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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第65話 少年と修羅 1

 とある男と少年の出会いは16年前だった。


『......俺に?』

『はい、できれば(あなた)につけて欲しいの』


 まだ腹の中に収まっている我が子を撫でる1人の女性。彼女は自らの兄に提案した。


『知らんな。お前たちが持った子の名ぐらい自身で何とかしろ』


 久方ぶりに妹が下の村から顔を出したと思えばこれだ。男は拒否する。


『いえ! 是非貴方に!』


 それでも彼女は必死に食い下がった。それがあまりにも珍しいことだったので、男は彼女に目を向ける。


『理由ぐらい聞いてやる』

『強い人に勇気を授けて欲しい』

『ならライオールを当たれ。(やつ)は国の英雄だ』

『もー、またそんなこと言って! 知る人は知っているんですよ! 貴方がこの国で最強の男であることを』


 それに男は嫌悪を隠さない。第一、強い人に勇気を授けて欲しいなんて理由はなんだ? 聞けば彼女の夫が泣くだろう。馬鹿馬鹿しい思考に腹を立てていると、あることに気付く。


『......お前、いつその魔力を手にした?』

『私ではありません』

『まさか――』


 腹の子に異様な魔力があった。どこか“鍵”に似ているような魔力。“鍵”に匹敵する規模。いずれにせよ、常人が持つそれではない。


『理由なんてわからない。でも、何か意味を持ってこの子に宿ってしまった。兄さん、この力は何ですか? まるで“鍵”のような......“鍵”の保有者がどのような扱いを受けているかは知っているつもりです』


 彼女は男に縋り付いた。


『“鍵”に匹敵する何かがですよ! 国の人はともかく外部に知れたらどうなるか! 多くの人に狙われます! 兄さんこの間言ってましたよね? ......この先、六国は大きく変わるって』


 特に振りほどくこともなく、そのまま聞く。確かに男は言った覚えがある。妹が自ら選んだ男と結婚する時だろうか。その時、こうも言った。


 ――本当にお前は妹を守れるだろうな? お前もだ。この先何があろうとこの男を最後まで支えるんだろうな?


 それに彼らは頷いたはずだ。


『とても不気味だわ。私たちが愛する子。当然、私たちが守ります。ですが......私たちが何者かの手にかかった時は――』

『ライオールに頼め。俺は戦場を歩む人間よ。平穏な暮らしを求める人間を育てる資格などない』


 まるでその返事を知ってるかのように頷く妹。


『ですから貴方に頼みます。修羅の道を歩む貴方に。もしかしたら戦火に巻き込まれ、壮絶な人生を送るかもしれないこの子にせめて勇気を授けてください』


 名という形で。そう強い瞳で訴えられた。男は圧をかけて妹を見つめる。並の人間なら竦み、逃げ出すような圧を。でも彼女は姿勢を崩すことはなかった。


『......よかろう。だが面倒を見るかは別の話だ。極力お前たちで解決しろ。もし......もしその小僧が命懸けで剣を握る日が来るのであれば――』




 ――地獄での歩き方ぐらい教えてやろう。



 ◆


「......だ、大丈夫 (か)?」


 小屋に到着して2人が上げた第一声。互いにボロボロだった。


「あの男に変なことされてないよな?」

「う、ううん! 全然! これは自分でやったことだから! 怪我もしてないし。ゼデクの方こそ大丈夫? 酷いことされてない?」


 妙に明るい様子のレティシア。それをゼデクは不思議に思いながらも、男の方を見る。修行の一環とはいえ、酷いなんてもんじゃなかった。死にかけたのだ。しかし、余計な心配を掛けないよう痩せ我慢してみる。


