第60話 少年と再会 1
「あー、じゃあ、その、行ってくる」
「おう、頑張れよ! 俺も兄貴のところで強くなるからさ」
ガゼルが謎のマッスルポーズをする。それに見送られ、ゼデクは先を急ぐことにした。正直、どんどん押し寄せてくる急展開に頭が付いていかない。彼は屋敷前に止まっている色鮮やかな馬車を見てそう思う。
「よし、行こうか! ゼデク君」
背後からライオールの声が聞こえた。樽らしきもの肩に担いでいる。
「何ですか、ソレ」
「え、今更敬語? いつも通りで良いさ。是非エスペルトやプレゼンスのように接してくれ」
明るい笑顔で答えるライオール。彼に人望があるのは、こういうところがあるからだろう。自らの地位や強さを誇張せず、相手と同じ目線に立つのだ。ゼデクはそう感じた。
「ちなみにこれは酒だよ」
「酒?」
「そう、魔王は酒が好きなんだ」
ライオールは後ろの荷台に樽を乗せる。その酒とやらが、魔王を倒すために必要なものなのかもしれない。
「じゃあ、馬車に乗ろうか」
先頭に馬が、車の上には小さな部屋が、その後ろに荷台がある。しかし、騎手がいない。地位を考えれば自分がやるべきだろう。ゼデクが馬の方へ向かったところで、
「君はこっち! それは僕の役目だ」
ライオールがドアを指差した。
「いや、流石にアンタに騎手をやらせるわけにはいかない」
「言ったろ? 今回、僕は君の護衛だ。それに中で君を待っている人がいる。ほら、入って! さぁ、さぁ!」
なんて言う。ゼデクは戸惑いながらもドアに手をかける。もう一度ライオールに視線を投げかけるが、やはり彼は頷くだけだった。
「待ってるって一体誰が......?」
意を決してドアを開ける。すぐに中の人物と目があった。沈黙する2人。
「......すまない。間違えた」
ゼデクはそれだけ言ってドアを閉める。そして、再びライオールの方を見た。
「何かの間違いだろ?」
「いや? 合ってるよ?」
「やっぱり俺が騎手を――」
「それは聞けない相談だな〜。彼との時間をゆっくり楽しむと良い」
「お、おい!」
ライオールは悪戯めいた笑みを浮かべると、ドアを開け、ゼデクを強引に放り込んだ。室内に転がり込む。よくよく考えればそうだ。ここ最近、レティシア絡みの事で彼がいなかったことはない。ならば今回の件で出向いていることも必然――
「何をやっているノロマ。相変わらず手間のかかる奴よ」
ゼデクは見上げる。その先で、グラジオラス・ウィンドベルがぶっきらぼうに窓の外を眺めていた。
◆
気まずい。ただひたすらに気まずい。出発してから早3時間が経った。その間何の会話もなく、ゼデクはグラジオラスと2人きり。重い沈黙が流れている。ライオール曰く、目的地まで4時間はかかるという。だから、あと1時間耐える必要があった。
どうする? 何か話すべきか? こちらが切り出すべきか? なんて考えがゼデクの頭をめぐる。チラッと横目にグラジオラスを見た。レティシアの腹違いの兄、グラジオラス・ウィンドベル。彼はいつものポーカーフェイスで、窓の外を眺め続けている。そういえば、ゼデクは彼としっかり会話をしたことがなかった。何ならじっくりと姿を見たのはこれが初めてな気もする。
「......貴様はルピナス王国に行ったのだろう?」
そんなことを考えていると、グラジオラスから声が掛けられた。顔は変わらず窓の方を向いている。
「......そうだな」
「プレゼンスの死には立ち会ったのか?」
「あぁ。ちゃんと爺さんの最期を見届けた」
「奴は最期に何と言っていた?」
グラジオラスが、ゼデクの方に顔を向ける。いつも通りのポーカーフェイス。でも、以前のような冷たい瞳ではなかった。
「......生きて、生きてもっと強くなれって」
他にも色々遺してくれた。レティシアとの恋を応援することや、エスペルトのことも。でもこの話を彼にすると火種になりかねないので、ゼデクは敢えて省く。
「......そうか」
