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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第2章 少年と4人の元従者
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第9話 少年と手紙

 

「レティシアに手紙を書く?」


 ゼデクはエドムを見つめながら、疑問を口にした。

 そこで、エドムは爽やかに答える。



「うん、手紙」

「脈絡がわからない、説明をしてくれ」


 と言いつつも、ゼデクは思考する。

 手紙をなぜ書くのか?

 なぜ生誕祭というタイミングを取り、どのように届けるのか?

 そもそも、可能なのか?

 可能であれば、嬉しい。

 ゼデクにも、彼女に伝えたいことは沢山ある。


「エスペルト様には秘密にする、約束できる?」

「約束しよう」


 それにエドムが頷く。


「よし、計画を知っている人はできるだけ少ない方がいいんだ」


 ゼデクからの約束を確認したエドムは、再び座布団に座った。

 それに応じて、ゼデクとガゼルも座布団に戻る。


「まず大前提として、僕たち4人の最終目標は、君を伴侶としてレティシア様の元まで連れて行くことだ」


 と、エドムが話し始める。


「理由は?」

「それは勿論、レティシア様のために。僕たちが最終的に権力を握って成し遂げるも良し、七栄道の権力に頼った末に成し遂げるも良し。色々考えていたのさ」

「私はまだ認めてないわよっ!」


 ウェンディがこちらに向かって叫ぶ。

 形勢が逆転したようで、今はウェンディが、オリヴィアの上に乗っていた。

 下で、オリヴィアが苦しそうにもがいている。


「そして、ココ村にいる君を無理にでも説得して連れ出すつもりだった。例え、君が約束を忘れていたとしてもね」

「が、エスペルトに話を聞いて事情が変わったと?」


 ウェンディを見ながら、エドムは苦笑いを浮かべる。


「そういうこと、そこで僕達はもう一つの可能性を見出した。君自身が高位に上がってレティシア様の伴侶になる可能性を」

「それが、手紙と何の関係がある?」


 ゼデクもウェンディの方を見ながら、問いかける。

 すると、彼女の鋭い目と視線が重なる。

 こちらを威嚇するような視線。

 しばらくは、あの調子らしい。



「僕達は何としてでも、君をレティシア様の元に送り届ける。そして君は何としてでも、レティシア様の元に辿り着く。でも現状を考えると、その前に彼女自身が潰れる可能性がある。だから、少しでも心の支えになるように、その旨を伝えたいんだ」


 確かに、会議でのレティシアの様子を見るに、彼女の精神面に不安が残るのは事実だ。

 そのことを考慮すると、どうにかして、支えたくなるも理解できる。


「......趣旨は理解したが、まだ一つだけわからないことがある。お前らはどうして、そこまでレティシアに肩入れする? ただの主従関係で、それも昔の話だろ?」


 エスペルトが、今日この4人を招き寄せた理由を理解することはできた。

 しかし、4人のレティシアに向けた執着ぶりは異様であり、度し難い。


「うーん、そう言われても困るけど。強いて言うなら、主従関係以前にさ......」


 エドムは思案するように手を顎に添えると、


「僕ら全員、親友で仲間だと思ってるから」


 なんて言う。


「それだけか?」

「うん、それだけ。と言うより、それがあれば十分でしょ?」


 彼らはレティシアの親友だから、彼女の8年も前の初恋を、応援し続けると言うのだ。

 それも、自分たちの犠牲を厭わずに。

 ただの少年少女の恋愛事情ではない。

 地を這う少年を、雲の上にいる少女の元まで連れていく。


 一体どこに、そのリスクに見合った利益があるというのだ?

 少なくとも彼ら自身に、そんなものは見当たらない気がする。

 あまりにも、あまりにも


「馬鹿だ」

「ははは、みんなそう思うよね。僕達もそう思う。でも、彼女は僕達の数少ない友達で、仲間なんだ。僕達は各々の人生で、そこに価値を見出した」

「......」


 親友、友達。

 ゼデクには、未だに持っていない繋がりである。

 この繋がりは、そういうものだろうか?

 何をもって、親友なのだろうか?

 本当に命を賭けるほどの存在なのだろうか?


