第48話 戦鬼と戦狼1
なんだこの状況は?
戦鬼がワーウルフを襲っている。あの意気地無しどもが、我らに刃を向けている。
なんだこの状況は?
視界が揺れている。散々雑魚呼ばわりした少年に、顎を蹴り上げられたのだ。
ワーウルフの首長、ロゾは明らかに狼狽していた。ゼデクからの不意打ちに隙を生んだ。ゼデクはそれを見逃さず、背後にあった刀を抜き放つ。鞘走りで加速された刀身は火花を、火炎を纏いロゾの首元まで迫った。
「......なんだ! この状況はッ!」
空を仰ぎ、止まったかのように思えたロゾは、急に叫ぶと腕を振るった。惜しくも剣先が喉から頬へとズレる。かすめるに留まった刀身。
「くっ、そう簡単には行かないか!」
残念がっている暇はない。ロゾの回し蹴りが見えた。前回と違って動きが読めるのだ。ゼデクは飛んで躱した。大丈夫、動きについて行ける。そう自身を奮い立たせ、空中で横に回転する。そして、そのまま勢いを利用して再び斬りかかった。
が、あっさりと爪に弾かれた。想定内だ。最初の不意打ちが成立しなかった時点で、ある程度の予想ができる。次の一太刀に踏み込もうとしたところで、両者の間に大きな斧が振り下ろされた。それで動きが止まる。
「......これは何だ。説明しろ、レゾン!」
「すまない。コイツは俺に譲ってくれないか?」
あくまでロゾの問いかけには答えず、ゼデクに話しかけるレゾン。
「俺もアイツに用がある。返さなきゃいけない借りがあるんだ」
もちろんゼデクも抗議した。それにレゾンは複雑そうな表情をする。酷く悲しげで、儚げな笑みを浮かべる。
「アイツは......ロゾは、これでも俺の大切な旧友なんだ。だから、ロゾだけは俺の手で引導を渡したい」
「......えっ?」
「すまないーー」
ゼデクは驚く。刀を握る手の力が思わず緩む。一瞬止まったのを機に、レゾンは彼を奥へと放り投げた。戦場の中央に放り込まれるゼデク。
「くそっ」
借りを返すチャンスを失ったことに憤りを感じていたが、混乱もしていた。
『と、すれば貴方にも大切な存在が?』
『まぁ、そんなところだ』
かつて、彼が話した言葉が頭から離れない。鍵である彼が、ここまで頑張れた理由。彼を支えた存在。その大切な存在と今、何故対峙しなければいけないのか?
「ゼデク! 後ろ!」
エドムの声が聞こえる。これ見よがしにワーウルフが襲いかかってきた。それを簡単に斬り捨てる。今更、彼らに手間取るようなゼデクではない。
だから片手間でずっと考える。彼が本当に大切な存在であるなら。言うなれば、レティシアの前に自分が敵として立っているのと同じだった。その状況はどうだ? 最悪だ。何で生きてるかわからなくなるレベルで最悪だ。もちろん過程や関係が異なる部分もあるが、やはりゼデクには許せなかった。彼らが争うということに抵抗を感じた。
気付けばだいぶ囲まれている。レゾンたちの下に行くには少し時間がかかるだろう。それでもーー
「......借りもある。目的もある。やっぱり行くしかないだろ」
駆けつけてくる仲間を見ながら、そんなことを呟いた。
◆
「いい加減答えたらどうだ? 獲物すら遠くに投げやがって」
「お前もだ。急ぐな。アレを殺したくば、俺を殺してから行け」
表情を一転。鋭い眼差しを向けるレゾン。それにロゾはため息を吐いた。
「はっ。で、これは何だ?」
「見てわからないか? 反逆だよ。もっともとうの昔に牙をもがれたお前にはない発想だろうが」
「ククッ、コイツは傑作だ。弱者を、重荷をいつまでも抱える戦鬼様が反逆? しかも敵国と組んでまで。それで勝算はあるのか?」
彼は腹を抱えて笑いだす。
「もちろん、お前たちにその気があるなら手を組んでも良い」
「さっきも言ったろ? 弱者と組む手はない。お前こそ弱さを捨てる気がないのなら、ここで俺に殺されとけ」
きっともうダメだった。何度も何度も引きずっては繰り返した問答。相変わらず甘い自分に呆れながらも、レゾンは斧を握った手に力を入れる。
