12 青年は少年にハメられる
「んぁ~」
固まった腰と腕をバキボキと伸ばす。
今日は、1日農作業だ。
アレクは朝早くに馬を借りて、シュバルティス山脈に出発したらしい。
「イケメンがいないとやる気でないわー」「本当よねー」
色ボケ婆どもめ。
いつもなら他所から来た人間を警戒するくせに。
何なんだ、その歓迎ムード。
「なんか、あの子は他人って気がしないのよね」「そうそう」
「あら、私もよ」
単なるイケメン好きじゃねーのか?
「いや、俺もだな。どこかで見た事あるような気もするし」
父さんも!?
「私もだね。なんか懐かしいような、いい子いい子って頭を撫でたくなるような気になるんだよね」
母さんも!?
何なんだ、アレクのこの人たらし力は。
1日の農作業を終え、自宅に戻り夕飯を食べている時も……
「見てたらなんか懐かしくなるってのは、私も同意」
ナディーまで!?
ズドーンと肩を落とす。
「言っておくけど、恋愛対象云々じゃないからね?」
あ、そうなの?
ナディーの心までゲットされてしまったのかと、一瞬本気で落ち込んだ。
「懐かしくなるっていうか……なんだろ。何とも言えない、このムズムズ感」
なんとなく、わかる。
俺もアレクを初めて見た時、既視感に襲われた。
この感覚はなんだろう、と考えながら夕飯をすませ、早々に寝床に入る。
アレクは泊まりになるかもしれないと言っていたから、まだシュバルティス山脈にいるのだろう。
あんな危険地帯で寝泊まり……
無理無理無理無理。
ブルッと身を震わせ、寝返りをする。
「ケルン……」
か細い声を出しながら、俺のベッドに潜り込んでくるナディー。
「ナディー? どうした?」
それには応えずに、そのまま唇を重ねてくる。
こ、これは……!もしやお誘い!?
ナディーからの初めての!!!??
一気に下半身に熱がこもる。
この2日間ずっと、ここぞというタイミングで邪魔され続けてきた。
しかし、そのアレクは今はシュバルティス山脈。
いや、待て。
俺は念には念をいれる男!
「ナディー、ちょっと待ってて」
いったん身体を離し、誰もいないか確認しに行く!
…………よし、誰もいない。
急いでナディーの元に戻り、耳元で囁いた。
「お待たせ」
「ケルン……」
優しくベッドへとナディーを押し倒し、久方ぶりの肌に存分に溺れた。
「んあー! いい朝だ!」
ナディーと思う存分イチャイチャできた俺は、とても機嫌がいい。
自制心をフル活動させた為、ナディーを怒らせる事もなかった。
気力体力、ともに絶好調だ。
今なら、アレクの案内係も張り切ってやり遂げる事ができるだろう。
そう思っていたのに……
「アレクさん、まだ戻ってこないの?」
ナディーの心配そうな声。
あれから3日。
アレクは、シュバルティス山脈から戻っていなかった。
泊まり込みになるとは言っていた。
俺はそこで、何で何日かを確認しなかったのだろう。
長くても1泊2日だろう、と自分の物差しで考えてしまった。
まだ普通に探索しているのか、それとも不測の事態が起こったのかの見極めがつかない。
助けに行くべきか……
でも、俺が行っても何の役にもたたない。
リントとヒュースに頼めば、シュバルティス山脈へ行ってくれるかもしれない。
だが、リントとヒュースが拠点としている王都までは何日もかかる。
依頼で王都にいなければ、さらに。
考える……考えて、考えて…………
「今日帰ってこなければ、王都のリントとヒュースに救援の手紙を出す」
「うん……」
シュバルティス山脈を一望できる、村の北端で待つ。
夕陽が、もう沈んでしまう。
夕焼けに染まる麦畑と雄大なシュバルティス山脈。
