第71話 少年と前夜 4
視線を感じる。多分それは、殺意でも羨望でも怨恨でもない。好奇の視線。
「......王都ってこんなんだったか」
「何が?」
ゼデクは呟いた。それで終わるつもりだったが、エドムが拾う。
「いや、なんか見られてる感じが凄くて」
「で、それが気になる?」
「あぁ」
「僕、それなんて言うか知ってるよ」
「うん?」
「自意識過剰ってやつ」
「うっさい」
軽く小突いた。日数はあまり経っていないのに、久しぶりのように感じられるやり取り。やはり、彼らといると安心できる。
「ははは、知らない? 最近の君、そこそこ注目されてるんだ」
「......へ?」
素っ頓狂な声を出すゼデク。その反応を見て、エドムは楽しむように微笑んだ。
「なんでだ?」
「ルピナス王国戦での戦功者。プレゼンス・デザイアに並ぶ戦功者。次期“陽光の魔法師団”の副団長。色々噂立ってるけど」
“陽光の魔法師団”。ゼデクは一瞬、疑問を浮かべるも、すぐに結論に至った。自分が副団長なのだから、わかる。ついにレティシアの魔法師団に名前が付いたのだろう。七栄道ほどでないにせよ、エスペルトの腰巾着からちょっとだけ評価が変わったのは大きいことだ。でも、ゼデクは顔をしかめる。
「プレゼンス・デザイアに並ぶ戦功者だって? 俺が?」
「不満?」
「当たり前だ。肩を並べられる存在じゃないよ、俺は」
何が並ぶ戦功者だ。彼がいなかったら、今自分はこの場に立ってすらいない。表向きの評価にゼデクは苛立ちを覚える。1番の戦功者はプレゼンス・デザイアだ。
「例えそうだとしても、君は誇張しなければならない」
このチャンスだけは失うわけにはいかなかった。せっかく彼が命を懸けて作ってくれたチャンス。皆に認められ、駆け上がるためのチャンス。だから、今目指すべきは、一刻も早く彼と並べる存在になること。次の戦で――千日紅国との戦いで証明する。レティシアを補佐するに相応しい存在だと。プレゼンスが命を懸けてまで繋いだ価値のある人間だと。
「とりあえず君は、噂通りの人柄を演じなければいけない。僕、強いですよ〜って」
「まぁ、自意識過剰だからな」
「うわ、捻くれてる」
「そんな暗い話は置いて、ケーキを食べましょう!」
背後でオリヴィアが高らかに叫ぶ。相変わらず、ガゼルは半裸で骨つき肉を頬張っていた。
「......俺がいようがいまいが注目されるだろ、これ」
「ははは、違いない」
これから向かうのはケーキ屋でも菓子屋でもない。手紙の宛先だ。それ故か、だんだんと人気のない方へ向かっていく。ちなみにウェンディは用件があるらしく、先に離脱していた。
「ケーキは後でね。ウェンディの分も選ばないと。何にしよう?」
「私にお任せください! ベストオブベストを選ん――」
「お前が選ぶと、全部ショートケーキになるから却下」
すると、目的地にたどり着いた。官舎と呼ぶに呼べない建物が視界に入る。オンボロ過ぎて、幽霊屋敷のようだった。ウェンディがいなくて良かった。彼女はこの手のものは苦手だから、きっと威厳を損なうに違いない。
「......ほんとに人いるのここ? 人がいたっていうの、もう何年も前の話でしょ?」
「一応、中は覗いておく」
ゼデクは門に手をかけた。そして開けるべく、力を入れる。多少錆び付いていて、いつも以上に力を必要とした。鈍い音を立てて扉が開かれる。
「......行くぞ」
門を開けてわかった。僅かだが、人の気配がする。それはエドムたちも感じとったようで、それがわかる辺り、彼らも優秀だった。
建物の中はやけに整えられていた。やはり人がいる。気配の強い部屋をひたすらに目指す。その場所は直ぐ側だった。再び、扉を開ける。今度は人がいるとわかっている分、緊張した。
「なんすか。ここは立ち入り禁止ですよ」
真っ先に視界に入ったのは、生意気そうな顔をした少年だった。背丈からしても、容貌からしても、ゼデクたちより年下だということがわかる。でも、ゼデクたちは顔を強張らせた。
奥に強面の巨漢たちがゴロゴロいたからだ。顔に傷、身体に刺繍、室内なのに剥き出しの刃を手にする漢たち。中には怪しげな仮面を被る者までいた。気のせいか犯罪臭がする。
