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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第78話 少年と布陣

「よもや、よもやだ、秋仙よ」

「......」


 熱を感じる。千日紅国の本営、即ち屋内だというのに、ひりひりと陽射しが広がっているような暑さが漂っていた。


「せっかく機会を与えた直後だと言うのに、その機会は愚か、今の地位すら取り消さねばならぬのかな?」

「......いえ、次こそは必ずや」


 熱源とも言うべき男。千日紅国の頂点に位置する“双天”が一角、晴天の暁。どこか、眩い光に照らされた彼は、不満気に秋仙を見下ろした。戦の直前に“鍵”の調子を狂わせ、あまつさえ敵を取り逃がしたと聞く。


「それで? これから攻めるわけだが、兵器としての機能は果たせるのかね?」

「......それは問題なく」


 兵器という発言に反応する秋仙。それを暁は見逃さなかった。


「不服そうだな」

「いえ、自身の不甲斐なさに怒りを隠せず......申し訳ございません」

「ははは、言い訳にしては苦し紛れだ」


 これから攻める。つまるところ、今日から攻める。しかし、1つだけ不安な部分があった。


「1つ、よろしいでしょうか?」

「赦す」

「陣取りは済ませど、具体的な策を伺っておりません。我ら四季将に任せる、と受け取っても良いのでしょうか?」

「正面から全力でぶつかれ。後のことは考える必要はない」


 目を見開く秋仙。それはまるで――


「捨て駒になれと?」

「否。それで勝てる。ただひたらすらに勝利を信じてぶつかれ、勝つまで手を止めるな。それが千日紅国の威を示すことに繋がる」


 立ち上がる暁。彼は演説をするように両腕を広げると、歩き出した。


「疑うでない。諸君らには天がついている。これは天啓だ」


 暁の左右に控えている従者の顔はブレない。全くの無表情。まるで、それが当たり前のことかのように、驚くことなく立っている。


 秋仙はそれを内心で忌々しく睨んだ。酔っている。“天”という絶対的な存在に信仰している。恐ろしかった。自分が幼かった頃は、一部の人間のみだったが、気付けばどんどん増えてきたのだ。


 だからこそ、言わねばならない。未だ、正常な思考を保てているはずの自分が、同じく真っ当な部下たちを救うためにも。


「し、しかし。罠がないとも――」


 諫言が最後まで響くことはなかった。あれだけ明るかった部屋が微かに暗くなるのを感じる。音も聞こえた。外で地面を叩いているであろう、水の音と、遠くで鳴る雷の音。


 部屋の奥から1人の男が歩み寄る。初めて、彼の従者が狼狽を見せた。まるで“天”の怒りを恐れるかのような狼狽だ。


 外の忙しい音響とは対照的に静かに歩み寄る男。“双天”が一角、“荒天の霞”。盲目な彼は瞼を開くことなく、秋仙の隣まで近付いた。


「......汝も、我らの勝利を妨げる者か?」

「......」


 息を呑む。身体はおろか、口を開くことすら叶わない。思えば、彼の声を聞いたのが初めてだった。穏やかな声。しかし、その穏やかさの奥底で確かな狂気が渦巻いている。


「答えぬか。静謐は肯定と見なす他あるまい」


 彼の法衣が、手に持つ数珠が、髪が、僅かに風と共に浮かぶ。殺気を向けられていた。何とか弁解しなければ、殺される。なのに口が一向に開かない。


「良いではないか。矛を収められよ。彼は勝利のために必要な者だ」

「......」


 暁が制止した。それで殺気を収める霞。


「丁度良いところに来てくれた。貴方には是非、鉄壁の突破をお願いしたい」

「鉄壁?」

「あぁ、文字通りの鉄壁。キングプロテア王国の連中が一夜にして築いたと聞く」


 キングプロテア王国の陣。およそ、人が乗り越えられないような鉄の外壁が広範囲に渡って行く手を塞いでいるらしい。


「是非ともその壁を取っ払ってくれ」

「容易い」


 振り返ることなく答える霞。彼は、瞼越しに強い視線を秋仙に向けると、


「我ら向かう先に敵無し。故に信じて進め。勝つまで歩みを止めるな。塞がる者を全て殺せ。殺して殺して殺して殺す。全ては勝利の為に」


 取り憑かれたように、呪言を残すと部屋から出て行った。生き残れた安堵と、拭えぬ不安に苛まれ、思わずその場に座り込もうとする秋仙。彼は何とか膝に力を入れて、それを堪えた。いつかは同じ強さ、高みに追いつくためにも、せめてそれだけは譲れない。


