13 青年は少年にしごかれる。
「ギャーーー!!」
死ぬ!死んでしまう!!
弾き飛ばされ、崖を落下していく。
新婚ホヤホヤで死んでたまるか!
「このっ!」
少しでも衝撃をやわらげようと、近くの枝を掴む。
バキバキッ!
痛っ!刺さった!
ドシーーン!!
地面にぶつかり、衝撃が身体中をはしる。
ぐっは!
内臓が、内臓が逝った!
衝撃でうまく呼吸ができずにもがいていると、何かがキラッと光る。
くっ!
痛む身体を無理矢理動かし、ゴロゴロと転がる。
先程まで俺が転がっていた場所に、何かが落ちてきて土煙をたてる。
土煙の中から現れたのは、木の枝を剣代わりに持つアレク。
俺を崖下に弾き飛ばした張本人だ。
「落下した直後の不意討ちにも、多少は対処できるようになってきましたね。少しは成長したじゃないですか」
人を突き落としておいてその言いぐさ。
しかも、笑顔だ。
「何が、少しは成長しただ! 俺を何回崖下に突き落とせば気がすむんだよ!」
「何言ってるんですか。完璧な受け身が取れるようになるまで、何回でも落としますよ」
無駄にキラキラしながら、言う事じゃないだろう。
「さ、ゆっくりしてないで。もう1本いきますよ」
アレクが木の枝を構える。
俺は嫌々ながらも、木剣を握り構えた。
アレクのマンティコア特訓が始まって、早1週間がすぎていた――
まずは、マンティコアの生態と特性を叩き込まれた。
「魔物とはいえ、性格は1頭1頭違いますが、共通する習性はあります。それを知っておく事で戦闘が有利に働く事もある。知らないより知っている方がいいに決まってます!」
そして今は実戦訓練。
「マンティコアの討伐難度をあげている1番の要素は、翼です! 空にずっといられたら、遠距離攻撃手段のない冒険者はそこで手詰まりになってしまいます。出来るだけ早めに飛べなくする。これが鉄則です!」
「どうやって?」
「基本は飛び道具です。ケルンさんの適正と実力を見ます。はい、これ持って」
渡されたのは、何の変哲もない極々普通の弓矢。
「はい、これに射ってみてください」
20mほど離れた木に的が掲げられる。
とてつもなく自信がないんだが……
矢をつがえ、狙いを定める。
ヒュッと音とともに、明後日の方向に飛んでいった。
「「…………」」
やはり、無理だったか。
俺には、この結果が見えていた。
リントとヒュースとパーティーを組んでいた時、弓を覚えていて損はないと思い、教わった事があった。
が、結果は散々。
いくら狙いをつけても弓は全然的に当たってくれず、「矢と時間の無駄」とヒュースに断じられた。
「……もう一度、射ってみてください」
了解しました。
狙いをつけ、放つ。
「……もう一度」
狙いをつけ、放つ。
「……もう……一度……」
狙いをつけ、放つ。
「……よし、解りました。ケルンさんには弓矢の才能は欠片もありません。これ以上やっても矢と時間の無駄でしょう」
うるせぇわ。
ヒュースに言われた言葉をまたもや言われるとは。
「次は、これを投げてみてください」
渡されたのはナイフ。
投げナイフという事か。
狙いをつけ、投げる。
ヒュオーンと情けない音をたて、またもや明後日の方向に飛んでいった。
「これも無理か……」
アレクの困ったような呟きが、耳に届く。
なんか、すみません……
「どうしようかな……」
すみません、本当にすみません。
顎に指を当てて考えるアレクの横で、大人しく正座をしていた。
弓矢も投げナイフもダメだった俺は、何かできる投擲武器はないかとアレクと共に試しまくった。
投石、投げ槍、ブーメラン。
全てにおいて、俺は投げるセンスがなかった。
投石やブーメランは何故か明後日の方向に飛んでいく。
投げ槍に至っては俺の筋力が足りず、飛距離を稼ぐことができなかった。
「うん、よし。やっぱりそうするしかないか」
何かを決めたらしいアレクがこちらを向く。
嫌な予感しかしない。
「遠距離も投擲も無理なら、後は力業しかありません」
「イヤです。……ぬごぉぉぉぉ!!!!!」
無言でめきめきとアイアンクローを決められる。
ロープロープ!
