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14 青年の休日。

 


「ケルンー」


 籠を持ちながら、ナディーは手を振る。

 晴天。

 絶好のピクニック日和だった。


 近くの森から少し北に行ったところに、小さな川がある。

 シュヴァルティス山脈から繋がっているカルアラノ川の支流で、そこそこ魚もとれる。


 村の人達は皆、魚が食べたくなったらここで採る。

 まあ大体、依頼で頼まれるんだけどね。

 頼まないのは、釣り好きな爺婆くらいだ。


 この川、支流の癖にめちゃくちゃ冷たい。

 夏場はいい水遊び場になるんだけど、夏以外は冷たすぎて凍えるレベル。


 なので、川にジャブジャブ入っていって手づかみは厳しい。

 で、釣りです。

 木の枝と糸を使った自作の釣りざお。

 餌はそこら辺の虫。


 ふふ。実は俺、釣りはそこそこ得意なんですよ。

 王都時代、食費を節約する為に良く魚釣ってたからな。

 まあ、魚がたくさん食べたかったから。っていうのが一番の理由なんだけど。


 たくさん釣り上げて、ナディーに格好いいところを見せたいと思う。

 そうしたら、『スゴい、ケルン! こんなにたくさん釣れたの? 流石ケルン。大好き!』

 で、夜には『ケルンの格好いい所たくさん見て、私もう興奮しっぱなしだよ。魚を食べたように、私も食・べ・て(はーと)』


「グフ。グフグフグフグフグフ」


 もちろんだ、ナディー!

 骨1つ、皮1つさえ残さずに全部食べるよ!


 妄想がとまらない。


「ケルン? 何変な笑い方してるの?」


「な! 何でもないよ、ナディー!」


「変なケルン」


 ビックリした。

 口に出てたのか、俺。

 でも、細かいことは気にしない!

 美味しいナディーが待ってるんだ!


「よーし、ナディー。張り切って頑張ろうか!」


「やる気だね、ケルン。今日のごちそうの為にいっぱい釣らないとね!」


 ええ、とてつもなくヤる気です。

 太陽煌めく晴天の中、下衆エロな妄想でいっぱいだった。




「いっぱい釣れたね、ケルン」


「…………」


 釣りを開始して3時間。

 ナディーと俺の釣った魚を比べると、とても切ない事になっていた。

 倍以上の差がある。


 まさかの誤算だった。

 まさか、ナディーがあんなに釣りが得意だったとは。

 まず、川の流れにそって的確にアンダースローで投げ入れる。

 流れるような、本当に優雅なアンダースローだった。

 そして、クイクイと手首を動かしながら、流れに添わせる。


 これだけでも凄まじいのに、ナディーの一番の凄さは、食いついた魚を決して逃がさない事だった。

 どうやってやっているのかは解らない。

 だが釣りをしていた3時間で、ナディーが失敗する事は1度もなかった。


 それに対して俺は、隣にいるナディーにドキドキしまくり。

 横目でチラチラ見すぎ。

 エロ妄想しすぎ。で、せっかく食いついた魚も逃がしてしまう事が多々。

 結果、ダブルスコア以上の差がついた。


 せっかくの休日が!

 期待していた夜が!


