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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第1章 籠の中の少年と少女
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第6話 剣技と魔法

「......持ってきたぞ」


 ゼデクは屋敷の中にある、エスペルトの自室の扉を開け、コップを机に置いた。コップの中にある、緑に濁った液体が揺れる。


「ご苦労様です。いや〜疲れました。もうすぐで終わりの目処が立ちそうです」

「さいですか、それは良かった」


 惨めな思いをした会議の日から早2日、魔法師団の結成まで日数もあり、ゼデクの日常がすぐに変わることはなかった。


「あと少し頑ば......休憩ですね。この後ひさびさに剣の稽古でもつけてあげましょう」

「もう少しなら頑張れよ」

「でも、強くなりたいでしょう?」

「......勿論だ。でも、仕事はしてくれよ? あんまり仕事してるとこ見ないから、不安になる」

「あぁ、文武ともに天才が故に、仕事が早く片付き、他人から仕事をしてないように見えるとは......私も業が深い」


 片手で頭を抑えつつ、コップに手を伸ばすエスペルト。


「この8年間、あんたに剣を教えてもらった。で、魔法使いになるきっかけもくれた。でもまだ、あんたを始めとした七栄道に届かない。辿り着くまでに、あと何年かかる?」


 何十年もかければ、辿り着けるのかもしれない。でもレティシアが王族であることを加味すると、本人達の意思に解さない伴侶が、その間に用意されてしまうのは明らかだろう。要するに、10年・20年と世界は待ってくれないのだ。


「貴方、剣はともかく、魔法に関しては全然ですものね。何年かかるかは、貴方次第ですよ」


 エスペルトはニヤニヤしながら、コップを口に運ぶ。


「もっと強い魔法が習得したい。もっと周りを圧倒する力が欲しい。その術をあんたは知ってるはずだ。教えてくれ」

「力が欲しいと? 貴方は力があれば、誰でも圧倒できると?」

「違うか?」


 するとエスペルトが一瞬考える仕草をし、ペンを手に取った。


「ところでゼデク、知ってます? ペンは剣より強いんですよ?」

「え?」


 尻を持ち、クルクルとペン先を回すエスペルトに、ゼデクは混乱した。


「腰にある剣を抜き、私に本気で斬りかかりなさい」

「何言ってんだ、丸腰のあんたに勝っても面白くねぇよ」

「ペンを手に持ってるじゃないですか」


 まるで、ペン1本で十分ですと言われるような感覚。その感覚に少し苛立ちながらも、ゼデクは腰に帯びた剣に手を触れる。


「じゃあ、遠慮なく。後悔すんなよ!」


 ゼデクは抜刀し、エスペルトの脳天目掛けて全力で振り下ろした。ガキンッと甲高い金属音が、部屋の中に響き渡る。


「なっ!?」


 ゼデクが振り下ろした剣を、エスペルトはペン先で軽々と受け止めた。


「ね、ペンって強いでしょう? あぁ、言っておきますが、何の細工もしてませんよ。ただのペンです」

「バカ言え、強いのは剣じゃなくて、あんただろ。普通ペンなんかで受けられねぇよ」


 するとエスペルトはしらじらしく、それでいて小馬鹿にするように目を丸くした。


「なんだ、わかってるじゃないですか。強いのは私が持っている“ペン”ではなく、“私自身”です」


 そのまま、ペン先を真上に押し上げる。たったそれだけの動作なのに、ゼデクの手から剣が離れてしまい、天井に刺さった。


「どんなに凶悪な能力でも、性能の良い武器でも、それを持っているのが貴方なら、何も怖くないですね。例え丸腰でも、負ける気がしません」


 ふふん、とドヤ顔を見せる彼の言わんとすることを、ゼデクは理解した。


「俺に足りないのは......」

「力ではなく、それを扱う貴方自身の強さです。魔法も剣と同じですよ、武器の一種のようなものです。突然、強大な力を手に入れたとして、それをただの人間が十分に引き出せますか? 使いこなせますか?」


 コップの中身を飲み干したエスペルトは、立ち上がった。


「話の続きは、稽古をしながらやりましょうか」


 ◆


 2人は、屋敷の奥にある修練場に出た。もっとも、広いだけのスペースであり、これといって器具が設置されているわけでもなければ屋根がある訳でもない。


「せっかくですから、貴方は魔法を使ってもいいですよ」

「そうさせて貰う」


 魔法には幾つか種類がある。人には誰にでも魔力が宿っており、その魔力を様々なものに変換する。


 単純に魔力で身体能力を高める、身体強化魔法。

 魔力を炎や水といったものに変換する、物質・属性魔法。

 幻を見せたり、催眠を促す、特殊魔法。


 用途は多岐に渡る。その中で、ゼデクが使える魔法は身体強化魔法と、炎の属性魔法であった。ゼデクは再び腰に帯びた剣に手を伸ばしながら魔力を体中に張り巡らし、身体能力を向上させた。