いつもは、美しいと見惚れるくらいの自然美。
だがアレクが帰ってこない今は、驚異にしか見えなかった。
嫌みなくらいの美少年、エリート。
正直言って気にくわない。
だからと言って、ひどい目にあってほしいわけじゃない。
「アレク……無事でいてくれ…………!」
シュバルティス山脈に救助に行ける実力がない自分が、歯がゆく腹立たしかった。
夕陽が沈みかけているその時、ナディーが大声を出しながら走ってきた。
「アレクさんがー!」
「!? アレクがどうしたって!?」
だが、全速力で走ってきたナディーは息も絶え絶えだ。
懸命に息を整えながら、東の方向を指差す。
「先に行ってる!」
俺は、指を指した方向に向かって駆け出した。
村の東端の向こうには、死の谷。
更にその向こうには、隣国との国境がある。
東側に行く人なんてほぼいないから、整備も何もされていない。
そんな道に、馬に乗ったアレクがいた。
「アレク!」
急いで駆け寄ると、アレクは戸惑いながら馬からおりた。
「どうしたんですか? そんなに慌てて」
「どうしたんですか? じゃねーよ! 心配しただろうが!」
「心……配? 僕をですか?」
何言ってるんだ、この男。とでも言うかのように、俺を見返してくる。
「心配するに決まってるだろ! シュバルティス山脈なんて危ないところに行って全然帰ってこないで! 王都の冒険者に救援を出そうと思ってたところだよ!」
「いや、ケルンさんは僕をうざがってそうだったので、まさか心配されるとは思ってもいませんでした」
バレてる。
つか、何で若干嬉しそうな表情してるんだよ。
「確かに、俺はお前をウザいし面倒だと思ってる。でもそれが、心配しない理由にはならない。いくらお前がCランクで派遣調査員のエリートだとしても、まだ18歳のガキだろう。心配くらいする! そして帰宅の連絡はしっかりと!」
ビシッ!と、強めにアレクの額にでこぴんをかます。
「あだっ!」
少し赤くなった額を撫でながら、アレクは「はい」と頷いた。
「聞いてた通りだ……」
「ん?」
アレクの小さな呟きは、俺の耳には届かなかった。
「心配かけてすみません。死の谷も見てきたんです。シュバルティス山脈からの動線を見ておきたかったんで」
「そっか、ナディーにも謝っとけよ。あいつも心配してたから」
村の婆達も目の保養がいなくて泣き濡れていたが、そこはまあいいだろう。
「ケルンー、アレクさーん」
ナディーが手を振りながら走ってくる。
呼吸と体力が戻ったらしい。
「はあ、無事で良かった」
「ご心配をおかけしてすみませんでした」
「無事なら、それでいいんだよ」
なんか、ナディーに見せる笑顔の方が自然じゃないか?
……まあ、いいや。
無事に戻ってこられたんだから、小さな事だ。
3人並んで家へと戻る。
夕陽に照らされて伸びた影が、なんだか心を暖かくさせた。
そして、俺は今回の事で一つ決めた事がある。
プライドなんて捨ててしまえ。
そんな物を握りしめて、いざという時に後悔するのはもうまっぴらだ。
翌日。
アレクは心配した父さんと母さん、村の爺婆にもみくちゃにされまくったせいか、若干萎びていた。
特に婆達は、「心配してたのよ~」とか言いながら抱きつきまくり触りまくりだったからな。
婆達に生気を吸われたんだろう。
「え? 僕に鍛えてほしい?」
「ああ、滞在してる間。無理かな?」
「いや、できますけど。どうしたんですか? 前は断ったのに」
本心を言うのはちょっとな。
「心境の変化があったんだよ」
「ふ~ん、まあいいでしょう。どうやって鍛えようかと思ってたけど、自分から来てくれるなんて万々歳だ」
ん?今、不穏な呟きが聞こえませんでした?