「飛び立つ前に、剣で翼を斬り落とす!」
「…………」
「何ですか、しょうがないじゃないですか。ケルンさんが予想以上にできなかったんだから」
そんな簡単に出来てたまるか!
「そういうお前はどうなんだよ!」
「楽勝ですよ、見ててください」
そう言ってアレクが放った矢は百発百中。
投げナイフも投石も投げ槍もブーメランもお手のものだった。
飛ぶ鳥に当て、魔物に当て、逃げる鹿も仕留めてみせた。
この時の獲物はその日の夕飯になりました。
お肉美味しかったです。
実力が違いすぎて嫉妬すらわき起こらなかった俺は、「何か手の構造が違うのか!?」とアレクの手を見た。
その手は、爽やかイケメンのアレクに似合わないほどにゴツゴツしてて、豆が出来てはつぶれ、出来てはつぶれを繰り返したのか、とてもボコボコしていた。
冒険者になって4年だと言っていた。
俺より2年短い。
なのに、この手の違いは……
俺は、自分の手を見た。
少しはたくましくなったと思ったが、アレクの手には到底及ばなかった。
アレクはセンスもあったのかもしれない。
でも、繰り返した鍛練があの結果なのだろう。
言うだけの事を、アレクはしてきている。
何だかよく解らないが、涙があふれてきた。
アレクにばれないように、汗をぬぐう振りをして涙をぬぐった。
「飛び立つ前に斬り落とす! 必要なのは素早さと思いきりの良さ、そしてタイミング! これを実戦形式で徹底的に叩き込みます」
涙も引っ込んだ。
こうして、前述の特訓シーンに繋がるということだ。
崖から叩き落とされるのは、マンティコアに掴みかかって空中から振り落とされた時の受け身と対処の仕方の練習らしい。
「人間誰しも慣れない事は驚いて、どう対処していいか解らずにパニクるものです。そうならない為にも、空中に慣れてください。空中に慣れ、受け身の練習にもなる。一石二鳥です!」
くたばれ。
特訓しながら依頼も受けている。
「農作業は筋力も体力もつきますからね。どんどん受けてください。採取系も受けて大丈夫ですよ。特訓終了後、ダッシュで取りに行きますから」
それをアレクが父さん母さんにも話したところ、村の爺婆が面白がり普段より多数の依頼が舞い込んできている。
朝早くから農作業→特訓→採取をダッシュでこなし、俺の筋肉はいつも悲鳴をあげている。
夜も即寝。
ナディーとイチャイチャする体力すら残っていない。
今日も全力疾走で、特訓後の薬草採取を終えた俺は、村の入り口前でへばっている。
大の字で寝転がり、ハアハアとあえぐ。
汗が流れ落ち、夕陽も森の向こうへ沈もうとしている。
西陽が眩しいわ。
その横には涼しい顔をしたアレク。
本当に、こいつの体力はどうなってるんだ。
俺と一緒に農作業をやり、特訓をし、全力疾走での採取をしたのに少しも疲れた表情をみせない。
普通に夕飯を食べ、世話になっているお礼だと父さんと母さんの手伝いをし、話し相手をしているらしい。
二人目の息子ができたみたいだと、父さん母さんが嬉々として教えてくれる。
はあ、明日も全力疾走の日々が待っているのかと思うと気が重い。
「ああ、そうだ。ケルンさん」
なんだよ、俺はもう動けないんだよ。
身体中バッキバキなんだよ。
「特訓ばかりでは体が壊れてしまいますので、明日は休みにしたいと思います」
「ヒャッハーー!!!」
俺は飛び上がり、小躍りした。
「それだけの元気があれば、休みは必要ないですかね。特訓の難易度もあげましょうか」
「げほ、ごほ。体力が残っていなくて、もう1歩も動けません……」
俺はわざとらしく寝転がり、病人を装う。
我ながら、イタい。
そんな俺に呆れたのか、アレクがため息をつく。
「はあ。村の人とナディーさんに伝えて、明日は依頼もなしにしてもらっていますから、ゆっくり休んでください」
丸1日休み。
そんなの、初めての事だ。
何しようかな。
1日ずーっとナディーといちゃつくっていうのもいいな。
「休みですからね。ちゃんと体を休めてくださいよ。くれぐれも、1日中ナディーさんとイチャイチャするとか止めてくださいよ」
「何故バレた!?」
「そんなに顔がニヤケてたら、嫌でもわかりますよ」
そんなにニヤケてたか?