 俺はがっくりとうなだれた。


「ごめん、ナディー。美味しく食べてあげられなくて。骨も皮も、1つ残らず全部食べる予定だったのに……!」


「え? あー、うん。何が? まあとにかく、お昼食べよ」


 バケツと釣りざおを置き、ナディーは籠を開けた。

 その中には、朝から二人で作った昼食が入っている。

 腐敗や日持ちを考えて、パンだけだけど。

 その代わり、パンには野菜を練り込んで野菜パンにした。


 パンを食べながら、ナディーが微笑む。


「どうしたの? ナディー」


「んー、幸せだなって」


「幸せ?」


「うん、幸せ」


 ナディーがパンを置いて、芝生に寝転ぶ。


「こんな天気が良くて、皆元気で、ケルンが隣にいる。ね、幸せでしょ?」


 見上げれば青い空、白い雲。

 優しく頬を撫でる風。青々とした草に花。

 そして、笑っているナディー。


「確かに。これは幸せだ」


「ね?」


 ナディーが起き上がる。


「ずーっと、こんな幸せが続けばいいね」


「続くさ」


 ナディーと顔を合わせ微笑みあう。

 この幸せが崩れるなど、思いもしなかった。


 幸せの女神はいつだって移り気で、急にふいとそっぽを向く。

 満ち足り過ぎて、忘れてしまっていたんだ。


 いつだって、幸福と不幸は合わせ鏡なのだと。



 昼食をとり、釣った魚を持って村へと帰る。

 ナディーは大量の魚を持って実家へ。

 俺の母親とナディー母、ナディーの女衆3人で魚を調理する。


 俺、俺の父親、ナディー父、ガルシムさん、アレクの男衆5人はパンと肉担当だった。


 俺はパンをこねる係になろうとしたが、「ナイフを使いこなすには、練習が1番! ケルンさんは捌きまくってください!」とのアレクの言により、俺は1人肉担当。

 普段使っている武器は片手剣だが、それ以外の刃物全般にも慣れろと言われた。


「ソロで冒険者をやっている以上、武器が壊れた時にどう対処するかがとても重要です。センスがないケルンさんは特に。ナイフの2~3本くらい、装備しておくべきです」


 とのアレクの言により、俺の装備は増えた。

 太腿のホルスターにナイフを2本。

 腰に1本差している。


 皆が食べる肉を捌きまくり、焼きまくる。

 その途中にも、アレクの叱責は飛んでくる。


「そんなに深くナイフを入れたら、腹膜が破れてしまいます」「皮側に肉を残しすぎです!」


 等々。

 なんで特訓の日じゃないのに、特訓されてるんだ?俺。


 手本としてアレクの捌き方を見せてもらったが、上手かった。

 パン係のガルシムさん達がいつのまにか出てきていて、「ほぉー」と感心のため息をついていた。


 何もかもが人並み以上とか、どんな超人なんだよ。ケッ。

 俺は腐った。



 パンを焼き、肉を焼き終わったところで、女衆ができあがった料理を持ってきて、食事が始まった。

 わいわい騒ぎながら、料理に舌鼓をうつ。


 俺も料理を取り分け食べる。

 視界に入るのは、嬉しそうに笑うアレク。


 この場にいられる事が本当に嬉しいという顔だった。

 父さん母さんともすっかり打ち解け、ナディーの両親やガルシムさんとも打ち解けている。


「ケルン? どうしたの?」


「あ、何でもないよ。ナディー。アレクが皆とすごい仲良くなってるなって思ってさ」


「本当だよね。子どもである私達より仲良さげ。でも、皆仲良くて良かった」


 嬉しそうに笑うナディーに同意しながら、俺も輪の中に入っていった。




 夜も更け、そろそろお開きにしようかという事になったんだが……

 この屍達よ。


 俺以外の男衆4人が酒を飲み過ぎたのか、酒瓶を抱きながら床に転がっている。

 アレクは飲んでみろーって半ば無理矢理飲まされてつぶれた。


 さすがのアレクも酒には弱かったらしい。


「酔っぱらい親父達はそのまま放っておきな。ケルン。アレクだけベッドに運んでおやり」


「わかった」


 母さんの指示に従い、アレクを背負ってベッドへ連れていく。

 ……重!


 優しいナディーは、酔っぱらい達に掛布をかけてやっていた。


 ヒーヒー言いながら、アレクをベッドまで運んだ。

 ドサリとおろし、寝苦しそうなので、ボタンをゆるめてやった。

 そうしたら……


 服の下から、革ひもに通された木製の輪が見えた。


「ん?」


 古ぼけているが、その木製の輪は……

 見覚えのある凹凸。

 それは、もしかして……


 確証を得ようと、もっと近くで見る。

 手にとって、輪の内側を――


「!!?」


 慌てて戻し、アレクの上に掛布をかける。

 心臓がすごい勢いで早鐘をうつ。


「うぅん……」


 アレクの寝言から逃げるように、部屋を飛び出した。


「今の……は……」


 あり得ない。そんな事あるはずがない。

 自分に言い聞かせるように、何度も繰り返す。


 そうだ。そんな事、あってはいけない。

 指の先がどんどん冷たくなる。


「ケルン?」


「っ……ナディー?」


「どうしたの? 顔色が悪いよ。わ、指もこんなに冷たい」


 ナディーが俺の手を取り、はーと息をかけ温めてくれる。

 その温もりで、少しだけ戻ってこられた。


「ナディー……ナディー!」


 いてもたってもいられなくなり、ギュッと抱き締める。

 失いたくない。失いたくない……!


