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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第4章 少年と幾千幾万の願い 〜ルピナスの戦花〜
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第54話 少年と光明 2

 この世の強者は主に2つに分かれている。


 ・生まれながらにして強い者。

 ・限りない努力や死線の果てに境地に至る者。


 オスクロルは後者だった。何度も地に顔を付けたし、一筋縄ではいかなかった敵もいる。でも、生きている限り敗けではない。最後の最後で立って笑ってられる者が勝者なのだ。そうやって今まで生きてきた。


「ゥオスクロルゥゥゥゥッ!」


 叫び声が響く。どういう理屈で生きてるかなんて知らないが、彼もまたそうなのだろう。最初見た時、構うに足りない存在だった。グラジオラスの背後でこそこそ怯えるだけの存在だった。


 だが今はどうだ? 自分の下で叫ぶ少年は? 違う。迫ってきてる。地の底から這い上がって、血の滲む努力を経て、ロゾを乗り越えて、今確かに自分の足を掴んでいる。思えば片鱗はあった。大鎌でゼデクを攻撃した時だ。オスクロルは殺すつもりで振るった。なのに彼は避けた。あの時点で少しずつ適応していたのだ。


「フハッ......フハハハハハハハッ!」


 これが笑わずにいられようか? やはりキングプロテアにも隠し球があった。彼が先の戦場にいたことも、この戦場にいることも偶然なんかじゃない。あの魔力を見ればわかる、成長速度を見ればわかる。背後で仕組んでいる奴は絶対に狙っているのだ。


 そして、キングプロテアにもいる。それはグラジオラスか、はたまた他の人物か。いずれにせよ、自分と同じく真実を追っている人物がいる。これは勝負だ。どちらが真実にたどり着くかの勝負。


「来いッ!」


 空中で反転し、体勢を整えるオスクロル。その時、ゼデクは同じ高さまで来ていた。そのまま横一文字に刀を振るう。しかし、それは届かなかった。大鎌で防いだオスクロルは回し蹴りを放つ。脇腹を捉えた脚は、鈍い音を立てながらゼデクを地面へと誘った。


「ゴフッ」


 血を吐く彼をよそに、オスクロルは上空から追撃を試みた。ゼデクは横に転がり込み、降ろされた大鎌を躱す。手から刀が離れてしまう。その隙をつくように、オスクロルは襲いかかった。再び振るわれる大鎌。


 刹那、ゼデクの拳が光った。ほんの少しの光。本人すら自覚していないような光。それをオスクロルは見逃さなかった。だが、それまで。急激に加速された拳が彼のみぞおちに沈む。瞳孔が開くオスクロル。身体が少し宙に浮く。彼は、焼けるような痛みを堪えながらも間合いを取った。その間に刀の元に駆け寄るゼデク。


「闇魔法! “冥の王冠”」


 魔法を唱える。直後、オスクロルの姿が消えた。手加減はやめだ。今度こそ仕留めるために魔法の出し惜しみはしない。


 オスクロルは移動しながらも考える。彼が先ほど使った魔法。あれは光魔法だった。闇魔法と対になる魔法。純粋な魔力に近い2つの魔法。限られた人しか使えない魔法。それを彼は使っていた。もっとも本人に自覚はないのだろうが。しかし、危険なことに変わりない。


 ゼデクの背後に迫る。誰も気付けない。当たり前だ。誰にも見えないのだから。彼が完全に覚醒する前に、仕留める必要がある。


 ――終わりだ。


 首をはねるように振る。揺らめく大鎌。ソレは彼の周囲に漂う炎を通過して、首まで――


 瞬間、ゼデクが反応する。刀が大鎌を阻んだ。


「なっ!?」


 驚きの声を上げるオスクロル。そして、まさかと悟る。知っているのだ。経験しているのだ。姿を眩ます相手に対する術を。僅かな空気の流れ、殺気。大鎌が炎に触れた時の違和感。それらを敏感に感じ取る術を。完全に油断していた。殺せると思っていた。それ故に、大きな隙ができる。


「......見つけたッ!」

「おのれ......」


 すぐさま突きが放たれる。オスクロルは身をよじらせた。狙いから少し外れ肩に刺さる刀。彼らはそのまま倒れる。何回転かした後、オスクロルはゼデクの刀を掴み、上から押さえ込んだ。力の張り合いになる2人。


「フフフフ。やってるくれるじゃないか」

「あ、アンタこそ、案外、余裕あるな」


 本当に余裕有りげな笑みを浮かべるオスクロル。それに対して、ゼデクは必死に刀を動かそうとしていた。


「当たり前だ。お前を始末した後で皆殺しにせねばならんのだから」

「これ以上やらせるか。俺は、仲間をなんとも思わないアンタのやり方が気に入らないんだよ」

「......ククッ、ククク」


 笑みを声に出すオスクロル。その時、暗くなった。闇夜で戦っているのにそう感じた。ゼデクは寒気を感じる。松明も自身が纏う炎も霞む何かが上空にある。そんな気がしてならない。ゼデクは上を見た。オスクロルの先にある空を。そして驚愕する。


