第67話 少年と修羅 3
男は獅子のようなたてがみを揺らしながら、ゼデクの方へと歩み寄る。一歩、一歩と足を進めるたびに“鍵”のようなものが震えた。驚愕を隠せないゼデクと恋する乙女。ただその光景をトレラントは1人、半眼で眺めている。そんな彼の隣を通り過ぎる時に、男が気付いた。
「かつて光を求めた男が、今や光そのものになるとは皮肉なものよな」
声を出せないためか、トレラントはしっしっ、と手先を振って先を促す。それに彼は一瞥するだけで、ゼデクの方へと向き直った。
「......ここはゼデク・スタフォードの魔法空間、いわば彼の精神世界」
「それがどうした?」
「貴方が立ち入ることは出来ないと思うのだけれど?」
さもや当然と言わんばかりの顔をする男に彼女は問いかける。男が表情を崩すことはなかった。さらに彼は、魔法が喋るという異質な事態に驚きすら見せない。
「はっ、それは貴様らの常識か何かか? 俺を有象無象と同じにするな」
「アンタ何者なんだ」
今のところバケモノ地味た人間で、ライオールたちの知り合いだということしかわかっていない。彼らの言動やこれまでの男の様子を見るにある程度推測はつくが、ゼデクは今、このタイミングで尋ねることにした。
「今まで知らぬ男に師事を仰いでいたのか?」
「......師弟っていう認識は、一応あったんだな。実力は知ってる。それにアンタ、聞いても素直に教えてくれないだろう?」
ゼデクは以前に一度彼に聞いて、断られたことがある。だから、何となく憚れていた。またはぐらかされるのではないだろうか、と。今回も変わらないだろう。笑う男を見て、そう思う。
「これから死に行く者に教える義理はない」
“鍵”のようなものに手を伸ばす男。ゼデクが胸中で前言を撤回するのと同時に、少女が叫んだ。
「やめなさいッ! 今の彼では無理よ!」
「であればその程度の男というまでだ」
無理? 何が? と考えたところで結論に達する。背筋が凍りついた。
――まさか、どこまで干渉できるのか?
急いで止めようとしたが、間に合わない。男は爆炎を引き抜く。直後、辺り一帯を業火が支配した。やったのだ、他でもない彼が蓋を全て開けた。
「この場は貴様が収めろ。外の光景が楽しみだな? おい、魔法共。くれぐれも邪魔してくれるなよ」
そう言って男は爆炎の中へと姿を消した。外の光景、それは即ち――
「くそっ、これ外にも漏れてんのかよ!」
ゼデクは焦る。レティシアはもちろん、山の下には村がある。先日あれだけ炎魔法を使うことに躊躇いを覚えていたことがバカバカしくなる状況だった。彼女が張った結界がどこまで持つかはわからない。
「あーもぉーッ! 直ぐに蓋を閉めないと――」
溢れ出した魔法に再度蓋を閉めようとする少女。しかし、トレラントが彼女の前に立ちはだかった。
「......何の真似? 貴方、今の状況わかってないでしょ。私は他のソレとは別よ、暴走が進めば彼すらも焼きかねない」
睨みつける彼女を、トレラントは涼しい顔で躱した。行く手だけ邪魔しながらゼデクの方を見る。彼は笑いながら口を動かす。ゼデクは口の動きを読んだ。
お、ま、え、な、ら、で、き、る。
この状況でやれ、と言うのだ。もう時間の余裕がないのかもしれない。現状もそうだが、長期的な目で見てもだ。レティシアと再会したあの日や、戦場に出た日から、残された時間は――
炎熱が背を駆ける。ゼデクは“鍵”のようなものへと向き直った。
「......覚悟は決めてたんだ。やってやるよ」
手を伸ばす。案の定、炎は熱かった。それでも引っ込めない。相手の本質は魔法だ、意識を強く持って少しずつ制御を試みる。それで痛みが引いていく。
「わかったわよッ! 邪魔はしないから退きなさいッ!」
少女が激昂した。彼女を中心に炎が膨れ上がる。飛ばされるトレラントを横目に、彼女はゼデクの隣まで来た。
「貴方達のワガママに付き合っても良いけど、私の野望の為にも失敗は許されないわ」
「あ、あぁ......わかっ、てる」
「繊細なコントロールはともかく、今回は力を貴方自身で抑え込むだけで良い」
少女の感情の高まりに応じて、中央の炎が吹き荒れた。手が少し焼ける。それにゼデクはムッとしながらも、彼女の言葉に反応した。
「おい、あんまり興奮すんな! その押さえ込むのが大変なんだよ。コツとかないのか?」
「強引にねじ伏せる、それだけよ。ブレない自分を持ちなさい」
「あーそーかいッ! コツなんてないんだな! シンプルで助かったよ!」
