第50話 戦鬼と戦狼 3
死ねない、まだ死ねない。家族も守れなくて、仲間も守れなくて、レゾンは未だに宿命から逃れられなくて。結局何一つ守れてなかった。
強く、もっともっと強く。強くなって、オスクロルを倒して、六国を制覇して、旧友を解放する。正直聖地なんてどうでも良い。人間に戻る術なんてどうでも良い。だからせめて、せめて自分の大切なものを守れるだけの強さを。
黒雷が身を焦がし、臓器を破壊する。その激痛が走る中、ロゾは目を開ける。レゾンは悲しそうな、儚げな顔をしていた。もしかしたら、涙を流しているかもしれない。そう感じたのは、視界がぼんやりとしているから。
なぜ彼は泣いている? 答えは簡単だ。彼が弱くて、そして何より自分が弱いから。まだ足りない。もっと強くならないと、彼は報われない。強くなるには?
『簡単な努力です。殺すだけです。何人も何人も殺すだけ。それに比例してアンタさんの力が、強さがどんどん上がっていきます』
頭の中で過去の言葉が巡る。彼女は憎たらしいほどに強かった。そう、殺さなければいけない。強くなるには殺さなければいけない。殺せ、殺せ、殺せ、と思考が殺意で埋め尽くされる。友を救う為に、目の前にいる彼を殺さなければーー
「お、俺はっ! まだ死ねんゥゥゥゥッ!」
自らの矛盾に気付くことなく、ロゾは残った力を振り絞り、レゾンの腕を蹴り上げた。なんとか抜け出しその場に転がるロゾ。同時に彼の音魔法が解除される。
「くっ、まだ動くか!」
しかし、レゾンもまた血飛沫を上げながら倒れた。先程彼に負わされた背中の深傷が、今になって彼を襲う。何とか身体を起こそうと懸命に腕を立てる。ロゾも必死に立ち上がろうとしていた。
レゾンの“破の鍵”。その力を受けてなお、彼が生きて立っていられるのは、きっと彼の中に潜む神々しい力のせいだろう。ロゾの額に輝く六花の紋様を見て、レゾンは判断する。
いつからだ? いつからあの力に手を染めた? レゾンは心の中で問い、考える。オスクロルに負けた後なのは確実だ。自分たちの運命が狂ったのは、あの日が境だった。弱い自分たちを恨んで、憎んで、必死に変わろうともがいた。で、この結果。
結局、かつての仲間同士で殺しあってる。かつて守ろうとしたものを壊しあってる。
「......それでも俺は選んだ。お前が弱者と蔑む者たちにこそ、価値がある。守ることに価値がある。お前は強さの果てに何を望むのだ?」
「強くならなければ何も守れないッ! 何も残らないッ! 俺は強くならなければいけないんだ!」
「......もういい」
もう見てられなかった。旧友が壊れていく様を、これ以上見ていられなかった。両者が身体にありったけの力を込める。腕に、脚に、武器に魔力を送る。これが最後の一手だ。この一手をもって決着する。
風が吹いた。紫の花が舞った。ルピナスの花だ。こんな戦場でもこの美しい花は咲いていた。かつて仲間たちと眺めた花をもう一度眺める。今となってはそれも叶わぬ夢。ならばせめて、
「せめて! この荒野に散れッ、ロゾォォォォォォォオオオオオオオッ!」
「死ぬのは貴様だッ! レゾォォォォォォォオオオオオンッ!」
莫大な力を武器に纏わせ、ぶつけ合う。凄まじいせめぎ合いの果てに爆発が起きた。辺りを巻き込むほどの衝撃。煙が立ち込める中、両者の周囲は静寂に包まれた。
次第に煙が晴れる。それで近くにいた者たちは、両者の決着を悟った。滴る血、胸を貫く二本の鎌。斧は僅かにそれ、地面を削っていた。地に膝をつくレゾン。
「何故だ! 何故、最後の最後で手を緩めた、レゾンッ!」
「......ゴフッ。何故、だと? それはこちらの台詞だ、ロゾよ。何故、お前は、涙を流している?」
そう言って、レゾンは目の前に立ち尽くすワーウルフを見つめる。みっともない旧友の顔が視界に入った。片目は今にも噛みつかんばかりの憎悪に満ちているのに、もう反対は涙を流していた。まるで子供のような泣き顔で。でもよっぽど昔の彼に近い顔をしていた。今は正気に戻ったのだろうか? そんな気がして、手を緩めてしまった。
「......何度も何度も決意したのに、結局甘かったなぁ俺は。手、緩めてーーぐっ!」
話の途中でロゾが鎌を引っこ抜く。苦悶の声を上げるレゾン。しかし、ロゾもまた苦しそうにしていた。苦しそうにしながらも、鎌を振り上げるロゾ。そんな彼の額で、六花の紋様は恨めしいほどに綺麗に輝いていた。
あぁ、そうか。と、レゾンは心の中で呟く。きっとあの力がロゾを狂わせていたのか。あの力が自分たちの運命を狂わせていたのか。今になって思う。いや、もっとも自分たちの弱さが招いた結果に違いはないのだが。ともあれ全てが遅かった。
「俺はもっと強くならなくちゃいけない! その為にはお前たちをーー」
「ーー俺を殺せば、楽になれるのか?」
「!?」
「お前を縛っているそれは、どうすれば解ける?」
「グ、グォォオオオオ!」
鎌がレゾンの脳天目掛けて振り下ろされる。自分は死ぬのだ、そうレゾンは感じた。心の中には自分を信じてついてきてくれた仲間への謝罪と、これまで重荷をかけてしまった旧友への謝罪。彼を見て思いにふける。無為な争いばかり続けていたが、自らの死が彼を救うのであればーー
「ーー少しは報われるのだろうな」
瞬間、レゾンに耳に響いたのは金属音だった。頭蓋が割れる音じゃなかった。というより、自分は生きていることに驚く。彼の目の前には振り下ろされた斧と、それを遮る刀。
「......やっと追いついた」
目にしたことのある刀。それもつい最近だ。
「正直、お前たちの関係を細かく知らない」
その持ち主もまた、かつてのロゾと似ていた。“鍵”の保有者に寄り添う存在。大切な存在。一度は遠ざけたのに、そんな彼はまた旧友の前に立っている。
「でもな、レゾン。お前の言ったことが本当なら、これだけは言える」
だから、これはきっと運命だ。
「お前もこのクソ野郎も、どんな理由だろうと、互いを殺しあうなんて絶対ダメだ」
両者の間に立つ男ーーゼデク・スタフォードを見て、レゾンはそう思ったのであった。




