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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第4章 少年と幾千幾万の願い 〜ルピナスの戦花〜
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第55話 少年と幾千幾万の願い

 プレゼンスは戦うたびに思う。ここまで強くなれたのは、数多の願いがあったからだ。何人もの人々が自分に願いを寄せたから、今の自分がいる。


 ある人は志した。


『私はね、いつかこの国の王となる。そして、真の平和を目指す。狂った争いを止めて、民に平穏をもたらしたい。その為には君が必要だ、プレゼンス』


 ある人は笑った。


『俺も大事なもの、できた気がする。だからさ、これからはもっともっと強くなるよ、ジジイ』


 ある人は泣いた。


『今回のルピナス侵攻、苦戦に陥ることは承知しています。その上でお願いしたい。貴方一人に任せることを許して欲しい』


 ある人は叫んだ。


『この手で、俺の手でやらなきゃ意味がないんだ! そうレティシアと、みんなと約束した! 頼む、俺、強くなりたいんだ! もう誰も失わないくらいに、後悔しないくらいに!』


 死んでいった者、これから本番を迎える者、これから歩み出す者、様々だ。彼らが自らを、プレゼンス・デザイアを強くした。もっとも願いに応じる魔法ゆえであることに違いないが、きっと本質は違う。彼らの願望に対する真摯な思いが、姿が、いつでも自身の勇気になったのだ。そう、プレゼンスは思う。


 そして昔、ある人と約束した。


『ねー、プレゼンス』

『何ですかな、姫様』


 王宮の一室にて、少女が嬉々としながら話しかけてくる。それにプレゼンスは答えた。目線が彼女と合うように腰を下ろす。


『え、えーっとね』

『はいはい』


 何か言いにくいことだろうか? 顔を赤らめながらモジモジとする少女。


『わ、私ね、好きな人......できたんだ』

『ほー』


 そうきたか、とプレゼンスは思わず声を上げる。先日、やけにグラジオラスが不機嫌そうにしていた理由がわかった。王族の色恋沙汰なんて、聞く人が聞けば大騒ぎになるだろう。


『や、やっぱりダメかな? お兄様もお父様も良い顔してくれないの。エスペルトは笑うだけで、その、気持ち悪いし。プレゼンスにしか相談できないかな、って』


 曖昧な返事をしたためか、さらに落ち込んだ様子を見せる少女。ちなみに気持ち悪いかはさておき、エスペルトに相談しないのは正解だ。後々面倒なことになりかねない。


『いやいや、そんなことありませんぞ! 愛する人と結ばれてこその恋愛ですからな』

『本当?』

『ええ』

『なら応援してくれる?』

『もちろん! いつかワシが聖地への道を切り開き、見事貴女の自由を勝ち取って見せましょう。なんならお相手様もワシが導きますとも』


 すると彼女は再びパッと笑顔になる。これで良いと思った。後でグラジオラスらが怒るかもしれないが、プレゼンスは他人の願いを無下にしたくなかった。


 それにしても気になる。かつて、自分の息子が守ろうとした少女。そんな彼女が恋した人とは、どんな人物なのか? 素敵な人だろうか。腑抜け者であれば性根を正さなければいけない。


『せっかくだから、もう少しお聞かせください』

『うん! あのね――』


 願わくば、いつかこの少女を救う人であらんことを。


 ◆


「......ワシがヘマしたばかりに迷惑をかけた。そして、強くなったな少年」

「――! ――ッ」


 ゼデクが声にならない声を上げる。プレゼンスはニッと笑うと、


「無理をするな、限界まで頑張りおって。ほら、力まず落ち着け。さすれば声くらいは出る、喉は大丈夫じゃ」


 光を灯した手で、優しく胸を叩いた。


「かほッ! ......じ、爺さん」

「後はワシに任せろ......いや、もう一度任せて欲しい。次こそ勝ってみせる」

「無茶だ、だってアンタ――」


 そこで仲間の方へ投げられる。改めて、プレゼンスの姿がはっきりと見えた。ボロボロだった。傷だらけで、血がたくさん流れてて、どうやってここに来たかわからないくらいに。なのに彼の表情はこの上なく明るく笑っていて――


「爺さん!」

「ちょっと、もう動かないで! 君も限界まで来てるんだから!」


 仲間に止められるゼデクを見届け、プレゼンスは背を向ける。大丈夫、彼は本当に強くなった。きっといつか、レティシアの元にたどり着いてくれるだろう。この国を担う、大切な存在になるだろう。だからこそ、ここで死なせるわけにはいかない。


