第62話 少年と試練 1
ふと考えたことがある。魔法とは何か、と。世にも不思議な存在は、何のために存在しているのか? 曰く、意思があるらしい。曰く、話せるらしい。ただし後者はあまり聞かない話だ。なんせ自分とその拾い子しか知らないことなのだから。
「貴方は私のことを恨んでいますか?」
エスペルトは顔を上げる。その先には綺麗に整えられた石が。暮石だ。何度も何度も訪れた友の暮石の隣に新しいのが1つ。
――プレゼンス・デザイア
暮石にそう刻まれている。まるで人々を救うように存在する魔法。でもそれは、目の前で眠る大切な人々を生き返らせてくれない。それもそうだ。
人を生き返らせる。それも昔の肉体・記憶全てを復元させて。それは魔法を用いたとて、いかなる技術を用いたとて、人の手では行っていけない禁忌なのだから。仮に存在するのなら、それには一体どれほどのリスクが必要になるのか? 代価を要求されるのか?
魔法の限度にも一定のラインがあった。大怪我を治すことができても人を生き返らせることはできない。森羅万象を破壊することができても絶滅させることはできない。何を基準にしているのか。それはきっと、魔法の存在意義に関係している。
ともあれ、だ。現在のところ、人を生き返らせることはできない。でももし、もし近い形でそれが可能ならば――
「仮に何かが必要だとして、貴方たちに再びの生が許されるのなら......貴方たちはそれを許容しますか?」
「いやぁ〜どうかな。プレゼンスは怒るんじゃないか?」
何と今度は返事が戻ってきた。しかし背後から。エスペルトは呆れながら振り返る。
「戻ってきたのですか、アイゼン」
「別に良いだろ? やりたいことあったから帰ってきたんだよ」
深紫の短髪に鋼色の甲冑、若干伸びたヒゲを放置する男。ウェンディの父にして、この国の守護神ーーアイゼン・フェーブルだ。彼は墓前に酒瓶を供えると、エスペルトの隣に座る。
「お前、ついに狂っちまったか? 人が生き返るわけないだろ。寂しがりのお前が悲しむのは仕方ないが流石に――」
「さて、どうでしょうね。で、何しに戻ってきたのですか?」
茶化すように笑うアイゼン。彼の冗談を切るように、エスペルトは疑問をぶつけた。
「お前を探しにきた。主城に居ないから訪ねて回ったんだが、ここに居る確率が高いって聞いてな。墓参りも程々にしとけよ」
「......変な噂広まってそうですね」
どこの誰が広めたか知らないが、しばらくは控えた方が良いのかもしれない。エスペルトは苦笑いを浮かべる。
「あー、それでお前を探してたわけだが」
「はい」
「場所を移さないか?」
どこか気まずそうに顔を逸らし、頭をかくアイゼン。その問いの続きをエスペルトが沈黙で促していると、やがて意を決するように正面を向いた。
「少し、相談があるんだ」
そんな彼の決意と裏腹に、その瞳は迷いに満ちていた。
◆
「......握ったか。覚悟はできてるんだろうな?」
男は木刀をゼデクに向ける。はたして弟子として認められたのだろうか。正直、わからない。だが、はっきりとしていることが1つある。今、自分に向けられている殺気は本物だ、と。ゼデクは身構えた。先に襲われたことを含め、常識が通じない相手だろう。下手をすれば、数少ないレティシアとの時間全てが水泡に帰すかもしれない。
「あぁ、頼む」
男が一歩踏み出す。レティシアの方を見ている余裕がなかった。彼女の反応が気になるのに、目の前から放たれる殺気がそれを許してくれない。
「では早速始めよう。お前に足りぬものは多い」
どのような修行内容なのか、ゼデクがそう考える前に男の圧が大きくなる。
「......俺は何をすれば良い?」
「簡単だ――」
銀の閃光が走った。それは彼が持っている木刀ではなく、彼自身から放たれた光。でもそんなことどうで良い。目の前から、男の姿が消えた。ゼデクは背中に寒気を覚える。
「――今日から3日以内に俺に一撃を与えてみせろ」
背後から声が聞こえた瞬間、ゼデクは死を覚悟した。間に合うことを必死に祈りながら、身体を捻る。すんでのところで、躱す。それを認識したところで、2撃目が飛んできた。多分、出し惜しみしている暇などない。ゼデクが自身の魔法を引き出そうとしたところで山の中であることを思い出す。無闇に炎は使えない。
「......くそッ」
諦めて余力を全て身体強化に回し、刀を構える。直後、衝撃が走った。今までの比ではない。オスクロルやプレゼンスと同等いや、あるいはそれ以上の衝撃。確実に命を奪いに来てる一撃。男が軽々と振るった一撃は、容易にゼデクの身体を攫った。木々の方へと飛ばされるゼデク。
「軽いな、何度も飛ばされおって」
「やめなさい。これは一体何のつもりですか」
するとレティシアが遮った。男は顔色1つ変えず
歩みだそうとする。
「はっ、あの男の方が物分りが良いと見える。見ての通り試練だ。この先でお前たちが戯言をほざく為には必要な試練よ!」
「私には殺人にしか見えません。貴方は手加減を知らない。きっと彼を殺めます」
「死んだのであれば、お前の愛した男はその程度と笑うまでよ。それに――」
レティシアの背後を飛び越えるゼデクを見て、男はフッと笑う。
「お前が思うほど、奴は弱くない」
ゼデクは思いっきり刀を振り下ろす。男は軽々と受け止めた。レティシアは驚く。正直、ゼデクは先の2撃目で立ち上がれないと思っていたからだ。そう思わせるくらいに男は強者だった。でも今、こうして食らいついている。ひょっとしてゼデクは、自身の知らないところで、自身が思うよりも強くなっているのかもしれない。そんな考えがよぎる。
「“鍵”のコントロールを急げ。良かったな、失敗すれば失うモノが増えたらしい」
もはや鍔迫り合いとも言えぬ張り合いをしながら、男は促した。それにレティシアは苦々しい表情を浮かべる。そしてゼデクを見る。これからのことを想像すると、足が震えた。彼は目の前の状況に一杯で、こちらの視線には気付いていないようだ。
「今ここで信じれぬようならば、今後この男の側にいる資格などない」
その一言を最後に、レティシアは走り出した。足がおぼつかなくて途中、転けそうになる。それでも走る。彼だけではない。レティシア自身にも試練があった。それは使命でもあり、自らの運命に抗う転機でもある。失敗は許されない。ゼデクがここに来て、より痛感させられた。そう、これは試練だ。
――失敗すれば、ゼデクの命が失われるかもしれない。そんな試練。




