第55話 少年と幾千幾万の願い
プレゼンスは戦うたびに思う。ここまで強くなれたのは、数多の願いがあったからだ。何人もの人々が自分に願いを寄せたから、今の自分がいる。
ある人は志した。
『私はね、いつかこの国の王となる。そして、真の平和を目指す。狂った争いを止めて、民に平穏をもたらしたい。その為には君が必要だ、プレゼンス』
ある人は笑った。
『俺も大事なもの、できた気がする。だからさ、これからはもっともっと強くなるよ、ジジイ』
ある人は泣いた。
『今回のルピナス侵攻、苦戦に陥ることは承知しています。その上でお願いしたい。貴方一人に任せることを許して欲しい』
ある人は叫んだ。
『この手で、俺の手でやらなきゃ意味がないんだ! そうレティシアと、みんなと約束した! 頼む、俺、強くなりたいんだ! もう誰も失わないくらいに、後悔しないくらいに!』
死んでいった者、これから本番を迎える者、これから歩み出す者、様々だ。彼らが自らを、プレゼンス・デザイアを強くした。もっとも願いに応じる魔法ゆえであることに違いないが、きっと本質は違う。彼らの願望に対する真摯な思いが、姿が、いつでも自身の勇気になったのだ。そう、プレゼンスは思う。
そして昔、ある人と約束した。
『ねー、プレゼンス』
『何ですかな、姫様』
王宮の一室にて、少女が嬉々としながら話しかけてくる。それにプレゼンスは答えた。目線が彼女と合うように腰を下ろす。
『え、えーっとね』
『はいはい』
何か言いにくいことだろうか? 顔を赤らめながらモジモジとする少女。
『わ、私ね、好きな人......できたんだ』
『ほー』
そうきたか、とプレゼンスは思わず声を上げる。先日、やけにグラジオラスが不機嫌そうにしていた理由がわかった。王族の色恋沙汰なんて、聞く人が聞けば大騒ぎになるだろう。
『や、やっぱりダメかな? お兄様もお父様も良い顔してくれないの。エスペルトは笑うだけで、その、気持ち悪いし。プレゼンスにしか相談できないかな、って』
曖昧な返事をしたためか、さらに落ち込んだ様子を見せる少女。ちなみに気持ち悪いかはさておき、エスペルトに相談しないのは正解だ。後々面倒なことになりかねない。
『いやいや、そんなことありませんぞ! 愛する人と結ばれてこその恋愛ですからな』
『本当?』
『ええ』
『なら応援してくれる?』
『もちろん! いつかワシが聖地への道を切り開き、見事貴女の自由を勝ち取って見せましょう。なんならお相手様もワシが導きますとも』
すると彼女は再びパッと笑顔になる。これで良いと思った。後でグラジオラスらが怒るかもしれないが、プレゼンスは他人の願いを無下にしたくなかった。
それにしても気になる。かつて、自分の息子が守ろうとした少女。そんな彼女が恋した人とは、どんな人物なのか? 素敵な人だろうか。腑抜け者であれば性根を正さなければいけない。
『せっかくだから、もう少しお聞かせください』
『うん! あのね――』
願わくば、いつかこの少女を救う人であらんことを。
◆
「......ワシがヘマしたばかりに迷惑をかけた。そして、強くなったな少年」
「――! ――ッ」
ゼデクが声にならない声を上げる。プレゼンスはニッと笑うと、
「無理をするな、限界まで頑張りおって。ほら、力まず落ち着け。さすれば声くらいは出る、喉は大丈夫じゃ」
光を灯した手で、優しく胸を叩いた。
「かほッ! ......じ、爺さん」
「後はワシに任せろ......いや、もう一度任せて欲しい。次こそ勝ってみせる」
「無茶だ、だってアンタ――」
そこで仲間の方へ投げられる。改めて、プレゼンスの姿がはっきりと見えた。ボロボロだった。傷だらけで、血がたくさん流れてて、どうやってここに来たかわからないくらいに。なのに彼の表情はこの上なく明るく笑っていて――
「爺さん!」
「ちょっと、もう動かないで! 君も限界まで来てるんだから!」
仲間に止められるゼデクを見届け、プレゼンスは背を向ける。大丈夫、彼は本当に強くなった。きっといつか、レティシアの元にたどり着いてくれるだろう。この国を担う、大切な存在になるだろう。だからこそ、ここで死なせるわけにはいかない。
「......なんだ、生きていたのか。しぶとい老人だな」
「貴様がそれを言うか、しぶといのはお互い様だろうに」
オスクロルと対峙する。彼もまた、かなり負傷しているようだ。もはや再生するだけの、いや、再生に回すだけの魔力も残っていないらしい。
「なんにせよ、お互い限界のようじゃの。そろそろ決着をつけよう。いい加減貴様の顔を見るのは飽きた」
