第9話 少年と手紙
「レティシアに手紙を書く?」
ゼデクはエドムを見つめながら、疑問を口にした。
そこで、エドムは爽やかに答える。
「うん、手紙」
「脈絡がわからない、説明をしてくれ」
と言いつつも、ゼデクは思考する。
手紙をなぜ書くのか?
なぜ生誕祭というタイミングを取り、どのように届けるのか?
そもそも、可能なのか?
可能であれば、嬉しい。
ゼデクにも、彼女に伝えたいことは沢山ある。
「エスペルト様には秘密にする、約束できる?」
「約束しよう」
それにエドムが頷く。
「よし、計画を知っている人はできるだけ少ない方がいいんだ」
ゼデクからの約束を確認したエドムは、再び座布団に座った。
それに応じて、ゼデクとガゼルも座布団に戻る。
「まず大前提として、僕たち4人の最終目標は、君を伴侶としてレティシア様の元まで連れて行くことだ」
と、エドムが話し始める。
「理由は?」
「それは勿論、レティシア様のために。僕たちが最終的に権力を握って成し遂げるも良し、七栄道の権力に頼った末に成し遂げるも良し。色々考えていたのさ」
「私はまだ認めてないわよっ!」
ウェンディがこちらに向かって叫ぶ。
形勢が逆転したようで、今はウェンディが、オリヴィアの上に乗っていた。
下で、オリヴィアが苦しそうにもがいている。
「そして、ココ村にいる君を無理にでも説得して連れ出すつもりだった。例え、君が約束を忘れていたとしてもね」
「が、エスペルトに話を聞いて事情が変わったと?」
ウェンディを見ながら、エドムは苦笑いを浮かべる。
「そういうこと、そこで僕達はもう一つの可能性を見出した。君自身が高位に上がってレティシア様の伴侶になる可能性を」
「それが、手紙と何の関係がある?」
ゼデクもウェンディの方を見ながら、問いかける。
すると、彼女の鋭い目と視線が重なる。
こちらを威嚇するような視線。
しばらくは、あの調子らしい。
「僕達は何としてでも、君をレティシア様の元に送り届ける。そして君は何としてでも、レティシア様の元に辿り着く。でも現状を考えると、その前に彼女自身が潰れる可能性がある。だから、少しでも心の支えになるように、その旨を伝えたいんだ」
確かに、会議でのレティシアの様子を見るに、彼女の精神面に不安が残るのは事実だ。
そのことを考慮すると、どうにかして、支えたくなるも理解できる。
「......趣旨は理解したが、まだ一つだけわからないことがある。お前らはどうして、そこまでレティシアに肩入れする? ただの主従関係で、それも昔の話だろ?」
エスペルトが、今日この4人を招き寄せた理由を理解することはできた。
しかし、4人のレティシアに向けた執着ぶりは異様であり、度し難い。
「うーん、そう言われても困るけど。強いて言うなら、主従関係以前にさ......」
エドムは思案するように手を顎に添えると、
「僕ら全員、親友で仲間だと思ってるから」
なんて言う。
「それだけか?」
「うん、それだけ。と言うより、それがあれば十分でしょ?」
彼らはレティシアの親友だから、彼女の8年も前の初恋を、応援し続けると言うのだ。
それも、自分たちの犠牲を厭わずに。
ただの少年少女の恋愛事情ではない。
地を這う少年を、雲の上にいる少女の元まで連れていく。
一体どこに、そのリスクに見合った利益があるというのだ?
少なくとも彼ら自身に、そんなものは見当たらない気がする。
あまりにも、あまりにも
「馬鹿だ」
「ははは、みんなそう思うよね。僕達もそう思う。でも、彼女は僕達の数少ない友達で、仲間なんだ。僕達は各々の人生で、そこに価値を見出した」
「......」
親友、友達。
ゼデクには、未だに持っていない繋がりである。
この繋がりは、そういうものだろうか?
何をもって、親友なのだろうか?
本当に命を賭けるほどの存在なのだろうか?
