第69話 少年と兆し
「貴様、レティシアに手を出してないだろうな?」
「安心しろ、誓って出してない」
翌日、グラジオラスは予定通り迎えに来た。彼はゼデクに威圧的な視線を送るも、すぐに警戒を解く。
「......貴様の真偽は妹を一目見ればわかることだ」
「じゃあ、さっさと見てこい」
グラジオラスは小屋の方へと向かって行った。妹離れできない彼を、ゼデクは半眼で眺めつつも、馬車に繋がれた馬を撫でた。おそらく帰りの騎手は自分だろう。であれば、今のうちに慣らすに越したことはない。
「ゼデク・スタフォード」
今度は重々しい声がする。そちらを向くと、予想通りの人物がいた。
「世話になったな」
自らの師にあたる男に礼を述べる。滅茶苦茶ではあったが、世話になったことに変わりない。男はその礼に答えず、一通の封筒を差し出した。
「諸々記してある。王都に帰ったら、そこに行け」
「......開けていいか?」
「王都に帰ったら、だ」
それでも気になるものは気になるので、ゼデクは冗談混じりに手を掛けてみる。直後、強風が吹き、周囲の木が騒めいたので、すぐに辞めた。
「......いいな?」
「はい」
満足したのか、男は引き返して行った。すると、レティシアたちが入れ替わりで来る。どうやら見送りはこれまでのようだ。
「お前は先に乗っていろ」
「はい、お兄様」
彼女は馬車に向かう。今のやり取りでゼデクが騎手であることは確定した。わかっていたことだが、それなりにゲンナリする。
「おい」
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
一目見た結果、アウトだったのだろうか? であれば、彼の妹を見る眼は腐っていることが証明される。それはそれで面白い展開ではあるが、本題は違った。
「貴様に問う」
「何を?」
グラジオラスの言葉が止まる。彼がゼデクに躊躇うようなことなどあるのだろうか?
「貴様は......お前はレティシアの味方か?」
「当たり前だ。じゃなきゃ剣なんて取らない」
「何があっても味方か?」
「答えは変わらない」
何を今更、といった問い。急な問いに内心戸惑いながらも、ゼデクは返答した。
「では、問いを変える」
「何でもいいが、早めに頼む」
「お前はエスペルトの味方か?」
「......あぁ、そうだな。俺は多分、あいつの肩を持つ」
「この先、奴が何をしようと、お前をどのように利用しようと、その決意、揺るがぬか?」
目を見開く。その問いには只ならぬ意味が込められていた。
『お前の中には“鍵”、あるいはそれに似た何かを感じる。お前の力だけを利用しようと目論む輩がいるかもしれない。身の振り方に気を付けろ』
レゾンの言葉を思い出した。彼はゼデクの力をどう利用しようとしているのか。それを加味しても味方でいられるか、グラジオラスはそう聞きたいのだろう。そもそも彼は、エスペルトの味方なのだろうか?
グラジオラスは視線を外してくれなかった。以前のような冷たい瞳ではないが、決して優しい瞳でもない。選択によっては、誰かを敵に回すかもしれない。
息を呑む。そして、出したゼデク・スタフォードの答えは――
◆
「おっぷ、やべ、タイミング間違えた」
「あはは、飲み過ぎです」
キングプロテアの主城、その廊下を忙しなく走る男が2人。
「......噂をすればなんちゃら、ってやつですね」
「嘘付け、どうせこうなること知ってたくせに」
「はて? どうでしょうか」
七栄道が召集された会議室は目前だ。エスペルトは、ウェンディの父、アイゼン・フェーブルに肩を貸しながら、扉に手を掛ける。そんなエスペルトはいつも通り、遠くを見ていた。アイゼンの主観だ。彼はいつも遠くばかり眺める。すると、ガコンと音が鳴る。扉が開かれた。
「......何してんですか、先輩たち」
「見ての通り飲んでました」
「えぇ......」
困惑するポニーテールの女、クレール・ローレンスを他所に、エスペルトは悪びれる様子もなく、アイゼンを椅子に放り込んだ。
「ライオール」
「君に言われていた準備はできている。後は君の指示を待つだけだ」
「よろしい」
無駄に装飾が施された椅子を引っ張るエスペルト。彼の背後で足音が聞こえた。そういえば、と思い出す。今日はグラジオラスが帰ってくる日だった。そして、ゼデク・スタフォードが帰ってくる日。エスペルトの口角が上がる。
「間に合ったか。敵は?」
「進軍はまだです。ただそれに向けた動きを見せていると報告がありました」
乱雑に入り込むグラジオラスに、エスペルトは答えた。無駄な問答だ。なんせ、千日紅国が侵攻してくるのは決定事項なのだから。この戦いを制した者が、西国の戦争に有利な立場で介入できる。で、今回はそれに対する会議。いや、軍議と言うべきだろう。
「ところで、旅行は楽しめましたか?」
「......少なくとも有意義ではあった」