 多分、世間一般からみたら、それは否だろう。

 友達とは、そんなにも重い関係ではない。

 でも、エドムが嘘を言っているとは思えなかった。


「でも、君も同じ馬鹿でしょ?」

「あ?」


 そんなことを考えていたところで、思いもよらない言葉が返ってくる。


「だって君も、たかが子供の初恋を8年も追いかけてる。しかも、これから命がけになる初恋だ。忘れてしまえば、可愛い子なんてそこらに沢山いるよ?」

「俺にとっては、それが全てだからな」


 すると、エドムが笑う。


「それと一緒、僕らにとって1番大事な存在が、友達であり、彼女だ。いや、まぁ家族も大事なんだけどね」


 互いに形は違えど、自分にとっての全てである点においては相違ない。

 彼は、そういうことを言いたいのだろう。

 ゼデクはそれに、青臭さに恥ずかしさを覚えた。

 そして、誤魔化すように、悪戯めいた笑みを浮かべる。


「そこは、友達と彼女だけが全てだって言うところだろ」

「いや、手厳しいな。ともあれだ」


 締まらないままに、エドムがこちらに向き、手を差し出した。


「同じ魔法師団の一員として、レティシア様を目標とする身同士として、僕らは君と一緒に進みたいと思う。君はどうだい? この先、どうするつもりだい?」

「俺は......」


 どうしたいのだろう?

 メリットも多く、ある程度信用できる魅力的な提案。

 そして、エスペルトが用意したレールであれば、拒否権はない。

 今の非力な自分には、すがることしか出来ないのだから。

 何とも情けない話だ。


 でもそれ以上に、仲間という今まで自分の中に無かった、不思議なものに興味があった。

 まだ命を張る程の存在とは言いきれないが。

 少し青臭くて、馬鹿馬鹿しいと思ってしまう部分もあるが......

 ゼデクは手を伸ばす。

 レティシアに重きを置く、この4人となら、一緒に進んでも良いと思った。

 手が繋がろうとしていたところで、


「うおっ!?」

「ふんっ!」


 ウェンディが、綺麗なフォームで、オリヴィアを背負い投げる。

 こちらに飛ばされてきたオリヴィアが、エドムを巻きこみ、飛んでいった。


「なに人を無視して、青臭いこと言ってんのよ!」


 するとエドムは、上で伸びていたオリヴィアをどかし、


「せっかく良い感じで締めれると思ってたのに、もう我慢できない......ちょっと行ってくる」


 ニコッと笑うと、ウェンディに向かって行った。


「上等よ、まとめてかかって来なさい!」


 ゼデクはエドム自身も暴れるのかと、心中で感じながらも、隣で静かに座っていたガゼルの方を向いた。


「お前も同じか?」

「おう、んでウェンディも素直じゃないだけで、お前のこと認めてると思うよ」


 そんなことを言う。


「素直じゃないだけで、叩かれるのか......」

「まぁ、根はいい奴だから。怒ってる理由は次の機会に、内緒で教えてやるよ」

「ガゼルっ、手伝って! ちょ、ウェンディ強くなりす......」

「合点承知!」


 ガゼルも立ち上がり、走り出してしまった。

 今度はエドムが羽交い締めになっているところに、ガゼルが飛びかかる。


「仲間......か」


 ゼデクは仲間という響きを、心の何処かで喜んでいることに気が付き、1人驚いた。


 ◆


「......落ち着いたか?」

「すみませんでした......」


 あれから一悶着あったが、ゼデクは何とか暴れた面々を落ち着かせることに成功した。

 ウェンディも当初の怒りが収まり、自分の行動を省みたのか、赤面しながら大人しく正座している。


「暴れたから腹減った」


 仰向けに倒れながら、ガゼルは呟いた。

 外に視線を向けると、夕日が傾いているのが見えた。


「すぐに用意しよう、と言いたいところだが、エスペルトが戻ってくるかもしれない。その前に手紙の件だけ聞いておきたい」

「あぁ、そうだった。肝心な部分が話せてなかった」


 秘密裏にしたいのであれば、エスペルトが帰ってくるまでに話をつけたい。

 それはエドムも同じようで、1枚の紙を取り出す。


「この紙にレティシア様宛に手紙を書こうと思う。内容は、せっかくだから君が中心となって考えてみてくれ」

「俺がか?」

「うん、君の言葉が彼女に1番響くと思うから」


 ゼデク自身が内容を考える。

 会議で再会した日、レティシアは怯えていた。

 なぜ怯えていたのだろう?