「ケルン、どうしたの? い、痛いよ」


「あ、ごめん」


 ナディーの声で、ふと我にかえる。


「あ、いや。少し飲みすぎたみたいだ……」


 下手な言い訳をする。


「じゃあ、帰った方がいいよ」


 ドタバタしすぎたのか、母さんが「どうしたんだい?」と顔を出す。


「あ、ケルンが飲み過ぎちゃったみたいで」


「あんたも、酔っぱらい親父かい。まったく男どもは。後の片付けはやっておくから、ナディー。ケルンを連れて帰っておくれ」


「あ、はい。すみません。さ、ケルン」


 ナディーが俺を支えながら、ゆっくり歩き出す。


「本当に、顔色悪いじゃないか。大丈夫かい?」


 母さんが俺のひたいに手をあてる。

 温かい……


 小さい頃。

 風邪をひいた時は、よく手をあてて体温を計っていた。


「母さん……」


「ん?」


「母さんは、生きてるよな?」


「は? 何言ってんだい。生きてなかったら、私は幽霊だよ。馬鹿な事言ってないでさっさと帰りな」


 しっしと追い出されるようにして、実家を出る。

 ナディーに支えてもらいながら歩く。

 とっくに陽が落ちた空に、月が輝いていた。


『雫満ち溢れる満月の夜』


 夜空を見て、ふと、アレクに教えた禁足地の事が頭に浮かぶ。

 今まで気にもとめていなかった。


 だけど、知っておかなきゃいけないような気がした。

 ナディーと、村の皆を守るために。



「ほら、ケルン。家についたよ。もう寝ちゃった方がいいよ」


 俺を気遣い、ベッドへ促すナディー。

 俺は、そんなナディーの腕を取り、ベッドへ押し倒した。


「ケルン!? っんぅ!」


 抗議の声をあげるナディーの声を唇でふさぎ、そのまま深く口付けていく。


「ケルン、まっ……んぁ!」


 ナディーの静止の声も聞かず、ナディーの唇をむさぼる。


 温もりを感じたい。

 今、この場にナディーがいるのだと感じたい。

 今この場に俺が生きているのだと、ナディーに感じてほしい。


 ()()()に感じた喪失感。

 あるはずのない仮定。予想。


 その全てを、塗りつぶしたい。


 何度も何度もナディーを抱いて、何度も何度もナディーを感じて、何度も何度も繰り返した。

 ナディーの名前を呼び、あえぐ呼吸の息継ぎで、俺の名前を呼んでもらう。


 繰り返して、繰り返して。

 ようやく、俺はナディーを解放した。




 そして今、パンツ一丁で土下座をしている。


「まことに、申し訳ございませんでした」


 ナディーを何回も欲望のままに抱いた後、汗ばみぐったりとした身体で、ナディーは俺をギラリと睨んだ。

 そして、俺は悟った。


『あ、やってしまった……』


 前に、優しくゆっくりと言われ、加減ができなくて早々に破ってしまった俺は、ナディーにとてつもなく怒られた。

 そして、俺は学習能力というものがなかったらしい。


 またやらかした。


 一瞬で汗もひき、たまも縮みあがった俺は、濡れタオルでナディーの身体を丁寧に拭いた。

 その間も真顔&無言。


 下着を身に付け寝間着を着、日課の髪とかしの呪いをしている間も真顔&無言。

 いつもなら、「真っ直ぐになれー。真っ直ぐになれー」と呟いているのに。


 沈黙と重い空気に耐えられなくなった俺は、こうして土下座をしている。


「…………………………………………はあ。怒ってないよ」


 ナディーの許しに、勢いよく顔をあげる。


「ほんと!?」


「本当。帰る時様子がおかしかったし、何かあったんでしょ?」


 さすがに、気づかれていたらしい。

 だけど理由は……


「いいよ、無理に話さなくて。ケルンは話せる事は話してくれる人だもん。そうやってモゴモゴしてるって事は、私には教えられないことなんでしょ?」


 本当に。


「怒ってないから大丈夫。無理に聞き出したりしないから。でも、ケルンが話したいって思った時は、いつでも話してね」


 ナディー、君って人は……


 感情を抑えきれなくなり、ナディーに抱きつく。


「きゃっ! んもう、しょうがないんだから」


 抱き止め、優しく背中を撫でてくれる。

 この優しく強い人に、俺はどれだけのものを返せているのだろうか。


 一人で苦労なんてさせられない。

 俺は、決意をあらたにした。



「そうだ。ナディー、俺があげた指輪。まだ持ってる?」


「持ってるに決まってるじゃない」


「ちょっと見せて」


 ナディーが、首に下げているのをとって俺に渡してくれた。

 それを月明かりに照らしてしげしげと見る。


 革ひもに通された木製の指輪。

 まだそれほど古びてはいない。


 6年前。

 俺が16歳の時に、ナディーにプレゼントしたものだ。

 デザインも何もかも俺が考えた。

 内側に、『ナディーへ、愛を込めて』と彫ってある。


 同じものは2つとしてない。


「……ナディー、誰かに貸したりしてないよね?」


「当たり前でしょ。私の宝物なんだから」


 少し気分を害したのか、プリプリと怒っている。


「それを、誰かに渡す時ってどんな場合だろ?」


「誰にも渡しません! ………………あ、でも。子どもにだったら渡すかも」


「え?」


 子ども……?


「私が死んじゃう時にお守りとか、形見とか」


 お守り……形見……


「例えば、例えばだよ。俺とナディーの間に息子が生まれて、その子どもが小さい時に俺が死んじゃったりしたら……」


「やだ、死なないでよ!」


「例えば! 例えばだから! 俺が、子どもが小さい時に死んじゃったりしたら、子どもに指輪を渡す?」


「絶対渡す」


 即答だった。


「そうだね。その場合だったら、子どもが小さい時か巣立つ時に渡すかも。パパが守ってくれる。一緒にいてくれるよって」


「……………そうか、ありがとう」


 繋がった気がした。




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