第79話 少年と開戦
きっかけは自分だ、そんな確信はある。千日紅国の“鍵”が自らに宿った時、彼らもまた、共に戦火に身を投じることになった。それを紅葉は、ずっと後悔し続けた。今も変わらない。
「......秋仙、情け無い」
真っ白な装束に身を包まれた女が口を開いた。長く伸ばされた青白い髪。その髪に覆われ、片方しか伺えない彼女の瞳は、酷く憂鬱そうに見えるも、心情全て把握することを拒んでいる。
「すまん」
「......貴方が不甲斐ないと......紅葉が不憫」
「......すまん」
「......ノロマ......マヌケ」
「あー、なんじゃ! 後半ただの悪口じゃろ! そんなこと言うために態々こっちに来たのか!」
紅葉は上を見上げた。彼女の顔が視界に入る。千日紅国四季将軍が1人、真冬の顔が。なぜか紅葉は今、彼女に抱えられていた。行軍の真っ最中である。あまりの気恥ずかしさに、声を挙げられずにいた。
「もう直撃寸前じゃ、はよう戻れ」
「......私は......貴方の後方......それにマヌケな貴方と違って......すぐ陣に戻れる」
「じゃあ、コイツらはどう説明する?」
秋仙が鬱陶し気に横を見る。残りの2将がいた。目がチカチカするほど明るい、全身黄色の男と、逆に保養となるような、目に優しい全身深緑の男。
「いやぁ、だってさ? 紅葉ちゃんが一大事だ、って聞いたからさ? 急いで戻ってきたわけよ。でも大丈夫そうじゃない! あんまり心配させるなよ、秋仙」
「ふはははは! 問題ない! 直ぐに戻るとも!」
それに、紅葉は視線を落とす。もうすぐ、敵の陣にたどり着くのに、彼らが危険を冒してまでここに来た理由。それは彼女と秋仙にあるからだ。
春夏秋冬。いつでもどこでも一緒。子供だった頃はみんなで共に遊んでいた。そんな4人を紅葉は妹のように付いて回った。それがどうだ? 今やみんな揃って凶器を携え、人を殺し回っている。
これも全部自分の所為だ。紅葉は何度も言い聞かせる。自分が“鍵”なんかに選ばれるから。弱いから。1人で戦うという言い分に、彼らが耳を傾けることは終ぞなかった。ただの少年少女に過ぎない彼らは、迷うことなく刀を手に取り、たった十数年で今の地位にまで上り詰めた。
奇跡だ。一生分の運を使い果たしても尚、引き起こせないような奇跡。でも、その裏では血反吐も厭わない地獄の日々が介在している。
「......紅葉......大丈夫......貴女は大丈夫」
彼女の意識が戻される。真冬が優しく微笑んでいた。いつまでたっても抱えられるわけにはいかない。
「あ、ありがとう。......もう大丈夫。1人で歩けるよ」
「みんな......いる」
「馬は要るか?」
降りる紅葉。それに最年長の男、百夏が声をかける。誰よりも愚直で優しい彼は、この状況下で迷わず駆けつけた。
「いえ、要りません」
常人はともかく、彼らは魔法使い。よほどの距離でない限り、強化された身体は馬など必要としない。
「良し、じゃあ行こうか紅葉ちゃん!」
チカチカと黄色がチラつく。それは軽薄そうに笑う男、春月せいだ。彼は印象通り女に目がないので、いつもは適当に流すのだが、今はありがたく厚意を受け取ることにした。
「......はい、ご迷惑をお掛けしました」
「なぁに! 俺と紅葉ちゃんの仲じゃないか! 無愛想な兄貴は知らないけど、可愛い子の為なら俺、頑張っちゃう!」
嘘だ。彼はなんやかんや言って、秋仙が危機に陥ったら一早く駆けつけるだろう。必要ならば命すら投げ捨てる。
放っていたら死にそうな4人。だからこそ守らねばならない。勝たなければならない。そして、それが可能なのは1番力を持っているはずの――
「......私がこの手で」
例え多くの命を奪うことになろうと、罪悪感に苛まれようと、彼らの為に刀を振るい続けるのだ。
◆
「えー、何それ」
指令書を両手に、眉をひそめる少年。間際の間際で出された指令に不満を隠さず、彼はゼデクを見ると躊躇いなく言い放つ。
「バカですか?」
「バカだな。でも命令は絶対だ」
「いやいやいや。そーじゃなくて......」
少年は指令書を器用に投げる。それは紙であるにも拘らず、真っ直ぐゼデクの元に届いた。どのような手順を踏むか記された指令書。そして、誰を殺し、誰を生かすかが詳しく記された指令書。
「先輩や王族様は、拒否権があるって話っすよ」