 彼女は自分が魔法師団に入ることを、酷く嫌がっていた。

 まるでゼデク自身が、過去の魔法師団員のように死んでしまうと言わんばかりに、エスペルトを非難していた。

 ゼデクが非力だ。

 そのことを、彼女は気づいているのかもしれない。

 そんな彼女に、必要な言葉は何か?

 俺は死にません?

 必ず、貴女を助けます?

 説得力のない言葉を並べる。

 自分に嫌気がさすだけで、すぐに結論を出すことができなかった。


「少し、考える時間をくれ」

「生誕祭に間に合うなら、それで良いよ」

「なぜ、そこまで生誕祭に拘るんだ?」


 すると、エドムは険しい顔をした。


「生誕祭で、レティシア様が中心となったパレードがあるんだ。僕らが独力でレティシア様に会える、貴重な機会だ」

「ふむ」

「普段は城の奥部屋に居て、グラジオラス様の監視が厳しく、他の七栄道でも軽々と会うことができない。それは君も知ってるだろう?」


 普段は七栄道でも軽々と会えない、そんな言い方に聞こえる。

 もしそれが本当であれば、この間の会議は貴重な機会だったのだろう。

 エスペルト達自身も、久々の顔合わせであったのにも関わらず、彼はその場に、ゼデクを無理やりねじ込んだことになる。


「なるほど、レティシアが外に出るタイミングが現状、生誕祭のパレードしかないんだな」

「そういうこと。だからそれまでにお願い」


 もっとも、そのパレードですら絶望的な状況にある気がするのだが、とゼデクは思いつつも無言で頷く。

 きっと、彼らなりの策があるはずだ。


「策はあるのか?」

「一応、城の奥部屋に行くより遥かに可能性がある作戦は用意してある。状況を見て、中断も考えられるから、そこも留意して欲しい」

「わかった」

「よし、じゃあ話すけど......」


 そう答えたゼデクの背後の壁で、札のようなものが怪しく光っていることに、誰も気付かなかった。


 ◆


「ふむふむ......それで?」


 城内にある、宰相の執務室でエスペルトは片手で、札のようなものを耳に押さえつけながら、瞳を青く光らせていた。


「仕事中に何やってんですか?」

「え? もちろん仕事ですよ」


 隣で、資料の山に埋もれている男が1人。

 副官であるカストロが、呆れた顔をエスペルトに向ける。


「目、青く光ってるってことは使ってますよね? 貴方の魔法。それに耳のソレ、盗聴でもしてるんですか?」

「バレました?」


 と、エスペルトはワザとらしく顔を傾けた。

 普段はガラス玉のように透き通った瞳が、青く光り輝く。

 それはエスペルトが持つ、彼特有の魔法を使っている証であった。

 彼の瞳に宿った、特別な魔法。


 天上から、広範囲を見下ろす視点を持つとされる“ホークアイ”と、あらゆる事物を見透かす能力を兼ね備えた目。

 人は彼の目を

 “天眼”

 と呼ぶ。


「いや、目立ち過ぎですよ。で、何見てるんですか?」

「好みの女の子が着替えていたので、覗いてました」

「へぇ、貴方にも、好みなタイプとかあるんですね」

「そりゃ、もうボンキュッボンですよ」

「そんなんだから、いつまで経っても独身なんですよ」


 カストロは、そう言いつつも、エスペルトが嘘を言っていることがわかった。

 この魔法は膨大な魔力を必要とする。

 そのためエスペルト自身が、私生活上で使うことを嫌っている。

 現にカストロ自身、エスペルトが“天眼”を日常的に使っているところは、そうそう見ない。

 となると、国の大事か、あるいは......

 そうこう考えているうちに、エスペルトが立ち上がる。


「仕事残ってますよ、どこに行くんですか?」


 扉に手を掛けたエスペルトは、後ろへ振り返る。

 もう瞳は、青く光っていない。


「グラジオラスの所です」


 エスペルトはいつも通りの笑みを浮かべて、そう答えるのであった。

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