第86話 少年と秋水 1
時は少し遡り、戦場は“秋”へと移ろう。
「アンタ、茶屋にいた男だな」
鍔迫り合い越しに、ゼデクは問いかける。
「あぁ、あん時は妹が世話になった。色々、説教してくれたようじゃの」
皮肉交じりに秋仙が答えた。ゼデクは目をそらす。
「......アンタたち、そういう間柄かよ」
「だったら......何じゃッ!」
力に緩急をつけて振り解くと、ゼデクに斬りかかった。急いで躱す。身体が伸びきって動けないので、炎を飛ばして牽制した。
「......」
水流が遮る。それだけで、易々と炎が飲み込まれた。
「そうだったら躊躇うと? 斬れぬとほざくわけではないな?」
斬り結ぶ。ゼデクが用いている刀・技術ともに千日紅国のものであった。そして彼はその基礎しか教えて貰っていない。そこに、秋仙との実力差が出始めた。6、7と撃ち合った所で、肩から血が吹き出す。
「その半端な身なりは何だ? 半端な技術は何だ? 汝ごときが何故あいつの下にいるッ!」
「半端で悪かったな!」
さっきよりも、莫大な炎を纏う。ゼデクは走り出した。噴射する炎の推進力で、勢いよく刀を振るう。秋仙も水流を取り巻く。構えも、水流も綺麗だった。見事に整えられた様から、やはり実力者であることが伺える。
彼が一振りするだけで、炎が水に打ち消され、攻撃が届かない。
「汝が炎を使う限り、刀を使う限り、その刃はワシに届かんッ! 千日紅国の技、軽んじてもらっては困る」
鋭い蹴りが放たれる。ゼデクは急いで受け身を取った。威力を殺しきれず、後ろに飛ばされる。
「そして汝ごときがその刀を使う......それが許せんッ!」
「......」
自らが握る刀を見つめた。エスペルトから貰った刀。彼は五指に入る名刀だとか、なんとか言っていた。とすれば、千日紅国の中でもとりわけ大切にされていた刀なのかもしれない。
「技量はワシが上。そして汝の炎はワシの水の前に沈む」
「......」
「大人しく死んで、エスペルトの呼び水となれ」
このままだと負ける。これは間違えようのないことだ。ゼデクは瞳を閉じた。後の展開を考えて、温存していた手があるが、どうやら今、出し惜しみをするわけにはいかないらしい。
彼には彼なりの事情があるのだろう。妹である少女であったり、エスペルトとの因縁であったり。正直、ゼデクは彼に親近感を抱いていた。自分が大切な存在が“鍵”に囚われている、と。彼がこれまでにどのような思いをしてきたのか、想像に難くない。
「......」
おそらく、技量では勝てない。彼の方が長く刀と過ごしてきただろうし、知っている技術量も違う。何よりも基礎しか知らないゼデクの剣筋を、秋仙は知っている。茶屋でエスペルトと刀を交えたということは、彼の剣筋を知っているはずだ。そこから予想される。
今の自分にできることは――
「俺だってエスペルトを超えるんだ。一々、躓いてなんかいられない」
ゼデクは立ち上がると、静かに己が魔法へと意識を集中させた。
◆
「あら、ここで使うの?」
この忙しい時に声をかけられる。いつでも彼女は唐突だ。ゼデクが何をしていようが御構い無し。自分の好きなように現れて、喋って、消える。
「じゃないと多分、勝てない」
「私はまだ速いと思うけど。この後が厳しくなるわよ? 彼とまともに戦ったら傷付く」
「今、アイツを抑えないと、もっと大変なことになる」
すると彼女は、ゼデクの魔法は笑った。そして、
「え、今彼に勝つ必要がある? そもそも殺しちゃダメって言われたんでしょ?」
なんて言う。ゼデクは言葉を詰まらせた。
「......」
エスペルトは言った。徹底的に時間を稼いで、“晴天”を引きずり出せ、と。だから彼女は言うのだろう。別に秋仙に勝つ必要はない。ただ敵に停滞を強いて、苛立たせる。
なぜかは知らないが、敵は焦っている。停滞を嫌っている。証拠に秋仙が強引に出てきた。とすれば、このまま“晴天”も引きずり出せるかもしれない。
「ゼデク、私はね......生き残って欲しいの。貴方に死なれたら、もうお話できないわ」
「どうせまともな会話しないだろ」
今だってしてない。繰り返してきたのは、意味のわからない小難しい会話ばかり。
「じゃあ、今度落ち着いたら別のお話でもしましょう。そうね、天気の話とかどう?」
「今、曇ってますねーって?」
「そうそう、曇ってますねーって。でもこの後、晴れるわ。真っ青な快晴。貴方は是非、そこで輝いてね」
やっぱりどんな会話をしても、変なものになる。ゼデクは苦笑いした。
「今の貴方じゃ長く持たないから、ペース配分を考えること」
彼女は今からやろうとしていることについて、忠告する。
「わかった」
「もし途中で維持できなくなったら即座に退くこと」
「わかった」
「本当に?」
「本当に」
「本当の本当に?」
「本当の本当に」
「本当の本当の本――」
「しつこい」
ムッと不満気な表情を向けても、彼女は微笑みを崩さない。
「それくらい心配してるのよ」
「母親かなんかかよ」
「試しにママ〜って呼んでみる?」
「お断りだ」
するとゼデクは、彼女に手を引かれる。真っ白な空間。その中に浮かぶ“鍵”のような光へと、どんどん進む。
「続きはまた今度、ということで......そうね、次は貴方の質問に何でも答えてあげる」
「本当に?」
「本当に」
「本当の――」
「それはもういいから」
ゼデクは笑った。そして、己が魔法に手を伸ばす。先の修行を含め、自分が努力してきたこと。それは少しでも多くの力を引き出すこと。一度は全て自力で押さえ込んだ身だ。
だから不完全であろうと、これまで以上に力を振り絞って、物量で相手を押しつぶす。
「それだけアンタは胡散臭いんだよ」
「うわ、この捻くれ者」
その言葉を最後に、思いっきり力を引き出した――