やけくそに返事をした。強引に、ブレない、圧倒的な意思の強さ。真っ先に浮かんだのはゼデクの師、あの男だった。いとも簡単に他人の世界に土足で上がり込み、自分の魔法でないのに何食わぬ顔で蓋をこじ開けていった。理不尽だが理想の強さだ。
イメージする。できる、そう無理矢理思い込む。いや、トレラントは言ってくれた。お前ならできる、と。ならばできるはずだ。それだけの強さは内にある。そして、魔法は自分を選んでくれた。
「なぁ」
「何!? こんな時に余所見しないで! 集中するのよ!」
「お前が俺を選んだんだよな?」
「今更何言ってん――」
「何で選んでくれたんだ?」
少女はポカンとした。本当に何を言ってるの? なんて言わんばかりの顔。
「前にも言ったじゃない」
『でもね、貴方を選んで正解だとも思った。感じるわよ? 貴方の中にある恋心、そして執着心。最初は直感で選んだけど、やっぱり貴方で良かった』
彼女の言葉を思い出す。そんな理由で莫大な力に選ばれたのだ。あまりに馬鹿馬鹿しい話だったので、ゼデクは笑った。
「で、今こうして焦ってる」
「うん」
「弱い御主人様を選んだせいで、野望から遠い地点でスタートだ」
「否定しないわ」
「......後悔してないか?」
すると彼女は毅然とした態度で言い切った。
「そんなわけないじゃない。私は恋する乙女。恋を糧に燃え盛る炎。貴方みたいな、みっともなく恋に執着する人間を選んで大正解よ」
その言葉を聞いて、安心した。魔法に応じるコツはここにあるのかもしれない。不思議と手元が軽くなる。
「なんだよ、コツあるじゃないか」
他人に声を大にして宣言はしないが、未だ恋に執着している。これでもかと言う程にみっともなく、惨めに執着している。レティシアと会って改めて思った。
ブレない自分を。強い意志を。今度こそ自分の護りたいもの全てを護る為に。有りっ丈のワガママを込めて――
「ほら、選んだならしっかりと応えてくれよ?」
燃える“鍵”のようなものを強く掴んだ。
◆
薄暗い空間に悲鳴が上がる。洞窟の中、反響し続ける悲鳴。草木に水が飛んだ。アメジストを溶かしたかのような水に、草木が枯れる。それに応じるかのように、悲鳴も枯れていった。
「ひ、ひぃ! なんで、なんでこんなとこに王族がぁ!」
「それは私が求める問いではない」
男は――グラジオラス・ウィンドベルは横たわる男の腕を強く踏んだ。
「ぎゃあぁぁ!」
「静かにしろ。お前も隣の奴のようになるか?」
悲鳴の主は横を見る。そこには跡形もなく溶けた仲間の姿があった。さらにヒッと声を上げる。
「王都が西にある以上、東方に目を光らせねばならん......もう一度問う、その力はどこで手に入れた?」
男の額には六花のように見える紋様が輝いていた。所々欠けていて、僅かな灯り。それでも特徴はルピナス王国の一件で聞いた六花の紋様と同じだった。今は亡きワーウルフの首長、ロゾが手にしていたという紋様だ。
「お、男が! 反乱を企てるならって!」
「名は?」
「知らな――ぎゃああぁぁぁぁ! やめてください! 組織名なら知ってます!」
「言え」
「り、“六花の子ら”、彼らはそう名乗ってました! カルミア王国から来たと......」
そこで紋様が怪しく輝いた。すぐに飛び退くグラジオラス。直後、男の頭部が爆発した。
「......くだらぬ」
爆風を水流で防いだ彼は、土埃を払いながら立ち上がる。カルミア王国。現在西国で戦争している二大国の1つだ。キングプロテア王国とカルミア王国の間には二国も存在しているのだが――
「どうやってここまで来ると言うのだ」
男は四散した。禁止ワードを唱えた瞬間に爆発した。それにしては遅すぎる。“六花の子ら”という組織名とそれがカルミア王国に存在することが漏れている。そもそも人選ミスにも程があった。たいして反乱の準備も出来ぬまま計画が露呈する人物に情報や力を分け与えること自体おかしい。これは誰かのメッセージなのか、はたまた罠なのか。
今回、エスペルトには黙ってこの場に来た。彼は何か隠していることがある。誰にも話さない秘密をずっと抱えている。それは、王都で開かれたパレードの日に確信へと変わった。彼はグラジオラスに、ゼデク・スタフォードの中にある力の存在をリークしたものの、それで全てのようには思えなかった。
長年の付き合いとなる仲間や王にすら話さない秘密。話さないのは彼なりの理由があるからだろう。話せないのかもしれない。だが、エスペルトの隠していることが、この先にあるのだとしたら、オスクロルが言っていた“真実”の糸口だとしたら。
「追求する価値はある......か」
グラジオラスはそう判断したのであった。