多分、世間一般からみたら、それは否だろう。
友達とは、そんなにも重い関係ではない。
でも、エドムが嘘を言っているとは思えなかった。
「でも、君も同じ馬鹿でしょ?」
「あ?」
そんなことを考えていたところで、思いもよらない言葉が返ってくる。
「だって君も、たかが子供の初恋を8年も追いかけてる。しかも、これから命がけになる初恋だ。忘れてしまえば、可愛い子なんてそこらに沢山いるよ?」
「俺にとっては、それが全てだからな」
すると、エドムが笑う。
「それと一緒、僕らにとって1番大事な存在が、友達であり、彼女だ。いや、まぁ家族も大事なんだけどね」
互いに形は違えど、自分にとっての全てである点においては相違ない。
彼は、そういうことを言いたいのだろう。
ゼデクはそれに、青臭さに恥ずかしさを覚えた。
そして、誤魔化すように、悪戯めいた笑みを浮かべる。
「そこは、友達と彼女だけが全てだって言うところだろ」
「いや、手厳しいな。ともあれだ」
締まらないままに、エドムがこちらに向き、手を差し出した。
「同じ魔法師団の一員として、レティシア様を目標とする身同士として、僕らは君と一緒に進みたいと思う。君はどうだい? この先、どうするつもりだい?」
「俺は......」
どうしたいのだろう?
メリットも多く、ある程度信用できる魅力的な提案。
そして、エスペルトが用意したレールであれば、拒否権はない。
今の非力な自分には、すがることしか出来ないのだから。
何とも情けない話だ。
でもそれ以上に、仲間という今まで自分の中に無かった、不思議なものに興味があった。
まだ命を張る程の存在とは言いきれないが。
少し青臭くて、馬鹿馬鹿しいと思ってしまう部分もあるが......
ゼデクは手を伸ばす。
レティシアに重きを置く、この4人となら、一緒に進んでも良いと思った。
手が繋がろうとしていたところで、
「うおっ!?」
「ふんっ!」
ウェンディが、綺麗なフォームで、オリヴィアを背負い投げる。
こちらに飛ばされてきたオリヴィアが、エドムを巻きこみ、飛んでいった。
「なに人を無視して、青臭いこと言ってんのよ!」
するとエドムは、上で伸びていたオリヴィアをどかし、
「せっかく良い感じで締めれると思ってたのに、もう我慢できない......ちょっと行ってくる」
ニコッと笑うと、ウェンディに向かって行った。
「上等よ、まとめてかかって来なさい!」
ゼデクはエドム自身も暴れるのかと、心中で感じながらも、隣で静かに座っていたガゼルの方を向いた。
「お前も同じか?」
「おう、んでウェンディも素直じゃないだけで、お前のこと認めてると思うよ」
そんなことを言う。
「素直じゃないだけで、叩かれるのか......」
「まぁ、根はいい奴だから。怒ってる理由は次の機会に、内緒で教えてやるよ」
「ガゼルっ、手伝って! ちょ、ウェンディ強くなりす......」
「合点承知!」
ガゼルも立ち上がり、走り出してしまった。
今度はエドムが羽交い締めになっているところに、ガゼルが飛びかかる。
「仲間......か」
ゼデクは仲間という響きを、心の何処かで喜んでいることに気が付き、1人驚いた。
◆
「......落ち着いたか?」
「すみませんでした......」
あれから一悶着あったが、ゼデクは何とか暴れた面々を落ち着かせることに成功した。
ウェンディも当初の怒りが収まり、自分の行動を省みたのか、赤面しながら大人しく正座している。
「暴れたから腹減った」
仰向けに倒れながら、ガゼルは呟いた。
外に視線を向けると、夕日が傾いているのが見えた。
「すぐに用意しよう、と言いたいところだが、エスペルトが戻ってくるかもしれない。その前に手紙の件だけ聞いておきたい」
「あぁ、そうだった。肝心な部分が話せてなかった」
秘密裏にしたいのであれば、エスペルトが帰ってくるまでに話をつけたい。
それはエドムも同じようで、1枚の紙を取り出す。
「この紙にレティシア様宛に手紙を書こうと思う。内容は、せっかくだから君が中心となって考えてみてくれ」
「俺がか?」
「うん、君の言葉が彼女に1番響くと思うから」
ゼデク自身が内容を考える。
会議で再会した日、レティシアは怯えていた。
なぜ怯えていたのだろう?