「君たちには壁の前に陣取る兵を任せたい。なに、すぐに壁は壊れる。後は共に蹂躙してくれ。出来るね?」


 気持ち悪いほど、優しく声をかける暁。それに対して、再び心酔しきった視線を送る従者を見て、改めて確信した。こいつらは狂っている。いつからこの国は変貌した? わからない。エスペルトが国を抜けたことと関係があるのだろうか? ただ、はっきりしていることは......


 この国は、勝利に取り憑かれている――


 ◆


 皆より先に出発したはずなのに。本陣にたどり着いたゼデクが真っ先に胸中に浮かべた感想である。準備万端と言わんばかりに布陣されている様子を見て、少しだけ気後れした。


「......これじゃあまるで、俺が遅刻したみたいになってるじゃないか」


 後ろめたい気分もそこそこに、前を向く。何も気後ればかりではない。眼を見張るものもあった。すぐ前にそびえ立つ鉄のようなもので構成された壁。前からあったものなのか、これからの戦に備えて造られたものなのか。彼は前者だと思った。こんな立派な壁はそう簡単に造れるものじゃない。


「なんだよ、そんなに見上げて。急いだから力作じゃないぞ」


 声をかけられる。彼が振り返った先に、見知った男がいた。ウェンディの父、アイゼン・フェーブル。エスペルトと同じく七栄道の一角にして、キングプロテアの“守護神”と称される人物だ。


「アンタがあれを造ったのか?」

「おう。坊主が見るのは初めてか?」

「あぁ。......凄いな」


 月並みな言葉だが、それしか浮かばない。1人が成せる業ではないからだ。魔法なのか? どうやって造ったのか? ツッコミたい箇所が多過ぎで、その一言に全てを注ぎ込んだ。


「コレでそんなに褒めてくれるのか〜! 嬉し〜ね〜」


 ウリウリと、拳をゼデクの頰にめり込ませるアイゼン。


「そんな見張るんだったら、一夜漬けじゃなくて、もっと日数かけるべきだったな! 3日とか」

「......は?」


 1人で一夜。1人で? 一夜? ゼデクの思考が停止する。守護神の異名は伊達じゃない。


「んで、どうしてこんなとこいんだ? お前は嬢ちゃんのところだろ」

「壁の前に俺の部隊いるんだから、ここ通らないとダメなんだよ。......っと忘れてた」


 ゼデクは封筒を取り出すと、アイゼンに手渡した。


「エスペルトから預かった」

「お、ありがとよ。......中身は大体予想できるけどな」


 なんて言いながら、敵の布陣図であろう紙を眺めるアイゼン。そう、エスペルトの潜入には少なくともこういった意味があった。彼の魔法、“天眼”で捉えた、敵の布陣。世界中のどの偵察兵よりも優秀なそれは、大きな戦争であればあるほど、絶大な効果を発揮する。


「ところでよ、壁の前は嬢ちゃんや坊主たちが指揮するって聞いたけど」

「そうだな」

「指揮できんの?」


 彼は流し見しつつ話しかけてくる。ある種、当然と言えば当然の疑問だろう。


「そこは、ほら。俺も彼女もアイツらの下にいたからさ。一応、何でも一通りは叩き込まれているんだよ」

「弱いのに?」

「......多分、出来るはずだ」

「ふはっ、悪りぃ悪りぃ! 冗談だって! そんな顔すんなよ!」


 必要なことはエスペルトに教えてもらった。ある程度、経験も積んだ。足りないとすれば、化け物じみた強さと、土壇場で生死を分かつ本物の経験値。痛いところを突かれたゼデクに、彼はそう慰めの言葉を加える。


