第7話 少年と客人
城のとある少女の私室にて、1人の少女と4人の従者がテーブルを囲んでいる。
従者といっても、お世話係みたいなもので、同い年の友人に近い感覚であった。
『実はね、私、好きな人ができました!』
『へ? 好きな人、ですか』
深紫のツインテールをした少女が反応する。
つい最近、レティシアは彼女の兄に連れられ、ココ村という小さな村に行ったらしい。
なんでも、兄の友人に会いに行ったのだとか。
でも、そんな話は何処へやら、出てきた話は意外にも彼女の恋愛だった。
『そー、好きな人!』
レティシアは、金の長髪を左右に揺らし、足をパタパタさせながら答えた。
『え、なにそれ気になる。どんな人なんですか?』
茶髪の少年が顔を覗かせる。
『優しい人』
『それだけですか? どこにでもいそうな気が......』
深紫のツインテールをした少女が頭を抱える。
変な男に付いていくな、彼女がよく父に言われた言葉である。
主人であるレティシアが、悪い男の人に引っかからないか心配であった。
『うーんとね、なんて言うんだろう......優しいんだけど、ただ優しいんじゃなくて、人の痛みを知ってる人なの。孤独を知っていて、その痛みを知ってる人。それでいて、優しい。痛みを知っているから優しい。どこか母様に似ている、そんな気がするの。他にもあるのよ?』
目を細め、頬を赤らめる。
そんな彼女の顔を見て、驚いた。
自分と同い年なのに、遥かに大人びた表情。
自分よりも先を歩く大人のような表情。
恋とは、そういうものなのか?
人を愛するとは、そういうものなのか?
少女は、ただ気になった。
レティシアのことも、レティシアが恋した少年のことも、恋がどのようなものかということも。
それは、隣にいた少年達も同じようで、
『誰なんですか? 名前は? かっこいいの?』
と、口々に迫る。
『えー、落ち着いて! みんな一気に聞いたら答えられないよ〜』
いつにも増して、楽しそうに笑うレティシア。
そんな彼女が、少女の目には何よりも輝いて見えた。
『名前、名前からね。えーとね......』
すると、レティシアと視線が合う。
あまりにも眩しいのに、目が霞みそうな輝きなのに、少女は彼女から目を離すことができなかった。
『ゼデク、“ゼデク・スタフォード”。将来、私の伴侶になる人です』
レティシアはその名を、愛しそうに微笑みながら、口にした......
◆
静かな朝、台所に立つゼデクは、朝食の準備に取り掛かっていた。
「やぁゼデク君、おはよう!」
「あぁ、カストロさん。久しぶりだな、おはよう」
「2ヶ月ぶりに帰ってきたよ......あの鬼畜め」
カストロと呼ばれた男が椅子に座る。
“カストロ・カーター”
エスペルトの副官である。
宰相であるエスペルトに空き時間ができるのは、エスペルト自身が天才であることも加味されるが、それと同等以上に、カストロの頑張りがあるお陰である。
現在独身であり、ゼデク同様エスペルトの屋敷に住む、数少ない人物の1人だ。
もっとも普段は仕事で、屋敷に帰って来ることは稀であるが。
「お疲れ様」
「ありがとう。君も気を付けろよ、油断したら即、俺のようになるぞ。牛馬だ、牛馬」
目の隈を残しつつも、器用に皿の中身を口に掻き込みながら喋るカストロ。
「あ、あぁ、気をつけるよ」
「ホント〜にあの悪魔で糞な鬼畜め。知ってるか、ゼデク君。実はあいつな、過去に失恋ーー」
そこで、ヒュンっと2人の間を剣が通り過ぎ、壁に刺さった。
一瞬何が起きたか理解できず、制止する2人。
「おはようございます。どうしました? まるで剣が目の前を通り過ぎたような顔をしてますよ?」
「いや、実際通り過ぎてるんだが」
声の方を向くと、エスペルトがいた。
珍しくカストロ同様、目の隈が見える。
「お、弁当はこれですね。早速行ってきます。カストロ、行きますよ」
カストロの首元を掴むエスペルト。
「大天使エスペルト様、私もう少〜し休みたいな〜なんて......」
