15 青年は決まりを破る。
カンカンと、木剣を打ち合う音が森の中に響く。
「くっ!」
アレクが繰り出す手加減した剣筋。
それを何とかしのいでいるものの防戦一方。
「今までに4度反撃の機を逃しています! ケルンさんは体力に乏しい。防ぐだけでは確実にヤられてしまいます。相手をよく見て、癖を読みとるんです!」
癖と言われても……!
こんな激しい打ち合いの中で、反撃なんて。
「遅い!」
「っかは!」
左肘でみぞおちに一撃を入れられ、息が止まった瞬間に大きく吹き飛ばされる。
ヤバイ、この方向は崖だ。
素早く体勢を整え、枝を掴み少しでもスピードを和らげる。
そして、地面が見えた瞬間に受け身をとる。
ゴロゴロと転がりスピードを殺した後、すぐさま上を見てアレクの確認をする。
すぐそこにいた。
避けている暇はない。
そのまま、アレクの木剣を自身の木剣で受け止める。
カーンと音が響き、振動が手に伝わる。
近頃、崖に落ちてもそれで終了ではなく、そのまま特訓は続けられる。
その後、何度目かの打ち合いの末、アレクの剣先が俺の首をとらえ終了した。
「はあ、はあ」
情けないことに、カクカクと膝が笑っている。
「少しはもつようになりましたね。前に比べれば格段の進歩です。ですが、やはり問題は攻勢に転じる時ですね。そこの見極めは難しいところですが」
「アレク、もう1本頼む」
俺の申し出に、アレクが目を見張って驚いている。
「どうしたんですか、ケルンさん。頭でも打ちました? 崖から落ちた時に、変なとこぶつけました?」
「そんなに驚かなくてもいいだろ」
「いや、だって。今まで、どうにか逃げようとした事は多々あれど、自分から積極的になんて1回もなかったじゃないですか」
……まあ、そうなんだけどね。
「俺も変わったってこと。情けない姿、見せられないからな」
アレクの目を真っ直ぐに見つめる。
「……え?」
「何でもないよ。ほら、続けようぜ。時間ないだろ? ……あ、そうだ。いつまで村にいられるんだ?」
アレクは、ギルド派遣調査員として来ている。
ずっといられるわけじゃない。
「そうですね……夏になる前には」
「じゃあ、後1ヶ月半ってところか。なら、なおさら急がないとな。さ、始めようぜ」
「これ、普通逆じゃないですかね」
「ぅるせ」
俺は今、アレクの背中の上にいる。
つまり、おんぶだ。
張り切って何度も何度も打ち合いを続けた結果、膝がプルプルしすぎて立てなくなった。
「結局、情けないところ見せちゃったな」
「何言ってるんですか。ケルンさんの情けないところなんて、何回も見てますよ。逃げ出した回数なんて、10回を超えてるんじゃないですか?」
「……忘れてくれ」
「お断りします」
何で嬉しそうなんだよ、おい。
「情けないところなんて、何回も見ました。それで呆れてどうにかなるなら、最初から鍛えるなんて言いませんよ。遠慮せずにどんどん情けなくなってください」
「だれがなるか!」
アレクにおんぶで家まで運ばれた後、ナディーが全身のマッサージをしてくれて何とか立ち上がる事ができた。
明日の筋肉痛が恐ろしい。
ギシギシと少しずつ身体を動かしながら、夕飯を食べる。
そこで、ナディーが作った置物が視界に入る。
星と月を象った木製の置物だ。
「…………」
『雫満ちあふれる満月の夜』
この前夜空を見て思い出してから、度々考えるようになっていた。
『シュバルティス山脈は冒険者の中でも有名な凶悪な魔物と素材の宝庫だ。その魔物が、何で村にはおりてこないんだろうな』
リントが言った言葉。
100年に1度。
誰も知らない禁足地。
この村には何かあるんじゃないかという考えが、あふれだしてきて止まらない。
もしかして、それが原因なんじゃないかと。
禁足地に行ってみるしかないのか。
「雫満ちあふれる満月の夜……か……」
ふと、声に出る。
「え? 何、それ?」
「ん? ナディーは知らないのか?」
「知らない、聞いた事ない」
…………そうか。ナディーは、産まれた時からこの村にいるわけじゃない。
ナディーが村に来たのは6歳の時。
教育は4歳から始まる。
一から十まで、全ての事を教えてもらったわけじゃないんだ。
「それで、なんなの?」
教えていいんだろうか。
……まあ、いいか。アレクにも教えたし。
「実は――」
「へー、そんなのがあったんだ。100年に1度しか入っちゃいけない、誰も知らない禁足地」
夕飯を食べ終え、食後のお茶を飲みながら会話をする。
「雫満ちあふれる満月の夜。……って、何なんだろうね。最初は雨が降っているって事かな? って思ったけど、だったら満月は見れないだろうし」
曇ってるからね。
「行ってくれば?」
「え?」
あまりにもごく普通に、ナディーがその言葉を口にする。
「気になってるんでしょ? だったら、行って見てくればいいじゃない」
「ちょ、何言ってるかわかってる? 禁足地だよ? 村で決められてるんだ」
「それがどうしたの?」
ナディーの言葉に、俺は頭を抱える。
ナディーは、村の決まりを率先して破るような性格じゃない。
「私は村の掟よりケルン優先。確かに、破っちゃいけないものもあると思うよ。清貧を心がけよ。とかね。村で贅沢しまくったら、食料が一気になくなるし」
ズッ、とお茶を飲み、また言葉を発するナディー。
「でも、これは破ったら村が滅びるとかそんな感じでもなさそうだし。それに、この間ケルンが思い詰めてた事にも関係あるんでしょ?」
「どうして……」
それを知っているんだ?