「大丈夫。お前は強いよ」

「世辞は要らない」

「だから、ふてくれるなって!」


 バシバシと肩を叩くアイゼン。いつまでも会話しているわけにはいかない。もうすぐ、否、今戦が始まったって可笑しくない状況なのだ。それは彼も理解しているらしく、壁の方を指差した。


「ほれ、もうすぐ始まっから。行ってこい」

「わかったよ......それと」

「うん?」

「アンタの娘。貰うことはできないが、末永く世話になることは間違いないから......どうか、心置きなく戦ってくれ」


 一瞬何を言ってるのかわからない、と首を傾げる彼だが、すぐに理解したのか目を大きく開いた。


「......気付いてるのか?」

「さあな」


 呆然とする彼を無視するように背を向け、壁の方へと向かうゼデク。そんな彼を、アイゼンは呼び止めた。


「あぁ! これだけは言っといてやる!」

「うん?」

お前の師匠(あいつ)は、自分の団員を半端な奴に任せたりしないぞ!」


 達者でな、と大声でやり返す彼に、ゼデクはただただ目を丸めるのであった。


 ◆


「今までどこ行ってたんスか、先輩」


 ゼデクが自陣にたどり着いた瞬間に掛けられた言葉である。言葉の主、自分より年下の少年にゼデクは一瞥だけする。


「紅葉狩り」

「はぁ? なんで?」

「やってると相手の布陣図が浮かんでくるんだよ」


 きっと、どこかにレティシアたちがいるので、急いでそちらを探す。やはり、自らの師。ペルセラル・ストレングスが率いてた部隊なだけあって、どこを見ても強面しかいない。


「はぐらかして、またぁ」

「......半分は事実だから」


 まだ話しかけてくるので、もう一度だけ視線を向ける。気怠そうに自身を見る少年。彼もまた、その師団員なのだから、年下と侮ることはできない。


「ま、どうでもいいですけど。早く行かないと間に合わなくなりますよ」

「そうだな」


 すると、視線の奥に強面じゃない一団を見つける。これまた側から見ると、ただの少年少女たちがいた。レティシアとエドムたちだ。彼らからしたら、唐突な再会になるだろう。いくらか昔話に花を咲かせたかもしれないが、状況が状況なので、今はそんな暇もない。忙しなく動き回る彼らに近付く。


「すまない、遅くなった」

「あ! ホントよ、どこ行ってたの!」

「......うーん、紅葉狩り?」

「えー......」


 1から説明すると長くなりそうだったので、とりあえず言葉を選んだが、余計に混迷しそうになる。この話題は危険だ。すぐに切り替えるべく、ゼデクはエスペルトから預かった布陣図を差し出した。


「それは置いといて、これ」

「布陣図? さっきエスペルトから便箋で届いたわよ?」

「......」


 ならば何故、自分に持たせた。と、だんまりするゼデク。尤も、今更敵陣を見物しながら陣を決めていては遅いので、当たり前の話ではあるが。それに、念を重ねての二重構造かもしれないし、内容が違うかもしれない。彼はそう考えることにした。


「念のため確認してくれ。指令内容が違うかもしれない」

「それもそうね。わかった」


 2人並んで指令内容を見る。レティシアは難しいをしていたので、やはり指令部分に関しては新しいことがわかった。大凡だが、戦の段取りを立て始める2人。


「えーと、この状況は何? 君は遅れてきて惚気てるの?」


 さらに別方向から声をかけられる。そちらを向くと、エドムがいた。


「まあな。良いデートスポット見つけたんだよ」

「うわ、こんな時に嫌な奴」


 わざとらしく、一歩退いて両手を挙げるエドム。こんなくだらない会話ばかりしているが、誰の目も笑っていなかった。頑張って緊張を解そうと試みた、くだらない会話。でも、心のどこかで常に繰り返していた。自分ならできるはずだ。無茶な要求をエスペルトたちはしない。自分たちを信じろ、と必死に必死に何度も何度も。


 今回自分たちが課せられた役割はあまりにも大きい。根底に沈む不安はずっと続く。


 予感するのだ。今にも戦闘は始まる、そんな予感が――


「先輩、報告っスよ。敵が動いた」


 自分たちとは対照的に落ち着いた師団員は、試練の幕開けを告げた。

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