「気のせいです。それなら、ビシバシいきましょう。時間がないですからね」
Cランクのビシバシ。
早くも俺は、失敗したかもと尻込みする。
「鍛えるなら、まずは目標がなければいけません。ズバリ、マンティコアのソロ討伐です!!」
俺は全速力で逃げ出した。
「初っぱなから逃げ出すなんて、困った生徒ですね」
「はーなーせー!!」
全速力で逃げ出した俺は、アレクが放った投げ縄によってあっという間に捕まった。
今は身体中をグルグルに縛られ、指一本動かせない。
芋虫のようにグネグネとしか動く事ができない。
「マンティコアのソロ討伐なんて、できるわけないだろ!! 俺に死ねって言ってんのか!」
「嫌だなー、死なないように鍛えるんじゃないですか」
アッハッハって、爽やかに笑いながら言う事じゃない。
つか、話が通じてない!
「確かに、ケルンさんは戦いのセンスはありません。体型も筋力も体力も運動神経もズタボロです。すぐに気を抜くし、勘も良くありません」
おい、そこまで言うか。
「しかし!!」
ビク!
「心配する事はありません! 僕が立派なマンティコアハンターに育てて見せます」
いや、だからマンティコアは嫌。
それに、ここはマンティコアの生息地域じゃないし。
「何言ってるんですか。生息地域なんてあてになりませんよ。確かに、今までこの地域にマンティコアが出没した事はありません。ですが、それが何故明日来ないという理由になるんですか」
……確かに。
それでも、嫌なものは嫌だ。
俺はどうにか逃れようと、言い訳をしようとする。
「いや、それでもマンティコアは~」
「はい、ここで特別ゲストの登場です」
問答無用で俺の言葉を遮ったアレクが、手をやった方向を見ると……
「ナディー!? 何でいるの!? 受付は!?」
「アレクさんに呼ばれて来たんだけど……ケルン、その格好はどうしたの?」
は!!
俺は縄でグルグル巻かれた芋虫のままだった。
ほどけ、この野郎!!
ナディーにこんな格好悪い姿を見られるなんて……!
グネグネ激しく動いてたら、アレクが縄を解いてくれた。
……素直にほどくなんて、どういうつもりだ。
警戒しつつアレクから離れ、ナディーの側にいく。
「驚かせてすみません、ナディーさん。ケルンさんは修行をしていたんです」
何を言い出すんだ、こいつ。
「まあ、修行?」
「ええ、ケルンさんは自分の力不足を痛感した。との事で。村の皆や愛する妻、いずれ産まれてくる子どもを守る為にも強くなりたいと」
!!?
何、ストーリー作っちゃってんの!?
「違っ!」
慌てて訂正しようとするも、アレクに遮られる。
「愛されていますね、ナディーさん。ケルンさんは、あなたの為に強くなりたいと」
「もう、ケルンったら……」
ナディーの為にというところを強調するアレク。
まんざらでもなかったのか、ポッと頬を赤くして照れるナディー。
「優しい旦那様で良かったですね、ナディーさん。もっと頑張れるように応援してあげてください」
追いこみかけやがった!
ナディーを見ると……とびっきりの笑顔。
「もちろんです! ケルン、私とびっきりのご飯を作って応援するからね♪」
「あ……う……」
俺の最大の弱点はナディーだ。
そのナディーが、こんなに嬉しそうにしている。
彼女の笑顔を曇らせる事はできない。
「ありがとう、ナディーの応援があるなら百人力だよ」
最大の笑顔を振り絞った。
「流石、ケルン。それじゃ私戻るね。アレクさん、ケルンをお願いします」
「了解しました~」
ギルドに戻っていくナディーに、笑顔で手を振る俺とアレク。
ナディーの姿が見えなくなってから、俺は叫んだ。
「いつの間にナディーに教えたんだよ!」
「企業秘密です」
ざけんな!!
「ナディーさんに言ってもらった方が手っ取り早いですからね。時間は有限なんです。このやり取りしている時間でさえ惜しいんです。さ、始めますよ」
俺の一番の弱点も把握されている。
マンティコアのソロ討伐に向けて、レールが敷かれているのが見える。
この用意周到なアレクの手際。
逃げられない。
ひしひしと強く感じた、ある春の日だった。




