第53話 少年と光明 1
『どうした、そんな膨れっ面して。痛いのは仕方ない。修行っていうのはそういうものだ』
男は隣に座る息子に声をかけた。木々の揺れる音が聞こえる。時は夕方。そんな山の中を2人並んで座った。
『......違う、そんなんじゃない』
むすっとした半裸の息子が答える。もっとも半裸なのは自分も同じなのだが。
『じゃあなんだ? 悩み事か? 言ってみろ、聞いてやるから。なんたって、俺はお前の親父だ』
『......みんなにとっても、あんたは親父だ』
『あー、そういうことかぁ』
プレゼンスは苦笑いした。彼は身寄りのない者や行き所のない人を助けては、自分の魔法師団に加えていた。もちろん望まない者は戦場に連れて行かない。ともあれ、彼は色々な人の面倒を見ていた。そして慕われていた。その姿を見てか次第に皆、彼のことを“親父”と呼ぶようになった。
多分、まだ幼い実子は嫉妬しているのだろう。もっと構ってやるべきだったか。それとも何か特別扱いをしてやるべきだったか。プレゼンスは後者を嫌った。今は難しいかもしれないが、いつか息子、トレラントにも理解してもらえるはずだ。家族として、仲間として迎えた以上、誰かを特別扱いするのは好ましくない。
『悪いが特別扱いするわけにはいかん』
『そんなこと求めてない』
『じゃあどうすれば満足してくれる』
『......みんなと同じで“親父”って呼ぶのが嫌だ』
『はぁ』
訳の分からないことを言う。みんなと違った呼び方をすれば満足するのだろうか? 子供の考えることはよくわからなかった。昔は自分だって子供だった癖に。でも、それくらいならいいと思う。トレラントが自分をどう呼ぼうが彼の勝手だ。
『まぁ、なんでも良いぞ。父さんか? 父上か? この際お前が満足できるなら構わん』
『......ジジイ』
『な!? お前、そんな呼び方をどこで――』
『なんでも良いんだろ? 今日からアンタはジジイだ』
悪戯小僧っぽく、ニッと笑うトレラント。
『この悪ガキが〜』
『痛っ、何すんだっ、ジジ......いててててて!』
頭を軽くグリグリする。トレラントは楽しそうに笑っていて、それにつられて笑って、とても幸せな時間だった。しばらくして、トレラントが静かになる。そして、真剣そうな顔でプレゼンスを見つめると、
『ジジイ』
『なんだ?』
『本当はアンタのこと、ずっと尊敬してた。こんな形でしか伝えれないけど、ずっと尊敬してた。もちろん今もな? で、そんなアンタにお願いがある」
急にそんなこと言い出す。
「願い?」
「そう、願い。今、アンタの大切な人が必死に戦ってる。でもピンチなんだ」
そこで、プレゼンスは思い出した。自分は確か、ルピナス王国に出向いてオスクロルと戦って、それで......
「だから、頼む。あと少しだけ頑張ってくれ。アイツを助けてやってくれ。決めたんだろ? アンタがアイツを導くって」
「......ワシは」
「心配すんな、ちゃんと待ってる。先に死んだ俺が言うのもなんだが、守ってくれ。きっとアイツはこの先も必要な人だから」
これは夢なのか? それとも天国なのか? いずれにしても......
積み重なった瓦礫の中、1人の男の指が微かに動いた。
◆
暗い。暗い暗い闇の中。その中で光が見えた気がした。ゼデクはそれに手を伸ばす。
――まだ、戦えるか?
そんな声が聞こえた。視界が朧げながら、開けてくる。
「......あれ?」
「よぉ」
でも、戦場にはいなかった。真っ白い空間。上の方には光輝く球体が。そして、自分と半裸の男が1人。知っている人物だ。いつの日か稽古をつけてくれた人。確か、名はトレラント。
「なんでアンタがここに......」
「なんでって言われてもなぁ〜、ずっと居たよ。お前と一緒に。ただ、中々話せなかっただけだ。今はある人物の力を借りてお前と喋ってる」
「へ? なんで? は?」
理解が追いつかなくなるゼデクをよそに、トレラントは彼の肩に手を置いた。
「戦えるか? こうしてる間にも皆んなが危険に晒されている」
ぼんやりとだが自覚する。そうだ。自分は今、オスクロルと戦っているのだと。
「......正直、立てるかわからない。勝てるかわからない。プレゼンスの爺さんでもダメだったんだ」
「大丈夫だって! ......お前は強い、俺が保証する。それだけの強さをお前は持っている。後はお前次第だ。自分を信じろ。そして自分を信じてくれた人を信じろ。だから――」
――持てる力を全てぶつけろ、ゼデク・スタフォード
◆
「あぁ、たわいない。実にたわいない。貴様がピークだったぞ、プレゼンス・デザイア。......いや、これからが本番か」
オスクロルは正面を見やる。生存者は半分といったところか。遠くにいた者はともかく、近くにいた者は無事では済まないだろう。
「おい、ゼデク! しっかりしろ!」
覚えのある声が聞こえた。オスクロルは眉を潜める。キングプロテアからきたであろう子供が4人と、レゾンが生きていた。彼らは横たわる少年、ゼデク・スタフォードの側に駆け寄り、彼の様子をうかがっているようだ。
「......ふん。運が良いのやら、単にしぶといのやら。くだらんな」
その少年は確実に死んでいるはずだ。なんせ、1番至近距離で自らの魔法を受けたのだから。オスクロルはロゾの死体を回収する前に、自身の前で喚く彼らを始末することにした。
「無駄な確認だ。皆殺しにしてくれる」
「......くそっ。俺はいい! お前たちは逃げろッ!」
そんなオスクロルを見たレゾンが言う。本当に無駄なことだった。その体たらくで、逃げ切れるわけがない。 オスクロルは一気に間合いを詰める。それに気付く少年少女。彼らが絶望する顔を見ながらオスクロルは品定めする。さて、誰から殺してくれようか? と。
――その瞬間、視界の隅で何かが動いた。
「何......?」
彼は自身の眼を疑う。他の者はソレに気付いていない。しかし、何度確認してもソレは動いていた。確実に仕留めたはずの少年が、徐々に立ち上がってくる。今までとは明らかに違った雰囲気を纏いながら立ち上がってくる。
なんだその光は? なんだその炎は?
警報が頭の中で鳴り響く。今ここで、奴を仕留めないと取り返しのつかないことになる。そう彼の本能が告げたところで――
「ガハッ......!」
急に視界が夜空一面に変わった。やがて思考が追いつく。自分は今、この少年に、ゼデク・スタフォードに殴り飛ばされたのだ。漂う浮遊感の中、オスクロルはそう悟った。




