第82話 停滞と焦燥
これで戦局の殆どが予定通り進んだ。高くそびえる鉄壁に嵐が衝突したのを確認して、エスペルトはそう考える。
自然の理に反した小さな嵐、あの中心には“荒天”なる存在がいるのだろう。ある種、自らの身代わりとなった憐れな存在。彼はきっと、都合良く利用されているのだ。誰に? それは問うまでもない。
「......」
ジッと見つめる。ゼデクたちが戦闘している間に、彼は彼でやるべきことがあった。それを実行に移そうとしたところで、
「随分と悠長に構えているな。はやくお前も戦うべきではないか?」
声をかけられる。グラジオラスだ。
「今動こうと思っていましたが、そう言われると何だかやる気が......」
やれやれと首を振るエスペルト。それにグラジオラスは目もくれず、彼の側に立つ。
「本当にこれで良かったのか、今でさえ疑問に思うよ」
疑問とは、ゼデクやレティシアたちのことを指している。いずれも聖地において必要な存在だ。それを最前線に出すなど正気の沙汰ではない。彼の疑問は至極当然だった。彼らの力は、最後まで貴重に取っておくべき大切な存在。
でもそれは不正解だった。彼ら自身が強くならないと、経験を積まないと、自分たちはバッドエンドを迎えるのだ。いや、自分たちだけじゃない。六国が、全てが終わる。
「前からずっと気になっていたのだが......」
「うん?」
「お前は何を目的としている?」
「うーん、聖地を開けること?」
「開けて? 何がある?」
「きっと何かがあって、みんなで、わーいって喜ぶ」
「喜んで?」
「国が落ち着く」
「国が落ち着いて?」
彼は珍しく追求をしてきた。エスペルトは笑う。結局、自分は何のためにアレコレ工作しているのか、と聞きたいのだろう。
「国が落ち着くことが、そんなに悪いことですか?」
「......」
核心に触れないエスペルトに満足しないのか、彼はただ顔をしかめる。
「聖地を開けずとも、落ち着く方法はある。むしろ、聖地の中にあるものが争いの種にだってなる。お前が言ってることは偽りだ」
「半分は本当ですよ」
「じゃあ、半分は偽りだ」
「そうですね」
適当に流したので怒られるか、とエスペルトは思ったが、グラジオラスの顔は穏やかだった。それが、あまりにも気持ち悪いので、思わず内心でギョッとする。もちろん顔には出さない。
「時間がないな......我らも動くぞ。取り返しのつかないことになってからでは遅い」
「取り返しのつかない......か。今のままではそうでしょうね。救いようがありませんから」
静かに顔をそらす。多くの人は知らない。そして彼も知らない。今日までそうだった。何回も何回も失敗して、たくさん大事なものを失って、とうの昔から既に――
この世界は取り返しのつかないことになっていた。
◆
もう何巡目だろうか? 目まぐるしい戦いが延々と続く。既に幻惑魔法をかけ終えた“春”は後方に下がり、残りの3部隊が順に巡るだけ。
秋仙は焦った。まだ七栄道の1人も出会っていない。なのに停滞を強いられるこの状況が焦燥を駆り立てるのだ。
「あの異常に持ち堪える部隊はなんじゃ?」
口から不満がすべる。黒い甲冑を着た少数の部隊。恐らく歴戦である精鋭たちは、明らかに不利な状況でも退くことなく応戦してきた。左右がジリジリと下がる中、あの部隊だけ留まる。囲まれようが死地に入ろうが御構い無し。全員が笑っているのも気持ち悪い。
徐々にこちらが押し始めているとはいえ、笑える状況じゃない。この不気味すぎる部隊の背後か何処かに七栄道が潜んでいると思えば、むしろ危険な状態だった。彼らこそが本命。
それともいない? 全員が壁の向こうに? エスペルトたちは出てこない?
まるでそれは――
「手前の部隊だけで十分とでも......?」
怒りが押し寄せる。やはり、彼は自分のことを見ていないのではないか、と秋仙は憤慨する。
あの裏切り者は一体誰を見ているのだ? 誰と戦っているのだ? およそ、自分たちの力が及ばない領域でエスペルトたちは、“天”は、見えない何かは動いている。
彼らは決して秋仙たちを危険視しない、重用もしない。ただ、都合のいい兵器の制御装置としてしか見ていない。妹を兵器としてしか見ていない。秋仙は、それに怒った。そして何より不甲斐ない自分に1番の怒りを覚えた。
天上に赤刃の塊が舞う。既に紅葉は投入されていた。彼女もまた、向こうの“鍵”に止められている。
このまま停滞が進めば、“晴天”は良い顔をしないだろう。彼が苛立ちの末に出陣すれば、敵味方問わず何が起きるかわからない。その前に何とかする必要があった。
「......」
中央で紅葉が斬り結ぶ少女を見つめる。彼女さえどうにかすれば良いはずだ。“鍵”である以上、生け捕りにしなければならない。最悪四肢を切り落とす必要があるだろう。
彼女が窮地に陥ればエスペルトは嫌でもこちらを向く。壁で戦闘をしている“荒天”よりも先に壁をこじ開ければ、彼らに自分たちの存在を証明できる。
「行くぞ」
側の兵士に手短な声をかけ、一気に駆け上がった。向こうの“鍵”を潰すべく駆け上がる。向こうの少女を潰すべく。自分と殆ど変わらぬ年頃の少女を潰すべく。妹と同じような境遇にいる少女を......
邪念を捨てる。今の自分に迷っている暇なんてなかった。他を気にかける余裕なんてなかった。仲間以外の全てを切り捨ててなお、余裕なんてものは存在しない。
急遽、猛撃を始めた“秋”の部隊。一見、陣を放棄したかのようにも取れる行動は、戦場にいる殆どの者の意表を突くことに成功した。停滞を打ち破るべく、彼らは動いたのだ。
立ち塞がる者全て斬り伏せる。途中、黒い甲冑の兵士にぶつかった。他のようにいかない。秋仙自身でさえ、将でもない男に何合と斬り合いを強いられた。殺したと思った男に足を掴まれたりもした。それでも勢い任せに進む。
レティシアへの急襲が視野に入る位置まで来た。あと少しだ。あと少しで彼女たちの戦闘に割り込める。
というところで炎が遮った。これまでとは魔力量が段違いな炎。それは秋仙に再びの停滞を強いる。更に横から“秋“にぶつかる部隊が1つ。突如、感じられた殺気に対して、刀を振るって防いだ。
「......チッ」
見覚えのある少年が彼の視界に収まる。茶屋で紅葉の精神を不安定にした少年。エスペルトの側にいた千日紅国かぶれの少年。
なるほど、エスペルトはコイツで十分だと言いたいらしい。そう、秋仙は解釈した。余程のお気に入りなのか、それなりに腕が立つのか、いずれにせよ、彼を倒せばレティシア・ウィンドベルは目前だ。
「わかった......汝から斬り捨ててくれる」
秋仙は、その少年に......ゼデク・スタフォードに、そう告げた。




