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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第76話 少年と紅葉 2

 羨ましかった。とても焦がれていた。


『かつて、“双天”の御二方より前に、天に至った人がいるらしい』


 そして憎かった。とても恨んでいた。


『しかし、その人は国を裏切り、天の地位を捨てたらしい』


 自分が人生の殆どを懸けて目指した高み。今も目指している高み。それらを手中に収める権利を放棄し、あまつさえ裏切った愚か者がいるという。そして、ある日。彼は天に言い渡された。


『この腕輪......“鍵”をある範疇でコントロールするための腕輪は相応の人物が持つべきである』


 妹は“鍵”という運命を背負わされた。故に秋仙に刀を振る以外、選択肢はなかった。


『それは即ち、天に至りし者であり、今の貴様では遠く及ばない』


 強くなった。絶えず努力した。しかし、それでは足りない。全く足りない。


『例え実兄であろうとな、秋仙』


 1人の少年が天に至るには、あまりにも絶望的だった。それでも彼は諦めなかった。だから今、天に至らずとも、千日紅国の“四季将"としての地位を築いている。腕輪を手に入れるまで、あと少しという所まで来ている。


『裏切り者の首を取れ。さすれば貴様を認め、コレはくれてやろう』


 そして念願の人物が目の前に現れる。上からの命令もあったが、それ以上に私情もあった。天に至りながら、その重圧に耐えきれずに逃げ出した軟弱者。そんな軟弱者でさえ、天まで上り詰めたというのに、自分は届かない。


 そんなはずはない。自分が奴より脆弱で低俗なわけがない。皆は言った。この男は重圧に耐えられず逃げ出したと。臆病で軟弱者だと。なのに、心の何処かで疑念が生まれつつある。


 この道化は......この道化の瞳の奥には、千日紅国を傾倒させない危険性が潜んでいるのだと――



 ◆


「余所見をせんでください。先輩」

「え? 別に余所見なんてしてませんよ。ほら、ちゃーんと前向いてるでしょ? 見てますよ〜貴方のこと〜」


 へらへら笑いながら自身の両目を指差すエスペルト。それに秋仙は怒りを覚える。やはり彼は見ていなかった。物理的に前を向けど、その瞳は自分よりも遥か先を捉えている。


「天から逃げた軟弱者のくせに」

「ははは、なら早く殺してはどうです? 軟弱者はここに居ますよ? なんなら踊って――」


 エスペルトが言葉を止める。やっと本当の意味で、彼の瞳が秋仙を見た。いや、無理矢理目を向けさせた。彼の目前まで迫った秋仙は刀に水流を走らせ、襲いかかる。


「......その歳でお見事」


 微笑んだエスペルトは、同じく刀を振るった。フワッと羽のように魔力が舞い上がると、秋仙の攻撃を弾く。いや、浮き上がらせる。胴がガラ空きになる秋仙。すると一転、今度は容赦なき、鋭い追撃が放たれた。


「......くっ!」


 もうこうなっている時点で、軟弱者でも何でもなかった。動けない彼の身体を水流がカバーする。エスペルトの放った一撃は激しい流れに阻まれ届かない。さっきからずっとこの調子だ。両者、どちらも防御に長けている。互いが互いの攻撃を捌き続ける一方で、進展が見受けられない。


「随分と必死ですね」

「当たり前じゃ。アンタの首を取れば、目的の1つが叶う。裏切り、キングプロテアの王族に媚び売る恥晒しの首をな」


 それにエスペルトが反応した。より嬉々と笑う。


「王族に媚を売る恥晒し、ですか」

「そうじゃ、グラジオラス・ウィンドベルの指揮下に......走狗になりさがった恥晒し、と皆は評価する」

「貴方は違うと?」

「その実力を持ちながら......なぜ国を捨てた? それほどの力を――」


 エスペルトは腰にしまっていた短刀を手に取る。


「他の四季将さんもそんな感じですか?」


 正面から投げた。難なく撃ち落とされる。


「何?」

「あと何人? どこまで? この国に貴方のような人は残っていますか? 是非とも今後の参考にしたい」

「......?」

「あぁ、わからない、という顔をしていますね」


 エスペルトは思案するように、顎に手を当てた。うーん、と首を捻ること3秒。言葉を選ぶ。


「ほら、貴方がよく傷を舐め合うお友達とか仲間とか。貴方みたいな軟弱者は何人居ますか?」

「......軟弱者?」

「え? だってそうでしょう? 上の者に抑圧され、媚を売り続け――」

「アンタがそれを言うかッ!」


 激流が渦巻く。魔力が一気に膨張した。同時に、エスペルトは指を動かす。床に転がった筈の短刀が秋仙の首目掛けて飛んだ。彼は急いで払う。


「......!」


 次の瞬間、彼の前には拳が写っていた。激流の合間を掻い潜るように伸ばされる拳打。細かな水の動きを見極め、読み取ることができる者にしか、できない拳打。“天眼”を持つエスペルトにしかできないだろう。故に油断した秋仙の頰に、それが届く。


 拳を振り抜くエスペルト。秋仙は茶屋の奥へと飛ばされた。


 ◆


 真っ赤だった。真っ赤な刃で構成された絨毯が、カーテンが蠢く。紅葉を縦長く伸ばしたかのような刃がゼデクを襲う。


「......面倒なことになった」


 彼は軽がると払った。でもそれは、数ある内の1つでしかない。辺りを見回すゼデク。周囲一面真っ赤だ。もはや、紅葉なのか刃なのかの区別も付かない程に真っ赤。


「決めました。えぇ、決めましたとも。気が引けますが、私はここで貴方を斬ります」


 この現象を起こしているであろう少女が、刀を強く握る。彼女の“鍵”は、想像以上に面倒だった。なんせ、彼女1人に集中していられない。気を抜けば、どれかの刃にやられる。これでは、逃げながら戦うだとか、時間を稼ぐとか、そういう話ではなくなった。