ナディーが苦笑する。
「私はケルンの奥さんだよ。ケルンを一番近くで見て、一番ケルンを想ってる。わかるに決まってるよ」
ギュッと、俺の手を両手で握りしめる。
「行っておいでよ、ケルン。自分の目で見て、足で確かめて、耳で聞かないとわからない事はいっぱいあるよ。何かあるんだったら、自分で確かめなきゃいけない。後悔しない為にもね」
にこりと、いつものように優しく微笑むナディー。
「何かあったら私も謝るし、一緒に責任を取る。ケルンが背負うものは私も背負う。誓ったでしょ? 病める時も健やかなる時もって」
「ナディー……」
本当に。俺にはもったいなさすぎるくらいの、いい妻だ。
せっかくだから、満月の夜に確認する事にした。
さいわい、月はもう大分丸い。
2~3日で満月になるだろう。
準備を始める事にした。
2日後。
「はい、今日はここまでにしましょう」
いつものようにアレクとの特訓を終えた俺は、膝をプルプルいわせながら立っていた。
毎日毎日筋肉痛。
特訓を始めてから、筋肉痛とさようならした日は1度もない。
……少しは強くなれたんだろうか。
目線をやると、禁足地へと向かう道が目に入る。
ほんの入り口だからか、他のところと違う、変わったところは見つけられない。
アレクは、もう入ったんだろうか。
教えた時、入りそうな気配はあった。
……聞いてみる?
いや、やめておこう。
何かを気取られても、厄介だ。
それに……自分より遥かに強い相手に思うのもなんだが、アレクを危険な目にあわせたくない。
満月は今日の夜。
俺は、脳内でシミュレーションをし始めた。
そんな俺を、怪訝そうな瞳でアレクが見つめていた。
鈍い俺は全く気づかずに、自分の脳内に入り込んでいた。
「気を付けてね、ケルン」
そんなナディーの言葉を胸に、夜半俺は森へと向かって走っている。
いつもの皮鎧に籠手、剣、ナイフ。
何があるかわからない為、背嚢の中にロープや薬を入れてある。
もちろん、ランタンも持ってきた。
ガシャガシャと揺れる音をBGMに、禁足地を目指す。
夜空を見ると、中天にかかる満月。
禁足地の入り口で、1度立ち止まる。
幸いここまで魔物に遭遇してはいない。
用心の為、あらかじめ剣を抜いておく。
昼間と特に変わったところはない。……と思う。
村の決まりは、100年に1度しか入っちゃいけない。
入れないとは言われてない。
俺は覚悟を決めて、歩を進めた。
不思議な場所だった。
月明かりで照らされているだけなのに、なぜかとても明るい。
中央に泉があり、その周囲に草と何かの花の蕾がところ狭しと生えている。
中央の泉の水面には、輝く満月が映っていた。
この明かりなら、ランタンはいらない。
草に燃え移っては大変と、少し離れたところにランタンを置き、草と蕾を確認する。
薬草も毒草も、草花に関するありとあらゆる事を村で叩き込まれた。
だが、そのどれとも一致しない。
こんな草花は見た事がない。
「禁足地にだけ生える草花……」
これが、入ってはいけない理由?
この草花になにかあるのか?
採取していこうとも思ったが、バレたら困る。
紙とペンを出し、特徴をデッサンしていく。
「こんなところか……」
我ながら上手く書けた。
帰ったらナディーにも見てもらおう。
紙とペンをしまい、背嚢を背負い直す。
草を踏まないように慎重にかきわけ、中央の泉に近寄る。
透明度がとても高く、魚1匹見つける事ができない。
所々に生えている水草も、見た事がない。
そして……
「こんなに透明度が高いのに、底が全然見えない」
どれだけ深いというのだろうか。
底の方は暗く、肉眼では底を確認する事はできない。
革手袋を外し、軽く水面に触れてみる。
とても冷たい。
もしかして、先日魚釣りに行ったカルアラノ川の支流と繋がっているのだろうか。
この冷たさは、あそこの支流といい勝負だ。
だが……普通の水ではない……のか?
満月に照らされているせいではなく、この水自体が淡い輝きを放っている?
この泉が、『雫満ちあふれる』なのだろうか。
……いや、既にかなり満ちているな。
あふれてはいないけど。
でも、あふれるってどうやって?
雨でも降るか?
いや、雨が降ったら今度は満月が見えなくなる。
うーーーーーーーん。
考えても考えてもわからん。
とりあえず帰ろう。
帰って寝ないと、明日の特訓に響く。
筋肉痛で痛む身体をギシギシと動かし、置いておいたランタンを拾う。
「…………?」
ふと、視線を感じたような気がした。
気のせい……か?
探ってみても、気配は感じない。
「急いで帰ろう」
未知の場所に長くいる必要はない。
俺は、家に向かって走り出した。
ストックがなくなりましたので、亀更新になります。