「......忘れるなよ。俺の力を」
禍々しい黒雷が斧から発せられる。
「俺は国に二つとない兵器だ! お前に弱者と笑われるほど、成り下がった覚えはない!」
そしてその斧を全力で振り上げた。辺りの岩が、地面が持ち上がり、チリとなって消えゆく。少しだけ、ロゾの顔から余裕がなくなった。油断ならぬ力だからだろう。
ルピナス王国所有の兵器、“破の鍵”。力は至ってシンプルだ。所有者の強さに依存し、所有者が強ければ強いほど際限なく森羅万象を破壊する。そんな凶悪極まりない兵器。
「俺は決めたぞ! さぁ、応えろ“破の鍵”よ! 俺は俺の偽善の為、目の前にいる旧友を殺そう!」
斧から禍々しい雷が放たれる。通過した地面をえぐりながら、ワーウルフの首長に迫った。
「いきなり全開か! おもしれぇ!」
黒雷がロゾに直撃する。吹き荒れる爆風。伴う煙。あまりの壮絶さに周りの動きが止まる。即死だ、と誰もが思った。そんな衝撃。でも、終わりじゃなかった。煙の奥で輝く光が1つ。それは酷く怪しげで、邪悪で、綺麗な光。
「何も莫大な力はお前だけの特権じゃあない」
やがて煙が晴れ、ロゾが出てきた。おぞましいのに、どこか神々しい魔力を携えて。
「......その力をどこで手に入れた?」
昔から両者の強さは似たり寄ったりなものだった。だから、両者の雌雄を決するのは精神と力の質だ。“鍵”という暴力的な力を持つレゾンに分があった。なのに今、彼は黒雷を受けても平然としている。
そんな力を彼はいったいどこで手に入れたのか? 何を代償に手にしたのか? 嫌な予感だけがレゾンの頭の中を駆け巡る。
「この兵器に匹敵する力をどこで手に入れたッ!」
問いかけに答えないロゾ。ただ笑う彼の額には六花の紋様が揺らめいていた。
◆
血が舞い散る。暗闇でもわかったのは、一瞬月明かりに照らされたからだ。
「あぁ、お前は強い。何回目だ? 今やっと刃が通った」
厚みのある声が響く。苦悶の声と共にプレゼンスは膝をついた。
「俺相手に良くここまで戦った。他の奴ならもっともっと前に死んでいたのに。タネも仕掛けもない強化魔法だけで良くここまで耐えきったよ」
オスクロルはその側で静かに屈む。そしてプレゼンスを覗き込むように首を傾けた。
「最初の一撃で決めるべきだった。あれが最初で最後のチャンス。......どうだ? 殺される前に話をしないか?」
「......舐めおって、馬鹿者、が」
「まぁそう言うな、いいじゃないか。で、結局のところ、お前たちはどこまで先が見えてる?」
「......先、じゃと?」
「そう、先の話」
一通り眺めて満足したのか、オスクロルは立ち上がった。
「聖地を開けてお前たちはどうしたい? レゾンと手を組んで、他の国と手を組んで、蹴落として、どうしたい? 共有? 占有?」
背を向け歩き出す暴君。
「聖地には何があるか知ってるのか? どこまで先を見据えた? 他の国の奴らもそうだ。気付いてるはずだ。狂ったように間抜けな争いを続けた先に、何があるか気になってるはずだ」
いわば競争。誰が聖地にたどり着くかの競争。あるいはーー
「お前たちは真実にたどり着いたのか?」
「......知らんの。難しい考え事は他の奴に任せてる」
「ククッ。あの王族様のことか? だろうなぁ。そう答えるよなぁ。でも良い。お前を殺した後で聞いてやるよ。脳に直接な」
「聞きたくば聞け。元よりワシはここで果てるつもりで来た身よ。貴様に与えるべき情報など持ち合わせておらん」
するとプレゼンスの魔力がぐんと高まる。オスクロルは驚いた。自身の勘が警報を鳴らしている。コイツは危険だ、と。目の前で死にかかっている老人が再び立ち上がって、手に持った槍が眩いほどに輝いて、
「だがな! 約束した手前、貴様の命も貰っていくぞ!」
「おいおいおい、まだ強くなるのかこの老ーー」
宵闇と共に、オスクロルは光に飲み込まれたーー




