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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第2章 少年と4人の元従者
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第7話 少年と客人

 城のとある少女の私室にて、1人の少女と4人の従者がテーブルを囲んでいる。

 従者といっても、お世話係みたいなもので、同い年の友人に近い感覚であった。


『実はね、私、好きな人ができました!』

『へ? 好きな人、ですか』


 深紫のツインテールをした少女が反応する。

 つい最近、レティシアは彼女の兄に連れられ、ココ村という小さな村に行ったらしい。

 なんでも、兄の友人に会いに行ったのだとか。

 でも、そんな話は何処へやら、出てきた話は意外にも彼女の恋愛だった。


『そー、好きな人!』


 レティシアは、金の長髪を左右に揺らし、足をパタパタさせながら答えた。


『え、なにそれ気になる。どんな人なんですか?』


 茶髪の少年が顔を覗かせる。


『優しい人』

『それだけですか? どこにでもいそうな気が......』


 深紫のツインテールをした少女が頭を抱える。

 変な男に付いていくな、彼女がよく父に言われた言葉である。

 主人であるレティシアが、悪い男の人に引っかからないか心配であった。


『うーんとね、なんて言うんだろう......優しいんだけど、ただ優しいんじゃなくて、人の痛みを知ってる人なの。孤独を知っていて、その痛みを知ってる人。それでいて、優しい。痛みを知っているから優しい。どこか母様に似ている、そんな気がするの。他にもあるのよ?』


 目を細め、頬を赤らめる。

 そんな彼女の顔を見て、驚いた。


 自分と同い年なのに、遥かに大人びた表情。

 自分よりも先を歩く大人のような表情。

 恋とは、そういうものなのか?

 人を愛するとは、そういうものなのか?


 少女は、ただ気になった。

 レティシアのことも、レティシアが恋した少年のことも、恋がどのようなものかということも。

 それは、隣にいた少年達も同じようで、


『誰なんですか? 名前は? かっこいいの?』


 と、口々に迫る。


『えー、落ち着いて! みんな一気に聞いたら答えられないよ〜』


 いつにも増して、楽しそうに笑うレティシア。

 そんな彼女が、少女の目には何よりも輝いて見えた。


『名前、名前からね。えーとね......』


 すると、レティシアと視線が合う。

 あまりにも眩しいのに、目が霞みそうな輝きなのに、少女は彼女から目を離すことができなかった。


『ゼデク、“ゼデク・スタフォード”。将来、私の伴侶になる人です』


 レティシアはその名を、愛しそうに微笑みながら、口にした......


 ◆


 静かな朝、台所に立つゼデクは、朝食の準備に取り掛かっていた。


「やぁゼデク君、おはよう!」

「あぁ、カストロさん。久しぶりだな、おはよう」

「2ヶ月ぶりに帰ってきたよ......あの鬼畜め」


 カストロと呼ばれた男が椅子に座る。


 “カストロ・カーター”


 エスペルトの副官である。

 宰相であるエスペルトに空き時間ができるのは、エスペルト自身が天才であることも加味されるが、それと同等以上に、カストロの頑張りがあるお陰である。


 現在独身であり、ゼデク同様エスペルトの屋敷に住む、数少ない人物の1人だ。

 もっとも普段は仕事で、屋敷に帰って来ることは稀であるが。


「お疲れ様」

「ありがとう。君も気を付けろよ、油断したら即、俺のようになるぞ。牛馬だ、牛馬」


 目の隈を残しつつも、器用に皿の中身を口に掻き込みながら喋るカストロ。


「あ、あぁ、気をつけるよ」

「ホント〜にあの悪魔で糞な鬼畜め。知ってるか、ゼデク君。実はあいつな、過去に失恋ーー」


 そこで、ヒュンっと2人の間を剣が通り過ぎ、壁に刺さった。

 一瞬何が起きたか理解できず、制止する2人。


「おはようございます。どうしました? まるで剣が目の前を通り過ぎたような顔をしてますよ?」

「いや、実際通り過ぎてるんだが」


 声の方を向くと、エスペルトがいた。

 珍しくカストロ同様、目の隈が見える。


「お、弁当はこれですね。早速行ってきます。カストロ、行きますよ」


 カストロの首元を掴むエスペルト。


「大天使エスペルト様、私もう少〜し休みたいな〜なんて......」

「ほら私、悪魔で糞な鬼畜ですから。2日後に“始祖生誕祭”があります。休んでる暇はないですよ」


 ニコっと笑いながらカストロを片手で引きずるエスペルト。

 そこで、ゼデクは2日後にある祭りを思い出す。


 “始祖生誕祭”