「なら守ってみろ、小童が」


 黒。真っ黒。そこには、星明かりすら見えないほどに覆われた、闇の矢が展開されていた。


 ◆


 悲鳴が上がる。腰を抜かす者、全力で走り出す者、全てを諦め膝をつく者、様々だ。空全体を占めるあの矢は、もうじき降ってくるだろう。


「結局、誰も助けられないのか......」


 レゾンは呟く。今、オスクロルと戦っているのは自分ではなかった。ロゾでもなかった。戦鬼でもワーウルフでもなかった。他所からキングプロテアから来た少年。彼が戦っている。なんとも情けない話だ。このまま見ていることしかできないのか? そう、自嘲気味に笑う。


「ちょっと、あの魔法何なのよ! デタラメよ!」

「......取っ組み合ってる今ならオスクロルを殺せるかも、僕も行ってくる」

「だーめーでーすー! 誰が上のアレ止めるんですかー!」


 隣で少年少女が騒いでいた。こんな状況になっても彼らは諦めていないらしい。それを見て思う。まだ自分は座っているだけなのか、と。何が兵器だ? “鍵”の保有者だ? そして――


「......“破の鍵”よ。なぜ俺など選んだ」


 呟いてみる。意味のない問いかけ。だと言うのに、ふと頭の中に声が響いた。


『うーん、なんとなくだけど、お前が誰よりも優しいからだと思う』


 ロゾの言葉だ。とても懐かしい言葉。まだ若き頃の話。同じような問いを投げた時、彼はそう答えた。


『ほら、森羅万象を破壊するなんて力、危険過ぎるだろ? 誤った使い方、するわけにはいかないしさ』


 なんで忘れてたんだろう?


『だからさ、きっとコイツは望んでるんだよ』


 多分、執着してたからだ。強さに、力に。オスクロルを殺そうと。国の覇権を再び握ろうと。


『何かを壊すんじゃくて、殺すんじゃなくて』


 だから、そんな簡単なことを見失っていた。そうさ。選んでくれたんだ、望んでるんだ。きっと――


『何かを守るために使ってくれって』


 レゾンは深呼吸する。それだけで、頭の中がスッキリした。すでに身体は限界を迎えているけど関係ない。


「......応えてくれ、今度こそ守りたいんだ」


 誰も殺すでもない、壊すでもない。ただ、ここにいる守るべきモノを守るため――


「ウォォォォォォォォォオオオオオオオッ!」


 旧友と同じように吠える。それで勇気を貰う。負け犬の遠吠えなんかじゃない。ロゾは負け犬なんかじゃない。彼にだって確固たる信念があった。だから、ありったけの魂を込めて叫ぶ。身体に力が湧いた。斧にかつてない黒雷が纏われる。


「砕けッ、“破の鍵”よッ!」


 レゾンは降りかかる矢に向けて全力で斧を振るった。大きな衝撃波を生みながら、せめぎ合う。“破の鍵”が応えてくれた。空から降る矢が、崩れ始めたのだ。やがて、全て打ち消す。


「今だッ! ゼデク・スタフォードォォォォォォォォォ!」

「なんだと!? ......レゾン、貴様ッ!」


 オスクロルが驚きを隠さず、余所見をする。そんな彼を、ゼデクは蹴り上げた。しかし、オスクロルは刀を離さない。だから、ゼデクが刀を手放す。立ち上がるオスクロル目掛けて全力で拳を振り上げる。


「頼む。一瞬、一瞬だけで良いッ!」


 あの男を越えるだけの力を――


「ちぃーッ!」


 オスクロルもとっさに腕を上げる。だが、間に合わなかった。光を、炎を伴った拳が彼の顎を捉える。それで、オスクロルの動きが止まる。まだだ。この程度では倒せない。ゼデクは手を緩めなかった。恐らくこれが最後のチャンス。逃す手はない。


「魔法よ、応えろッ! 」


 殴り続ける。何度も何度も何度も何度も、反撃の隙を与えないように殴り続ける。倒れるまで拳を突き出す。


「うぉぉおおおおおおお!」


 思いっきり殴り飛ばした。地に沈むオスクロルの身体。ゼデクも地面に倒れ込む。これで倒せてなければ――


「......ククッ、ハハハハハッ! 効いた! 効いたぞ小童ッ!」


 オスクロルはよろめきながらも立ち上がった。


「だがな、この程度で死ぬわけにはいかん。俺はさらに先へ進まねばならんッ!」

「......くそッ、どんだけタフなんだよ」


 大鎌を拾いこちらに歩み寄ってくる。彼の背後で仲間たちが向かってくるのが見えた。ダメだ、今来れば殺される。なのに血が喉まで込み上げてきて、声が出ない。もう限界を迎えていた。身体を動かすことができないゼデク。


「今度こそ、大人しく死ねッ!」


 振り下ろされる大鎌。もう、ダメなのだろうか? ゼデクが半ば諦めたところで、彼の身体が何かに持ち上げられた。直後、空を切る大鎌。


「......すまん、迷惑をかけた」


 声が聞こえる。安心する声だ。この声は? ゼデクはハッとする。もう居ないと思ったはずの人の声だから。


「よくここまで耐えてくれたな、後はワシに任せてくれ」


 ゼデクを肩に担いだ男――プレゼンス・デザイアは、そう彼に笑いかけるのであった。

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