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16 青年はまた逃げ出す。

 


 帰宅すると、ナディーが起きて待っていてくれた。

 温かいお茶を出してくれる。


「ありがとう、ナディー」


「ううん、無事で良かった。それで、どうだったの?」


 俺は禁足地で見た事を話す。

 透明度の高い、月が映っていた泉。

 淡く輝く水。

 見た事もない草花。


 デッサンしてきた紙をナディーに見せる。


「うぅーん、私も見た事ない。詳しい人に見てもらいたいけど、そうもいかないしね」


 村で決められている禁足地なのだ。

 勝手に入った事がバレたらどうなるか。

 怒られるだけなら、まだいい。


 両家の親にまで責任がいき、村八分などになったら暮らしていけない。

 この事は絶対に隠し通さなくては。


「これ以外に何もなかったんでしょ? やっぱり、100年に1度がいつなのかがわからないと、どうしようもないよね」


 そう、今日が100年に1度だったのか。

 それとも来年なのか、去年だったのか。

 何もわからない。


 行ってみても何もわからなかった。

 村に何で強力な魔物が来ないのかも。

 村の秘密も。


 村の決まりを破るという危険をおかしたのに。

 ナディーにまで決まりを破らせて……


「ごめん、ナディー。ナディーを巻き込んじゃったのに、何もわからなくて」


「ケルン……」


 ビシッ!!


「あだっ!!」


 ものすごい勢いのデコピンがきた。

 ちょ、まじで痛かったんですけど!


 ヒリヒリ痛むおでこをさすりながら、涙目でナディーを見る。


「な、ナディーさん?」


「んもー。すぐ落ち込んでネガティブになるのは、ケルンの悪い癖だよ。いっぱい情報が手に入ったでしょ?」


 ……何が?


「禁足地の状態。それに、見た事もない草花が禁足地にだけ生えてるっていうのは大きい情報だよ。入っちゃいけない理由は、その草花かもしれないでしょ?」


「なるほ……ど?」


「花は蕾だったんでしょ? 100年に1度。『雫満ちあふれる満月の夜』に、その花が咲くのかもしれない」


 ブニュッ!とナディーが両手で俺の頬を挟み込み、唇が突き出たタコのようになる。


「謝る必要もない。落ち込む必要もない。ケルンは今できる事をやったんだから。」


「でも……」


 ナディーと皆を危険にさらす事に……


「ブオェェー!」


 痛い痛い痛い!!

 ナディーが、頬を挟んでる手に更に力を込める。

 唇!唇がとれてしまう!


「謝る必要も落ち込む必要も、いいわけも必要ないの! わかった?」


 いいわけは言ってません、ナディーさん!


「わ、わかりました!」


 タコになりながらも、何とか返事をかえす。

 すると納得したのか、ようやく解放された。


 ようやく離された頬を両手でさする。

 絶対、赤くなってる。

 不満気にジト目でナディーを見るが、本人は何も気にしていなかった。


 茶器を片づけ、手早く寝る準備にうつっている。


「ほらほら何してるの、ケルン。明日も早いんだから寝るよ。もう遅いんだから」


 俺は、よくわからないモヤモヤ感を抱えながら、ナディーに返事をした。




「ふあぁぁぁー」


 翌日。

 アレクとの特訓の合間に、あくびを連発する。


「ずいぶん、大きなあくびですね。昨夜はお楽しみだったんですか? 特訓に響かない程度にしてくださいよ」


「違うわ!!」


 何を勘違いしてるんだ、このエロガキは。


 昨夜、ナディーとお楽しみなんてしてない。

 禁足地の事とか考えてたら、寝つけなかっただけだ。

 だが、それを言うわけにはいかない。


「え? じゃあ、一人でお楽しみですか?」


「お楽しみから少しは離れろ!」


 アレクの中で、どんだけ俺はエロなんだよ。

 そこまで俺はエロ男じゃない。……いや、結構エロ男かもしれない。


 今までのあれやこれやを思い出すと……うん、俺エロ男だわ。

 いや、今それは関係ない。


「ケルンさんのお楽しみはどうでもいいんですけど」


 なら、突っ込むなや。


「体力も度胸もそこそこついてきました。そこで次は実戦です!」


 何……だと


「と、言いたいところなんですど。そこらのゴブリンを狩っても意味ないし。かと言ってシュバルティス山脈に行ったらケルンさんが即死」


 ……嫌な予感がしてきた。


「それでも、死の恐怖を味わう事はできる」


 ジリジリとゆーっくりアレクから距離をとる。


「そこで! 『死の恐怖を乗り越えろ! シュバルティス山脈3泊4日の弾丸旅行』を緊急開催します!」


 俺は全速力で逃げ出した。




「まったく。情けないところは見せられないんじゃなかったんですか?」


「はなせー!!」


 特訓でついた体力と走力。

 それを持ってしても、アレクから逃げる事は無理だった。

 しかし、俺は成長した。


 アレクが逃げる俺に向かって放った投げ縄。

 それを1回は避けた!