その言葉に頷いた。これはあくまでもエスペルト個人が独断で出した指令書である。レティシアは彼の直属でもないし、今自分たちの主力はゼデクの師である、ペルセラル・ストレングスの部隊だ。彼らに大きな優劣は存在しない。
「じゃあ無視して、全員殺しましょう。降伏しない限り、一切の手加減無用。皆殺しがウチの流儀です」
「俺はエスペルト側の人間だ。基本的にアイツに付くし、指示には背かない。お前たちが俺に従う以上、トコトン付いてきてもらうぞ」
黙り込む少年。彼は考える動作を少しだけ見せると、すぐに口を開いた。
「団長の命令があるから、一応貴方に従ってる。相応しいと思ってる間は命令だって聞く」
「うん」
「でも俺たちは常に値踏みしてますよ。いつだって基準は団長だ」
「で、気に入らないから今背くって?」
「いや、それはない」
すると、別の声が混じった。傷だらけの鉄仮面を被った男が、こちらを覗いていた。図体がデカい上に、面の奥に隠れた心情を読み取れない。彼の独特な雰囲気に気圧されそうになるのを堪えつつも、ゼデクは言葉に耳を傾ける。
「その区分けには意味があるのだろう。あの道化は昔から胡散臭いが、無意味なことはしない」
「じゃあ、とりあえずは従ってくれるってことだな?」
「とりあえずは、な。だが俺たちは所詮、戦場でしか意義を見出せない存在だ。......いつまでも維持できるとは思わない方が良い」
それだけ言い残すと、彼は陣の先頭へと走っていく。一見、理性があるように窺えるが、言葉通り、根底は他の人と同じなのだろう。
「お前も早く持ち場に付け」
「......」
「まだなんか――」
踵を返し、後ろへと下がる少年。ゼデクはそれ以上、見送らない。敵は肉眼でも捉えられる距離まで迫っていた。3000〜5000? 全員が魔法使い。数は圧倒的に向こうが多いだろう。
それに対して、ペルセラルの部隊は300である。流石に戦闘狂の彼らでも、10倍近くの相手を押し返すのは難しい。だから、グラジオラスは自らが育てた一般兵を2000ほどゼデクたちに付けた。
一般兵。魔法も使えないただの兵士。このままぶつかれば、蹂躙されるしかない。しかし、それはある一手で必殺の部隊へと変貌する。
ゼデクは静かに後ろを向いた。もう、少年は視界にいない。ずっと奥を見つめる。そこには壇上に立つ、1人の少女がいた――
◆
「あぁ......遂にこの時が来てしまった」
少女は、どうしても呟かずにはいられなかった。気付けば口の中から出ていた言葉。すぐ側に控える従者にして幼馴染の友人、ウェンディ・フェーブルに聞こえていないかヒヤヒヤしたが、どうやら大丈夫らしい。
少女は――レティシア・ウィンドベルは剣を抜く。王族の威光を示すため、やけに装飾が施された剣。それが光を浴び、輝く。でもそれは今のうちだけだ。すぐに真っ赤に染まるのだから。
これをやってしまえば、後には引き返せない。敵味方問わず、数多の流血を見ることになるだろう。これから、少女は人を殺す。“鍵”として、兵器としての権能は、戦場を駆ける敵味方問わず、死へと加速させる。
初めてではなかった。幼い頃から兄に戦場へと連れられ、何人も斬った。何回も力を振るった。だから、初めてじゃない。例え、これから過去最大の殺戮を起こそうと、殺すことは初めてじゃない。
必要なことだ。世界は少女に要求した。真っ当な恋愛を遂げたくば、そびえ立つ壁と戦え。この望みを遂げたくば、阻む者を殺せ。少女は決意した。ならば戦おう。望みを叶えるために流血が必要ならば、ありとあらゆる覚悟の上、己がエゴを人々に押し付ける、と。
それは、他ならぬ自らの為。
「......準備ができました」
ウェンディの震えた声で、意識が表に戻る。彼女はやはり、緊張していた。無理もなかった。レティシアだってそうだ。こんな大きな戦場、さらには主戦力として臨むなど、初めてのことなのだから。
彼女はそれで良い。代わりに自分がしっかりしなければいけない。そう思いながら、レティシアは剣を掲げる。
「聞いたわ、私がいない間にみんなでケーキ食べたって」
心の奥底で、己が力に手を伸ばす。それは、己が望みでもあった。
「え?」
レティシアは、戸惑う彼女に優しく微笑む。
「私も好きなの、ケーキ。そうね、苺のケーキとか堪らなく好き」
それだけ言って、天上へと視線を上げる。今度は自分も、みんなとケーキが食べたい。その普遍すら、屍の上でしか成立しないのならば――
「......“光の鍵”よ。我らが勇士に力を授けなさい」
この手で、全ての障壁を打ち破ってみせよう。