彼女は自分が魔法師団に入ることを、酷く嫌がっていた。
まるでゼデク自身が、過去の魔法師団員のように死んでしまうと言わんばかりに、エスペルトを非難していた。
ゼデクが非力だ。
そのことを、彼女は気づいているのかもしれない。
そんな彼女に、必要な言葉は何か?
俺は死にません?
必ず、貴女を助けます?
説得力のない言葉を並べる。
自分に嫌気がさすだけで、すぐに結論を出すことができなかった。
「少し、考える時間をくれ」
「生誕祭に間に合うなら、それで良いよ」
「なぜ、そこまで生誕祭に拘るんだ?」
すると、エドムは険しい顔をした。
「生誕祭で、レティシア様が中心となったパレードがあるんだ。僕らが独力でレティシア様に会える、貴重な機会だ」
「ふむ」
「普段は城の奥部屋に居て、グラジオラス様の監視が厳しく、他の七栄道でも軽々と会うことができない。それは君も知ってるだろう?」
普段は七栄道でも軽々と会えない、そんな言い方に聞こえる。
もしそれが本当であれば、この間の会議は貴重な機会だったのだろう。
エスペルト達自身も、久々の顔合わせであったのにも関わらず、彼はその場に、ゼデクを無理やりねじ込んだことになる。
「なるほど、レティシアが外に出るタイミングが現状、生誕祭のパレードしかないんだな」
「そういうこと。だからそれまでにお願い」
もっとも、そのパレードですら絶望的な状況にある気がするのだが、とゼデクは思いつつも無言で頷く。
きっと、彼らなりの策があるはずだ。
「策はあるのか?」
「一応、城の奥部屋に行くより遥かに可能性がある作戦は用意してある。状況を見て、中断も考えられるから、そこも留意して欲しい」
「わかった」
「よし、じゃあ話すけど......」
そう答えたゼデクの背後の壁で、札のようなものが怪しく光っていることに、誰も気付かなかった。
◆
「ふむふむ......それで?」
城内にある、宰相の執務室でエスペルトは片手で、札のようなものを耳に押さえつけながら、瞳を青く光らせていた。
「仕事中に何やってんですか?」
「え? もちろん仕事ですよ」
隣で、資料の山に埋もれている男が1人。
副官であるカストロが、呆れた顔をエスペルトに向ける。
「目、青く光ってるってことは使ってますよね? 貴方の魔法。それに耳のソレ、盗聴でもしてるんですか?」
「バレました?」
と、エスペルトはワザとらしく顔を傾けた。
普段はガラス玉のように透き通った瞳が、青く光り輝く。
それはエスペルトが持つ、彼特有の魔法を使っている証であった。
彼の瞳に宿った、特別な魔法。
天上から、広範囲を見下ろす視点を持つとされる“ホークアイ”と、あらゆる事物を見透かす能力を兼ね備えた目。
人は彼の目を
“天眼”
と呼ぶ。
「いや、目立ち過ぎですよ。で、何見てるんですか?」
「好みの女の子が着替えていたので、覗いてました」
「へぇ、貴方にも、好みなタイプとかあるんですね」
「そりゃ、もうボンキュッボンですよ」
「そんなんだから、いつまで経っても独身なんですよ」
カストロは、そう言いつつも、エスペルトが嘘を言っていることがわかった。
この魔法は膨大な魔力を必要とする。
そのためエスペルト自身が、私生活上で使うことを嫌っている。
現にカストロ自身、エスペルトが“天眼”を日常的に使っているところは、そうそう見ない。
となると、国の大事か、あるいは......
そうこう考えているうちに、エスペルトが立ち上がる。
「仕事残ってますよ、どこに行くんですか?」
扉に手を掛けたエスペルトは、後ろへ振り返る。
もう瞳は、青く光っていない。
「グラジオラスの所です」
エスペルトはいつも通りの笑みを浮かべて、そう答えるのであった。