「......なんだ、生きていたのか。しぶとい老人だな」

「貴様がそれを言うか、しぶといのはお互い様だろうに」


 オスクロルと対峙する。彼もまた、かなり負傷しているようだ。もはや再生するだけの、いや、再生に回すだけの魔力も残っていないらしい。


「なんにせよ、お互い限界のようじゃの。そろそろ決着をつけよう。いい加減貴様の顔を見るのは飽きた」

「ククッ、死に損ないと一緒にするな。俺はまだ戦えるぞ......だが、決着に関しては同感だ。俺だっていつまでも老いぼれと戯れるわけにはいかない」


 大鎌を強く握りしめるオスクロル。そして彼は、目の前の男を倒すため、他に割いていた力全てを集める。それを見て改めて認識する。彼もまた、相当な強者であると。彼が何を願い、志しているのかは知らないが、彼なりに積み重ねてきたものがあるに違いない。


「ふぅ〜......」


 プレゼンスは大きく息を吐き出し、手に力を入れる。ボロボロな身体でも、まだ言うことを聞いてくれた。動く。自然とした構えが取れる。


 2人は同時に雄叫びをあげた。それは決戦の合図。意図せず重なった咆哮を皮切りに、2人は飛び出す。


「ここで果てろッ!」


 無数の黒い槍が、矢がプレゼンスを襲った。オスクロルの闇魔法だ。今まで全体に渡っていたそれを、プレゼンスのみに向けて放つ。彼は膨大な闇の雨を薙ぎ払った。槍で、風圧で、強化された身体で。時折、何本か刺さるも構わず、突破してオスクロルに迫る。


「フンッ!」


 空間ごと消し去りそうな突きを、オスクロルは大鎌でいなす。2回、3回、4回、と続いた所で、プレゼンスの放った蹴りが、オスクロルの頭を捉える。常人であれば首が吹き飛んでもおかしくないだろう一撃を、オスクロルは堪えた。


 負けじと、大鎌を振り下ろす。強化魔法で硬化した肩に命中した。火花を散らしながら、徐々に胸をなぞり、脇腹を裂く。


「くっ......」


 苦悶の声を上げるプレゼンス。しかし、彼は同時にオスクロルの脚を掴むと、思いっきり叩きつけた。地面に大きな跡を残し、空高く跳ねるオスクロル。彼は吐血を抑えながらも空中で体勢を整える。


「ゴフッ、やってくれる! だが俺はここで貴様を超え、さらなる高みへと向かうぞ!」


 ここまでは前哨戦。そう言わんばかりに己が大鎌に、ありったけの魔力を凝縮させた。おそらく今まで最も大きな一撃。この期に及んで、彼もゼデクと同じように成長し続けているようだ。


「......まったく、心底恐ろしいやつよ」


 だから、プレゼンスも残っている願い全てを槍に乗せる。彼にとってもこれが最大の一撃。そして最後の一撃。


「ウォォォォォォォオオオオオオオ!」


 2人はぶつかる。互いの得物を中心に、衝撃が広がった。せめぎ合う魔力。この張り合いに負けた方に死が待っているだろう。いや、勝っても無事ではすまない。と、崩れゆく魔力を感じながら、プレゼンスは自らの最期を悟った。徐々に押されるプレゼンス。


「フッ、とうに限界は迎えているはずだ! 先に力尽きるのは貴様よ、プレゼンスッ!」


 オスクロルは笑う。それで、さらに押される。もっと力が必要だ。押し返すだけの力を――


「――違うな」

「......何?」


 自分の中に魔法は宿ってくれた。願い(ちから)は、とうの昔に貰った。民が、部下が、家族が、仲間が自分に託してくれた。だから本当に必要なのは強さだ。彼らの想いに応えられるだけの、意志の強さを。


「守り抜けるだけの強さをッ!」


 今度は押し返す。でもそれが精一杯だった。押し切ることができない。このままでは身体が限界を迎える。頼む、あと少しだ。少しで良い。必死に願い(ちから)を込め続けるプレゼンス。オスクロルが再び笑みを浮かべる。


「フハハハハハハッ! これで終わ――」

「ジジイィーーーーーーーーーーーーッ!」


 その時、彼の高笑いを遮るように叫び声が聞こえた。ゼデクの声だ。プレゼンスはハッとする。そして思い出す。


『確かにワシは師にあたるのだろうが、その呼び名は後の人に取っておけ』


 修行初日に彼と交わした言葉。


『じゃあ、なんと呼べばいい?』


 そう言った彼に、提案してみた。


『ワシはそうじゃなぁ......あぁ! そうじゃ! 是非とも“ジジイ”と呼んでくれんか?』


 彼と何となく似ている、息子が呼んでいた愛称を。


『......爺さんにするよ』

『つれんのぉ〜』


 そんなやり取りを彼は覚えていてくれた。まるで、自分に喝を入れるように叫んでくれるのだ。


「勝てッ! ジジイィィィィィイイイイイイイイイイイイイイッ!」

「......また借りができてしまったな」


 最期の最期で会うことができた。これまでの願いを託せる人に。


「これで負けてはッ! 誰にも顔向けできぬッ! ぬぅおおおおおおおおおおおおおッ!」


 大鎌にヒビが入る。オスクロルの目が見開く。しかし、自らの敗北を悟った時には遅くーー



 ――数多の願いが、オスクロルの胸を穿った。


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