」


「……まあ、そうですね」


 おい、微妙に納得してない顔をするな。


「笑顔って事は()()ってことだ。人は、大切な人の笑顔を見たいんだよ。幸せだってことを実感したい。幸せでいてほしい。自分が美味しいものを食べて笑顔になった、幸せだ。じゃあ、大切な人も食べたら笑顔になるだろうな。食べさせてあげたいな。こうなるわけだ」


 アレクが釈然としないような顔で、眉間にしわをよせている。


「アレク、お前18歳だろ? 今まで好きな子とか、いいなって思った子いなかったのか?」


「いませんね」


 そこだけは、迷いなく即答したアレク。


「少しも? Cランクでエリートでその容姿なら、女の子の方が放っておかないだろ」


 金髪サラサラの美少年エリート。

 それはもう、よりどりみどりだ。


「そうですね。声をかけられはしましたけど、全て断りました」


「何でだ? 好みじゃなかった?」


「マンティコアの調査や討伐で忙しかったので」


 あー、そっちか。

 確かに、14歳で冒険者になって18歳でCランクなら、恋愛でキャッキャウフフなんてしてる時間ないか。

 なる前もガッツリ修行してたんだろうし。


 アレクの冒険者としての力量。

 それを鍛えるために、一人の子ども、人間としての日常を犠牲にしてきたのだろう。


 アレクが、ナディーや父さん母さんと過ごす時に見せる、嬉しそうな穏やかな表情。

 それこそが、アレクにとっては大切な事だったというのに。


 ここで教えなきゃいけない。

 それは、()の役目だ。



「村が滅んだ理由を探る方が、僕には大切だったんです。誰か別の人にかまけてる無駄な時間なんて……」


 うつむくアレクの額に、全力を込めてデコピンをかます、


 バッチィーーーーン!!


「痛っ!!」


 うん、いい音が響いた。

 つか、俺の指が痛い!

 あいつの額は、鋼か!


 思いっきりデコピンされたアレクより、かました俺の方が痛がってる。

 ふーふーと指に息をふきかけながら、キョトンとしているアレクに、ゆっくりと話しだす。


「い、いいか。他の人と交流をするのは無駄な時間なんかじゃない。とても大切な時間なんだ。人と人が交流することによって感情が生まれる。もちろん、生まれるのはいい感情だけじゃない。時には負の感情だってある」


「でも、それでもいいんだよ。悲喜こもごも。色んな感情があってこその人間なんだ。何かあっても眉一つ動かさない。そんな感情がないやつは、人間じゃなくて人形だ」


「人形……」


 聞こえるか聞こえないかの音量で、アレクが呟く。


「アレクは人形じゃなくて人間なんだ。誰かと話をするのも、遊ぶのも大切なことなんだよ。アレクの人生は、マンティコアと村だけで終わっちゃいけない。アレクの母親も、お前に言わなかったか?」


「……そうですね。自分も大切にしてとは、言われました」


 だろうな。


「そうだろう? 女手一つで苦労してアレクを育てた人だ。幸せになってほしいと思ってるよ。親は、子どもの幸せを一番に望む生き物なんだから」


 俺の父さんと母さんもそうだった。

 王都に行って冒険者になるという俺の夢を、心配しつつも応援してくれた。

 ナディーとの結婚をとても喜んでくれた。


「今はまだ、未来を考えられないのかもしれない。だけど、時々は止まって周りを見渡してくれ」


「そうですね……」


 どれだけ、アレクの心に響いたかはわからない。

 だけど、少しでも届いていてほしいと思う。


 アレクの人生は、まだまだこれからも続くのだから。



「そろそろ休みましょう。明日も早いですから」


 腰をあげながら、アレクが鳥の骨を手早く片付ける。

 俺も手伝いながら、背嚢からマントを取り出し身体に巻き付ける。

 冬用の厚手のマントだ。


 剣を鞘に入れたまま地面に刺し、それに体重を預け、座ったまま休む。

 何かあった時にすぐ行動できるように、寝転がりはしない。


 すると、アレクが声をかけてくる。


「ケルンさん、横になって休んでください」


「いや、何かあった時に困るだろ?」


「僕がいるんですから、()()が起こることはありません。ちゃんと疲れをとって、明日に備えてください」


 すげー自信だな、おい。

 お言葉に甘えて、ゴロンと寝転がり寝る体勢になる。

 が、当のアレクは座ったままだ。


「寝ないのか?」


「火の番をしつつ、警戒にあたりますよ。魔物が寄ってこないとはいえ、他の冒険者に襲われないとは限りませんから。座りながら寝ます」


「辛かったり、何かあったらちゃんと起こしてくれよ」


「ええ、お休みなさい」


 アレクとたき火に背を向け横になる。

 凶暴な魔物ひしめくシュバルティス山脈の山中なのに、アレクがいるというだけで安心できる。


 夜空には少し欠けた月の姿。

 山の下にいた時より、少しだけはっきり見える。


 寝られる時に寝ておこう。


 俺は、ゆっくりと目を閉じた。



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