 エスペルトが木刀を構えた。それを確認すると、足元の地面を凹ませながら前方目掛けて飛び込む。ゼデクは先程と同じようにエスペルトの脳天を目掛けて剣を振り下ろす。しかし、より速く、より重く。それでもエスペルトは易々と受け止めた。


「おぉ、驚きました。会議前よりも貴方の身体強化魔法、強くなってますよ。少しは人間としての成長があったんですかね?」


 ゼデクは答えず、ひたすらに剣を撃ち込む。今は勝てないのかもしれない、一撃を浴びせることができないのかもしれない。それでも必死に糸口を見つけようと試みる。


 隙はないか? 角度や緩急を変える。本気でないにしても、七栄道の一角との貴重な撃ち合い。ゼデクが大きく成長できる、数少ない機会だ。


「良いですね。魔法は本人の身体能力そのものにも関係しますが、それ以上に心理状態に大きく影響されます。貴方が精神面で成長した時、その分だけ魔法は応えてくれますよ」


 エスペルトは木刀で受け止め、躱し、足払いをしながら、器用に話す。


「貴方はまだ16です。この先の人生、迷いなさい、経験なさい、そして抱いた感情全てをぶつけなさい。それが貴方自身の成長に繋がります」


 さらに数合したところで、ゼデクは距離を取った。


「はぁ、はぁ、ダメだ全然通じない」


 息を上げるゼデクと対照に、涼しい顔するエスペルト。


「え、もう終わりですか? バテるの早過ぎて、息抜きになりません。レティシア様も泣いてますよ?そんなんじゃ、私を救えませ〜んって」

「......上等だッ!」


 今度は炎の属性魔法を使い、剣に炎を纏わせる。


「え、ちょ、木刀燃えます......」

「行くぞォォォォォォォォォォオオオオ!!」

「木刀に強化魔法は癪ですし......はぁ、仕方ありません」


 ゼデクは木刀を放り投げるエスペルトに向かって、再び走り出した......


 ◆


「お疲れ様、今日はよく頑張った方じゃないですか?」


 エスペルトは地面に仰向けで倒れているゼデクを見降ろしながら、話しかけた。


「......もう体が動かん」

「結構結構、もうすぐ夕飯ですね。支度お願いしますよ」

「鬼畜め」


 ゼデクは空を眺める。あれから何時間経ったのか、夕日が傾いている。


「なぁ、エスペルト」

「うん?」

「どうして俺を拾ったんだ? 悪霊退治とか言われても、わからない。本当にこんな俺に利用価値なんてあるのか?」


 2日前は現実を、今日はエスペルトの足元にも及ばないことを、改めて思い知らされた。こんなに惨めなゼデクを、何故選んだのか?


「......貴方の中にも立派な魔法が眠っているからです」

「あぁ? それじゃあ、俺の中にはちゃんとした力が眠ってたってことか?」

「でなければ、拾いません」


 どうやら、そういうことらしい。エスペルトはゼデク自身ではなく、ゼデクの中にある魔法に利用価値を見出していたのだろう。ゼデクは何故かそれに、虚しさを感じた。少しだけ孤独を感じた。この感覚がなんなのか、わからなかった。


「何ですか、その顔。あ、もしかして私に情があるとでも思いました? 私が貴方自身に愛情を注いでいると? 残念でした〜」


 そういって、背を向けるエスペルト。


「うるせぇ、誰があんたの愛情なんかに期待するかよ。胡散臭い、あんたのことなんて信用するか」


 するとエスペルトが振り返る。その顔を見て、ゼデクは呆然とした。


「そうですか? 私は貴方を信じていますよ。貴方自身を信じています。いつか悪霊退治できる程に強くなると。それ以上に、貴方だったらレティシア様の元に辿り着くと」


 あいも変わらず、笑みを浮かべるエスペルト。でも、その笑みは何時ものような悪戯めいたものではなく、とても優しいもので、どこか儚げで。ゼデクに青臭い台詞と共に見せた、初めての笑みだった。


「......きもい」

「はは、これは殺処分です」


 今度こそ屋敷へと戻ろうとするエスペルト。その背中を見つめるゼデクの胸中に、何か温かいものがあった。どこか懐かしいものを感じたが、この感覚も何なのか、わからなかった。


「......痛ぇ」


 動かない体を懸命に起こし、エスペルトの後を追うのであった。

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