第72話 少年と前夜 5
安心した。不覚にも安心してしまった。自らの嫌悪感に苛まれながらも、ウェンディ・フェーブルは手招きする。そして、腹を立てる。また、ゼデク・スタフォードに頼らなければいけないことに。
いつもそうだった。手紙を渡す時も、初陣の時も、ルピナスに乗り込んだ時も。いつだって彼は前向きだった。4人で彼をレティシアの元に送り出すと決めておいて、届かせると宣言しておいて、結局、彼1人に苦労させてしまう。彼は一人で周囲に弱いだ、脆いだと言われながらも、諦めずに前に進んでしまう。自分たちよりもずっとずっと前に。
そんな彼だからこそ、現れてくれた時に安堵を覚えた。で、また頼ってることに苛立った。しかし、頼らざるを得なかったのだ。今、このタイミングで誰かがいなければ、きっとウェンディ・フェーブルは耐えきれなかったから――
◆
「おっさん! もう一杯!」
「あいよ! ......アンタもオッサンだろ」
容器一杯に注がれた酒を飲み干し、机の上に振り下ろす。コーン、といった音と被せるように、ウェンディはため息を吐く。
「父上、酒はほどほどに――」
「んだよ、今日くらいパパって――」
「フンッ」
「っ! 足痛って!」
娘に足を踏まれる守護神。何故かゼデクは今、とある店でフェーブル親子と食卓を囲んでいた。もはや、守りきれなくなりつつある彼女の名誉から目を逸らしながらも、彼は話を促すことを決める。
「あー、で、なんで俺はここにいるんだ?」
「......何となくよ」
「何となく、ここにいて良いって?」
「そう」
「以前、あんなに固執して嫌がってたのに?」
「フンッ」
今度はゼデクの足に痛みが走る。浮かび上がる膝。危うくテーブルを揺らすところだった。
「......お前な」
「まぁ良いじゃねぇか、ゼデク・スタフォード。俺は坊主と一度、話してみたかったぜ。それもしっかりと」
「何も今日じゃなくとも......」
そこで言葉を止める。王都をブラついていた自分も自分だ。彼らの意図は一向に掴めないが、この国の守護神と言葉を交えるのも悪くない。
「ぶはははは! 酔ってきたぁぁ!」
本人が正気であれば、の話だが。ゼデクは半眼で彼を見つめた。こんな調子でしっかりとした話なぞできるのだろうか。
「でよ、坊主。いっちょ提案がある」
「......?」
「娘を嫁にする気はないか?」
「それは有り得ないな。断る」
「フンッ!」
ガガンっとテーブルが揺れた。男2人の両膝が浮上したことは言うまでもない。本日3度目にして最大の足踏みをした彼女は、酷く眉を寄せながら無言の圧力をかけていた。2人は何事もなかったかのように視線を戻す。
「......あ? なんでだ? こんな可愛気たっぷりな娘が気にくわないってか」
「いや、そうじゃなくてだな......俺にはもう決めた人というか、なんというか」
助け船をウェンディに求める。はたして、この飲兵衛に自分とレティシアの関係を話しても良いのか。決して彼女を貶しているわけではない。一般的な目線で見れば、彼女だってかなり美人だろう。眉を寄せても崩れない顔立ちが物語っている。ともあれ、だ。ゼデクは弁解しなければいけない。
「ぶはははは、冗談だって! 冗談!」
「......」
感情の起伏が激しいせいか、ゼデクは疲れを覚える。肝心のウェンディは口を開かない。
「でもよ! でもよ! こんな良い娘、中々にいないぜ? これからも付き合いが長くなりそうだし、みんなで仲良くしてやってくれ」
「あぁ、それなら問題なく。むしろ、こっちからもお願いする」
「堅苦しい返事だなぁ。そういうとこ、あれだ。エスペルト見習え!」
「......」
彼女は何も発さない。異様な空気に気圧されるゼデク。さらにウェンディの父、アイゼン・フェーブルはゼデクを凝視する。
「......ど、どうした?」
「うん、前よりもマシな目付きになってる。アイツと違って、ちゃんと足元も見ている。忘れんなよ?」
ワハハ、と肩を叩くと。彼は立ち上がり歩き出した。どうやら、御手洗いに向かったらしい。嵐が通り過ぎ去ったかのように、テーブルに静寂が訪れる。
「......ねぇ」
「うん?」
やっと彼女が話した。
「アンタって、その......両親いないんでしょ? エスペルト様じゃなくて、本当の両親」
「そんなこと誰から聞いたんだよ」
「レティシア様」
「あー」
よくそんな昔のことを覚えているものだ。ゼデクは半ば関心しつつも、隠しても仕方ないので認めることにする。
「そうだな。いないよ」
「それは生まれてから? しばらくして?」
「うーん、4・5歳くらい? 朧げな記憶はある」
懐かしむゼデクと、俯くウェンディ。彼女はしばらく躊躇った後、再び口を開く。
「その、すごく失礼だけど......」
「なんだ?」
「両親失った時、アンタはどうだった?」
「......どうって――」
「どんな感情を抱いた? ちゃんと立ち直れるには、どれくらいの歳月がかかった?」
突拍子も無い質問に、ゼデクは振り向く。彼女もこちらを見ていた。とても怯えた目で、悲しそうな目で。彼女はひたすら、ゼデクを返事を待っていた。
◆
彼らとの食事も終わり、別れたゼデクは、夜の王都を重い足取りで歩く。終ぞ、彼女の真相は掴めなかった。ただ、あの質問が何か関係しているのかもしれない。ゼデクはひたすらに歩く。戦前夜だというのに、まだ用件が残っているのだ。
「やぁ、久しいですね」
「先週会ったろ」
先ほど仕事から解放されたであろうエスペルトが、目の前に立っていた。
「1週間見なければ十分です。それはもう別人と捉えても良いほどに。また大きく成長しましたね。いよっ! 期待の副団長!」
「アンタが言うと嫌味にしか聞こえない」
「当然、嫌味ですから」
「......」
怒らない。反応しない。さらに突っかかると彼の思う壺だ。
「それで? アンタは嫌味言うために俺を呼び出したのか?」
「はい」
「......」
「嘘です」
「は?」
「やっぱり本当――」
「もういいよ」
すると、エスペルトは笑いながら荷物を一袋投げる。ゼデクは慌てて受け取った。彼の肩にはもう一袋。
「帯刀してますね?」
「一応、な」
「では行きましょう!」
「......どこに?」
気付けば足取りは屋敷ではない方向へと進んでいた。そして、彼は道化めいた笑みでこう続ける。
「一足先に出陣です。私と貴方だけでね?」
あまり、この場に姿を現わすのも憚れるのですが......
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