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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第83話 春霞と子兎 1

 異変を最初に察知したのは“春”だった。後方に下がり、幻惑魔法の維持に力を入れていた彼らは、戦場を細かく見渡していたのだ。


「......?」


 春月は危惧を覚えると、急使をだす。同時に秋仙が前に出た。それが結果として、戦況を維持するきっかけになる。


 初めからこちらの戦法を見抜いていたかのように、自分たちの幻惑魔法から抜け出した少数の部隊が3つ。それが、回転する四季の間に割り込むように分かれる。すでに、前に出た秋仙は衝突を免れないだろう。


「向こうにもそれなりの幻惑魔法使いがいるってことか」


 正面衝突が不利と判断したのだろう。彼らは各個撃破に切り替えたのだ。


 それにしても舐められたものである。春月は笑う。恐らく“春”の部隊に向かってくるのは、同じ幻惑魔法使いがいる少数団体。擬態しているのか、遠方からだと大まかな位置しか掴めない。


 自分の幻惑魔法から抜け出したのは評価すべき点だが、それも一部だけ。それは春月と彼の魔法を支える部下の実力が優っている証拠だった。全体的に解除できないから、幻惑魔法の中枢を狙うしかない。苦し紛れの抵抗。


 てっきり、キングプロテアで名高き幻惑魔法使い、クレール・ローレンスが出てくると身構えていたが、どうも向こうは出し惜しみをしているらしい。


「どうされますか?」

「全方位どこから来ても良いように防備を固めて。分かれた敵はどこも少数だから、全部返り討ちになるまで持ちこたえよう」


 数は有利。最悪、接近されたら数にモノを言わせて囲んでしまう。最大の弱点は術者の中心である春月たちが動けないことだった。戦場一帯に広がる幻惑魔法。それを行使するにも相応のリスクが伴う。だから後方にいたのだが、こうなっては仕方ない。


「さあ、どこ誰だか知らないけど、こっちも負けるわけにはいかないんだよね〜」


 防備を固めた春月は戦場の観察に戻った。



 ◆


「それで具体的な策はあるのか?」

「ありません! 一点突破です!」


 耳を疑いそうなワードが聞こえる。それに鉄仮面を付けた男は笑い声を上げた。


「クレール・ローレンスの妹だと聞いたから、それなりの曲者だと思っていたが、いやはや飛び抜けて頭が目出度い奴だな」

「いやぁ〜、それ程でも......恐縮です!」


 オリヴィアは照れながら、頰をかく。ゼデクの仲間で唯一の幻惑魔法使いである彼女は、春月を打ち破るべく、敵の後方に回り込んでいた。


「誰も褒めてないと思うぞ」


 彼女を背負って走る半裸の男、ガゼルが的確なツッコミを入れる。ちなみにそんな彼も一点突破を提案した1人だ。


 ゼデクら5人の中で、比較的冷静な判断ができる、ウェンディやエドムと違い、オリヴィアやガゼルは問答無用のパワープレーを好む。いや、それしかできない。2人は複雑な作戦を立てられなかった。


 故に正面からの一点突破。


 彼女たちは組み合わせとしては、ある種最悪のコンビだった。だが、その無謀とも取れる勇敢ぶりが、戦場でしか生きる術を知らないペルセラル・ストレングスの部隊との間に、壁を作らない要因となる。何よりペルセラル自身が戦場にいても同じ方針になるだろう。つまるところ、相性が良いのだ。


 どんな戦場だろうと彼らがやることは変わらない。


 50人の部隊は黒い甲冑を脱ぎ捨て、一般兵に扮し、中央の戦場からこちらに移動していた。もちろん一般兵もそれなりに連れてきたものの、彼らは物の数に入れていない。これから踏み入れる修羅場に想いを馳せながら、部隊員たちは目を血走らせ、不敵に笑った。


 ただ、1つ。1つだけ無謀な彼らを勝利に導く術がある。オリヴィアという特異な存在だ。クレール・ローレンスについで、高度な幻惑魔法の技術を持つ彼女は、春月以外の目を欺けるのだ。


 彼女は1人でも、それなりに対抗できる。だから彼らは、この場にいる唯一の幻惑魔法使いだとしても、オリヴィアを連れて行くことにした。


 規模・範囲ともに複数で展開する、敵の幻惑魔法を打ち消すことはできないものの、個々の力量において、彼女は引けを取らない。


 幻惑魔法で擬態した凶弾は、“春”の終わりを告げるべく、急襲する。


「......兎?」


 “春”の部隊員が声を上げる。大小様々な無数の兎がこちらに向かっていた。だが彼らは瞬時に判断できない。その兎の一匹一匹が実は、地獄からやって来た修羅であることを。


 兎が跳ねた。同時に兵の首も飛ぶ。異様な光景に、彼らも幻惑魔法にかけられたという事実に気付く。すぐに反撃に出るも、小さな兎と巨漢という大きさの錯覚が、彼らの焦点を狂わせる。


 悲鳴が上がり始めた。それで、春月はキングプロテア側の術者を見直す。確かに、全体的な解除はできないものの、向こうの術者は春月の実力に迫るものを持っているらしい。


 あるいはクレール・ローレンスか?


 そんな考えがよぎる。もしかして、幻惑魔法の押し合いに出なかったのは、自分を確実に仕留める狙いがあったからか? と考えたところで否定する。


 クレールほどの実力者ならば、最初から打ち砕いて来ただろう。これは春月の希望だ。おそらく名声のみならば、六国の中で最も高いとされるクレール・ローレンスへ抱いた期待。しかし、油断するのは良くない。


「気を付けろ。クレール・ローレンスかもしれない」


 警戒の意を含め、兵士に伝達させた。さらに少しだけ戦場に向けていた幻惑魔法のリソースを、“春”にかけられた幻惑魔法の解除に向ける。本当は全部向けたいところだが、戦場における唯一の優位性を失うわけにはいかない。


 それで、順調だったオリヴィアたちが徐々に勢いを失う。敵側は、もともと防備を固めていたので、囲まれ始める。


「囲まれたぞ。まだ張るか? 小娘」

「奥まで突っ切ります! まさかこれくらいで音を上げただなんて言わないですよね?」

「フッ、まさか」


 挑発じみた発言にペルセラルの部隊員は奮起した。また押し返し始める。それでも僅かに勢いが足りなかった。突破に至らない。そもそも少人数なのだ。1人で幻惑魔法をかけ続けるオリヴィアに、疲労が襲った。目眩がして、鼻血が出る。


「術者を見つけたぞッ!」


 彼らもまた、幻惑魔法使いの集団。彼女が疲労困ぱいしたことで、特定することができた。彼らはオリヴィアに狙いを定め始めた。側でガゼルが奮闘するも、時間の問題だ。幻惑魔法が切れた瞬間に、彼女たちの優位性は完全に失われる。


 その時、オリヴィアの耳に言葉が入ってきた。


「なんだ。クレール・ローレンスって聞いてたけど、小さなガキじゃねぇか。警戒して損したぜ」


「......?」


 彼女は停止し、意味を咀嚼する。ただ、咀嚼する。そして理解した。誰かは知らないが、そう言ってしまったのだ。


 オリヴィアの中にあるナニカが吹っ切れた。

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