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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第59話 少年と事件

 葉が真っ赤に染まり、やがて散る。今年もこの季節がやってきた。そんな葉と同じように真っ赤な髪をした少年は木を見やる。その下では、少女が木刀を懸命に降っていた。一振り。また一振り。一回一回にしっかり力を込め降る。


『良いか秋仙』

『......はっ』


 自身の対面に座っている、初老の男が口を開いた。秋仙は姿勢を正すと、目線を彼の元に戻した。


『汝は水面に浮かぶ一葉に過ぎん』

『はぁ......一葉でございますか』

『左様』


 今度は初老の男が視線を動かした。その先には小川が。そして、その上を落葉が流れ行く。


『汝のみならず。全ての人間例外なく。儂や汝の妹......紅葉もだ。例え“鍵”を持っていようと変わることはない』


 それを聞いて秋仙は再び少女へと目を向ける。“鍵”という残酷な運命を背負う妹へと。


『良いか。我らは流れ行く一葉。故に流れを見極めろ。良きものか悪しきものか判断しろ。流れを制すのだ。抗うことが全てではない』

『......はっ』


 初老の男が刀を差し出す。流麗な曲線を描いた刀。千日紅刀の最上位に位置する業物だ。断じて性能がズバ抜けて良いわけではない。ならばなぜ最上位に位置するのか?


『強くなれ。力が本質ではない。その力をどう扱うかで如何様にも傾く。この刀の是非、妹の運命を定めるのは他でもない貴様自身だ』


 かつて、千日紅で名を馳せた者たちが使用したからである。強者が使ってこその業物。この刀の名誉を貶めるか否かは、全て自身の腕にかかっている。


『しかと、心に留めよ』


 秋仙はそれを掴んだ。そしてもう一度誓う。心の内で1人覚悟を決める。この業物に恥じぬ強者になる、と。


 そして――


『あ、お兄ちゃん!』


 こちらに気付き、駆け寄る妹。


『......いつか、お前を解放してみせる。紅葉』


 秋仙は1人呟くと、微笑みで迎えた。


 ◆


 眩しい。顔に僅かな暖かさを感じる。ゼデクは横から差してるであろう陽の光を手で隠しながら瞳を開く。そこで気付く。何かおかしい。日差しは横からなのに、顔全体が暖かくて――


「よっ、おはよう」

「うぉ!?」


 ガゼルがこちらを覗いていた。それもかなり至近距離で。ゼデクは驚きのあまり、彼を蹴飛ばす。


「......ってー。お前、いきなり何すんだよ!」

「それはこっちのセリフだ!」


 腹を抑える半裸の男を眺めて思い出す。彼は今、自分と共にエスペルトの屋敷に寝泊まりしていることを。プレゼンス率いる“願望の魔法師団”の大半を前回の戦闘で失った。その為、再建されるまでの間、エスペルトが彼を預かることになったのだ。


「エスペルトの兄貴が呼んでたぞ。ゼデクにだけ、至急任務があるらしい」

「任務?」

「任務任務。早くいこーぜ」


 彼はそれだけ言い残すと、戸を開けて出て行ってしまう。


「......慌ただしいな」


 ゼデクは急いで身支度を整えると、彼の後を追った。恐らく彼らは、食卓に居るだろう。最近はルピナス王国にずっと滞在していたので、どこか懐かしさを感じながら廊下を歩く。目的の部屋にはすぐ着いた。戸を開ける。はたして――


「――やぁ、おはようございます。実に清々しい朝ですね」


 いた。エスペルトだ。彼は優雅に茶を口に運びながら、爽やかな笑顔を見せた。彼の様子を見ればわかる。さぞや清々しい朝なのだろう。しかし、眼のクマが全てを覆す。


「眼のソレ、いつになったら治るんだ?」

「いつ治ると思います? 私も非常に気になります」

「......いつか治ると良いな」


 ゼデクは対面の座席に座る。ガゼルは既に隣に座っていた。昨晩、作り置きしておいた朝食を食べている。エスペルトはもう食べ終わっているようだ。


「で、任務ってなんだ?」

「実はですね、先週レティシア様が拐われました」

「はいはい、そうですか......は?」


 隣からフォークが落ちる音が聞こえた。でも、彼は気にせず続ける。


「レティシア様が拐われました」

「いや、え?」


 口をあんぐり開ける2人。ゼデクたちは何を言ってるのか理解できなかった。拐われた? 誰に? なんでそんな澄ました顔してるの? なんて言葉が彼らの頭の中を延々と駆け巡る。


「いや、どういうことだ。なんでそんな余裕そうにしてるんだよ。大事件だろ。誰だ? 誰に拐われた?」


 席を立ち、2人して責め立てる。しかし、エスペルトはあくまで涼しげに笑うだけだった。


「大魔王に先週拐われました。そこで貴方には姫様奪還作戦に向かってもらいます」

「あ、兄貴! ゼデク1人じゃ不安だ! 俺も行くよ!」

「人数はともかく、大魔王って誰だよ......」


 肝心なところをはぐらかすエスペルト。とりあえず今は急いで向かわねば。そうゼデクが思ったところで――


「ですよねー? 彼1人では心許ないですよねー? そう言うと思って今回、最強の護衛を用意しました。どうぞ〜」


 エスペルトの掛け声と共に背後の戸が開かれる。心なしかに部屋が明るくなる。覗かせる金の短髪。それと同じく黄金の鎧、剣。


「......いやぁ〜恥ずかしいよ。そうやってハードル上げないで! 何がともあれゼデク君、よろしく!」


 ――“黄金の英雄”、ライオール・ストレングスが、入ってきた。

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