 今までは少しも逃げられず捕まっていたのに、1回は避けられたのだ。

 あの、伸縮自在。蛇のように素早い投げ縄から。


 自分で自分を誉めてやりたい。

 素晴らしい成長だ。


 投げ縄で縛られ、手も足も出ないグルグル芋虫状態で俺は胸を張る。


「そんなところばっかり成長して、どうすんですか。僕に一撃くらい入れれるようになってくださいよ」


 やかましい、この人外生物。


「はあ。シュバルティス山脈を見ておく事は、ケルンさんの為にもなるんですよ」


「何でだよ?」


 つーか、ほどけ。


「カルアラノ川の源流はどこだと思ってるんですか? 淡く輝く水がどこから来ているのか。最初から光っているのか。それとも光っていないのか。水自体が光っているのではなく、生えていた水草の効果なのか。そういう事を調べるチャンスでしょう?」


「!? お前!」


 アレクが発した言葉に驚愕する。

 どう考えても、こいつが言った事は禁足地の事を指している。


 入るだろうとは思っていたけど、本当に入ったのか。

 そして、俺が入った事も知っている。


「何ですか。ケルンさんだって入ったんだから、僕を咎めようなんて気はないですよね」


 はあ。と深くため息をつく。

 もしかして、禁忌地から帰る時に感じた視線はアレクのものだったのか?


「咎める気も、誰かに教える気もない」


 そんな気があったら、最初から止めている。


 だけど……

 村から離れるのは気が引ける。


 俺が躊躇するのを見て、アレクは心配いらないと言う。


「大丈夫ですよ。村に危険が迫るのは100年に1度。『雫満ちあふれる満月の夜』の前後だけです。それ以外は、禁足地の結界が魔物も悪意あるものも退けます」


「なんでそこまで……」


 詳しく知っているんだ?


「調べてきたからです」


 アレクが村に来て、まだ1ヶ月もたっていない。

 それなのに、村の誰も知らなかった事をもう把握している。


 やっぱりこいつは、人外生物だ。

 この博識と超人っぷりは、誰に似たんだか……


「調べるチャンスという事は、全貌を俺に教える気は……」


「ありません(即答)」


 やっぱりか。


「ありませんというか、出来ないんです。詳しくは話せませんが、話す事を禁じられているというか……」


 いつもはっきりと饒舌に話すアレクが、とたんにしどろもどろになる。

 よっぽど、こいつにとって禁忌な事なんだろう。


「詳しくは話せませんが、村の安全については本当のことなんです。でも、こんな事言っても信じられない……ですよね」


 俯き加減のアレクに、ビシッと一発チョップをかました。


「あだっ!」


「何落ち込んでんだよ。信じるにきまってんだろ。俺がアレクを疑った事なんてあったか?」


「……結構あったような気がします」


「やかましい」


 俺はもう一発アレクにチョップをかました。




「シュバルティス山脈に?」


 帰宅してから、ナディーにシュバルティス山脈弾丸ツアーの事を報告したら普通に心配された。

 まあ、当たり前か。


「大丈夫だよ、ナディー。百戦錬磨のアレクが一緒なんだ。それに、禁足地の事で調べたいこともある」


 アレクが禁足地に入った事などは黙っておく。

 そこはいらない情報だ。

 余計な心配を増やしてしまう。


「心配だけど、しょうがないよね。お仕事だもん。でも、約束だよ。危なくなったら絶対逃げて。絶対無理しないで」


「大丈夫、約束する」


 ナディーと指切りを交わした後、俺は弾丸ツアーの為の準備をする。

 出発は明日という強行軍。

 しかもシュバルティス山脈までは、体力錬成の為に自力で走っていくらしい。


 馬、使おうよ。

 自力で行くとか何時間かかるんだよ。


 行く前からうんざりしつつ、背嚢に用具を詰めていく。

 走っていくからあまり重くはしたくないけど。

 水筒、ナイフ、防寒用のマント、若干の着替えと食料。

 油等々。


 水や大半の食料は現地調達って言われた。

 現地調達……魔物の肉か。

 そこらの動物より美味な肉もあるけどさ。

 食べる為には倒さなきゃいけないわけで。


 アレクが倒すんだろうけど、俺は離れていたいです。

 シュバルティス山脈の魔物と対峙するとかマジ勘弁。

 ソロ討伐しろって言われてるマンティコアより、凶暴でランクの高い魔物ばっかりだっていうのに。


 行かなきゃいけないのは解っているけど、知らず知らずのうちにため息がでる。


「俺、生きて帰れるのかな……」




 翌日。


 ぬぉぉぉぉぉー!!!!

 シュバルティス山脈に向かって二人で全力疾走。


 アレクにとっては駆け足程度なのだろうが、俺にとってはほぼ全力疾走。

 適度に休憩は挟んでくれるが、ヤバイ!死ぬ!

 シュバルティス山脈につく前に、体力減少で死んでしまう!


