第88話 少女と兵器
その瞳を見た時、理解した。その瞳を捉えた時、一瞬で理解した。
まるで鏡を見ているような感覚。2人は骸に突き立てた剣を引き抜き、見つめ合う。ただの少女が......否、ただの少女に憧れた2人が対峙する。
「失礼ながら、名をお訊かせ願いますか?」
震える声を絞り出し、少女が尋ねる。意味の無い質問だ。これまでのやり取りを見れば、自分と似通った存在が、どこの誰かなんて直ぐにわかることなのだから。それでも尋ねることに意味はあるのだろう。きっと。
「......レティシア。レティシア・ウィンドベル。先代の国王、その第13子にあたるウィンドベル家の人間です」
「私の名は紅葉。残念ながら、誇れる家名はありません」
互いに何かを探るように名乗りあげる。肝心なところには触れない。触れず、悟らせるのだ。ここにいる以上、自分はそうであると。貴女はそうであると。
貴女には、添い遂げたい恋人がいるのだろうか? 貴女には、大切な家族がいるのだろうか?
「レティシア・ウィンドベル。誇り高き、キングプロテア王国の王族よ」
違う。
「紅葉。家名などに気後れしない、強者よ」
違う。
「いざ――」
少女よ。
「尋常に――」
本当はただの乙女に憧れた少女よ――
「「勝負ッ!」」
駆け出す2つの兵器は、塞がる敵兵を物ともせず斬り伏せ、目標に狙いを定める。剣と刀が重なった。その衝撃だけで、周りが吹き飛ぶ。剣戟をよそに、動き出す権能。地面から、宙から、紅葉が如き、赤刃群がレティシアに襲いかかる。
「......」
直後、レティシアを膨大な光が包んだ。常人では、あり得ない膂力を腕に宿した彼女は、乱暴にそれら打ち砕く。それらは敵味方問わず、見る者を圧倒し、畏怖させた。彼らが脳裏に浮かべる言葉はただ1つ。
兵器。
人が、魔法使いが介入できるレベルではない。まるで化け物を見るかのような目線が、彼女たちに集まる。レティシアはそれを流した。幾度となく注がれてきた目線だ。全く堪えないと言えば、嘘になるが、表に出すほどのことではない。
しかし、対峙する少女は違った。おそらく、レティシアよりも歳下の彼女は、一瞬だけ表情に出した。哀愁を、恐怖を、怒りを一瞬だけ。
彼女の気持ちは痛いほど理解できる。人1人斬ることにも、心にかなりの負荷がかかるだろう。自分もそうだ。でも、それを悔いるわけにはいかない。自分の中にある魔法が、世界が、人々がワガママを押し付けてくるように、レティシアは自身の願望のために、ワガママを押し付ける。
そうしなければ、いずれは誰かに押し潰されるのだ。それを紅葉は知らない。良心の呵責が勝ってしまう。それは普通のことだった。人を殺して何とも思わない人こそ異常なのだ。だが、その呵責がレティシアと紅葉との実力差に、大きな壁をつくる。
「貴女は優しいのね。それに比べて私は......」
聞こえないように呟く。彼女を殺しはしない。自分と同じく“鍵”なのだから、この先も生きてもらわなければいけない。だから今は静かにしてもらおう。
あぁ、私はこの子を傷付ける。彼女は自嘲気味に笑った。なんやかんやと言って、自分にも呵責が残っているではないか。その呵責はホンモノか或いは、自分がまだ乙女であるという願望にしがみ付きたいが為のニセモノか。
レティシアは微かに残っていた躊躇いさえもを捨て、間合いを詰めた。紅葉が刀を構える。刀ごと、強引に飛ばそうとしたところで――
「......!」
寒気を覚えた。上を向く。氷塊を主とした槌。それを手にした女が、こちら目掛けて降ってきた。
すぐさま背後に跳ぶ。すんでのところで、氷塊を躱した。先程いた地点に大穴を開ける女。さながら、雪女ような人物はレティシアを睨むと、氷塊の槌を軽々と持ち上げた。
「......紅葉は......渡さない」
華奢な体とは対照的に、轟音を伴いながら向かってくる少女。こうなると少し厄介だ。紅葉に加えて、あの怪力の持ち主を相手取らなければいけない。
レティシアは剣を構える。氷塊を打ち砕く。それだけの力を両手に宿す。しかし、その力を振るうことはなかった。
さらに両者の間に割って入る大盾が1つ。それは氷塊の槌を弾き返した。
「レティシア様、ここは私に任せてください!」
大盾の主は――ウェンディ・フェーブルは、汗1つ見せずにそう告げたのであった。




