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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第74話 宰相と出陣 2

 濃い緑の水が揺れる。ゼデクは凝視した。エスペルトに習い、自ら普段から淹れているソレとは明らかに違う。


「......」


 ゴクリと喉を鳴らす。味も別格だった。やはり、その道を行くものに理があるというものなのか。


「......美味いな」

「今のうちに、しかと目に焼き付けなさい。味わいなさい。そして、モノにするのです」


 エスペルトも瞳を閉じ、茶を口に運ぶ。2人は今、茶屋の隅の隅、末席にて本家の茶を嗜んでいた。2人とも服装だけは普段から千日紅国の物なので、容姿は溶け込んでいる。


「......ダメだ。本来の目的を見失う」

「まぁ、貴方を連れてきた目的の1つはコレなんですけどね」

「で、後は懐に入ってる紙で全部か?」


 エスペルトは悪魔も真っ青になる、下衆な笑みを浮かべた。


「もう1つあります」

「......?」

「喜劇を見て終わりですよ」


 すると、入口が騒がしくなった。悲鳴が上がる。


「......なんだ、あれは?」

「あらかた盗賊でしょう。さぁ、笠を深くかぶり直しなさい」


 なぜ、注目が散漫されるこのタイミングで笠を深くするのかはわからないが、ゼデクはその通りにした。


「きゃああ!」


 盗賊っぽいなりが1、2、3。少数だ。それに酷くボロボロ。どこか貧した彼らは手前にいた少女を3人がかりで人質にすると、店主に食料を強請り始めた。


「ふふふ、最高の展開ですね。少女ですよ、少女」

「趣味悪いな、アンタ」


 刀に手を伸ばしたところで、迷いが生じるゼデク。なんせ、今自分たちは潜入している身だ。目立つ行動は避けたい。


 食料を奪う盗賊。あとは少女を解放して逃げ出すことこそ最高の展開だった。しかし、その希望は早くも打ち砕かれる。


「......追手が来ても良いようにコイツも連れてくか」


 1人がそんな言葉を吐く。待っていたのは最悪の展開。選択を迫られる。時間がない。ゼデクは刀を握った――


「えー、それは無いでしょう? 今の状況、理解してますか? 私たちの状況。少女1人で穏便に済むんですよ、放りなさい」


 エスペルトが笑みを絶やさず囁く。知ってはいたが、彼はこういう人間だった。ゼデクが苦悩する様を、あるいは状況そのものを楽しんでいる。ゼデクを値踏みするかのように楽しむ。


「正気か?」

「前もそうでしたが、それを偽善と呼ぶのです。あ、それとも可愛い女の子だから助けようと思いましたか? キャー、カッコいー! って褒められたかったです?」


 偽善という言葉が胸につっかえる。ある種、正論であった。そして、捕まったのが少女であることに、エスペルトが喜んでいた理由もわかった。対象が少女であれば、ゼデクの行為に偽善性が増す。


 ゼデクは首を横に振った。盗賊に捕まっている人間がオッサンや年寄りでも、自分は刀を握っただろう。何となく後味が悪いのだ。助けられるのに、助けないというのは。例え、切りがない偽善だと知っていても。


「ですがもう少し待ちなさい。静かにジッと見るのです」


 まるで他の狙いがあると言わんばかりの言動。ゼデクは歯ぎしりしながらも、光景を見つめた。すると、盗賊たちの近くで座っていた別の少女と目が合う。真っ赤な紅葉を想起させる少女。彼女はこちらを見て、


 大、丈、夫


 と、口を動かした。直後、彼女は立ち上がる。


「やめなさい」

「なんだ、テメ......嘘だろ?」


 盗賊が口をあんぐりと開ける。先ほど、自分たちが命懸けで逃げていた相手がいたからだ。


「か、“鍵”がなんでいるんだよ!? なんで、ここがわかった!?」

「......それは偶然です。しかし、助かりました。お陰で探す手間が省けた」

「て、テメェわかってんだろうな? 今こっちには人質が――」


 言葉が止まる。首を失った胴体がバランスを失い倒れた。華奢な少女に斬られたのだ。


「ひ、ひぃぃ!」

「......お覚悟を、御免」


 鋭く横一文字に一閃。背中を向けた残り2人も真っ二つに分かれた。静まる場。解放され、泣き出す人質。仕方なかったとはいえ、誰もが異質な存在、“鍵”を恐れる目で少女を見た。


「店主は?」

「は、はい、ここに」

「じきに近くが戦場となります。しばらくは店を閉めるように」

「は、はい!」


 逃げるようにゾロゾロと出て行く客。店の奥へと姿を消す店主。残るのは、ただただ哀愁を漂わせる少女1人。


「“鍵”、だと?」


 ゼデクは身構えた。だが、エスペルトは笑い続ける。


「さぁ、そろそろ戻りますかね。ついでに彼女も攫っていくとしましょう」

「それは、ちと無理がありませんか?」


 背後で声がする。2人は振り返った。少女と同じく、紅葉を想起させる少年が1人、エスペルトを見下ろしている。


「護衛は付き物ですよ、先輩」


 怒気を纏った少年は、静かに刀を抜いた。

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