第96話 晴天と混乱 3
『と言うことで彼は今、ペルセラル・ストレングスの元にいる』
ライオール・ストレングスは爽やかな笑みで、そう告げる。当人は至極当然な雰囲気で溢れているが、彼はとんでもないことを口走った。
『......え? 実在するんですか? あのキングプロテア最強と謳われたペルセラル・ストレングスが?』
対面に座る、茶髪の少年。エドム・オーランドは驚きを隠せない。ペルセラル・ストレングス。かつて、キングプロテア王国で起きたクーデター事件の際、一度だけ姿を見せ、大暴れしたと噂される人物だ。あまりにも目撃者が少ない上、普段姿を現さないため、国の威厳を保つための空想になりつつあったのだが......
『そりゃいるさ。なんせ彼は僕の兄だ』
『えぇ!?』
『あ、それとこれはここだけの話に留めといてね』
『えぇ......』
確かに家名がライオールと同じであることは、前々から気になっていた。何かしら彼が関連している事柄だと思っていたのだが、とんでもない秘密を共有され、戸惑いながらも首を縦に振る。
『ゼデクは、その......実在していたペルセラル様のところで修行を?』
『そういうことになるね』
『......』
エドムは焦りを覚える。ルピナス王国に出向いた際は、ゼデクを除いて誰一人、“暴君”オスクロルの力について行けなかった。このまま行けばさらに差が広がってしまう。もはや足手まといになるのも時間の問題だろう。
少しだけで良い。少しだけでも彼の役に立ちたかった。そして何より、何もできない自分を払拭したかった。
『君の考えてることは何となくわかるとも』
『......はい』
『だからこそ、僕がここにいる』
『え?』
ライオールは座していた石から腰を浮かせる。やたら煌びやかに光る金色の鎧が音を立てた。
『ゼデク君に兄さんがいるように、同じ場に立つ君には“黄金の英雄”がいる』
『僕はまだ......強くなれる余地がある?』
『ある......といってもすぐに出来ることじゃない』
ライオールはビシっと指を向けると話を続けた。
『君に足りないものは力の量だ』
『はい、それは心得ています』
ゼデクやレティシアといったように、潜在している魔法の力が大きくないのは明確だ。“鍵”に近い力など易々と手に入れれるものではないのだから。
『疑問に思うだろう? “鍵”であらずとも、彼らと同等の、あるいはそれ以上の魔力量を持っているものがいると』
目の前にいるライオールを始め、バケモノじみた人は幾度となく見てきた。では、彼らはどうしてそのような力量を持っているのだろうか? 素質? 後天的なもの?
彼はエドムの疑問を追うように口を開く。
『元から秘めている人もいるよ。でも持っていない人もいる。ならどうするか? 兄さん......ペルセラル・ストレングスならばなんて言うと思う?』
『......』
エドムは首を捻る。第一思い付いていたら苦労はしないのだ。
『無ければ足せばいい。無い物は足すしかないだろ?』
『いや、それはそうですけど......』
さらに言えば、そんな簡単な話で済めば苦労しない。
『流石に僕もその方法はどうかと思うよ。あれは兄さん独自の方法だからね......でもそれは真理だ。だから僕が今から君に教える方法は』
エドムは喉を鳴らす。もし追いつく方法があるのであれば、習得せねばならない。
『無ければ借りればいい、だ』
『うーん?』
それは、さらに首を傾げざるを得ない方法だった。
◆
天上から蒼炎がうねり、地を喰らっていく。その度に、敵味方問わず多くの人々が焼かれた。
「偽物......偽物」
“晴天”の暁は焼かれていく人々を一人一人じっくりと観察する。数百年前と比べて遥かに劣化した兵士たちが散らばっているだけだった。
「む、今のは本物だな」
その中で、一際目立つ兵士たち。黒い甲冑の部隊だ。彼らだけは、雰囲気が似ていた。一般の兵というカテゴリーで、あれほど力量があるのは近年となっては稀な存在だ。
暁の読みを証明するかのごとく、足元で横たわっていた焼死体が突然動き出す。彼が暁の足を掴む前に、刀を突き立てた。
「確かに強者ではあるが、私の首は取れんよ」
なんせ数百年前までは、それが当たり前の世界だったのだから。暁は笑う。はやく殺し損ねた少年を討つ必要がある。僅かに感じた悪寒。僅かではあるが、悪寒であることに変わらない。
「不安の種は取り除かねば。残った者たちの計画に支障をきたす。......?」
正面から歩いてくる人物がいた。本日3度目の対峙。茶髪の少年だ。
「少年、血迷ったか? 君の速さは眼を見張るものがある。しかし、君はわかっていない。一体誰の前に立っているのか、を」
すると、エドムは肩をすくめて笑った。
「ほんとね。ゼデクが勝手に転ぶからこんな目に遭っちゃってさ、大変だよ。もう......でもさ」
「......!」
「ここで僕だけ何もしないなんてカッコ悪いじゃない? 」
真横から声が聞こえる。目の前にいた少年が隣にいた。暁が眼を開くのと同時に、エドムの剣が振るわれた。
「......普通に防がれるとショックなんだけど」
「いや、驚いたな。この後に及んでまだ速度が上がるのは近年見られぬもの故」
難なく剣を弾かれるエドム。彼の中にある魔力量が増加していた。暁は凝視する。エドムに向かって、魔力が多数流れていることに気が付いた。