「ほら私、悪魔で糞な鬼畜ですから。2日後に“始祖生誕祭”があります。休んでる暇はないですよ」
ニコっと笑いながらカストロを片手で引きずるエスペルト。
そこで、ゼデクは2日後にある祭りを思い出す。
“始祖生誕祭”
文字通り、聖地で眠るとされる、初めての魔法使いの生誕を祝う祭りだ。
おそらく彼らは、祭りの取り仕切りを担当しているのだろう。
「あぁそうだ、ゼデク」
「うん?」
ゼデクは、うな垂れるカストロ見ながら、返事をする。
「今日から3日間、客人が来ます。丁重にもてなして下さいね」
「あんたが不在なのに、客人が来るのか」
「私の客人でもありますが、それ以上に貴方の客人でもありますよ」
ゼデクの客人。
心当たりのある客人など居ないはずだが、と胸中で考えるゼデクを他所に、エスペルト達は外に出て行った。
◆
「......客人来るって、今日のいつだよ」
ゼデクは屋敷の門前を箒で掃除していた。
エスペルトが出て行ってから、数時間が過ぎた。
しかし、未だに客人とやらは現れない。
そこで、もう一度自分の客人について考えてみる。
そもそも、外部の人間で知り合いと呼べる知り合いは多くなかった。
この間、会議前に見た謎の男か?
会議で会った“黄金の英雄”か?
それともレティシア......
「それはないな」
虚しく、独り言を呟いてみる。
すると背後から、何か気配を感じた。
何かに見つめられているような感覚。
ゼデクはふと、振り返ってみる。
「ここ、兄貴の家?」
そこには赤髪に半裸の男が立っていた。
獣のような目を大きく開かせて、こちらを凝視している。
唐突な出来事にゼデクは困惑した。
「......は?」
「ここ、兄貴の家?」
「兄貴って誰だよ」
「エスペルトの兄貴」
誰だ?
なんで半裸?
まさかな、まさかこいつが客人な訳ないよな、と様々な思いがゼデクの中で、浮かんでは消えていく。
「そうだが、エスペルトに弟なんていたか?」
「いや、血は繋がってないけど、本人に許可貰って呼んでる」
「そ、そうか......」
「おう」
会話が止まり、暫く互いを見つめ合う2人。
大きな瞳に引き込まれそうになっていたところで、
「あ、いたいた! やっと追いついたよ......」
道の奥で声がした。
ゼデクは、その声で我に返り、そちらに顔を向ける。
視界に、1人の少年と2人の少女が、こちらに走って来るのが写る。
3人は、ゼデクと半裸の男の前で足を止めた。
「ごめんなさい、ビックリしたよね? 初めまして。僕はエドム・オーランド。今日から3日間、エスペルト様の屋敷でお世話になります」
エドムと名乗った茶髪の少年は爽やかな笑みを浮かべる。
その爽やかさに、どこか既視感を覚えながらも、ゼデクはこの4人が客人であることを理解した。
「あぁ、エスペルトから話は聞いている。入るといい」
「......君、ひょっとしてゼデクか?」
「それがどうした?」
初対面の人に、馴れ馴れしくも名を呼び捨てるエドムに、気圧されながらもゼデクは返答をした。
「そうか、君がゼデク・スタフォードか! 常々......」
その言葉を遮り、深紫のツインテールをした少女が鋭い目付きで睨みながら、間に割って入る。
「......あんたがゼデク・スタフォード。レティシア様が言っていた、ゼデク・スタフォード」
「あ? 今、レティシアって......」
レティシアという言葉に、一度思考が停止するゼデク。
次の瞬間、パンッという音が鳴り響いた。
あの日、レティシアがグラジオラスに叩かれたのと似たような響き。
ゼデクは少女に叩かれたのだ。
「なっ、お前! いきなり何す......」
「あんたに一度会ったらやるって決めてたのよっ! 私、あんたのこと大っ嫌いっ!」
「ちょっと、ウェンディ!」
尚も、ゼデクに向かっていこうとする少女にエドムが制止に入る。
ゼデクはその様子を、ただただ呆然と眺めるのであった。