「あぁ......」
「......」
絶望的に会話が続かなかった。ゼデクもそうだが、グラジオラスもかなりの口下手である。そんな2人が揃ってしまうのだから、この展開は必然であった。因縁が因縁なだけに尚更。
「......戦いの詳細は聞いた。ロゾとオスクロルを討ったらしいな。大層な活躍じゃないか」
「全部爺さんや皆んなのおかげだ。強くなったのも、ロゾを倒せたのも。それにオスクロルを倒したのは爺さんだ」
「お前がいなくても倒せなかったかもしれない。きっとプレゼンスもそう言ったはずだ」
それにゼデクは目を見開く。なんせ彼の予想は当たっているのだから。そんなゼデクを見て、グラジオラスは今日初めての笑みを見せた。
「ふっ、当たり前であろう? 奴ならばそう言う。私を貴様のような盆暗と同列にするな」
さらに面食らう。彼もそんな顔をするのだと。仲間のことをちゃんと見ているのだと。今まであまり良い印象を抱いていなかったゼデクだが、少しだけそれが変わった。
「......アンタも笑うんだな」
「......貴様にそう呼ばれる筋合いはない」
自分が笑っていることに気付いたのか、すぐにポーカーフェイスに戻すグラジオラス。彼は再び窓へと視線を戻した。ゼデクもつられて外を見る。どうやら山道に入ったらしい。緑色の光が車内を照らす。
「予定よりも早く着きそうだ」
グラジオラスの呟きを最後に、沈黙が訪れる。しかし、その沈黙は先ほどよりもどこか心地良かった。
◆
山道の中腹辺りで馬車が止まった。
「さぁ、着いたよ2人とも! じっくり話せたかな?」
ライオールがドアを開ける。グラジオラスは表情を変えず、馬車を降りながら
「実にくだらぬ時間であった」
と言い捨てた。それにゼデクはムッとしながら後に続く。
「えぇ〜、これから魔王を一緒に倒す仲じゃないか! もっと仲良く行こうよ」
「魔王?」
「そう、魔王退治! ノリが悪いなぁ、グラジオラス」
ライオールは笑う。彼もそうだが、全体的に違和感があった。何故か、ゼデク以外の人間には余裕があるのだ。歴戦の勇士だから、と言えばその一言で済んでしまうが、あれだけレティシアに過剰反応していたグラジオラスが、全く焦りを見せないのはおかしい。
「なんでアンタたち、そんなに余裕があるんだ?」
「慣れてるからね。焦ったって仕方ない。ね、グラジオラス?」
「......あぁ、なるほど。そういうことか」
するとグラジオラスが不穏な笑みを浮かべる。
「いや、確かに盆暗の言うことに一理ある。急がねばならんことに変わりはあるまい。行くぞ」
「お、そう来たか。となればレティシア様の元へ直行だ!」
余裕があるのかないのかわからなくなってきた。しかし、今のゼデクにそんなことを考えている暇はない。彼らがどうであれ目的地に着いた今、ゼデクはレティシアのことで頭がいっぱいだった。こうしている間にも何をされているかわからない。抑えていた焦りが徐々に溢れ出る。すぐに駆けつけなければ。
「場所はどこなんだ?」
「おそらくあそこの山小屋にいる」
ライオールが指差す先に山小屋が1つ。視界に入る時には走り出していた。躊躇うことなく身体強化魔法で一気に駆け上がり、あっという間にたどり着く。そしてドアを蹴飛ばし、部屋の中に入る。
「レティシア! 大丈......へ?」
「......へ?」
驚愕の表情をした彼女と顔を合わせる。確かにレティシアはそこにいた。なのにおかしい。彼女はエプロンを着けていて、手には鍋があって、部屋の中はやけに生活感に満ちていて――
「突然、ドアを破る賊が出たかと思えば貴様か」
ゼデクの思考が止まっていると、背後から声がする。同時に殺気と威圧感が場を支配した。今度は身体さえも硬直する。彼は恐る恐る後ろを向いた。
「久しいな、ゼデク・スタフォード。前よりは数段マシな顔付きだ」
その先で魔王が、否。魔王すら竦んでしまうような修羅がゼデクを静かに見降ろしていた。