「ククッ、死に損ないと一緒にするな。俺はまだ戦えるぞ......だが、決着に関しては同感だ。俺だっていつまでも老いぼれと戯れるわけにはいかない」
大鎌を強く握りしめるオスクロル。そして彼は、目の前の男を倒すため、他に割いていた力全てを集める。それを見て改めて認識する。彼もまた、相当な強者であると。彼が何を願い、志しているのかは知らないが、彼なりに積み重ねてきたものがあるに違いない。
「ふぅ〜......」
プレゼンスは大きく息を吐き出し、手に力を入れる。ボロボロな身体でも、まだ言うことを聞いてくれた。動く。自然とした構えが取れる。
2人は同時に雄叫びをあげた。それは決戦の合図。意図せず重なった咆哮を皮切りに、2人は飛び出す。
「ここで果てろッ!」
無数の黒い槍が、矢がプレゼンスを襲った。オスクロルの闇魔法だ。今まで全体に渡っていたそれを、プレゼンスのみに向けて放つ。彼は膨大な闇の雨を薙ぎ払った。槍で、風圧で、強化された身体で。時折、何本か刺さるも構わず、突破してオスクロルに迫る。
「フンッ!」
空間ごと消し去りそうな突きを、オスクロルは大鎌でいなす。2回、3回、4回、と続いた所で、プレゼンスの放った蹴りが、オスクロルの頭を捉える。常人であれば首が吹き飛んでもおかしくないだろう一撃を、オスクロルは堪えた。
負けじと、大鎌を振り下ろす。強化魔法で硬化した肩に命中した。火花を散らしながら、徐々に胸をなぞり、脇腹を裂く。
「くっ......」
苦悶の声を上げるプレゼンス。しかし、彼は同時にオスクロルの脚を掴むと、思いっきり叩きつけた。地面に大きな跡を残し、空高く跳ねるオスクロル。彼は吐血を抑えながらも空中で体勢を整える。
「ゴフッ、やってくれる! だが俺はここで貴様を超え、さらなる高みへと向かうぞ!」
ここまでは前哨戦。そう言わんばかりに己が大鎌に、ありったけの魔力を凝縮させた。おそらく今まで最も大きな一撃。この期に及んで、彼もゼデクと同じように成長し続けているようだ。
「......まったく、心底恐ろしいやつよ」
だから、プレゼンスも残っている願い全てを槍に乗せる。彼にとってもこれが最大の一撃。そして最後の一撃。
「ウォォォォォォォオオオオオオオ!」
2人はぶつかる。互いの得物を中心に、衝撃が広がった。せめぎ合う魔力。この張り合いに負けた方に死が待っているだろう。いや、勝っても無事ではすまない。と、崩れゆく魔力を感じながら、プレゼンスは自らの最期を悟った。徐々に押されるプレゼンス。
「フッ、とうに限界は迎えているはずだ! 先に力尽きるのは貴様よ、プレゼンスッ!」
オスクロルは笑う。それで、さらに押される。もっと力が必要だ。押し返すだけの力を――
「――違うな」
「......何?」
自分の中に魔法は宿ってくれた。願いは、とうの昔に貰った。民が、部下が、家族が、仲間が自分に託してくれた。だから本当に必要なのは強さだ。彼らの想いに応えられるだけの、意志の強さを。
「守り抜けるだけの強さをッ!」
今度は押し返す。でもそれが精一杯だった。押し切ることができない。このままでは身体が限界を迎える。頼む、あと少しだ。少しで良い。必死に願いを込め続けるプレゼンス。オスクロルが再び笑みを浮かべる。
「フハハハハハハッ! これで終わ――」
「ジジイィーーーーーーーーーーーーッ!」
その時、彼の高笑いを遮るように叫び声が聞こえた。ゼデクの声だ。プレゼンスはハッとする。そして思い出す。
『確かにワシは師にあたるのだろうが、その呼び名は後の人に取っておけ』
修行初日に彼と交わした言葉。
『じゃあ、なんと呼べばいい?』
そう言った彼に、提案してみた。
『ワシはそうじゃなぁ......あぁ! そうじゃ! 是非とも“ジジイ”と呼んでくれんか?』
彼と何となく似ている、息子が呼んでいた愛称を。
『......爺さんにするよ』
『つれんのぉ〜』
そんなやり取りを彼は覚えていてくれた。まるで、自分に喝を入れるように叫んでくれるのだ。
「勝てッ! ジジイィィィィィイイイイイイイイイイイイイイッ!」
「......また借りができてしまったな」
最期の最期で会うことができた。これまでの願いを託せる人に。
「これで負けてはッ! 誰にも顔向けできぬッ! ぬぅおおおおおおおおおおおおおッ!」
大鎌にヒビが入る。オスクロルの目が見開く。しかし、自らの敗北を悟った時には遅くーー
――数多の願いが、オスクロルの胸を穿った。