「......魔法の真実を知っているのか?」
「真実? なにそれ? 僕が知ってるのは魔法には意思があるっていう、噂話が本当だってことだけ」
暁は自らの疑問を否定する。そしてこの少年がストレングスの系譜か、影響を受けた人物であることを理解した。
キングプロテア王国で名高きストレングス家。彼らの家は代々、魔法や力の扱いに長けている。その点において、人間という枠組みの中で彼らは1番魔法使いの始祖に近い。
「なるほど......“黄金の英雄”と同じく、魔法の意思を掴める者だな。君の魔力、その大半が私に対する敵意で満ちている」
「うわ、今のやり取りでそんなことまでわかるの?」
エドムはそれ以上の情報を提示しない。自分の限界を知られれば、すぐに殺される。
魔法には意思がある。ライオール・ストレングスは、それを読み取る力に長けていた。魔法の意思、力の本質を汲み取り、自身の力として借受ける。しかし、何でも借り受けれるわけではない。他人の中に存在する魔法が認めて初めて交渉が成立する。
今、その教えを受けたエドム・オーランドは、周囲から魔力を借りていた。“晴天”に対して敵意を持つ魔法。そして、“晴天”自体と対峙するエドム。その利害の一致が、交渉を成立させる。しかし、それが彼の限界でもあった。現時点の彼では、それ以外の魔法から力の借り受けはできないのだろう。
暁はそれに近いところまで思考を張り巡らせ、1人呟く。
「しかし初歩的なものだな。私に敵意を向ける一部の魔力しか備わっていない。......それに魔法との対話までたどり着いていないか。ふむ、面白い」
刀を振り上げる暁。
「稀有な存在だ。その限界、少々試してやろう」
「それは光栄なことで......」
冷や汗を流すエドムに対して、容赦なく襲いかかった。この場にいる者で、何人が目で追えるか? そんな剣戟が繰り広げられる。
「惜しいな。良い魔力量だというのに若年だからか、技量が追い付けていない」
顔色変えず淡々と話す暁。
「この生涯......西国の聖騎十三家やキングプロテアの者共を何人も葬ってきた。魔法という力にかまけて技を怠った者ばかりだったよ」
そんなセリフとともに、暁の刀が加速した。いくら他人から魔力借り受けられるエドムでも、扱える技量に限界がある。エドムは徐々に限界へと近付いていった。
「君の力には感服したとも。周りの有象無象とは格が違う」
「......そう言いながら! 涼しい顔で凌いでるのっ! 腹立つんだけどっ!」
もう防御するだけで精一杯という段階だ。歯をくいしばる。幸い、エドムの力量に興味を持ったのか、上に滞在する蒼炎はエドムに向けられず、刀だけで対応される。時間稼ぎ、という名目で死闘に望んだ彼にとっては都合が良かった。
でも悔しくもあった。炎を使うまでもなく、彼は“晴天”に劣っていることが証明されたのだから。
ここまでくれば暁の余興すら生死を賭けたやり取りとなる。肉体や神経に微量の電気を流し、速度を極限まで高めた。多少の痛みなど気にしてる時ではない。緩めたら即死は免れないのだ。
「900と56年」
「......?」
「およそ、この身体が刀に費やした年数だ」
暁が強く、されどゆっくりと一歩を踏み出す。
「せめて死ぬ前に溜飲だけは下げて欲しくてな」
見る者を魅了する所作から繰り出された一撃は剣を砕き、エドムの身体を容易に連れ去った。遠くの方で身体を沈めるエドム。それを見て、ため息を吐く。
殺すつもりだったが、辛うじて仕留め損なった。生に執着した瞬間に、彼の魔法がその意思に応えたのだろう。
「運が良かったな。楽に死ねぬ者は蹴鞠の如く舞うのだから斬りにくいものよ」
苛立ちをすぐに抑える。彼が飛ばされた方向は、暁が懸念していた少年が後退した方だった。どうせ、向かう道すがら。今度は余興なく2人まとめて仕留める。今日で自身の仕事は完遂するのだから、焦ることなく歩を進めよう。
「......」
眉をひそめる暁。群団の中から出てきたのは、エドムではなかった。殺意敵意が充満しているのは当たり前の戦場。しかし、それらの中でも明らかに異端なものが近付いてくる。
「キングプロテア王国は実に変わり者が多い。普通、先程負かされた相手に向かってくるかね?」
「変わり者が多いことに関しては同意だな」
暁が拳だけで退けた相手。ゼデク・スタフォードだ。完全とは言えないが、砕いたはずの上半身が安定している。それなりに優秀な術者に治癒魔法をかけて貰ったのだろう。
「時に少年、君の名を訊いても良いかな?」
「ゼデク・スタフォード」
「うーん。やはり身に覚えがないなぁ」
両腕を組んで思案する暁。自分に対して、これほどの殺意を抱かれる覚えが本当になかったからだ。
どちらかと言えば、器という表現がしっくりとくる。誰かの異常な殺意・敵意をゼデク・スタフォードという少年が覆っている、そちらが正解に違いない。何より少年の瞳自体にはそれが無い。
「人の名前訊いといて、その反応は失礼じゃないか?」
「うん? あぁ、失礼。色々疑問に思うこと、尋ねたいことは山程あるんだけどね――」
暁の体表や刀に蒼炎が走る。雰囲気が一転した。
「やはり後のことを考えるに、君はここで殺すべきだ」
彼の鋭い眼光には、もう余興を一切残していなかった。




