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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第75話 少年と紅葉 1

「お初にお目にかかります、“朧”様......今はエスペルト、と呼ぶべきでしょうか? ワシの名は秋仙。千日紅国にて、将を務めております」


 ゼデクの心臓が早鐘を打つ。バレたのだ。それもかなり大物と見える。“鍵”の護衛なのだから、それ相応の強者であろう。


「はて、人違いでは? 朧とは国外に逃亡した人間。そして、エスペルトとはキングプロテア王国の宰相ではありませんか。どうしてこの場――」

「御託は良い。貴方は知らずとも、ワシはずっと貴方のことを追って来たんです。今更、見間違いなどしませんよ」


 どうであれ、目の前の少女に気を取られたことで背後を取られた。今の体勢では圧倒的に不利である。


「......まさか、私はそんなにも人気者だとは......不覚にも背後を取られてしまいました。これはもう降参するしかないですね」


 額に手のひらを押し付け、首を振るエスペルト。誰もが奇行に呆れた。この状態でも余裕を見せるのは強がりか、はたまた――


 次の瞬間、


「隙ありっ!」


 手に持っていた湯飲みを背後に放り投げた。余りにも甘い攻撃。秋仙は手に持った刀を素早く振り抜き、湯飲みを斬り捨てる。そのまま攻撃に転じようと試みたが、それは叶わなかった。


「......!」


 エスペルトは抜刀せず、最速で鞘ごと背後に突き上げた。不意に迫る鞘をギリギリで防ぐ秋仙。しかし、勢いは止まらず身体が上に持ち上がる。更に生じる隙。エスペルトは立ち上がると、蹴りを立て続けに撃ち込み、秋仙を壁の方へと追いやった。


「今です、ゼデク!」


 逃亡の合図が出た。出口に向かって走り出す2人。窓からではなく、正面の出口へ。それが意味することは1つ。


「......嘘だろ、本当に攫うのか」


 足元に血溜まりができた少女を見て、ゼデクはうんざりする。彼女の顔を見る。横たわる盗賊を眺めながら、何か言っていた。何度も何度も同じように口を動かす。おそらく、同じワードを繰り返しているのだろう。


 ゼデクに気付く。それは、酷く悲壮感に浸っていた表情が、決意に満ちたものに変わる瞬間だった。それで更にうんざりする。エスペルト以外、誰も笑っていない。笑えない。


「......誘拐しなくても良いです」

「え?」

「でも、誘拐すると戦が楽になりますね」

「......」

「ところが誘拐すると、全体的に不幸になります」

「あ?」


 意味のわからない問答。いったい彼は何を望んでいるというのか。


「逃がさん!」


 背後で声がした。持ち直した秋仙が、迫っているのだろう。エスペルトが反転したことで、出口に向かうのはゼデク1人になった。


「......くそ」


 少女が刀を構えた。ゼデクは抜刀する。そして、振りかかるように見せかけ椅子を投げた。1つだと牽制すら成立しないので、2つ3つと、どんどん投げる。でも足は止めない。何とか道に飛び出すことを優先した。


「まったく、主従揃って似たような戦法を取りますね」


 店から出たところで、彼女が話しかけた。ゼデクは足を止めて振り返る。肝心のエスペルトはまだ出てこない。店内で剣戟の音が聞こえるあたり、戦っているのだろう。


「手を止めたついでに、聞いてもよろしいですか?」

「うん?」

「何故、貴方は先程......人質を救おうとしたのですか?」


 少女はそう問いかける。


「......あのまま逃げられたら目覚め悪いだろ? だから、お前も殺した。違うか?」

「ですが、貴方は余所から潜入した身。決して目立つべきではなかった」


 言葉に妙な怒気が孕んでいた。言いたいことは理解している。その通りだろう。違いあれど、潜入の目的には一定の責任がある。であれば、私情は捨て責任に執着するべきだ。ゼデクは頭でわかっていた。


「だから、ちゃんと思いとどまった」

「私が斬らなければ、貴方はどうしていました?」

「さぁな。なんだよ、そんなに盗賊斬るのが嫌だったのか?」


 それに少女が眉をひそめる。


「なんだか貴方を見ていると苛立ちが募ります――」


 今度こそ斬りかかってきた。それも命を狙う勢いで。彼女を誘拐するのなら、出来るだけ動きを止めるべきだ。気絶させるか、説得するか。後者は叶わなかった。加えて、実力次第では四肢を斬る必要があるかもしれない。余裕のない相手に五体無事で生け捕りなど、極めて難しい話なのだから。


「......くっ」


 振り下ろされた刀を受け止める。重かった。注意すべき点は、彼女が“鍵”であるということ。その力は計り知れない。レゾンの例を見る限り、破格の能力を備えているだろう。


 そのまま受け止め続けること数合、鍔迫り合いになった。


「......何故」

「......?」

「何故手を抜くのです! 何故反撃をしない! 今、貴方と対峙しているのは、他ならぬ敵でしょう!」

「どうやって生け捕りにするか......そもそも生け捕りにするべきかどうか考えてたんだよ」


 すると、ミシッと音が立つ。同時にゼデクの手に大きな負荷がかかった。


「それで、どうするか決まりましたか?」

「このままアイツを待つことにした」


 多分、それが正解だった。エスペルトはこの戦いを、或いは彼女を視ている。先の会話からするに、今のやり取りを続けることが正解なのだ。全体的に不幸が訪れない為の糸口がある。


「何ですか、それ。そんな自分勝手なことで責任を果たせるとでも? キングプロテアの者として、大人しく刀を振るいなさい」

「お前に在り方を決められる義理なんてない。俺は俺の為に刀を振るう」


 少女の肩がピクリと震える。手に入る力が更に増した。目に見えてわかる。怒っているのだ。怒り、冷静さが欠け始めている。やはり気丈に振る舞っていても、幼かった。


 彼女が責任に囚われていることはわかっていた。なんせ、“鍵”なのだから。それでも答え続ける。心理的に揺さぶった彼女の様子をエスペルトに覗かせる。


「なんて自分勝手な......! このまま私に殺されたら、貴方は任務を果たせないのですよ? それともここで死ぬことが――」

「責任責任うるせーよ。お前は刀を振るう理由を責任に求めているのか? 自分で決めずに誰かに依存しているのか? だったらそっちの方がよっぽど――」


 瞬間、嫌な予感がした。それは目の前、足元、真横、背後と徐々に広がり......


「この苛立ちが何なのか、わかりました」


 ゼデクは周りを伺う。そして、目を見開いた。光景が変わっている。どうやら挑発し過ぎたらしい。


「貴方はとても、自由でお気楽な身なのですね」


 地面から、空から。辺り一面を覆わんとする、無数の赤刃がゼデクを囲んでいた――

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