エスペルトの瞳が微かに光る。青いガラス玉のような瞳がぐりんと動く。グラジオラスはそれを見逃さなかった。
「なんですか。そんな警戒しないでくださいよ〜」
「貴様がその眼をやめたら考えてやろう」
「私はいつもの通りですよ。ほら、キラキラしていて綺麗でしょう?」
睨みを効かせるグラジオラスと、ニコニコと笑みを絶やさないエスペルト。すると、
「こ、コホン。そろそろ喋っても良いかな?」
長机の一番奥で咳払いをする男が1人。この国の王、シエル・ウィンドベルが声を上げる。それに全員が姿勢を正し、礼を取ろうとしたところで、
「あー、良い。そういうのは要らない。私たちしかいない場くらい、昔のようにしてくれ」
苦笑いした。それで、全員が動きを止める。昔、それは彼らがまだ明確な地位を持たぬ時。王位継承者の一候補に過ぎないシエル王と共にあった日々。あの頃は良かった。ただ純粋に駆け上がる日々だった。エスペルトは席に座る。
「さて、早速だが本題に入ろう。千日紅国が攻めて来るわけだが、私の方針は決まっている」
国王の言葉に、視線が集まった。それは国王ではなく――
「君に委ねよう、エスペルト。君は私の軍師だ」
「これまでと変わりません。我らの目的は被害を最小限に抑え、他の国々と同盟を結ぶことにあります」
「と、すれば今回も?」
「はい」
場に緊張が走る。彼はこちらに攻めて来る敵国とも同盟を結ぶと言い切るのだ。いつも彼の考えることは、どこか達観していた。周りの人が推し量ろうとすると、どこか空を切るようで、雲を掴もうとするようで......
「君が言うのだ、手立てはあるに違いない。信じよう」
「無いかもしれませんよ? ほら、仮にも母国ですし、これを機に離反するかもしれません」
「いや、あるとも。でなければ私は今、この場に座っていない」
国王は笑って答えた。1人に全てを委ねるなど、危険な賭けだ。でも彼らの賭けは、もう何年も前に始まっていた。子供の頃――出会ったその時から。七栄道、今の彼らが居たからこそ、自分は国王として君臨できている。そしてその7人は他ならぬ自分の目で選んだ。それを国王はよく理解していた。
「望む兵は? 物資は? 可能な限り用意しよう」
その言葉に、“黄金の英雄”、ライオール・ストレングスは眉をひそめる。何せ準備は昔からできているのだ。エスペルトと2人、秘密裏に進めていた準備を。
「要りません。七栄道の内、2個或いは3個師団で迎え撃つ準備はできております」
「......本当は総力を挙げて叩くべきだと思う」
普段ならグラジオラスが言いそうな台詞を、ライオールが放った。なぜかエスペルトは極力まで兵力を抑えるきらいがあった。ルピナスの時だってそうだ。反乱兵の協力あれど、出兵したのはプレゼンスとその師団のみ。もしあの場に自分が居合わせたら、なんて考えがライオールの中で渦巻いていた。
「もし、何かしら罠があって全滅したら元も子もありません。まだまだ敵国は多い」
ルピナスをカウントしないとして、あと四国。それらに備えて、順番に消費するというのが彼の思考なのだろう。
「それでも逐次投入は愚策だ」
「なに、プレゼンスのように貴方たちが1人ずつ成功すれば良いだけですよ。そうすれば多くが生き残る」
それに、グラジオラス以外の人間が目を見開いた。特にライオールは我慢できないようで、机に両の手を乗せ、立ち上がる。
「君は! 君はプレゼンスのことを何とも――」
そこで言葉を止めた。エスペルトの顔を見る。彼の中にある良心がその先を許さなかった。王の御前ということもあり、彼は咳払いをすると席に落ち着く。普段なら、一番突っかかりそうなグラジオラスが一言も発さない。不気味さ故に誰も異議を唱えられないでいた。
「それができないなら、どの道滅び行く。貴方たちならできると信じていますよ」
エスペルトはただ微笑む。国王が頷いたことで、彼の方針が固まってしまった。
「それとグラジオラス。次の戦では早速、彼女を投入します。良いですね?」
「構わん」
さらに一同は驚く。異常だった。グラジオラスは彼に反対しない。しかし、それは一瞬だった。
「貴様の言を取るなら、この先も誰かしらがどこかの国に出向くのだろう?」
「......その認識で構いません」
「ならば西国......カルミア王国には私が向かう」
何故カルミア? と、一同が疑問に思う中、エスペルトだけ微かに顔を曇らせる。他人が見ればわからない程度。でも、グラジオラスには鮮明に見えた。今まで容認したのはそういう意味だった。代わりにカルミアに行かせろ、と要求するグラジオラス。
「......良いでしょう。貴方に任せましょう」
エスペルトも理解していたようだ。
「よし、決まった! 俺は異議なしだ」
すると、勢い良く立ち上がる男が1人。さっきまで半ば酔っ払って寝ていた男が、突然動き出した。
「そして、今回は俺の出番だな! 誰にも譲らねぇ!」
この国の守護神は――アイゼン・フェーブルはそう宣言するのであった。