自分の顔をもんで、元に戻そうとする。
「おっと、せっかく休みなんだ。早く帰らないと。じゃあな! アレク」
俺はアレクを置いて、家に向かって駆け出した。
「ただいま、ナディー!」
「おかえり、ケルン」
家の玄関を開けば、笑顔のナディー。
毎日見ている笑顔だけど、いつ見ても可愛いと思う。
ナディーの笑顔を見れば、1日の笑顔なんて吹っ飛んでしまう。
「夕飯の支度? 俺も手伝うよ」
見れば、ナディーは魚のはらわたを取っていた。
「ありがとう。でもその前に、ケルンは着替えと水浴びね」
そう言われてみれば、今日1日、全速力で走ったり崖から叩き落とされた俺は埃や土まみれ&汗だくだ。
革鎧や小手などの装備品を外し、井戸から水を汲んできて体を拭いていく。
大分暖かくなってきたとはいえ、夕方に水で体を拭くのは寒い。
お湯が恋しいが、燃料の薪も節約しなくては。
王都で冒険者をして稼いだとはいえ、この先一生を賄えるほどの金額じゃない。
子どもができた時の為にも蓄えておく必要がある。
副業も、少し考えるか……
「ケルンー」
「今行く!」
ナディーに返事をし、水浴びを終了した。
「美味しそうだ、いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
ナディーが作った食事は、いつも美味しい。
パンに魚の揚げ物、スープ。
水浴びで冷えた身体に、スープが染みわたる。
「今日もすごく美味しいよ。いつもありがとう、ナディー」
「ケルンはそうやって、ちゃんと美味しいって言ってくれるから作りがいがあるよね」
ん?美味しいものを美味しいって言うのは普通じゃないのか?
父さんもいつも言ってたけど。
疑問に思い、ナディーに聞いてみる。
「ううん、うちのお父さんは全然感想言わない人。うちのお母さんが美味しい?って聞いても、ああうん。って言うだけだし。いっつもその事で喧嘩してたよ」
ナディーがプリプリと怒っている。
「お父さんは、『言わなくてもわかるだろ?』とか言ってたけど、そんなのわからないよ。ちゃんと、口にしてほしいの。子どもができたら、ちゃんと美味しいって口に出す子に育てるんだから!」
ナディーが燃えている。
話題を変えようと、俺はナディーに話しかける。
「そうだ、ナディー。明日は丸1日休みなんだよ」
「あ、そうそう。アレクさんから聞いてるよ。特訓も依頼も全部休みって。ケルン、近頃大忙しだったからね。ゆっくり休まないと」
「うん。で、結婚してから丸1日の休みなんて初めてじゃん。近頃も忙しくて全然ナディーとも話せてなかったし。だから、ナディーは何かしたい事ないかな?と思ってさ」
「え? うーん、したい事ね……」
食事の手まで止めて悩みだしてしまった。
冷めるから、ナディーが考えてる間に俺は食べおこう。
モグモグモグモグ、ズズー。
モグモグモグモグ、ズズー。
……あの、俺食べ終わっちゃったんですけど。
まだですか?
「よし!」
ビクッ!
考え込んでいたナディーの突然の大声にビックリして、コップを落とすところだった。
「決めたよ、ケルン。皆でご飯食べよう!」
……は?皆?
「結婚してから、全然両家で食事とかしてないじゃない。午前はケルンとピクニックがてら、近くの森に行って魚を捕まえるの。お昼ご飯もそこで。で、午後からパンをこねて焼いて、皆とご飯を食べるの」
いや、午前のナディーとピクニックはいいですけど。
何で皆と?
せっかくの休み、ナディーと二人っきりが良かったんですけど。
「楽しみだなー、どんなご飯にしようかな」
でも、目をキラキラさせながら明日の事を考えるナディーに、そんな事言えない。
ナディーが楽しいなら、それでいいさ。
俺は、泣く泣くナディーと二人っきりのイチャラブ休日を諦めた。