 数メートル先を行くアレクのスピードは、早くなることも遅くなることもなく、常に一定を保っている。

 呼吸も乱れる事なく規則的に聞こえてくる。


 本当に、誰に似たんだ。この体力。



 何度目かの休憩で俺はダウンした。

 無理、もー動けん。

 情けなく地面に寝転がる。


「全く、情けないですね。このままじゃ、明るいうちにつけないじゃないですか」


 知るか。

 馬で来なかったのが悪い。


「しょうがない。これを使いますか」


 そう言ってアレクが取り出したのは、靴の底に小さな車輪がついたもの。


「……なに、これ?」


「履いてください。紐つけて僕が引っ張るんで」


 えー……



 渋々車輪付きの靴を履き、俺の両脇の下に紐を通した。

 アレクが紐を引っ張りながら走り出し、グングンとスピードが上がっていく。


 お?お?これは、中々楽なんじゃないか?

 シュバルティス山脈まで、優雅な旅ができそうだと思っていた。


 だが、俺は失念していたのだ。

 ()()アレクが、俺が単に楽する為のものを渡すわけがないということを。



「うぇ、ぶぇ!」


 俺はこみ上げる吐き気に耐えながら、かろうじて紐に捕まっている。


 ここは辺境だ。

 王都周辺と違って、道が整備されていない。

 シュバルティス山脈の近くにはあるけど、村は物資が乏しく、山へ向かう冒険者は拠点にはしない。


 隣町の少し山よりにギルドが作った拠点があり、多くの冒険者はそこを拠点にする。

 なので、そちら側からであれば、道は若干整備されている。


 しかし、村から行く道はノー整備。

 つまりガタガタだ。

 かなりデコボコだ。


 そんな道を、足元は小さな車輪で猛スピードで引っ張られるため、小さな石や段差でもものすごい衝撃を受ける。

 腹筋と背筋で倒れそうになるのをこらえ、体幹がやばいくらい刺激される。


 紐に捕まる腕にも力をいれてこらえるが、限界がきたのか既に感覚はない。

 腕に紐をまきつけ、かろうじてこらえている。


 そして、酔う。

 これが一番キツい。


「ちょ! アレク止まっ……止まって……うぶぇ……!」

 

 無視してるのか聞こえてないのか、アレクのスピードは一向にゆるまない。


「止ま……って、止まってくれー!!!」




「ぐぉぇ、ぶぉぇ……」


 地面に突っ伏し、こみ上げる胃液が唇を伝う。

 結局あの後、俺の悲鳴にもアレクは立ち止まる事はなかった。

 ひどくね?


「はい。何とか陽が落ちる前には到着する事ができました」


 朝早く村を出発し、休憩と昼食をとりつつ到着。

 太陽は、まだ大分高い。

 自分で走って、俺を引っ張りつつのこの到着時間。


 高ランク冒険者って、皆こんな化け物体力なんだろうか。

 アレクも、いつもよりは重装備だというのに。


 いつもの剣、革鎧、籠手、すね当ての他に、背嚢と弓矢。

 ホルスターにナイフが数本。


 シュバルティス山脈での主戦力だというのに、意外と軽装だった。


 目の前にはそびえ立つ、天険シュバルティス山脈。

 大抵の冒険者が隣町近くの拠点から登る為、俺とアレクの目の前にある山道はまさに未開。


 木や草がそこら中に生えまくり、伸びる枝葉が行く手を遮っている。

 そして、まだ入り口だというのにすごい圧迫感に襲われる。

 生息している魔物が出すものなのだろうか。


 ……帰りたい。


 情けなく山頂を見上げる俺の横で、アレクは弓の確認をしていた。


 ん?

 矢尻に何か窪みがある。


「あ、触っちゃダメですよ。毒ですから」


 毒!?


 俺は慌てて伸ばしかけていた腕を引っ込める。

 同じ弓使いのヒュースは、毒なんて使っていなかったぞ。


「それは、パーティーを組んでいたからじゃないですか? 前衛にかすりでもしたら大変ですし。その点、僕はソロですから。周囲に味方なんていませんし」


「今回は俺がいるんだからな。当てるなよ」


「ケルンさんが僕の目の前に出る事なんてないから大丈夫です。でも、そうですね」


 なんだ。

 いきなり、嬉しそうに顔が破顔している。


「いえ。誰かとパーティーを組むなんて、冒険者成り立ての時以来だなって。何か嬉しくなったんですよ」


 ……確かに。

 俺も、リントとヒュースとパーティーを組んだ時は嬉しかった。

 認められていない序盤の時でも、一人じゃないという安心感があった。


「そうだな。今は俺がアレクのパーティーだ。遠慮なく頼ってくれ」


「いえ、それは遠慮しておきます」


「こら!」


 自分の実力不足は身にしみて解っているが、即答しなくてもいいだろう。


「はい、漫才してないでさっさと行きますよ」


 調弦を終えたアレクが抜剣する。


「俺も抜いておいた方がいい?」


「いえ。ケルンさんは逃げて避ける事に専念してください。ケルンさんが討伐できる魔物はここにはいません。気を抜かずに、魔物があらわれたら即距離を取ってください」


 了解しましたー。


 両手をあけたまま、アレクについてシュバルティス山脈に入山した。



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