「あ、あぁ、大丈夫だ」

「本当に? あの人、悪い人じゃないんだけど凄く不器用だから......」

「......不器用なんてレベルじゃないだろ、あれ」


 彼は暖炉に薪を放っていた。片手には酒の入った樽が。視線に気付いたのか、男がこちらを向く。


「早く食え」


 と、テーブルを指差した。その上には見覚えのあるパンが――


「え?」

「あ、やっと気付いた」


 レティシアが笑う。彼女は軽い足取りでテーブルまで向かうと、


「やっぱりゼデクも久しぶりだったりする? 懐かしいよね」


 席に座る。ゼデクもそれに続き、正面の席に座った。見間違えるはずがない。ココ村のパンだ。


「......そうだな、本当に懐かしいよ」


 パンを口に運ぶ。懐かしい味が口の中を広がった。その間に彼女は一個平らげる。


「それにしても、なんでこんな所に村のパンが?」

「えー、そこは気付かないんだ」


 彼女はパンに手を伸ばす。


「何をだ?」

「この山の下、ココ村よ」


 それにゼデクは驚いた。そして、胸を撫で下ろす。やはりあの時、炎魔法を使わないことは正解だったのだ。どの村であろうと決意は揺るがなかっただろうが、自分の故郷なら尚更のこと。更にパンに手を伸ばす彼女を見て、ゼデクは安堵する。


「......いや、全く気付かなかった」


 今思えば、確かにココ村の方角に進んでいたような気もする。レティシアが拐われたと勘違いしていたことや、グラジオラスとの気まずさが自身の正常な思考を鈍らせていたようだ。


「ほら、昔貴方と会うために村に通ってたでしょ? この小屋から通ってたのよ」

「ほー、なるほどな」


 思わず声を上げる。毎日毎日どこから現れていたのか、という不思議が解明できた。2個目のパンを求め、ゼデクが皿に手を伸ばしたところで――


「――?」


 空を切る。パンがない。山積みされていたはずのパンが消えている。正面を見ると満面の笑みで頬張る彼女の顔が。目が合った。一瞬疑問を浮かべるも、やがて自身の凶行に気付いたのか、顔を赤らめるレティシア。


「え、えっと、そのごめんなさい! 貴方との話に夢中で気付かなくて、その......」

「......食いしん坊」

「あー! 言った! だって今日大変だったもん! 決して食いしん坊じゃありません! ......ご、ごめんなさい」


 無言の抗議に耐えられず、謝る。それにゼデクは笑って答えた。昔と変わらないことに嬉しくなる。“鍵”のコントロールだって、さぞかし大変なことだろう。しかし、ゼデクとて空腹は耐えられない。濃い3日間だっただけに、いつも以上に空腹だった。一応、男の方を見ると、


「もう今日の分は残っていない。山にいる鹿ぐらい狩れるだろう? 欲しければ自分で取ってこい」


 そう、声だけが返ってきた。最もである。滞在させてもらっている以上、厚かましい要求などできるはずもない。ゼデクは大人しく席を立った。


「よし、行ってくるよ」

「私も付いて行くわ」


 すると彼女もそんなことを言う。


「いや良い、危険だ。お前の身に何かあったらグラジオラスに吊るされる」

「大丈夫よ!」

「えらい自信だな」

「それはもう私、強いですから。それに――」


 レティシアはゼデクの顔を覗き込む。


「貴方が守ってくれるでしょ?」

「......あー、わかったわかった。じゃあ行くか」

「うん!」


 微笑みながら、そう言われてしまう。連れて行くしかなかった。ゼデクは彼女に背中を押されながら扉の方へと向かう。視線で外出許可を求めるレティシアに男は沈黙で応えた。


「ところでゼデク、鹿狩れるの?」

「あぁ、ガゼルに色々教えてもらったから問題ない」

「おー、懐かしい名前が出ましたなー! そうだウェンディたちは今どうし――」


 やがて扉越しに小さくなっていく声。彼らが消えていった扉を男は眺め続ける。


「小娘の方は成し遂げたか」


 魔法が置いた蓋を完全に取り払い、“鍵”の制御に成功したようだ。男は見ただけで判断できた。残るはもう1つの力。ゼデク・スタフォードの中に眠る力。それを残りの時間でコントロールさせる。少なくとも自身で抑え込めるようにする。


 ペルセラルの元に送るというのは、そういう意味だった。決して先の戦いの褒美やレティシアに逢うために送られてきたわけではない。迫り来る戦火の波に焦り始めた彼らの強引にして最終の手段なのだから。


「やはり貴様の欲する力だったか。あまり時間は残されていないようだなぁ、エスペルトよ」


 天井に視線を移した男は、1人静かに酒を飲むのであった。

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