「これでも......これでも、まだ私を斬らないと言いますか?」


 地面から刃が伸びる。飛んでかわす。今度は宙に舞っていた刃が襲ってくる。だから諦めた。魔法を使わないことを。周りに炎が移るだとか、隠密だとか言ってる場合じゃない。


「エスペルト、もう潮時だぞ」


 己が魔法に意識を傾ける。生きるために必要な力全てを引き出す。身体能力を向上させ、刀に炎を纏わせた。これまでよりもスムーズに、莫大な炎が、追随する。


 赤刃が飛んでくる。ゼデクは炎を走らせた。さらに刀を振るう。5度振ったところで、やっと視界が晴れた。


「なっ!?」

「生憎今の段階じゃあ、山小屋に住む修羅の方が怖かった」


 少なくとも死が隣り合わせにある感覚ではない。そもそも、“鍵”に匹敵する力は自分の中にもあるのだ。であれば、勝敗を決めるのは本人たちの力量。ゼデクよりも歳下の少女に負けるわけにはいかない。


 ゼデクは少女の方へと詰め寄る。今まで攻撃しようとしなかった人間が、急に転じる。彼女の驚く顔が見えた。


「来ますか!」


 少女が刃でゼデクを囲もうとした時、彼は刀から炎を発した。彼女に向けではなく、茶屋や、周囲の木に目掛けて。その先にはきっと、また遠く離れていないであろう、客や店主が居て――


「だ、ダメ!」


 彼女は急いで、刃を炎に割いた。燃え移らないよう、事前に塞ごうとする。しかし、それは大きな隙となり――


「......卑怯者」

「そうだな」


 喉元に刀を突きつけたゼデクが肩を竦める。


「何故、止めるのですか?」

「卑怯者だから。自覚はある」

「ふざけないでください」

「なんであれ、アンタを殺すも、連れ去るも、あんまり良くないらしいんだ」


 幸い炎は広がらなかった。散っていく刃。焦燥しきった彼女の顔を見て、更に言葉を吐く。


「......戦うのに向いてないよ」

「......?」

「本当の意味で大義や責任語るなら、周囲の人を捨てて俺を斬るべきだった。勝ちを取るべきだった」


 彼女の目が見開いた。瞳の奥が波を打つ。


「アンタが俺に殺されたら......結局、この後皆殺しにされていたかもしれない。この先、自分の責任を果たすなら、それは間違いなんだよ」

「......て」


 彼女は震え始める。


「盗賊を斬った時もそうだ。罪悪感塗れの顔で斬ってさ。斬った後も悲壮感に浸ってさ」

「......めて」


 何かに怯え始める。それは目の前の刀などではなく、もっと彼女の奥底に眠る何か。


「気持ちはわかる。でも、斬りたくないなら斬るな。心中で悔い続けるなら斬るな。少なくとも俺はそんな半端者に斬られたく――」

「やめてッ!」


 彼女の激昂に合わせて、魔力が膨れ上がった。再び周囲に刃が展開される。真紅の渦がゼデクたちを囲む。


「嫌......私は負けてない......勝つの......勝たなければダメなの......その為に皆んな斬って斬って斬って......勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ......」


 両手を頭に当て、ブツブツと呟く少女。これまでとは様子が違った。雰囲気も、魔力量も何もかも。


 同時に茶屋の方で音がした。エスペルトが何かを抱えて出てくる。すぐ後ろには秋仙が。


紅葉(くれは)! くそ、これ以上、悪化すると手遅れに――」

「ゼデク! もう一度道を開きなさい! 撤退しますよ」


 時間がない。ゼデクは急いで、炎を展開させる。今度は一点突破で良い、必要なだけの炎を刀に集中させた。


「私はァァァァァァァァァァ!」


 少女が絶叫しながら、刀を振り上げた。一瞬、空間や空気が揺らめいたように感じられる。ゼデクの脳が告げた。アレは受けるべきではない。尋常ならざる力が刀に込められている。


「エスペルト!」


 ゼデクはそれをエスペルトに丸投げする。道を自分が開く以上、後は彼に任せても良いはずだ。エスペルトがゼデクの側まで迫る。そこで少女の手が止まった。思わず、ゼデクも止まりそうになる。


 エスペルトの肩に抱えられていたのは人質だった。紅葉よりも更に幼い人質。本日2度目の人質を経験した少女が肩で泣いていて、彼は容赦なく盾として紅葉の前に出した。それで彼女は止まる。あれだけ精神が崩れかけていたのに、ちゃんと止まる。


「今です!」

「ほんっと、とことん下衆だな!」


 ゼデクが刀を振るい、爆炎を飛ばす。正面の赤刃がかき消され、道が開かれた。


「走りなさい!」


 人質を背後まで追ってきた秋仙に投げ、駆け抜けるエスペルト。ゼデクもすぐに走りだすべきだった。しかし、少しだけ立ち止まるゼデク。未練がましく、捨てるように、惨めに。それでも言うべきだと思った言葉を口にするため、立ち止まる。


「貴方なんかに......私の何が......何が」

「事情なんか知らないし、アンタのこともよく知らない。でも、今の状況で手を止めた。だから無責任を承知で言う。よく考えるべきだ。よく考えて、その刀を握るべきだと思う」


 それだけ言い残して走り出す。一番懸念していた秋仙はもう追ってこない。人質と、彼女の身を優先したようだ。


「......あぁ、くそ。最低だな、俺は」


 いつから自分は偉くなった? そう問いかけるゼデクの胸中に、ただただ胸糞悪いモヤだけが渦巻いていた。

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