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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第87話 少年と秋水 2

「......炎」


 真っ赤に燃え盛る炎を見て、思い出したのは地獄の業火だった。秋仙が知るその炎は真っ青なものであったが。


 かつて“晴天”のソレを見た時、軽い挫折を覚えた。およそ人が出せる炎じゃない。“天”という存在も、思いのほか虚言ではないと実感した瞬間だった。


 そして今、真っ赤に燃える炎が自分の前に現れた。その主はエスペルトと同じく、キングプロテア王国にいながら千日紅国のなりをしてして、“晴天”と同じく強大な炎を携えている。そして何よりも秋仙と殆ど同じ齢の少年だった。


 己の壁を凝縮したような存在は、まるで当てつけであるかのように立ちはだかった。


「その炎はなんじゃ......?」

「見ればわかるだろ、魔法だ」


 ゼデクは、苦しげに答える。それもそうだろう。そんな炎を長く維持されては困る。だが、そんなことはわかっている。秋仙が気にしていることではない。


「その規模の炎、まるで――」


 “鍵”のようではないか。と、続けようとしたところで言葉を止めた。ゼデクが動いたからだ。やはり、彼には余裕がないらしい。


 明らかに速度が上がっていた。振るわれる刀。秋仙は急いで水を張り巡らせた。先ほどは、それで防げた炎。しかし、今度はそういかない。


「......!」


 水を蒸発させ、なおも秋仙の身へと迫る炎を躱す。


「......技術で敵わないから、と力ずくで押してきたか!」


 おそらく無限に攻撃は続かない。何撃かは知らないが、限度がある。彼がバテるのが先か、自分がバテるのが先か。


「......根比べじゃ」


 自身が持つ技術と魔法を全力で動員させた。それで“鍵”に匹敵する攻撃すら捌く。そのまま数撃防いだ。


 まだ来るか――


 ゼデクの攻撃はいつまで経っても止まなかった。それどころか、勢いづく始末。このまま行けば、先に限界を迎えるのは秋仙だった。


 こんな危機的な状況で、彼の頭の中に響くのは昔聞いた言葉だった。それは昔、師に言われた言葉――


『人は水面に浮かぶ、一葉だ』

『一葉......にございますか』


 “晴天”に敵わぬと挫折しかけたあの日、師はそう言った。


『左様。物事には何事も流れが存在している。そして人はその上で流れる一葉。秋仙、森羅万象の流れを掴め。汝はいつか、“天”をも超える存在となるだろう』


 無理だ、という台詞を、秋仙は飲み込んだ。師である彼でさえ、“双天”は倒せないのだ。自分が超えられるわけがない。


『汝はまだ若い......今はわからずとも、いずれ少しずつ理解できるようになるだろう。できないことが少しずつできるようになるだろう』


 彼は言う。まだ諦めるなと。超えられると。思えばその言葉に支えられてきたのかもしれない。何度も挫折に近い感情を抱きつつも、今日まで執念深く戦い続けてきた。


 怯えるのは辞めだ。彼は決意する。


 炎を伴った刀が眼前に迫っていた。秋仙は目を閉じる。


「流れを掴め......」


 刀を握りしめ、正面へと平行に突き出す。


「......」


 静かに姿勢を正した。一筋の水流が、規則正しく彼の周囲を駆け巡る。


「汝は水面に浮かぶ一葉と知れ――」


 そして、瞳を開く。


「“流水一葉”」


 彼は魔法の名を唱えると、攻撃をいなすかのように、刀を背後へと振った。


「......くそッ!」


 それで、ゼデクの一撃が綺麗に流される。体勢を崩され、隙だらけになるゼデク。それは、秋仙の前で晒すには、致命的な隙。


「貰ったッ!」


 後方に振った勢いをそのまま利用し、1回転。秋仙は攻撃に転じる。遮る炎を掻い潜り、首元に刀身が当たる。


 勝った――


 そう、秋仙が確信した時、首元に刀身を当てたはずの人間が消えた。と言うよりも光を放った。


「......!」


 急いで探す。さほど離れていない場所で、片膝をつくゼデクを見つけた。


「......何かしたのか?」


 しかし、彼は真剣な表情で秋仙の刀を凝視している。彼はまだ、剣戟の世界へと意識を沈めている。であれば、先の行動は無自覚なものだ。無自覚に彼は、何かしらの手を使って、秋仙からの攻撃を避けた。


「くっ......」


 そこで秋仙の身体がよろめく。2人して膝をつき、息を上げる。もう両者とも、限界を迎えていた。今になって、周囲の喧騒が耳に届いた。そこで2人は、他にも人がいることを思い出す。幸いゼデクが放った炎が、周りの兵を受け付けない。


『十分健闘したわ。約束通り、もう退きましょう』


 ゼデクの頭の中で声がする。


「......まだ決着がついてない」

『ほら、あれだけ確認したのに約束守らないじゃない』

「ごめん、やっぱりコイツだけは退けない」


 向こうもきっと同じだろう。なんせ、これまで戦ってきた兵との気迫が違う。今だって片膝をつきつつも、ギラギラとした眼光が、ゼデクを刺すのだ。


 2人は立ち上がる。


 片や想い人を“鍵”から救わんとする者。

 片や家族を“鍵”から救わんとする者。


 彼らは刀を構える。目の前に立ちはだかる敵は単なる通過点だった。“天”や七栄道(かべ)を超える過程での通過点。でも、決して侮れるものではない。多少の差異あれど、その志・気迫ともに自身に迫るものがあり、退けをとらぬものがある。


 2人の心が叫ぶのだ。ここで負けてはいけないと彼を超えなければ――


「「この先に進むことなんかできないッ!」」


 走り出す。刹那、ゼデクの視界の奥......秋仙の背後の炎が揺らめいた。それで、ほんの一瞬だけ見知った顔が見える。


 エドムだ。血だらけのエドム・オーランドが、同じく血だらけの千日紅国兵の背で何かを叫んでいる。


「......面白いことを言う」


 その声は突然降ってきた。ゼデクは秋仙から意識がそれる。彼のすぐ後ろに、人が立っていたからだ。どこか神々しいオーラを纏った人。蒼炎を侍らせた刀を振り上げ、秋仙に狙いを定める。


「おいッ! 後ろだッ! 後ろを向けッ!」


 ゼデクの声に反応する秋仙。しかし、彼らの努力も虚しく――


「君たちに先なんてものは無いよ」


 男は......“晴天の暁”は、秋仙を斬り捨てた。

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