「俺はゼデク・スタフォード。手紙を預かったから、届けに来た」
「誰から?」
「見ればわかる」
手紙を渡すゼデク。少年は半ば奪うかのように受け取ると、げっ、という顔をした。
「......先輩。団長に会ったんすか?」
「誰が先輩だよ」
「そりゃ、目の前にいるアンタ。自分、目上の人にはそう呼ぶって決めてるんで。んなことより! これ、団長が差出人ですよね?」
騒ぐ少年。それに寄ってくる強面の巨漢たち。見て理解する。あぁ、如何にも自らの師が率いていそうな団体だと。
「それで? 俺も手紙の内容までは読んでないが、なんて書かれてるんだ?」
「......先輩がゼデク・スタフォード?」
「ゼデク・スタフォード」
「団長の弟子のゼデク・スタフォード?」
「俺の師がお前たちの団長かは知らないが、修羅で獅子みたいな男の弟子だ。ほら、今にも人殺しそうな男」
途端にみんなして、ゼデクを凝視する。強面集団に見つめられるので、思わず目をそらしそうになるが、なんとか堪えた。
「なんだよ、そんなに見て」
「......手紙読んでください」
今度はゼデクが受け取る。やけに達筆な字で、しかし雑な文面で、こう書かれていた。
膂力の魔法師団
今後、俺が戻るまで貴様らは全員、レティシア・ウィンドベルひいてはゼデク・スタフォードの元にて戦争に参加しろ。千日紅国はその先駆けだ。尚、従うに値しないと判断した場合、後ろから斬り捨てても良い。
以上
「まぁ、そういうことなんで。よろしくっす、先輩」
「......」
睨みを効かす強面たち、苦笑いする少年を見て、ゼデクはため息をこぼした。
◆
夜が来た。ただの夜ではない。そう、前夜というやつだ。例のごとく、ゼデク・スタフォードは王都を1人歩く。戦前の夜は高官が忙しなく街を掛けたり、遊んだりするため、昼ほど注目されることはなかった。
それにしても頭を悩ませる事態になった。自らの師、ペルセラル・ストレングス。彼が率いていた“膂力の魔法師団”が、そのまま自分とレティシアの元につく。一見嬉しい話だが、素直に喜べない。
「......従うに値しない場合、背後から斬り捨てても良し」
文面を読む。すぐに頭痛がした。頭を抱えたくなるものの、人前だから抑える。ただの人員ではないのだ。優秀。かなり優秀。でも、それ以上に制御できるか怪しい地雷でもあった。彼らは、あのペルセラル・ストレングスだからこそ従ってきたのであって、自分やレティシアに代わりが務まるのか。大きな問題だ。
そもそも出兵自体が急な話なのに、ほぼ見ず知らずの人員を抱えさせられるというのも危険だった。いや、動きや連携自体は問題ないのかもしれない。ペルセラル・ストレングスの性格からして、彼と戦場を駆け回った経験から、どんな無茶な動きにも彼らは適応するだろう。だから、後は自分たちが斬られないように師に近付くだけ。
「......それが大問題なんだよな」
とにかく急過ぎる。一般人ならまず、適応できない。もしかしたら、自分たちもできないかもしれない。でも、そんな自分たちに向かって放たれる言葉は想像できた。穴が空くほどの眼光とともにこう言われるだろう。
『そこで果てるのであれば、それまでの男よ』
苦笑いする。もう考えていても仕方ない。戦に必要なことはエスペルトから学んだ。場数もそれなりに踏んだ。さらに地獄の修行も乗り越えた。後は挑むしかない。いつまでも甘えていられない。これが自分の選んだ道なのだから。
ゼデクは歩く。すると、2人の男女が視界に入った。珍しい深紫色のツインテール。ゼデクが知る限りでは1人しかいない。ウェンディ・フェーブルだ。そして隣にいる男はやはり、その父。守護神・アイゼン・フェーブル。既視感ある光景だった。そういえば、ルピナス戦前夜も同じ光景を見た。
あまりの既視感に2人を見つめる。この間と同じように、アイゼンが気付いた。ニッと笑いながら、こちらを手招く。それで、きっとウェンディは嫌な顔をするだろう。露骨に拒絶する。詳しい事情は知らないが、彼女は父に強い思い入れがあった。2人の時間に水を差されることを嫌う。
彼女もこちらに気付いた。ゼデクは目を見開く。あろうことか、ウェンディは父と自分を交互に見つめると、一緒に手招きした。