 文字通り、聖地で眠るとされる、初めての魔法使いの生誕を祝う祭りだ。

 おそらく彼らは、祭りの取り仕切りを担当しているのだろう。


「あぁそうだ、ゼデク」

「うん?」


 ゼデクは、うな垂れるカストロ見ながら、返事をする。


「今日から3日間、客人が来ます。丁重にもてなして下さいね」

「あんたが不在なのに、客人が来るのか」

「私の客人でもありますが、それ以上に貴方の客人でもありますよ」


 ゼデクの客人。

 心当たりのある客人など居ないはずだが、と胸中で考えるゼデクを他所に、エスペルト達は外に出て行った。


 ◆


「......客人来るって、今日のいつだよ」


 ゼデクは屋敷の門前を箒で掃除していた。

 エスペルトが出て行ってから、数時間が過ぎた。

 しかし、未だに客人とやらは現れない。

 そこで、もう一度自分の客人について考えてみる。

 そもそも、外部の人間で知り合いと呼べる知り合いは多くなかった。


 この間、会議前に見た謎の男か?

 会議で会った“黄金の英雄”か?

 それともレティシア......


「それはないな」


 虚しく、独り言を呟いてみる。

 すると背後から、何か気配を感じた。

 何かに見つめられているような感覚。

 ゼデクはふと、振り返ってみる。


「ここ、兄貴の家?」


 そこには赤髪に半裸の男が立っていた。

 獣のような目を大きく開かせて、こちらを凝視している。

 唐突な出来事にゼデクは困惑した。


「......は?」

「ここ、兄貴の家?」

「兄貴って誰だよ」

「エスペルトの兄貴」


 誰だ?

 なんで半裸?

 まさかな、まさかこいつが客人な訳ないよな、と様々な思いがゼデクの中で、浮かんでは消えていく。


「そうだが、エスペルトに弟なんていたか?」

「いや、血は繋がってないけど、本人に許可貰って呼んでる」

「そ、そうか......」

「おう」


 会話が止まり、暫く互いを見つめ合う2人。

 大きな瞳に引き込まれそうになっていたところで、


「あ、いたいた! やっと追いついたよ......」


 道の奥で声がした。

 ゼデクは、その声で我に返り、そちらに顔を向ける。

 視界に、1人の少年と2人の少女が、こちらに走って来るのが写る。

 3人は、ゼデクと半裸の男の前で足を止めた。


「ごめんなさい、ビックリしたよね? 初めまして。僕はエドム・オーランド。今日から3日間、エスペルト様の屋敷でお世話になります」


 エドムと名乗った茶髪の少年は爽やかな笑みを浮かべる。

 その爽やかさに、どこか既視感を覚えながらも、ゼデクはこの4人が客人であることを理解した。


「あぁ、エスペルトから話は聞いている。入るといい」

「......君、ひょっとしてゼデクか?」

「それがどうした?」


 初対面の人に、馴れ馴れしくも名を呼び捨てるエドムに、気圧されながらもゼデクは返答をした。


「そうか、君がゼデク・スタフォードか! 常々......」


 その言葉を遮り、深紫のツインテールをした少女が鋭い目付きで睨みながら、間に割って入る。


「......あんたがゼデク・スタフォード。レティシア様が言っていた、ゼデク・スタフォード」

「あ? 今、レティシアって......」


 レティシアという言葉に、一度思考が停止するゼデク。

 次の瞬間、パンッという音が鳴り響いた。

 あの日、レティシアがグラジオラスに叩かれたのと似たような響き。

 ゼデクは少女に叩かれたのだ。


「なっ、お前! いきなり何す......」

「あんたに一度会ったらやるって決めてたのよっ! 私、あんたのこと大っ嫌いっ!」

「ちょっと、ウェンディ!」


 尚も、ゼデクに向かっていこうとする少女にエドムが制止に入る。

 ゼデクはその様子を、ただただ呆然と眺めるのであった。

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