第57話 少年と終戦 2
「これで、一時お別れだな」
「あぁ、世話になったよ」
ゼデクはレゾンが差し出してきた右手を握った。オスクロルを倒して早1週間。ゼデクたちは体調が良くなるまで、ルピナス王国の主城に滞在していた。でも、それも今日で最後。奥で準備しているエスペルトを横目に、時の流れの早さを感じる。
「......すまなかった。終始、お前たちには頼りっぱなしだった」
「気にすんな。別にお前たちのために戦ったわけじゃない......あー、もし良かったら、今度爺さんの墓参りでも来てくれ。俺も時間ができたらロゾに会いに行く」
とはいえこの7日間、プレゼンスの死が脳裏から離れることはなかった。彼のことは、生涯忘れることはないだろう。
「もちろんだ。今はまだ国の再建で精一杯だが、いずれは行かせてもらう」
「ゼデクさーん! 行きますよー!」
背後でオリヴィアの声が聞こえる。もう時間のようだ。ゼデクが振り返ろうとしたところで、
「同盟国ゆえでもあるが、必要ならばいつでも呼んでくれ。俺は......それ以上にお前の味方だ」
「......え?」
「ほら、行け。先日の忠告忘れるなよ?」
「あぁ。......ありがとう、レゾン」
聞く人が聞けばまずい発言。ゼデクは一瞬戸惑うも、素直に受け取ることにした。実質、レゾンがトップとなったルピナス王国は同盟国。これからは頼もしい仲間だ。
背を向け、歩き出す。そして、彼の忠告を思い出す。
『お前の中には“鍵”、あるいはそれに似た何かを感じる。お前の力だけを利用しようと目論む輩がいるかもしれない。身の振り方に気を付けろ』
“鍵”、それに似た何か。なんとなく、片鱗には触れていたので、彼の言わんとすることは理解できた。そして、その力に目を付けている人間がいることも――
「話は十分できましたか?」
「まぁな」
エスペルトが話しかけてきた。彼がまさにその人間。彼は自身の力を使って何をしたいのだろうか? ゼデクはそんなことを考える。
「さて、馬車の準備はできています。......人数が少なくなりましたからね。貴方は私の方に乗りなさい」
「どうせならアイツらと一緒が良い」
「残念ながら4人乗りです。あら、1人余りますね?」
「......」
他の誰かを生贄に捧げるわけにはいかない。どうやら乗らざるを得ないらしい。ゼデクは諦めた。
「そうですね。帰り道がてら、話でもしましょうか」
エスペルトはいつものように悪戯めいた笑みを浮かべた。
◆
揺れる馬車の中、2人は対面に座る。
「アンタは泣かないんだな」
「はぁ、私が? なんで泣く必要が?」
「仲間が......爺さんが死んでも、えらくあっさりしてるなって」
終戦後、駆けつけてきたエスペルトが彼を見た時、何も言わずに棺に納めていたのを思い出す。
どこか悲しげな表情をしている気もしたが、それも最初だけで、淡々と作業を進めていた。何ならその後は、平常運転だ。
プレゼンスの遺言で、エスペルトのことを託された。酷く脆い男だから頼む、と。だから今、それなりに彼も思う所があるのでは、とゼデクは予想していた。だが気のせいだったようだ。少々癪にさわるが、彼の態度を気にしていてはキリがないので、不満げな顔で抗議するにとどめる。
「慣れてますから」
「いっそ清々し過ぎて、きっと爺さんも苦笑いしそうだ。そういえば......」
気になっていることがあった。なので聞いてみる。
「トレラントって男知ってるか?」
それにエスペルトは一瞬だけ、目を丸くした。多分、他人にはわからなくて、長年共にしたゼデクにしか判別できない範囲で。
「知ってますよ。彼がどうしました?」
「俺、アイツと話したんだ」
馬鹿にされるのを覚悟で言い切る。普通なら信じてもらえないような話。果たして、エスペルトの反応は――
「......あぁ、そうか。彼は貴方を選んだのですね」
窓に目を向け、1人嬉しそうに呟いていた。何を言ってるのかハッキリ聞こえない。
「何だよ、そんなに笑って。気持ち悪いな」
「だって、貴方が死人と話したなど頭のおかしなことを言うから」
フフッと笑うエスペルト。また一つ、いじられる要素が増えた。やはり話すべきではなかったとゼデクは後悔する。
「......確かに話したはずなのにな」
今度はゼデクが窓に目を向ける。すると彼は、
「魔法あれど、死人と話すことは出来ません。だったら貴方は何と話したのでしょうね?」
なんて言ってくる。その言葉に深い意味があるのか、単にからかっているだけなのか。
「さぁ、そんな愉快な頭を持つ貴方にお知らせがあります」
「......?」
「貴方が寝ていた1週間、その間に此度の報告をシエル王に届きました。で、返事も貰ってます。というより、予め段取りを決めています」
それにビクッとなるゼデク。確かに今回の件はかなりの快挙だろう。でもそれは――
「先に言っとくが、オスクロルを倒したのは爺さんだ。その手柄を貰うわけにはいかない」
「貴方がいなかったら成立してない功績です。それに出陣前に彼から言伝を貰ってます。活かすも辞退するも貴方の自由ですが、彼が本当に何を望んでいたか、よく考えなさい」
彼の意思を尊重しろ、そうエスペルトは言う。ゼデクは複雑な気持ちになりながらも先を促すことにした。
「わかった。どんな結果でも受け止めるよ」
「......よろしい。貴方が今所属している魔法師団。レティシア様をお守りする大切な魔法師団でありますが、先の戦いで副団長が不在となりました」
エスペルトは紙を取り出す。そして最後の一文を指差した。その一文にはこう書いてある――
「近々、レティシア様が出陣なさる。貴方は護衛を努めなさい」
――ゼデク・スタフォード。汝を副団長に任命する。




